第12話

「「…………」」


「う、うそよ…な、なん、で…なんでワタシだけ仲間外れなの!?!?」


 呆ける麒麟と水姫。

 そして嘆きを吠える美雪の姿があった。


「…と、言う訳で…お~い。聞いてるか~?」


「「…………」」


「どうじでぇ~~~!?!?」


 万理華の執務室。仕事デスクの前に立つ二人に話を続けようと口を開くが、聞こえてくるのは今の話には関係のないはずなのにやって来ている者の嘆き声だけだった。


 仕方なし。と、放置を決め、他の書類仕事をし始める万理華。そんな行動に誰も異を唱える事無く、そのまま30分の時間が過ぎる。


「……ッは!?」


「お?漸くお目覚めか?」


 一番初めに眼を覚ました…正気に戻った?のは水姫であった。


「どどどどう言う事なの!?」


「初めに言った通りだ。

 お前とゴマにラギ君との婚約話が持ち上がっている。承諾するか?」


「しますぅ!!!!」


「「っ!!」」


 一度口にした話をもう一度口にする万理華。それに返事を返したのは正気に戻っていた水姫…ではなく、未だ呆けていたはずの麒麟であった。


「…びっくりした…。…取り合えずゴマは承諾、っと。で、お前はどうするんだ?」


「その前に質問を」


「質問に質問を返すのはどうかと思うが…まあ、この場合仕方ない、か?」


 万理華にとって気に障る行為を取られ、一瞬眉を寄せたがよくよく考えれば今回は仕方ないかと考えを改め口をつぐむ。しかし、気に入らない事は気に入らない。多少の不機嫌が行動、この場合無言で顎をしゃくりあげ、話の続きを促す事になったのは人間としては仕方のない事と言えるだろう。大人として、上司としては心が狭いかもとも思うが、まあ、横暴である訳でもない。現に水姫も特に気にせずに口を開く。


「何故わたくしたちに承諾を取る必要が?それにではなくと言うのも不思議に感じるわ」


 この世界では婚約は幼い子供がするもので、適齢期を超えている者は態々婚約など事はしない。結婚が可能な適性年齢であるのならば、即結婚が普通である。

 それに加えて女性側には基本的に選ぶ権利は無い。正確には法律上で選択の自由の権利は持ち合わせている。が、残念ながら男性の数が極端に少ないこの世界では、選ぶが無いのである。なので基本拒否権は無いとの考えに至っているのである。


「どちらもラギ君の要望だ。

 昨日お前たちが招集された部屋で鏡越しにラギ君がお前たち二人を結婚相手として選んだ。が、ラギ君は少々変わっていてな。

 先ずラギ君が一方的に選ぶのに負い目を感じるらしい」


「負い目…?」


 心底不思議そうに首を傾げる水姫。そして同じく麒麟も首を傾げる。

 その心情は深く頷ける万理華であったが、それがラギの考えである事をもう一度説明し、無理矢理にでも納得するように提言した。


「次に婚約についてだが。

 ラギ君としては結婚の前にお互いを知る期間が欲しいと思っている。もしどちらかが結婚は無理だと判断した場合は婚約を破棄出来る様に、との考えだ。

 お前たちからすれば断られる可能性がある事に不服、若しくは不安があるかもしれん。が…安心していい。ラギ君的にはどちらかと言えば女性であるお前たちが本当にラギ君と結婚していいのか自問し、答えを出す期間だ」


「…信じられないわね」


「信じられない気持ちも分かる。だが、これも同じく納得するしかない。

 結婚するしないの選択は法律的にも、そして今回は男性側の想いとしても許されている。だが、この男性であるラギ君の提案を否定する事自体は出来ん。お前たちには勿論、ウチにもそれは不可能な事だ。どうしてもすぐに結婚をしたいと言うのであれば、直接ラギ君を説き伏せる必要がある。一応言っておくが、ウチにはそんな気は一切ないからな。どうしてもと言うなら自分たちで交渉してくれ」


