第16話

「少し実験してみるか」と万理華の鶴の一声で場所を訓練場へと移した一行。


 麒麟は相も変わらず会話が聞こえない距離での帯同であったが、それに不満は無かった。強いて言えば事情説明くらいはして欲しいが・・・。それが出来ないからこそ距離を離しているのは頭の弱い麒麟にも分かった。


 しかし、気になる・・・。


「あの武器とか服とか…一体どこから…?」


 そもそもの話。麒麟からしてみれば、あの品々の出所すらも不明というのが意味が分からない。

 遠目から見ていた限りでは何処からともなく・・・否、空中から取り出している様に見えた。

 特別な男性である事は説明もされたし、理解もしている。が、少々ぶっ飛び過ぎではなかろうか?


 そんな首が90度を超えて傾げる勢いの麒麟を置いてけぼりに、離れたところで万理華とラギの実験は開始された。


「先ずはこれが一番わかりやすかな?」


「これは?」


「【火の剣】って言う名前から何となく想像できる剣ですね」


【火の剣】。

 攻撃力としては然程・・・と言うよりもラギとしてはかなり低い部類に入る。はっきり言って使い物にならないレベルのものである。それもその筈で序盤である【天上への塔】の5階層で手に入る武器である。ラギの攻略している階層が現在78階層である事を考えれば、使い物にならないと判断されるのは仕方のない事だと言えるだろう。

 攻撃力は期待できない。しかし、今から行う実験においては手ごろであり、分かりやすかった。


「これは剣を振ると火の玉が飛んでいく…って言うものなんですけど…」


「ちょ、ちょっと待て!

 は?火が出るのか?」


「…?はい。多分、ですけど…」


「まだ振らないでくれ!」


 慌てる万理華はどこかへと電話。

 通話先の相手に指示を出し、しばらくそのまま通話状態で待って居ると何かしら処理が終わったようでラギと視線を合わせた。


「えっと…?」


「それ、火が出るんだろう?もしあのまましてたら火災検知器が作動してボヤ騒ぎになっていただろうからな…」


「あ…」


 訓練場として使用されているこのドデカイフロア。その使用目的の為に頑丈に作られてはいる。具体的に言うならばこのフロアは丸々分厚い鉄板で出来ており、多少の衝撃ではどうこうならない造りである。

 そんなフロアであるが、当然ながら火災警報などの緊急事態を想定、感知する危機が配備されている。法律上それは厳守しなければならない事であるので当たり前である。という事は何も考えずに【火の剣】を振り、火の玉を飛ばしていれば火災検知器が反応していた恐れがあったのである。


「あっぶな…」


「全くだ」


 冷や汗を流すラギに完全に同意しつつ同じく冷や汗を拭う万理華であった。


「だがまあやる前に気が付いてよかった。

 今火災検知器の機能を一時的に切ってもらった。もういいぞ」


「りょ、了解。えっと、それじゃ…。


 ハッ!っと」


 軽く息を吐きながら剣を振るったラギ。


 ラギとしては半信半疑の状態。

 剣を持った感じとしては、前に持った本物の刀よりも少しばかり重量を感じる事から武器としての造りはちゃんとしているだろうと思っている。ただただ普通に武器として使う分には問題なさそうな感じから取り合えず自分に授かった力が全くの無駄とはならないだろう事に僅かに安心を覚えていた。


 ラギ本人に備わった謎の力を振るえばこの心配は解消される事ではあるが、正直その自信はあまりなかった。何せ、実戦を経験したことが無いのだ。

 数ある物語で多く語られる事がある場面。『初めて敵と遭遇した時の元一般人』の反応は恐慌におちいり、身動きが取れなかったり、錯乱したりと言った戦力外の行動で描かれている事が多い。これに自分も当てはまるだろう事は容易に想像できたラギ。

 何せ、一度【異形】を目の前にした時、半錯乱状態になってしまった前科がある。次に出会った時、いくら戦う力があると分かっている状態であっても、同じ轍を踏まない、とは言えなかった。


 力になれそうなのは美雪に協力し、自身の力の謎を科学的に研究解明する事くらい。しかし、これも正直徒労に終わるだろうと思っている。自分の身に起きた事。起きている事。どれもこれもが科学的に説明できるとは到底思えないからである。

 精々自分が有しているアイテムを使っての後方支援が精一杯だろうと思っている。

 例え戦う力があっても戦力になれず、備わった謎の力を解明も出来ずにいても、自分はアイテムでみんなの力になれればいいのではないか?


