第14話

「…こ、れは……俺?」


 何気なく開いた【天上への塔】。

 このアプリは。起動時に制作会社や関連会社などのロゴが表示され、ログイン画面が映される。


 ログインした後に拠点にアバターが降り立ち、仮想パッドにて操作する。


 拠点では各種様々な準備が可能になっており、準備を終えればタイトルにもなっている【天上への塔】へと挑戦する事になる。

 最高到達階層への移動は簡略化されており、即座に移動可能。プレイヤーは日々階層を登っていくことになる。塔の内部には様々な仕掛けや罠、そしてモンスターが跋扈しており、プレイヤーはそれらを潜り抜け、打倒しながら進めていく。


 そんなアクション要素とRPG要素を合わせたゲームがいつも通り画面に移しだされ…たのならまだ百歩譲って理解できた。

 通信が出来ない状態にも関わらず問題なく起動した事には首を傾げる事になるし、その原因を究明しようと動く事になったかもしれない。下手をすれば回避したはずのスマホの解体・調査を進める必要も出て来たかもしれない。


 だが、実際に画面に移されたのは慣れ親しんだゲーム画面ではなく、キャラクターのプロフィール画面の様なものだった。制作会社などのロゴも何も表示される事も無かった。いきなり画面が移り変わった。しかも映っているのはどう見てもラギ自身。

 意味が分からなかった。


 表示されているのは主に二つ。


 画面の左半分を占めるのはラギの姿。表情は無表情であり、服装はもはや懐かしさを感じるゲームのキャラが付けていた装備に身を包んでいる様子は正にゲームのアバターかの様。

 恐る恐る触れ、どのゲームであってもほぼ共通である操作方法を試せば、拡大、縮小、回転が出来た。顔が自身である事を除けばその画像のリアルさに感嘆を漏らした事であろう。


 しかし、流石に自身の顔であるアバターをそうじっくりと見る事は出来ずに次に。


 右半分を占めるのはキャラクターデータ。

 今現在装備している装備品の名称が並び、続いて【攻撃力】や【防御力】などの各パラメーターがランクで表示されていた。ゲームと同じであれば全10段階のアルファベットと更にプラスとマイナス、無印で表され、全部で30段階で評価される。


 装備品とパラメーターは、ラギのプレイデータのまま。記憶している通りに表記されている事に変に安心しているラギは少し異常とも言える。


「…もしかして…?」


 ラギの頭に一つの予想が過る。

 そしてそれは正解。

 彼の現状はこのデータ通りとなっており、彼が本来備えていないはずの身体能力やゲームの動きが可能なのはこのアプリが関係している。


 しかし、そんな事は本人は知らないし、確かめるにしてもその方法が分からない。

 あくまでも仮説の一つ。だけどこのアプリが関係している事は不思議と確信出来たラギ。半場勘の様なものだったが、その様に想定して行動するのはこの場合正しいと言えるだろう。


 明日香を追い詰めた力。

 そして、ラギを浮かれさせた原因。


 理不尽。と言えばそうだろう。

 しかし、ラギは自身の力、その原因に腹を立てる。しかも、ラギが長年愛して来たゲームである【天上への塔】を元にしている事が妙に癇に障った。


 苛立ちを抱えたところで現状の解決には何も影響しない。助けになどなりはしない。

 そんな事は分かっている。そもそも原因とは言うものの、この謎の力を持ったとしても自制できていれば起こらなかった問題だ。


 自分の至らなさが招いた結果であるにも関わらず、他に責任を求めるのは人として未熟と言えるだろう。


 これも彼は分かっている。


 しかし、分かってはいても感情とはどうにもならない事が多い。


 苛立ちを持て余しつつ、謎のアプリを調べていく。

 装備品やパラメーターなどをタップや長押しで操作すれば、装備品の変更画面とパラメーターの詳細画面がそれぞれ映し出された。苛立ちの所為か、少々操作に力が入っている様にも見受けられた。


 装備品は様々。

【天上への塔】をプレイした居た時。取り合えず手に入れた物は残し、重複した物だけを処分して来た。

 それがそっくりそのままある様で……数は膨大なものになっていた。


 パラメーターも同様にラギが育てたアバターのまま。

 顔がイケメンの優男からリアルの自分の顔に変わった事を除けば、ラギの【天上への塔】のプレイデータそのものと言える。


「それが…なんで?」


 意味不明なのは、データでしかない【天上への塔】が異世界とは言え現実に影響を与えている事。


 足りない頭でうんうんと唸りながら考え、気が付けばそのまま眠りに落ちていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 明けて翌朝。

