第15話
「いつまでそうしている気なのかしら?」
「…ほっといて」
明日香にしては珍しくぶっきらぼうな物言い。
そんな普段とは違う事は、昔した数少ない会話と先日会った時の事を思い返せば容易に感じる事が出来た水姫だったが、そんな事は知らぬ存ぜぬとばかりに行動を起こし、会話を続ける。
遠慮など微塵もない素振りで明日香が包まるベッドへと近づき・・・。
「っ!?ちょっと!!」
「情けないわね…。
それでも特別と評された殿方の第一夫人なの?わたくしも同じ殿方に嫁ぐと言うのに…不安を覚えるわ」
強制的に水姫は明日香が被っていた布団を剥ぎ取った。
明日香は水姫のその行動に文句をそして睨む事で不満を表した。
だが、水姫から出てきた言葉は抗議する明日香への反論などでは無かった。
今の明日香を見た感想・・・とでも言うべきもの。髪はぼさぼさ、肌には潤いがない様に感じ、目元は赤く腫れている。
同じ女性として、同じ立場である者として、今の明日香の姿は水姫にとっては受け入れ難いものだった。
「貴女がその
「…」
水姫が言わんとする事。
それは明日香にも心当たりがあるのだろう。水姫の暴挙と感じた行動に文句を言うため、鋭くしていたはずの眼つきがみるみる内になえていった。
「その様子だと気が付いてはいる様ね。
だったら尚の事。こんな所で。こんな無様を晒す事。そんな場合ではないでしょう」
「…わかって…います」
今現在。折角、と言えるかはわからないが未だ多くには知られていないラギの存在は知られている極少数の間では評価が一般男性とは一線を画す高評価。更にまだ機密である身体能力面での評価も伝われば今以上の評価を得られるだろう。が、今は女性に優しく、分け隔てなく接する事が出来る精神性とラギ風に言うなれば紳士的な面が想像以上に好評を得ていた。
まだ世間にもそして職場である【特殊生命体対策機関】の本拠点であるこのビル内であっても、ラギの存在自体知る人の方が圧倒的に少ない。その為この評価は御上とその周囲の人間がしたものであるが、水姫の言いたい事は今の評価ではなく、これからの事。
そして、何よりも女性である明日香が男性であるラギの名誉、評判を傷付ける事である。
女性である明日香の方が身を引く。
この出来事は今だけではなく、これから先、未来のラギの評価に響く事になるのが容易に予想出来た。
女性に対して優しく紳士的な男性であるはずなのに女性が去って行った。それは十分にラギの評価を改める出来事の一つとなる。
実はそれほどの評価を得られる人間では無かったのではないか?と。
そんな評価を、流れを作ってしまった。
それは明日香にとってはいかほどの屈辱か?
ラギ自身は明日香が去っていったとしても周りの評価は気にしないだろう。落ち込みはするだろうし、自分を
だが、この際ラギ自身の気持ちやなんやかんやは関係ない。
明日香がラギの名誉を傷つけた事。
これが問題なのである。
この世界の女性はそうならない様に、そうしない様に教育を受ける。
もしこの様な出来事があった場合、女性の方が後ろ指を指される事になる。そうなった場合曲がった事が嫌いな明日香にとっては後悔どころの騒ぎではない。
下手をすれば自殺を考えてしまう程に重大な出来事である。世間からの風当たりも強いだろう。
そうなっても良いのか?
ラギを傷つけ、自身を追い込む事が望みなのか?
水姫の問いは明日香の沈んだ心に重い一撃を与えた。
「わたくしたちの隊長でしょう?しっかりなさい」
「…」
「それだけ言いに来たの。…待っているわ。隊長」
水姫は明日香から視線を外し、部屋の角を睨みながら別れの言葉を残し、去って行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「この【装備】というのはどういう事なんだ?
ここの表示を見るに今現在装備している事になっているんだろう?しかし、ラギ君は普段着…この【装備】の格好をしている事は見たことが無い」
水姫が明日香の部屋を出る頃。
ラギの元を訪れた万理華は一通り相談、説明を受け、実際にスマホの画面を見ながら会話を進めていた。
「それは…」
今現在の身体能力はスマホに表示されている通り…なのかどうかはハッキリとはわかっていないが、現状を考えるとスマホに表示されている通りの身体能力を現実に得ている。で、あるならば【装備】の欄に表示されているものも現実に影響があってしかるべき。
しかし、実際には影も形も無いのが現状である。
「……もしかしたら…?」
「なにか心当たりがあるのか?」
万理華の疑問の声に言われてみればと考えるラギ。
ふと、ゲームであった【天上への塔】のプレイ画面を思い出した。
「えっと…でも、ちょっと、これは…」
そうした事で思いついた事。
その思いついた『それ』を実行すれば…?
