第8話

「まさか、本当だったなんて…」

「信じられないわ…」

「本当に男性なの?」

「もしや新たな【異形】、なのではないですか?」

「流石にそれはないでしょう」

「いや、しかし、それならば説明がつく…?」

「あり得ませんよ」


 喧々囂々けんけんごうごう


 人数にして15人もの妙齢の女性が遠巻きに身体能力テストを受けるラギを見ていた。その視線には多種多様なものが宿っており、見られるラギの精神にそれなりに影響を及ぼしていた。


 比較的まだまだ若いと言える者はその眼に『欲情』を。

 歳を重ね、自身の進退を気にするばかりの体の衰えを気にする者は『畏怖』を。

 世間の眼を人一倍気にする者は『警戒』と『期待』を。

 我が身を優先する強欲な者は『品定め』を。


 そして、独自の理論を持ち、またその理論を信奉する者たちは…。


「化け物…」


『恐怖』と『嫌悪』を抱いていた。


「どうです?嘘では無かったでしょう?」


 そんな面々と肩を並べ、どこか誇らしげに万理華は周囲に同意を求めた。

 少し離れた実際に測定しているラギ。彼は何とか『貸出』として与えられた明日香とお揃いの制服に身を包んでいた。そんな貴重な制服をラギは『変』と何とも言えない感想を抱いていた。

 女性である明日香と万理華で見慣れてきていた制服を自分が着ている事にどうしても違和感が拭えなかったのだ。しかし、流石に口にするのも憚られ、本人の胸だけに留めたのは懸命だった。

 何せそんな感想を抱かれている服装を『ペアルック』と思う事で、ウキウキと心を弾ませながらその測定の補助をしている明日香が居たからである。


 そして、そんな明日香と共に居る一人の女性。

 長い長い黒の髪を臀部にまで垂らした白衣の女性。名を【神楽かぐら 美雪みゆき】と紹介された彼女は【特殊生命体対策機関】に所属する非戦闘員であり、研究者である。豊満な胸を強調するように腕を組み、ラギの測定を見守っている。

 主に【異形】の生態を研究している彼女は、不死と言える【異形】を殺す方法を日夜研究している【特殊生命体対策機関】所属の科学者である。


「本当に驚きね…。これほどのデータは女性のワタシでも無理よ」


「美雪さんは研究職なのですから別に比べなくてもいいのではないですか?」


「それを言うなら彼はよ?

 男と比べて身体能力が低いと言われると、流石の非戦闘員だとしても思うところがあるわよ」


「そういうものですか?」


「そういうものよ」


 驚き、そして軽口とを挟みつつデータの採取をし続ける神楽。今現在、昨日出来なかった足も使用してのテストの再測定中。結果は最高値である『特一級』の二つ下である『準一級』。もう少しで『一級』となる数値であり、世の男性の平均を大きく上回る結果である。


「最後の項目もかなりいい数字が出そうよね」


「このまま行けばそうなるでしょうね」


 最後のブロックを破壊し、結果を見てから呟く二人の元にラギが歩み寄って来る。

 疲れは微塵も感じない。少し緊張をしている様だが、この大所帯の前での測定では仕方のない事だろう。精神を患っていた事を考えれば奇跡と言っても過言ではないのではないだろうか?


「次で最後だったよね?」


「そうよ。最後まで頑張っていいデータを頂戴ね?」


「…了解」


 神楽の物言いに多少思うところがありながらも返事を返したラギを明日香が次への移動を何故か催促。歩いてきた時と同様に疲れを感じない様に一つ頷いてから明日香の案内に従ったラギを面白そうに眺め、その後に神楽も続いた。


 自己紹介時に敬語での話し方に文句を言う神楽の我が儘を恐る恐る実行しているラギも、神楽の顔色に変化が無かったのを明日香の後を歩きながら胸を撫で下す。

 最後尾を歩く神楽は明日香とラギの背中を見…。


「なるほどなるほど…あの明日香に春が来た…って事か~。これはワタシもうかうかしていられないかなぁ~……いや本当にうかうかできないわよ…!」


 ボヤキながら二人へと続く。


「こちらが最後の測定です。本来予定していた項目とは違い、今から行ってもらうのは実戦形式の戦闘能力テストです」


「え?戦闘…って、どゆこと?」


「そのままの意味よ。ラギくんのデータはハッキリ言って男性としては異常なものなの。それは昨日聞いてるわよね?」


「聞いてはいるけど…それと戦闘とどうつながるんだ?」


「御尤も。

 男性には戦う力は絶対無い!って言うのが世界の常識だった。でも、それを今覆せる様な存在。つまり貴方が現れた。まだまだ【覚醒】については謎が多くてね。もしかしたら【覚醒】について何か解明できる手がかりが得られるかもしれない貴方のデータはどんなものでも欲しいところ。色々と協力してくれるとありがたいのだけど?」


 ハッキリと戦闘能力のテストに繋がるような話がなかったものの、言わんとすることは何となく把握する事が出来た。しかし、ふわりとした何とも不完全燃焼的なもので、小骨が喉に引っ掛かったような気持ち。