 眠りには落ちたが、眠りは浅かったラギは早朝に眼を覚ました。


 備え付けの電話から毎朝の通話。

 相手はラギと婚約した明日香だったが、いくらなんでも時間が早すぎる。


 相談事がある為電話する事は確定しているが、明日香と会話するには少々気まずい。昨日の出来事が尾を引いている。

 時間を潰す為、そして何よりも心の整理をつけるためにシャワーを浴びる。


 しっかりと眼を覚まし、シャワー中に色々と考えた末…


「いくらなんでも…掛けづらい…」


 どう考えても普段通りの電話は無神経かと、中々通話のボタンを押しづらい。

 それでも今日は昨日の夜発見した謎のアプリとそのアプリと自分が身に付けた力の関係性の事を相談しなければならない。


 踏ん切りがつかず、悩む事しばらく。


「あ、おはようございます」


 万理華へと通話を繋いだのだった。


 珍しい朝の電話に僅かな驚きを口にした万理華だったが、ラギの相談したい事が出来たと伝えたところ、快く会う事を快諾。

 朝食後に会う事となり、電話は終了した。


 朝食の準備をしつつ、万理華への相談を脳内で整理。

 食事の後は身支度を軽く整え、何時もの談話の場へドアをくぐった。


 いつも談話をする場である応接室。

 応接室にしてはとんでもなく広く、バーカウンターなどもあるが、本来の使用目的は男性を迎え、接待する場である為、この世界では極一般的。逆にこのビルは一般人の血税で作られており、そのビルを本拠地とする【特殊生命体対策機関】も税金で運用されている事から控えめでさえあるが、まあ、関係のない話である。


 応接室の中央にある高級ソファーにいつもは朝の電話を終え、朝食を取り終えた明日香が腰かけている。

 ラギを待つ姿を見るのは、彼の朝の楽しみの一つ。


 普通にしていても美少女である明日香が、ラギに会う事を心待ちにしている姿は美しい絵画を見ている気分にさせてくれる。

 自然と笑みを零しながらいつもは対面に座る事になるのだが…。


 昨日は明日香を傷つけ。

 朝の電話も無し。


 それでももしかしたら待って居るかもと、情けなくも期待していたラギはソファーに座る人影を見て、胸を撫で下した。


「あ!おはようございます!!」


 が


 ソファーを勢いよく立ち上がり、大きく挨拶を上げたのは麒麟であった。


「…おはようございます」


 期待を裏切られた気分となったが、勝手に期待したのは自分自身。

 誰も悪くない。ここに居ない明日香も。待って居た麒麟も。

 誰も悪くない。


 悪いのはラギ自身であると、自分を責めつつ、麒麟へと挨拶を返してから対面のソファーに座る。


「今日の予定を聞いてもいいですか?」


「特に無かったんですけど、ちょっと相談事が出来たので、もう少ししたら万理華さんが来る事になってます」


「わっかりました!」


 本当は明日香にも相談したい事なのだが…。


「えっと、九馬さんは?」


「九馬は隊長のところに行きました」


「隊長…?……あぁあ、明日香の事か」


 隊長とは誰ぞ?


 聞きなれない呼称に首を傾げたが、すぐに自分で答えを出す事が出来た。


「なので今はアタシだけです!!」


 どこからともなく「ふんす」と鼻息が聞こえてきそうな勢いの麒麟に僅かに苦手意識を抱くラギ。

 今現在普通に会話が出来ているが、元は精神を患っている男である。しかも女性に免疫がそれほどないのもあって積極的に距離を縮めて来る女性は苦手である。麒麟は別に距離を詰めている気はないただの素なのだが、ラギからしてみればその様に見えてしまう為、苦手な部類に入ってしまうのであった。自分で選んだ女性であるはずなのに贅沢なものである。


