第10話

「って、決断したばかりなのに……」


「ん?何だって?」


 明日香の為にも、そして今の自分に不満を持つ自分の為にも。男として、人間として成長しようと努力する事を誓った翌日。


 明日香と共に朝食から昼食まで二人での時間を楽しみ、三時のおやつを楽しんでいた最中に万理華がやって来た。

 そんな二人の時間を邪魔するかの如く突然現れた万理華が放った一言。


 それは、お見合いだった。


 準備する間もなく、そのまま連行するかの如く泡を食うラギを連れ出し、10は下に下った階にてお見合いが実現されていた。


 もっとも、ラギの知る『お見合い』とは毛色が違ったが・・・。


 広めのフロアをマジックミラーだと説明された鏡で区切られた先。数多くの女性が各々自由に過ごしており、男性であるラギは向こうから認識される事はない。


 一方的にラギがお目当ての女性を指名する。あとは結婚するだ。


「俺、まだ柊さんだけで手一杯…と言うか柊さんだけで十分すぎるんですよね…」


「何を言う。一番初めにウチと約束した事だろう。

 女性を複数娶る。これは既に決定事項だ。何なら君を思って今日まで時間を設けたくらいだ。もうこれ以上の猶予は許されない。

 今この場で出来れば4人。最低でも2人は決めて貰いたいね」


「ふ、2人も…」


「因みに、ですけど。総隊長でも構いませんよ?」


「ええ!?」


 諦め、と言うよりも常識である事から嫉妬心はあまりない明日香があっけらかんと万理華を推薦。明日香にとっては見知らぬ女性や関わりの薄い女性よりも万理華が相手であれば安心できるからと言う理由からの推薦である。

 それに万理華もまだ32歳。歳は離れてはいるものの、この世界ではごく当たり前程度の年齢差である。


「ふん。それは無いな。ウチは生涯独身だ。間違ってもウチを選ばないでくれよ?これでも仕事があれこれと忙しい身だ。それに……顔がだからな」


「…」


 ラギならばそんな事は言わないだろう。

 そんな予想。希望が大いに反映されたものであるが、万理華と話すときのラギの様子を見ればそう思える。

 しかし、女性として美しくありたいと思う気持ちも、傷がある顔を卑下する気持ちも、そしてもしも万理華をラギが選んだ際の周囲の反応も手に取るようにわかる。


 だからこそ、それ以上口を開く事が出来ずに沈黙するしかなかった。


「最悪とかそんな事はないと思いますけど…」


 一方ラギ。

 ほぼドストライクと言える万理華。一方的に選ぶ度胸があれば選んでいた。しかし、残念ながらヘタレのラギは選べない。女性自身からのプッシュが無ければ相手としては見れないのであった。実に押しに弱い軟弱さである。


「世事はいいさ。

 さ、ウチじゃなくてあっちを見てくれ。時間がないよ。具体的に言うとあと30分だ」


「はいぃ!?」


 ただでさえ一方的に妻となる女性を選ぶだけで気が引けるのに、そこにまさかの時間制限付き。そんな馬鹿なと信じられない気持ちが溢れる。


「君の元の世界の常識。そして何よりも君の性格上こうでもしないと中々決められないと踏んだ処置だ」


 あえて連絡せずに連れ出した事。

 そして、ラギの為、ラギの事情を考慮して設けた時間と言ってはいるが、本当の狙いは時間を延び延びにしてから猶予を削り、逃げを許す時間を無くしていた。


「因みに、今この場で決めなければ御上の連中があれこれと好き勝手に動きだすぞ。その結果。御上のが考慮された相手と結婚してもらう事になる。例えどんな相手であってもこれを拒否するのは難しいと思ってくれ」


 実はこれ、半分は嘘、である。

 この場で決めなければならない事。御上が動き出し、都合の良い相手を見繕われるのも事実。しかし、男性の事情や気持ちを完全に無視するのはこの世界では難しいので、拒否は可能である。多少渋られるし、多少面倒な事になるのは明白ではあるが・・・。


「ぐぬぬぬぬ…」


 だけど、ラギにはそんな万理華の隠した情報も思惑も気が付けない。患っていた精神が治っていても、ただそれだけの普通の青二才。まだまだ社会経験も浅く、相手の腹や裏事情を想像もできない。


 よって、拒否できない事を文字通りそのまま受け取り、先程まであった気が進まない思いと光の無い眼を改め、睨むように女性たちを見る。


 ラギが想像した強制的に結婚させられる相手女性は、ブクブクに太り、年齢も自分よりだいぶんと上のおばさん。もしくはおばあさん。ラギにある常識が結婚相手を選ぶ事に後ろめたさを感じさせていたが、ラギのが想像上の女性を拒否。ケツに火をつけた心持ちとなった。

