第18話

 研究員たちの必死の説得・・・催促とも言うべき行動で漸く場に落ち着きを取り戻し、本日の目的が信仰し始めた。そこからは美雪と万理華の主導の元で話が進み、ラギがスマホから研究サンプルを取り出す事になった。


 ラギがスマホ操作すると、次々と現れる謎の品々。

 見た目が異様であったり、何故か魅力的に見える品々も大変興味深いが、万理華とラギ以外この物を取り出す光景が初見である面々はスマホ、またはこの光景そのものに興味津々であった。麒麟も初見である為、興味津々。他の面々と違うのはあの時どこから現れたかわからなかった武具の謎が判明した事くらいだろう。


「これ…どうなって…」


「すいません。わかんないです」


 美雪が発したこの場に居る者たちの心の声を代弁した質問であったが、当然と言えば当然、ラギにもこのスマホの謎は分からない。なのでそのまま返答するしかない。

 分かっている事は【天上への塔】と言う自身が長年プレイして来たゲームが関係している事くらいだ。


「取り合えずこんなもの…かな?」


「少し多い気もするが…まあそうだな」


 多種多様な品々。


 見るからに武器、防具とわかる物から、ただの服にしか見えない物や豪華なアクセサリー。逆に質素なアクセサリーもあり、薬の様に見えるものまで実に様々。しまいには明らかにおもちゃにしか見えない物まであれば、一体全体それがなんなのか全く不明、予想さえ難しい物までが研究室の中央の台に所狭しと広げられた。


 この研究室は美雪が所属するチームに当てが割られた部屋。

 防音、防災を備えた頑丈な造りのこの部屋の床は同じく防音、防災を備えた頑丈な造りをしており、普段では考えられない程に綺麗に磨かれていた。その床の一角には普段であれば中央に備えらえれた台、作業台と言えるそこに置かれている物が積まれていた。

 パソコンや書類、果てはお菓子、実験器具も置かれており、そこそこに大きいと言える作業台であるが、普段は何かを追加で配置する事は出来ないだろうと思わせる量の物があった。


「一つ一つ説明して貰う。お前たちはメモでも取っておいてくれ」


「はいはい」


 万理華から美雪達研究チームに指示が飛び、美雪はそれを雑に返して一人の研究メンバーに目配せで合図。これを正しく了承した一際若いメンバーがノートパソコンを広げ、準備完了と頷きを美雪に返した。

 万理華への返事は雑目に返した美雪だったが、ラギが取り出した不思議な力、そして取り出された品々に対しての興味はかなり強い。メンバーに対して頷きを返した直後からは瞳をらんらんと輝かせ、ラギの言葉を聞き逃すまいと前のめりに集中した。


 それからは一つ一つのアイテム、武具、アクセサリーの説明がラギの口からされた。


 武器が2。防具が服が2、軽装2、重装鎧が1。

 アクセサリーが全部で5。アイテムの種別:薬が6種を一つずつ。薬の他の消費アイテムも同じく6種を一つずつ。

 それぞれ特別と言える能力を備えた品々であるが、【天上への塔】の中においては低レアの物ばかり。希少性は無いと言える物ばかりである。

 ラギが所持していた理由もコレクションと言う以外にない。それにラギとしてはただ何となくコレクションしていただけであり、所謂コレクターと言われる人たち程の執着心がある訳でもない。手放す事になったとしても特に問題と思えないでいる。


 一方の説明を受ける側である面々はと言えば・・・。


「「「(欲しい!)」」」


 表には出さないが、明日香、水姫、麒麟は今後【異形】との戦闘で有効である事が容易に想像でき、是非とも使用したい欲にかられる。


「「「「「(知りたい!)」」」」」


 そして研究を職務とする美雪を筆頭にした面々は奇怪かつ摩訶不思議。しかし、解明し、再現する事が出来れば余の為人の為になる効果を持つ品々に対して、興味をこれでもかと刺激されていた。


「以上ですね」


「ありがとう。ラギ君」


 一気に説明し終えたラギは一つ息を吐き。仕事を終えた事を告げた。


 ラギに向けて労いを口にした万理華は、次いで美雪達へと視線を向ける。


「どうだ?率直な感想としては」


「…正直、本当にそんな効果があるのか信じて良いものか…。判断に困るけれど…。まさかダーリンが嘘を言う訳もないし…意味も無い。それに貴女が主導してるから本当の事なのでしょうね。試していない状態で、研究職員としてはどうかと思うけれど、本当の事だと確信しているわ。

 そして…効果はどれもこれも興味を引くものばかり。すぐにでも有効活用出来そうなものばかりね」


 一時いっときも作業台に並べられた品々から視線を外さない美雪と他の研究者たち。

 今すぐにでも研究解明に着手したい想いを視線を固定する事でグッとこらえていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「どうにか出来ないのか?」