「どうした?」
だが、何故か試す事に躊躇するラギ。
「これ、ゲームが元になってるみたいだから…ゲームの時にあった設定とか行動をすればもしかしたら…?って思ったんですけど…」
「何だ?歯切れが悪いな。どうしたんだ?」
話に参加する事は万理華に辞退するように言い渡された麒麟。エレベーターのところまで遠ざけられ、門番であるかのように佇みながら様子を伺っていた。その最中に頭を抱えるラギの姿に首を傾げていた。
「その~これを現実で実際にやるってのは…少し…、いやかなり恥ずかしい、んですよね~」
「なるほど…?」
言わんとする事は理解出来るが、実際にどのようなものなのかは知らない万理華の反応は薄い。八つ当たりの様なものだと理解しつつも、「こっちの気も知らないで…」と心の中で文句を垂らしたラギ。
しかし、こうしていてもどうしようもない。やるかやらないか。答えはハッキリと考えるまでもなく出ている。
「わ、笑わないで下さいよ?」
「大丈夫だ」
万理華へ頼みを口にしつつソファーを立ち、少し距離を置いたラギ。
万理華の返事を半信半疑な想いのまま、心に喝を。
「…ふぅ~」
一呼吸。
肘を張り、合掌。
「ま、【マナよ。
「ブフ!?」
ラギのまるで夢物語に登場しそうな口上。約束したはずなのに・・・文句を浮かべるラギを傍目に、たまらず万理華は吹いた。
「おぉお!?」
そんな思わず込み上げて来た笑いは束の間。
ラギは口上の後に合掌を解き、ゆっくりと離していくと光る棒が掌の間に現れ始めた。それは離れていく掌に合わせて長く伸びていく。
顔を紅く染めつつもゲームキャラである自身のアバターが行っていた言動を再現していく。
ある程度掌を離したところで、右手で光の棒を掴む。
そこから左手自体を鞘に見立てて右手を動かして棒を抜く。その瞬間に光が弾け、周囲に撒かれる。
光に触れたラギの体が光に浸食され、光を纏う。
そんな光を払う様に、右下へと棒を振り下ろせば…。
「ほぉおぉ~」
スマホに表示されていたラギの装備を身に纏っていた。
豪華な装い。とは言えないものの。
どこか重苦しくなる、圧力の様な物を放っている様に感じる。
ラギの近くに居た万理華は無意識ながらも全身に力が入り、臨戦態勢を取っていた。
「おぉ…」
そんな万理華の警戒とも言うべき反応には目もくれず。そもそもそんな事には気が付かずに、自身が手に持った長い刀と自身が着ている服に気持ちを集中させるラギ。
正にゲームのままだと感動を感じ、先程まで抱いていた気恥ずかしさは何処へやら?口元を緩めて最も興味を引かれる手に持った刀を見分し始めた。
ラギがゲームである【天上への塔】で装備していたのは全部で5つ。
先ずは武器。
そして防具として二つ。
戦闘能力の補助の効果を持つアクセサリーが二つ。
武器は刀。
名を【神刀・滅却】。
現状配信されている中でも最上位の位置づけに置かれている武器であり、刀使いの中では人気の物。
攻撃力は勿論、特殊能力も有能であるのが人気の理由である。
見た目は普通に刀であるが、時折刀身に煌めく赤黒い光がどこか不気味さを演出している刀である。
防具は【死神の衣】と【鬼神の着流し】の二つ。
【鬼神の着流し】は着物であり、藍地に金の文様が描かれた物。防具であり、布の装備にしてはそれなりの防御能力を有するが、どちらかと言えば攻撃能力を強化する効果を重視して採用し、装備しているものである。
逆に不気味な見た目の漆黒のローブである【死神の衣】は防御面に重きを置いた物。何処か禍々しい雰囲気を醸し出す装備であり、重苦しさを感じさせるものであるが、ステータスの数値としては低め。しかし、特殊能力である回避性能強化を有した逸品である。
アクセサリーはこれまた攻撃強化と回避能力を高めた構成。
それぞれ【鬼神の小手】と【幻惑の首飾り】との名前の装備である。
どちらもそれなりに豪華な見た目のアクセサリーではあるが、ゲームの時も今も【鬼神の着流し】に隠れ見えはしない。何気にその点もラギは気に入っていたりする。
それぞれ一級品ないしは準一級品である装備が現実となった今。ラギの姿は自身が今有する事となった身体能力も相まって、周囲に威圧を放つこととなっていた。
「…ラギ君。悪いけれど元に戻れる?」
「……あれ?」
ゲームでは塔に侵入した際に演出が挟まり、先程ラギが行った行動を行う。しかし、拠点に戻った時。ただ暗転し拠点が映し出された時には既に街中の服装となっている。
つまり
「や、やり方が…わ、わかりません…」
万理華に尋ねられ、刀に夢中になっていたラギだったが、我に返り、万理華の質問の答えを探すも見当たらなかった。
