第20話

「っぐぅ!?」


 走る風と見紛う何か・・・。


 走っているのは明日香。普通の人間よりも様々な能力が強化されている水姫の眼には映る事も許されない速さで移動していた。


 水姫は【異能者】であり身体能力は【覚醒者】たちと比べると低い。

【覚醒者】は身体能力が異常に高く、更に人それぞれ特徴とも言うべき長所が存在する。その長所は他の身体能力よりも更に強化されている為、その人間の強み。切り札ともなりえるものである。


 万理華は全体的に高水準の身体能力を有しているが、中でも【眼】の良さは随一。単純な視力と言う点においては人間の範疇に収まるものの。動体視力や空間把握は他の追随を許さない。


 そんな万理華にはハッキリと明日香の姿が捉えられいた。

 同じ【覚醒者】であり、万理華程ではないにしろ高水準の身体能力と、右手のパワーに絶対の自信を持つ麒麟にも辛うじて明日香の姿が見えていた。


「まだ…まだっ!!」


 より早く。

 より強く。


 明日香は攻撃を繰り出す。


 それを凌ぐのは顔を歪ませ、耐えるラギだった。


 明日香の帰還は数日前。

 回復能力も優れている【覚醒者】とは言え、流石に休養が必要と判断した万理華によって休養を与えられ。本日、早速とばかりに明日香はラギに模擬戦を申し込むことになった。


 ラギも明日香が姿を見せない事。

 修行をしていると聞かされていた事。

 そして、自分が万理華に渡したアイテムの行方。


 これらが指し示しているのは明日香があのアイテム、【成長の秘術石】を使用している事。


 ラギもそれは予想していたし、半場確信もしていた。それについてとやかく言う事も無かったし、反発する気もさらさらなかった。ただただ無事に帰って来てくれと願っていただけだ。

 彼の予想外。予想以上の事は帰還した明日香の強さ。その完成度だった。


「(いくらなんでも強くなり過ぎぃ!!!)」


 前回の模擬戦では正直力の大部分を出していなかったラギ。半分の実力も出していなかったと言える。それはここ最近彼の実力を測る為に模擬戦を繰り返していた水姫と麒麟も感づいていた。


 それが今は半分の実力はとうに出しており、手加減など出来ていない状態。全力かと問われればまだそうとは言えないが、楽とも言えない。


 嵐かの様な明日香の縦横無尽の攻撃。

 凌げてはいるものの、隙らしい隙を見つける事が出来ないラギはただ耐える事しか出来ないでいた。


「ラギさん。少しは…届いていますか?」


「少しどころじゃないよ」


「それはよかったです。…そろそろ終わりにしませんか?」


 唐突に動きを止めた明日香。

 ラギと対峙し、言葉を紡ぐ。


 少しは強くなれたか?

 少しは貴方にこの手が届いているか?


 彼女が抱いた問いには嬉しい返事を貰えることが出来た。

 思わず緩む頬を無理矢理に引き締め、明日香は今一度全身に神経を行き渡らせる。


 先程まで行っていた縦横無尽の連撃ではラギに一太刀も当てる事は出来ないだろうと明日香は理解していた。連撃はその速さに対応できない相手であればこれ以上にない程に有効的な手段と言える。普通であれば連撃を使用した場合スタミナを激しく消耗する為あまり取られる手段ではないが、明日香にとってスタミナは懸念事項足りえない。

 しかし、連撃のスピードに対応された場合。そのスピード故に起きる弊害である一撃一撃の軽さが問題となる。重くて速い一撃を行うにはやはりそれなりに溜めが必要。


 そして、今まさに引き絞った弓の如く、明日香はラギに向かう。


 明日香のそろそろ終わりにしようとする言葉と溜める力を前に、ラギは自身の持てる手で最善を取るべく思考を巡らせる。


 ラギが思いついた方法は前回の模擬戦と同様の方法。


「(カウンター…しか方法が思いつかない…)」


 手段を決め、待ち構えるラギ。


 引き絞る明日香がついに放たれた。


 愚直とも言える直線での攻撃。

 しかし、その速さは常軌を逸しており、今まで問題なく見ていた麒麟ですら見失う程の速さだった。そこから放たれた攻撃は全力の振り下ろし。スピードは速くとも、避ける事はラギにとって簡単とは言えなくとも可能な事だった。

 しかし、死線を幾度となく潜り抜け、また死線を経験から、無理矢理に二撃目を繰り出した。


 無理矢理の二撃目。

 またとないカウンターのチャンスにラギは攻撃を放った。


「相打ち…?」


「いや、違うな。確かに相打ちと言えるが…」


「もしも振り切っていたのであれば重症なのはラギ様…」


 明日香はラギのカウンターに合わせて、一歩を踏み込むことでラギの刀が当たる位置を調整。実戦であれば刀の根本では振り切る事が出来ず、明日香は片手を失う程度。


 しかし、明日香の

 踏み込みと同時に放った突きはラギの心臓を的確に捉えていた。


 どちらも寸止めであるが、見る者が見ればわかる決着であった。

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異形化する世界で・・・ 天晴 大地 @haru-hina22

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