「朝ごはんは済ませましたか?」


「う、うん」


 僅かにどもる返事を気にも留めずに次の話をしようと麒麟の口が動く。

 それを高い身体能力を得たラギは無駄にその能力で察知し、先に口を開いた。


「コーヒーを淹れますね」


「あっ!アタシが!」

「いやいいですいいです」


 ひとまず退散。

 これに成功し、ホッと一息つきながらバーカウンターへ。そこで備え付けの道具を使い、何時もより少しゆっくりとコーヒーを淹れる。

 次第に香って来るコーヒー独特の香りが鼻腔をくすぐり、ラギの精神を優しく解していった。


 ラギはコーヒーが好きだ。

 今背にある棚に並ぶお酒も好きだが、常飲するものではない。お酒は夜に楽しむものだと認識している。

 朝や昼、何気ない日常にはコーヒーが欠かせないと思わなくとも思っているくらいには好きなコーヒー。その理由は味もそうだが、何よりもこの香りが好きなのである。


 コーヒーを二杯。

 それなりに時間を使って丁寧に、そしていつもよりもゆっくり目に淹れてはいるが、大して時間を消費するものではない。

 二つのカップを運びながら万理華が早く来る事を祈るラギだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「(…なるほど?)」


 一方明日香の部屋を訪れた水姫は一人で勝手に納得の言葉を零していた。


 水姫の異能は水を操作し、使用したもの。

 水は攻撃、防御には正直向かないのが常識。しかし、彼女の研鑽と才能はその常識には囚われず、高い戦闘能力を持つ事になった。これは周りからも評価されている事である。

 だが、本来水の【異能者】には戦闘能力は期待されていない。

 戦闘能力よりも『索敵能力』に期待されている。


【異能者】とは本来人が操る事が出来ない『何か』を操る【覚醒者】である。

 それは『火』や『水』、『土』や『風』と言ったものたち。


 攻撃には『火』。

 防御には『土』。


 戦闘で活躍するのは主にこの二つ。

 他にも色々とあるが、発現する人数が多いのはこの二つ。


『風』と『水』はその性質上攻撃にも防御にも不向きと言わざる負えない。

 ラギの想像では圧縮した『風』や『水』で切断や吹き飛ばしなどを行うだろうと思っているのだが、実際には難しい。

 圧縮と口にするのは簡単ではある。が、この工程にはいくつも問題がある。


 先ず一つ目。

 圧縮する為には操る対象が大量に必要であり、その大量の対象を操る必要がある事。


 二つ目。

 大量の対象を操作し、圧縮する事。


 三つ目。

 圧縮を操作、維持しながら、攻撃対象へと向けて攻撃操作する事。


 大きく分けてこの三つの項目全てが問題になっている。

 大量の対象を操作するのも難しく、圧縮するのも難しい。更に難しい『大量の対象操作』と『圧縮操作』を同時にこなしながら『攻撃操作』をしなければならない。

 しかも、命のやりとりの最中にこれを行わなければならない事も考えると難易度は更に高いと言える。


 これに成功しているのは世界広しと言えど僅か数人。そして水姫もこの数人に含まれている。


 本来は戦闘ではなく、支援に期待される水の【異能者】。

 しかし、水姫などの一部は戦闘も可能。この戦闘を可能にしたその才能と研鑽は皮肉にも索敵能力を高める事にもなっており、水姫の周囲も戦闘より索敵で頼る事が多かった。

 水姫としては、頼られる事になんら不満も文句もない。しかし、戦闘の際に言われる「貴重な才能だから後方へ」の言葉は彼女のプライドを幾度か傷つけたのは事実。

 守りたいものの為に、戦う為に身に付けたはずの力が、後方へ追いやられる理由になっている事に憤りを感じた。


 そんな索敵能力は彼女の操作によって漂う霧。

 薄く薄く伸ばした霧は人間の眼には映らず、ほぼ空気と言える状態である。その空気と同義の霧が物質に当たった事をし、周囲を知る事が出来る。


 彼女は常に半径5m程展開しており、この事実だけでも屈指の水の【異能者】である。そんな彼女が全力で展開した索敵では半径5キロを感知できるが、脳の処理が追い付かない為、現実的な方法では無かったりする。実際に運用する際は一方向だけを索敵する。


 いくらか問題もある索敵であるが、常時展開している索敵で扉を経て尚明日香の様子わかった。


 どうやら布団に蹲っている様で、落ち込んでいるのは容易く想像できた。


「お邪魔するわ」


 無駄…と言えなくもない才能で水を使って鍵を開け、一声。

 ずかずかと明日香の私室へと入って行った水姫であった。

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