 そして、これらの考えは今、彼の眼の前で起きた現象を持って確信に変わった。


「おぉ…」「っ!?」


 ラギは剣の効果を仮想であったとして知ってはいた為、「本当に出た」と零す程度の少しの驚きを。

 万理華はそんなファンタジーなものを見た事もなく。普段から趣味が乏しく、聞いた事すらも無かった為、完全に夢物語が目の前に現れた事で驚愕を。

 そして、離れていたが現象自体は目視できた麒麟は万理華程その手のファンタジー系の話に疎くは無かったが、事前説明がほぼ無かった為当然ながら驚愕していた。


「思っていたよりデカし…形もちげぇし…」


 ラギがゲームで見た感じでは精々がバレーボール程度の大きさの火の『玉』だったはずである。


 ラギも万理華も半信半疑であった火の出現は実現し、その大きさはラギが振るった剣の軌跡のまま。つまりほぼ人一人の長さがあり、形も玉ではなく斬撃の様な形をとっていた。


「は、話しと、違うじゃないか…」


「そ、そですね…。ごめんなさい?」


『火の玉』が出ると聞いていた筈が、実際に出て来たのは飛ぶ『炎の斬撃』であった。

 直線で飛んでいった『炎の斬撃』は鉄の壁に当たり霧散。斬撃らしく壁を切り裂いた・・・までは出来なかったが、遠目に見ても鉄の壁には焦げが残っている様に見られた。


 頭を掻いて罰の悪さを誤魔化すラギに対してため息を一つ。招いた惨状を確認するべく、万理華は『炎の斬撃』が直撃した壁へと歩いて行く。


「溶けている…までは言ってはいないけど…」


「明らかに触るのはヤバそう…」


 近付いて見れば薄っすらとではあるが赤く光を放つ鉄の壁。一瞬で霧散したはずなのに鉄が溶けだす一歩手前まで加熱されている。つまりあの『炎の斬撃』はそれだけの温度であった事が分かる。


 その事実に驚きを隠せない万理華。そして、追随して来たラギも自分の起こした事でありながら若干引き気味であった。


「こんなに威力があるのは予想外なんですけど…」


「ラギ君がどんな想像をしていたのかは知らんが、君がプレイしていたと言うゲームで化け物を相手にするのだろう?だとするなら最低でもこの程度の威力が無ければ太刀打ちできないのではないか?」


 言われてみれば・・・と半場納得するラギ。


 ゲームでは『エフェクト=威力』となっている節がある。

 少なくともラギの個人的な考えとしてはその法則が成り立っており、頭の中にはその法則がこびり付いている為、今回実験に使用した【火の剣】のゲーム内でのエフェクトは言葉は悪いが『貧相』であった事からそれ程の威力は無いと想像していた。


 しかし、現実世界に出て来た【火の剣】は『火で焼き、ダメージを与える』を実現させるべく、この様に変化したのであった。


「えっと…そうなってくると…これ以上の武器になってくるとどうなるか…」


「少なくともここでは試せないからな?やめてくれよ?」


 ラギが【天上への塔】で集めた武具やアイテムの数々。

 序盤で手に入る【火の剣】が持っていた想定外の威力に、少しばかり恐怖の感情が彼の中に芽生えた。


「でも…攻撃じゃなくてサポート系の物は凄く役に立ちそうです!」


 恐怖心が芽生えたのは確か。

 だけど、アプリに収納してある様々な物が持っている多種多様な効果。大して意味の無い効果もあるだろうが、大半は有用な物となるだろう。それを想像し、思わず頬が緩むラギ。

 想定以上の効果を生み出しそうな事も相まって、彼は狙いが上手く行くだろうと笑みを抑えられなかった。


「因みにどんなものがある?」


「えっと…ざっと言うとステータス…って何て言えば…?え~。力を強くしたり体を頑丈にしたり、動くスピードを速くしたり出来そうです。それから傷を治したりも出来ると思います。確証は無いけど、病気とかも治せるかも…?」


「ほぉ…。それは中々有用そうだな」


 ラギの浮かべる笑みは自信から来るものだと勘違いをしている万理華は、彼が語る様々な効果効能の有効活用を純粋に期待する。先程惨事を起こしそうになった事など今の二人の頭の中には無かったのだった。


 そんな冷めて焦げが目立つ壁の前で笑顔を浮かべる二人を遠目に眺める麒麟。


「な、なんで二人ともあんなに笑ってるのぉ~…」


 何が二人を笑顔にしているのか?