「…分かったわ。元より不服は無いから安心して頂戴。下手な事はしないわよ」


 いつの間にか床に落ち、そしてそのままになっていた事に今更気が付いた扇を拾い上げ、いつも通りに手で弄び始める水姫。

 彼女にとっては日常的に行っている自分を自分として確立する方法であり、考えをまとめる際、落ち着きを取り戻したい際によく見られる行動。それをしていれば基本、大丈夫な水姫から視線を切り、万理華は麒麟へと視線を向けた。


「ゴマはどうだ?今のを聞いて拒否するのなら構わんぞ?」


「いえいえいえいえ!まさか結婚…じゃなかった。婚約できるなんて嬉しい出来事を否定なんかしません!喜んでお受けします!!」


「それはなにより…で、いつまでそうしているつもりだ?ミユキ」


 性格的に拒否はしないだろうと踏んでいた麒麟との会話は簡潔に。どちらかと言えば結婚ではなく婚約である事に不服を申し立てるのはプライドが高く、家格的にも上流である水姫だろうと予想していたのだが、それも割とすんなり話が終わった。


 しかし、予想外の客である美雪が同席。

 話の内容は聞かれても困る事はない為、同席を許したのだったが、まさかここまでダメージを負うとは万理華にとっては予想外であった。


「………うっ……オェ―――」


「はぁ~」


 普段は余裕のある言動をとっており、基本研究以外には興味を持たない美雪。

 それが万理華、そして多くの知り合いが彼女へ抱くイメージだ。


 しかし、多くの者から抱かれるイメージも確かに彼女ではあるが、その実彼女は夢見る乙女でもあった。


 何時か王子様が自分の前に現れ、これを迎える。


 そんな乙女マンガのワンシーンが起こる事を想像しては毎夜夢に見ていたのだ。

 だけど現実は無常。

 待てど暮らせどそんな存在は現れず、気が付けばもうすぐ33歳。同期である万理華は独り身である事を受け入れ、仕事に打ち込んでいるが、彼女は未だに受け入れておらず、諦め切れていなかった。


「ミユキ」


「――――――」


「おいミユキ!!」


「―――?」


 年下であり、自分よりも武骨で比較的弱い女性である自分よりも明らかに恐怖の対象になっているはずの現場仕事を生業とする人間。それも年下が先に男性との特別な関係を目の前で構築された事が美雪に予想以上のダメージを負わせていた。

 万理華の怒鳴り声とも言える声に漸く少しだけ意識が現実に帰還した。


「お前が望むのであればウチからラギ君に話をしてもいい…。同期のよしみって事でな」


「…ほ、本当に…?」


 万理華の言葉にまた少し意識が現実へと戻って来る美雪。

 そんな情けないと言えなくもない同僚の姿にもう一度ため息を零してから話を続けた。


「あくまでも提案するだけだ。お前を受け入れるかどうかはラギ君次第。

 それよりも、お前の気持ちだ。こんな言い方はどうかと思うが…ラギ君で良いんだな?」


「勿論よ!」


「わかった」


 四つん這いの情けない姿から勢いよく立ち上がり、そして声を荒げて提案を承諾する美雪。

 そのまま彼女は夢の世界へと旅立った。


「さて、これからお前たちには毎日ラギ君のところへと行って貰う事になる。これは任務と言って良い。身も蓋もない言い方をすれば護衛だ。日中は常にラギ君と行動を共にする事。絶対に離れるな。とは言わんが、誰か一人は傍に居るようにしてくれ。これは厳守で頼むぞ」


「了解」「はい!」


「これまで与えられていた任務については全て忘れて良い。

 これからの任務については追って連絡する。以上退室していいぞ」


「失礼します!」

「ごきげんよう」


「あ~。それも連れて行ってくれ。邪魔だ」


 雑な扱いをされる美雪を幾分か不憫に思いながら、麒麟は昇天したままの美雪を背負って行った。


 彼女たちと入れ替わりに一人の女性が入室し、漸く普段の職務へと万理華は復帰したのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 一方アスカペアはと言えば…。