「えっと…も、戻れ!…とかかな?」
次の瞬間。
ラギが身に付けていた装備が瞬時に光へと変わり、そして弾けた。そうした一瞬の後に元の服装へと戻っていた。
「…戻れた様ね?」
「で、ですね…」
案外とすんなり元の戻れたことにホッと胸を撫で下す。
二人とも安心した様子であるが二人の感じる安心の理由は違っていたりするのだが、まあそれはさておこう。
「あ、あの~。大丈夫…なんでしょうか?」
遠目から眺めていただけの麒麟がおずおずと様子を見つつ近づき、質問を口にした。
いきなり奇行をし始めたラギを心配していた。その時点ではまだ近づく事はしない様にしていた訳だが、流石に信じがたい光景…一瞬にして装いが変わったラギを見て、心配が勝り、近付いてきた次第であった。勿論強い興味も持ったが故の行動である。
「問題ない。悪いけどもう少しあっちで待ってなさい」
「は、はい!」
万理華からの返答を聞き、そして続けて放たれた命令を叱責されたかのように返事を返した麒麟はそそくさと元居たエレベーター前まで足早に向かって行った。
離れていく麒麟を見送りつつ、ラギも元居た位置に座り直す。万理華も離れていく麒麟を背後に気配で感じつつ入っていた全身の力を緩め、居住まいを正した。
「まず、成功おめでとう。とでも言った方がいいかな?」
「あ、ありがとうございます?」
この世界においても無事笑いが取れる奇行を行った事を思い出し、若干顔を赤くしつつも、その行動が想定してた結果を生んだ事を喜んだ。が、祝われても困ると素直な感想が疑問の返答を返していた。
「見た感じ戦いにおいても使えそうである雰囲気は感じ取れたわ。思わず身構えるくらいにね」
「そうなんですか?」
万理華は自身が無意識に取っていた行動を口にし、装備の感想を漏らす。実用的なのかどうかはラギには分からない。これまで武器や防具とは無縁の生活をしてきたので当たり前である。実際に武器を手にしたのはこの世界に来てから数える程度。わかる方がおかしい。
「ま、実際に使ってみるか試してみるかしないと確かな事は言えないけどね。ウチの勘としては問題ないと思っているよ」
「そう…なんだ…」
自分がゲーム上で揃えた装備を現実の体で振るえる。
それはラギの心を高揚させるには十分な事であった。
「(…いや…ここでこの感情を許したら…)」
しかし、高揚する心に冷や水を掛けるが如くラギの頭に浮かんだのは沈んだ顔の明日香だった。
つい先日に心の高揚するまま振舞った結果。一人の女性を傷つけてしまった。
そんな事はもうしない。
したくはない。
そう思ったラギは自分の感じた高揚に蓋をするのであった。
「あ、あのもし今俺が付けてた装備が使えるなら…」
自身の感情に蓋をし、気分を切り替える。
その一助けとなるべく次の会話へと意識を向ける。幸いにもまだまだ謎のアプリと化した【天上への塔】の話は山ほどある。
その一つ。
ゲームをプレイしていた時にはほぼ死蔵している事になっていた装備品の数々。ただのコレクションとしてしか意味のない物も有効活用できるのではないかと思い立った。
しかし、これには一つ懸念があった。それは『装備を顕現させる行動』をとった場合のみ現実化する場合である。この場合はどんな装備もアイテムもラギ本人にしか使えず、影響が無い事を意味する。
が、それはすぐに無駄な心配だった事を知る。
「出来た…。これ、どうですか?」
「ほぉ…」
スマホを操作し、適当に剣を一つ選び、タップ。『取り出し』の項目を躊躇なくタップするとラギの目の前に光に包まれた剣が現れた。
それを手にすれば光は弾け、剣の全容がはっきりとわかった。
手にした剣を万理華へ渡し、続けて盾、鎧・・・は扱いに困りそうだと服を一着。アクセサリー、回復用のアイテムをそれぞれ取り出し、テーブルへと並べた。
「強さはバラバラ。見た目もバラバラなんですけど…。特殊な効果があったりするやつもあるはずなんですけど…」
ラギはそう説明するが見た目は兎も角、強さも能力も本当に備わっているのかは今はわからない。最悪ただのハリボテで、雰囲気を持っているだけのただのインテリア・ファッションアイテムである可能性がある。どちらかと言えばそちらの方が可能性としては高いとも言える。
現実的に考えて異様に強い装備などある筈もない。
現実には存在しない鉱石での武具なんてある訳もない。
ましてや特殊な能力なんて現実の物には備わらない。
だけど、ラギは期待していた。
もしこれが…使えるのなら…。
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