 さっぱりわからない麒麟はただただ悪い事が起きないかと恐怖していたのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「おかえりなさいませ。

 どちらへ行かれていたのですか?」


 これ以上他の武器の実験を続行するにも危険が伴う。ラギ達人間にも。そして何よりもビル倒壊なんて事になっては目も当てられない。という訳でそそくさと退散した一行はラギの家である最上階へと帰って来た。


 そこで待って居たのは水姫。

 ラギへと丁寧に頭を下げ、帰宅を迎えた。そうしてから不在であった理由を問うた。


「えっと…」


「クマ。悪いが説明は難しくてな…。御上に相談しないとお前に話していいのかもわからん…。麒麟が見聞きした程度であれば…いやそれもマズいか…?」


 悩む万理華は「ぐむむ」などと唸り声を響かせる。

 眉間に皴を寄せ、腕を組んで悩む姿に本当に何があったのかと余計に気になる様になったのは仕方ない。


「ぐぬぬぬ…。ヨシ!

 悪いが機密だ!ゴマ!お前も一切今日の出来事はウチが良いと言うまで誰にも話すんじゃないぞ!」


「ら、ラジャー!」


 まるで体に圧し掛かった呪縛を吹き飛ばす様に麒麟に命令を下した万理華は意気揚々。ソファーにどかりと座り、コーヒーを所望したのだった。


 万理華の希望を叶えるべくラギはバーカウンターへ。ついでに人数分を用意し始めた。

 当たり前に当たり前ではない光景が繰り広げられる。ラギの元の世界であれば然程不思議ではない光景と言えるが、ここでは異常の一言。しかし、これに慣れねばならない。当たり前ではない事を当たり前に受け取れるようになる事。それがこの部隊では必要不可欠な事である事を水姫は己に言い聞かせていた。


「護真さん。この部隊ではまずこそ肝要。わたくしも努力を惜しみません。貴方もそうなさい」


「…そう、だね」


 諦めの言葉とも聞こえるが、水姫の瞳には曇り一つと無い。その瞳に感化されるが如く、男であるラギがコーヒーを淹れる様を落ち着きなくオロオロと見ていた麒麟も落ち着きを取り戻・・・


「…フフ。我慢するの辛いみたいね?」


「う、うぅ…」


 せない様。

 何とか抑えているだけで、視線と指は小刻みに動き。足も落ち着きなくその場で何度も小さく足踏みを繰り返していた。


「さて、クマは何してたんだ?」


「少し隊長とお話を、ね」


「ヒイラギと?…ああ。なるほど」


 昨日の明日香とラギの出来事は報告で上がってきている為、凡そ状況は把握している万理華。水姫の返答で明日香の現状を何となく察した事で納得の表情を浮かべた。


「あの…明日香は大丈夫でしたか?」


 二人の会話にコーヒーを淹れ終わったラギが参加。

 気掛かりとなっている明日香の現状を問う。これもまたこの世界の男性ではあり得ない行動ではある。慣れようとする努力が少しだけ驚くだけに留めるが、驚く事自体に問題があると水姫は胸中で自分を叱咤。


「そうですね…。本日中に…と言うのは厳しいかもしれませんが、近日中には元に戻ると思いますわ」


 遅れる事数秒の後に麒麟も驚いている事を間違いと自身を言い聞かせ気合を一括。顔を引き締めていた。


「そうでなければ…」


「隊長としては失格。ラギ君には悪いけれど、ラギ君の相手とは不適切として判断して部隊から外すしかないわね」


「え!?」


「勿論婚約の話も白紙に戻す事になるだろう」


 まさかの解雇一歩手前である事をトップである万理華の口から聞かされたラギは驚きを隠せない。


「な、なんで!?」


「ラギ君には悪いとは思うよ?でもね。仕方のない事。。ラギ君も


 まだラギが異世界からの来訪者である事は伏せてある手前、水姫と麒麟に聞かれている事を前提に言葉を選ぶ。

 青二才ではあるが、バカではない。いや、バカであるのは確かだが、嘆かわしい程の馬鹿でも無ければ愚か者でもないラギは万理華の選んだ言葉を正しく理解し、口を噤んだ。


「明日には強制的に元に戻させる。もしヒイラギがそれを拒むのなら…仕方ない」


 万理華の口から宣告がなされたのであった。

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