「ハァッ!!!」


 明日香の渾身の一撃。

 彼女のスタイルであるスピードと無限に思えるスタミナを活かした連続高速移動しつつのけん制と攻撃から必殺の一撃へと繋げた。


 これまで多くの【異形】とこの方法を使って戦ってきたがある熟練度の高い攻撃方法である。それはもはや一つの『技』と言って差し支えない出来栄えである。が、しかし、それはラギには通用しなかった。


「ック!?」


 かれこれ一時間。明日香とラギは模擬戦を続けていた。


 明日香にしてみれば相手は男性であり、しかも婚約者。守るべき対象であると言う認識が強い。だが、その守るべき者の実力が見出された。

 女性として、妻として、そして【特殊生命体対策機関】の職員として、彼の実力を正確に測る必要があった。


 主に、


 そして、明日香が恐れていた結果が目の前に立っていた。


「…本当に男性なのか疑いたくなりますね…」


「まぁ~、俺自身がなんでこんなに動けるのか一番不思議に思っているんだけどね…」


 ラギは今まで何かの稽古をした事は無い。

 格闘技、武術、戦闘術。

 言い方は様々、流派も考え方も様々な『戦う方法』。これらに憧れはあったが一度として学んだことは無い。精々が漫画やゲームで軽く説明された程度の不確かな情報しかない。


 にも関わらず、今ラギは【異形】との戦闘を生業とする明日香を凌駕していた。


 三十分程度の手加減と様子見のやり取りの後、ギアを上げた明日香。そして最後の一撃を叩き込んだ。

 最後の方はほぼ手加減は出来ていなかったと言えるが、それでも凌いだラギ。彼の実力はかなり高く、世界広しと言えど勝てる人間はそう多くは無いだろうと結論付ける。


「修行しないと、ですね…」


 構えていた模擬刀を下げ、それと同時に目尻も下げた明日香は気落ちした様に呟く。

 そんな彼女に気付いていながらもなんと声を掛ければいいのか分からないのがラギだ。


 彼の実力は高い。

 それは今しがた判明した。


 自分がどの程度なのかを正確には把握してはいないラギだが、それでも自分が異常な事は理解している。

 前述した通り、ラギは戦う方法を知らない。喧嘩もした覚えがない。そんな自分が何故か異様に戦えている現状。


 ラギには予想があった。


 身体能力が異常に高い事は少し前にはわかっていた事だ。

 これは転移・転生した者が手に入れるとされている所謂『チート』だろう事は予想していた。

 それからすぐに戦闘能力が高い事も判明。これもチートだろうとは予想出来たが、あまりにも動きに馴染みがありすぎた事に彼は疑問を抱いた。そうして、鏡の前で戦いをイメージして動けば…あら不思議。


 見覚えがあり過ぎた。


 その動きはラギがまだ『ラギ』を操作していた【柊 飛鳥】だった時に毎日見ていたもの。【天上への塔】のキャラクターがしていた動き、そのままだった。


 勿論現実となった今、見た事のない動きをすることは多分にあった。

 しかし、所々に散見されるのはゲーム内でキャラが行っていた動きだった。


 それを自覚してからはより一層に動きが洗練されたものになった。教官と模擬戦をした時よりも数段は実力が向上している形になっていた。


 明日香との模擬戦はラギの実力を確実なものにするのに必要な事であったのだが、こうして終わった今。気落ちする明日香の様子を見るラギはこうならない様に行動するべきだったかと後悔。しかし、後悔をしてしまう事自体が明日香にとっては侮辱以外の何物でもない事にラギは気が付けない。

 女性が戦う事、強い事が当たり前の世界だ。ラギの気遣いは余計なお世話。立派な『侮辱』である。尤も、これを理由に訴えたところで、相手が男であるからほぼ間違いなく負けるだろうが。


「何しているのかしら?」


「訓練?ですか?」


 何とも言えない雰囲気の中に万理華との話を終わらせ、意気揚々とラギの元へと水姫。そして美雪を背負った麒麟がやって来た。

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