 もっとも、この世界では子孫を残す事が最大の目的である。ので、ラギが想像している子供を宿せない様な女性は今回の話とは無縁となるのだが・・・。まあ、折角やる気、選ぶ気になったラギにはこの情報は無用だろう。


「…私は万理華さんなら安心だったのですけど…」


「残念ながらウチにはメリットが少ないな。確かにラギ君は他の男と比べると非常に魅力的なのは認めるところだけどな」


 そうは言いつつも表情がピクリとも動かない万理華。

 多少なりとも断った事への後悔や目の前の明日香自身、若しくはガラスを隔てた向こう側にいる選ばれる女性への嫉妬なり羨望なりを垣間見せれば……もう少し説得にも力が入ろう。が、今の万理華を見る限り強要すること自体が無駄。良かれとの想いもあっておこなっても、下手をすれば迷惑行為へとなり下がる。


 迷惑行為、悪事、後ろ指を指される行為。その他諸々の曲がった事が嫌いな明日香にとって、これ以上言葉は出てこなかった。


 一方のラギは二人の会話は耳を素通り。

 自身が追い詰められている事に焦りを感じていた。


「(いくらなんでもおばちゃんが結婚相手はいやだ!いや、失礼だとは思うけど…。でも…)」


 ラギが知る物語などでは大抵無理矢理用意された結婚相手と言うのは最悪の条件をこれでもかと持ち合わせている。

 容姿に限らず性格も嫌悪を抱く酷い人間。そんな相手は例え自身を卑下しているとしても、納得できるものでは無かった。


 そんなこんなな時間が過ぎていく。


「残り5分だよ」


「!?」


 制限時間。

 焦りは強くなる。


「………はぁ」


 しかし、焦りが上限突破した結果。一周回って落ち着いた。


「あの人とあの人、でお願いします」


「ほぉほぉ。なるほど。うん、も良いな。わかった。

 喜べヒイラギ。部下だ」


「はい?何故今そんな話を…って、もしかして…」


 明日香にとっては全くの無関係の話題が万理華から出た事で一時首を傾げたが、一連の流れを予想した結果。一つの可能性へと行き着く。


「あの二人をお前の部隊に加える。それからラギ君も君の部隊に入る事になるだろう。現場か内勤かはまだ不明だがな」


「つまり、ラギさんがどの職務に付こうと私と彼女たちで護衛する。という事ですか…」


「流石はヒイラギ。多くを語らずに済むのはお前の長所だな」


「そのお陰で色々と彼女たちから言われているのを知っているでしょう」


 若干ながら気が重そうな雰囲気を出す明日香の様子。

 そして、二人の言動から見てもガラスの向こう側に居る女性たちを知っている様である。

 万理華はその立場上全員と面識があり、会話もある。人となりもある程度把握もしている。しかし、明日香は知っている者が数名程度。それも会話を数回交わした程度でしかない知人である。


「えっと…二人はあの人たちを知っているんですか?」


「ああ。彼女たちは今招集できる限り集めた【特殊生命体対策機関】に所属する者たちだよ」


「…え?まさかの職場結婚?」


 完全に一般人として認識していたラギは、まさかの万理華からの情報で眼を丸くする。

 しかも、今後同じチームとして行動する様な発言も見受けらる為、ここ数日の間に明日香と過ごしていた様になるのかと期待と不安。そして、明日香との二人きりの時間が無くなる事への寂しさを感じていた。


「あ~それとな。彼女たちともヒイラギと同様に婚約と言う形をとる事になっている。もしも結婚したくないと思った女は遠慮無用。スッパリ振ってくれ。その方がラギ君的にも良いだろう?」


「良い…のかな…?多分…」


 ラギとしては決死の覚悟で選んだ二人。

 明日香とは良好な関係を築けていると思っているラギは、ゆくゆくは結婚するのだろうと早くも決意が固まりつつあった。しかし、この場で結婚を決める二人を決めるのは話が違うと思ったのが本音だ。


 明日香とは時間を設けて貰い関係を築けている。しかし、急に現れた女性とはいきなり結婚するのは躊躇いがあった。何より、明日香に悪いと思っていた。

 だから婚約と言う形である事は明日香と条件を揃えると言う意味でも、ラギが決意するまでの時間的猶予としても助かるのは事実である。


 しかし、選んだ側であるラギが、「やっぱ嫌」とは言い辛い。

 その辺りどうなるだろうかと不安があって歯切れの悪い返事を返してしまったのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「さて、いきなり話を進めた訳だが、現状を説明しよう」


「「お願いします」」


 場所を何時もの最上階。ラギの自宅になる予定の場へと場所を移しての話が始まった。

 明日香にしても、そして当然ラギにしても、現状どの様な話、扱いになっているのかがわかっていなかった。

 明日香はこの世界で生まれ、そして育った。また【特殊生命体対策機関】に所属もしている事で御上たちの考えがある程度予想出来なくはなかった。しかし、それはやはりただの予想であり、憶測でしかない。明日香が予想できる範囲外の状況である可能性は十分にあり得る。