「…すいません…」


 ラギは水姫、麒麟を共に自室へと帰還。

 それに追随するように行動しようとした明日香を呼び止めた万理華は、二人で万理華の執務室へと移動した。


 万理華は直球に明日香へと訊ねた。


 明日香のラギへの態度は初対面の時よりもぎこちなく、よそよそしく感じていた。少し前まではそんな感じでは無かった事を知っている万理華としては黙って居られなかった。


 明日香の気持ちが理解できない訳ではない。逆に痛いほど理解できる。

 しかし、その感情を認めるのと、行動や態度を許せるのとは話が違う。全くの別の話である。


 とても許容できる態度ではなかった。


「気持ちは分かるつもりだ。でもな…」


「わかっています。わかって…いるんです…」


 歳を取れば外面を取り繕う事は可能で、まだまだ若いと言える万理華でさえ完璧とは言えないがそれなりに取り繕う事が出来る。でも、万理華よりも更に若い明日香では心を騙して外面を整えるのはまだ無理であった。まだまだ経験が足りていない。圧倒的に足りていなかった。


「…あまりお勧めできない方法ではあるが…一つだけ、方法がある。…いや、と言った方が良いか?」


「…?なんですか、それは?」


 万理華が方法があると言いながら徐に取り出したのは一つの宝石。


「……?」


「【成長の秘術石】。と言うらしい」


 それはラギが取りだしたアイテムの一つ。


【成長の秘術石】。

 使用した者は現実世界で一日(24時間)の間、別次元の修行を行う事が出来る。別次元では時間の流れが異なり、現実世界よりも100倍速く流れる。


 と、信じられない様なモノ。


『別次元』『時間の流れが早い』と信じられない話が並べられている。


「お前の話を聞いていたからな。ラギ君に少しばかり相談してみたんだ」


「っ!?…は、話したのですか?」


 ラギの様子を見るに明日香の心内までは悟られていないと思っていた。何となくやらかした事は分かってはいても実際に何が明日香を傷つけたのかはわかっていないと予想してた。

 しかし、万理華が相談したのであれば話は別だ。


 万理華にも事細かく話をした訳でも無い。そもそもこの件は明日香から万理華へと報告はしておらず、傍から見ていた水姫と麒麟からの報告しか情報は持っていないはずであるが、同じ女性であり、そして明日香の事もよく知っている万理華であれば、明日香の心情を理解している可能性が高い。


 よって、ラギに相談したと言うのは明日香の心臓を跳ねさせるには十分な出来事であった。


「感づいているのかどうかは知らないが、明日香の事とは言っていない。あくまでも【特殊生命体対策機関】の職員の強化の為、と言う内容で相談しただけだ」


「そう…ですか…」


 万理華が相談したのは昨日の事。ラギから【天上への塔】と言うゲームの影響を受けている事を相談された時だ。軽い検証を終え、翌日に研究職員たちに話をすることに決定した後に相談した。


 相談内容としては、万理華が明日香に今言ったように【特殊生命体対策機関】に所属している職員たちの強化に使えそうなアイテムがあるかどうか、だ。


 ラギとしてはお手軽に強化用アイテムを最初取り出した。所謂あらゆるゲームに登場する『ドーピングアイテム』と言われるもの。

 しかし、これに万理華は渋った。


 強さに悩む明日香にこれを渡し、例え本当に強さを得たとして、明日香自身がそれで納得できるのか?というモノだ。少なくとも自分は納得できないと判断した万理華はそれの受け取りを拒否し、他に無いかを尋ねた。


 少しばかり悩みながらスマホを操作し、唸った末にラギが取り出したのが、【成長の秘術石】だった。


 逆にラギとしてはこのアイテムは出来れば使って欲しくなかった。


 勿体ない・・・という訳ではなく、このアイテムを実際に使用した際の安全性が確認できないからであった。アプリに書かれていた説明文が本当であるならば、使用者は異次元に行くことになる。不安しかなかったのは当然と言えるだろう。


 そのまた逆に万理華はこれを採用した。即決したと言っても過言ではないレベルでの判断の速さだった。

 実験の意味合いもあった。だが、何よりもリスクを背負う事が明日香には必要だと判断した事での即決であった。そして、何よりもあくまでも『修行』と言うのが気に入っていた。


 リスクがあり、強さ自体は己の努力でしか手に出来ない。


 万理華が望む内容に一番沿っていると思えたのだった。


 一通り説明を口にし、万理華は問う。


「今言ったように、これには実験の意味合いもある。

 それに、もしかしたら死んでしまう可能性もある。他にも色々とリスクもある。それこそ、ウチらが想像できない様な事態になってしまう可能性すら、な」


 例えば意識障害。身体の欠損。はたまたこの現実の世界に帰還する事が出来ないかもしれない。あらゆる可能性がある。万理華が言ったように簡単に出て来てくる今出した結果以外の想像もできない結果を招く事もあり得るだろう。


 しかし・・・


「どうする?」


 存外に「その方が良いだろう?」、と断られる事など一切思いもしていない瞳で明日香へと尋ねる万理華。その瞳の先にはほんの一瞬。僅か一瞬だけ顔をこわばらせた明日香が、即座に決意の表情へと変えた。


「勿論。やります」


「そうだろうな」


 想定内。


 万理華が知る明日香の瞳、顔付きでの返事が返って来たのだった。


「ラギ君にはウチから上手く誤魔化しておくとしよう。思いっきり


「ありがとうございます」


 明日香は真摯にそして心から万理華に首を垂れた。

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