 逆にラギには想像も難しい。

 今まで培ってきた経験は学校生活と1年と少しの社会経験のみ。それからその合間で娯楽から得た疑似的な経験のみだ。

 創作物などはその作り手の努力の結晶である事から、それを手に取った事である程度の経験と知識を得れてはいるが、それはあくまで創作物。他人が想像したものを伝えて貰っただけのものだ。実体験の経験・知識と伝え聞く経験・知識とでは雲泥の差があって当たり前。

 よって経験不足とこの世界の知識不足が相まって予測不可能となっている。


「まず、先日行った身体能力テストでの非凡な結果を重く見られている事はもう知っているだろう?テストの数値では十二分に前線での活動が可能な数値である事も伝えたはずだ。この事から、実は【特殊任務遂行部隊】、通称【トクム】に配属可能な数値であり、実際に【トクム】に配属してはどうかと言う意見が出ている」


【トクム】とは。

 特別に危険度が高い、若しくは人命救助が極めて困難な状況に投入される部隊である。配属されている隊員は優秀である事が義務づけられている超エリート部隊である。


「確かにあの数値ではそうなっても可笑しくないですけど…。でも、ラギさんは男性です。【トクム】などに配属しては民間からの苦情が大変な事になると思われます。それに私としては反対です」


「ヒイラギの言う民間からの苦情はその通りになるどろうな。更に加えるのなら優秀な男性を狙ってわざと凶悪犯罪を犯し、ラギ君の出動を狙うおバカな輩が出たとしても不思議ではない」


「は?」


「あり得なくはない、と言うのが悲しい現実ですね…」


 自分が褒められているかの様に感じていた途端に、自身が原因での犯罪が起きる可能性を示唆された事で、ラギは思わず声を漏らす。

 ラギには信じられない理由での犯罪だが、この世界では当たり前。

 男性を狙って犯罪を犯す連中はそれなりにいる。なので、ラギと言う普通の男性とは一線を画す存在を狙って犯罪を犯す者が現れる可能性は十二分にあった。


「まあ、今出た理由諸々を鑑みて【トクム】への配属は見送られた。が、その代案、という訳ではないが昨日話した【特殊生命体対策機関】への配属を提案された訳だ。

 そして、初期に話をした『複数人の妻』に御上の思惑が影響する事になった」


「と言うと?」


「まさかとは思いますけど…子供を狙って、ですか?」


「その通り」


 その後万理華から出て来た御上の思惑。

 それはラギと明日香の神経を逆なでする事になった。


「男性であるラギ君を自由に使事は難しい。

 ならば、自由に使存在を用意できないかと考えた。その考えの行き着く先が…」


「ラギさんの子供、という訳ですね…」


「そうだ。

 ラギ君は特殊な存在だ。その特殊な存在の子供であれば、また特殊な存在である可能性が高い。子供の中でラギ君と同じ男児であれば特殊である可能性はさらに高いだろうが、男児が特殊であってもラギ君と同様の問題が出て来る。ならば、女児であれば問題は少ないだろうと思った訳だ。女児であっても特殊である可能性があるからな」


「最低…ですね」


「胸糞悪い…!」


「申し訳ないね。同じ世界の人間として恥ずかしい限りだ。

 ま、そんな訳でより特殊な子供を産む可能性が高いと予想した『強い女』と結婚させようとした結果が、今日のお見合いだ」


 特殊な子供をより特殊にせんとした思いもあっての画策であった。


「元々お見合いはまだ数日先の予定だったんだけどね。相手もそれなりにランダムで選ばれるし、一般人が多かった筈だ。今日せっついたのは君を追い込んで、逃げ場を無くす目的があったからだな」


「…それ、今言って良い事なんですか?

 ここで今俺がさっきの二人を拒否する可能性もあるんじゃ…?」


「確かにそうだな。

 だけど、ウチは君を騙すのは本意じゃない。事が終わってから言うのも卑怯ではあるけれど、少しでも誠意を見せておきたいって、私情だ。

 それから、今日あの場に呼んだ奴らはウチが君を任せれると判断した者しか集めてない。勿論、御上の意向である強さも考慮してあるが、人間性としては問題ない連中だ。結婚するかどうかは言った通り君が決めてくれて構わない。無理強いはしないよ」


 無理強いはしないと言いつつも、御上と呼ばれる連中の意向通りの行動もしている万理華。それを今一信用できない部分であると判断してしまったラギは、今更ながら万理華を信用していい人間であるのか不安を覚え始めた。


「これからさっき選んだ二人が来る手筈になっている。

 それからこれからの話をしようか」


「…わかりました」


 生まれてしまった不和の音。


 それはこの先どの様に影響を与えるのか?

 帰りたいと思っていないはずのラギの心に、帰りたい思いが浮かんで消えた。

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