「本来予定していたテストは普通の男性が受けるものなのですが、ラギさんの場合それだと想定値を大きく上回る事が容易に想像できます。『測定してみたけどわからない』なんて状況になる可能性が大きいため本来は女性が受けるテストを受けて貰う事になりました。

 勿論今美雪さんが言った様にデータが欲しいと言う理由もありますけど。その辺りの事情は気にせず、ラギさんはテストに集中してください」


「ん~…わかった」


 明日香からの説明を受けて、考えても仕方のない事だと割り切った。今この世界で生きて行くには明日香や万理華、今日初めて会った神楽や御上と呼ばれている人たちの助けが必要であるのは明白。であれば多少の不満や疑問は流しておいて、今はただ言われた事を素直に従っている方がいいだろう。


 ラギの中でまた一つらしくない折り合いが出来た。


「それで、どうやってテストするの?」


「説明の前に武器を決めましょう」


「武器…」


「何がいいですか?」


 何がいいかなどと聞かれてもそう簡単に思いつく訳がない。この世界での武器は『実用性』が重視され、使用者が使いこなせるかどうかが優先されるが、ラギとしてはゲームやアニメに登場する様なカッコよさ、つまり『感性』が優先される。


 その感性に従うしか答えが出ない。


「刀…とか?」


 ラギがこの世界に訪れる前にのめり込んでいたゲームの【天上への塔】で使用していたのが【刀】である。他のゲームにしても刀を主に使っており、刀が無ければ剣を使用していた。


 しかし、本来【刀】とは扱いが難しく、高等技術が必要な武器である。身体操作を精密にこなさなければならず、これを怠れば刀で何かを斬ることなど出来はしない。それどころか刀を早々に壊す事になる。


 それらはこの世界においても変わらない。

 それ故に使い手は極端に少ない。居ないとは言わないが、この刀発祥の地である日本であっても使いこなせている者は片手で数えて余る。


「刀…ですか…」


「あ~ダメ?かな…」


「いえ、ダメではありませんけど…武器を持つの初めてですよね?難しいですよ?大丈夫ですか?気を付けないと自分がケガしますよ?」


「はいはい。刀ね。持ってくるわ」


 質問をいくつも重ねる明日香に少しばかり呆れる神楽が割って入る。

 明日香が案内した先にあったプレハブ小屋の様なもの。壁際にある小部屋と言えばいいのかどうか首を傾げるその中へと二人の間をわざと通り、小部屋へと入って行った神楽はすぐにまた出て来た。その手には刀が握って。


「はいこれ」


「あ、ありがとうございます…」


「…へ?」


「え?」


 受け取った際にお礼を口にしたラギ。それを不思議そうに見る神楽。神楽のその反応に意味が分からず疑問の声を返すラギの腕を明日香が掴んだ。


「ラギさん。こちらです」


「え?あ、うん…」


 半場明日香に引っ張られる様にして神楽から離れていくラギは、しきりに神楽へと視線を向けて様子を伺った。神楽はラギに刀を渡した状態のまま固まっており微動だにしていない。

 初めて直面する事態に訳も分からぬまま連れられて行かれた先は、設備が並ぶ反対側。広い何もない空間。


「この辺りでお願いします」


「えっと、いいのかな?」


「構いません。放って置きましょう。

 も説明を」


「あ、うん、はい」


 強引に話を進めようする明日香の様子に蹴落とされ、返事を返して無理矢理明日香へと意識を集中。説明を聞く態勢へと変えたところで明日香が口を開いた。


「先程も言いましたが、本来予定していたのは男性用の体力テストでした。しかし、ラギさんの身体能力が男性のものとは思えない好成績を残している為女性用の体力テストを行います。男性の場合はシャトルランを限界まで行ってもらうだけのものですが、女性は模擬戦を行います。模擬戦では相手を倒す事よりも、防衛を意識し、防御を主体として立ち回ってもらいます」


「なるほど…」


「模擬戦とは言え、ケガをする可能性は大いにあります。何せ使用する武器は本物ですので、十分にご注意ください」


「本物!?」


 まさかの事実に声を上げたラギは、急ぎ自分が先程受け取った刀を鞘から抜く。現れたのは光を反射し、魅了する美しくも鋭い刃であった。


「ま、マジか…」


「相手は対人戦に特化した達人であり、『準一級』の資格を持つ教官です。教官からの攻撃は寸止め、若しくは当たらないギリギリでの攻撃をしてもらえるので、安心してください。ですが、ケガをしてしまう可能性もあるのでご注意を…。一番気を付けなければならないのは自身の武器での負傷です。

 初めての測定時にはそれなりの女性が自分の武器でケガをする事例がありますので。特に今回ラギさんは武器を握るのも初めて。十分に注意してください」


「マジか~…」


 まさかの本物の武器を使用する事でただでさえ緊張していた体に余計に緊張が上乗せ。余分な力が入ってしまった。


「説明は終わったかぁ~?」


「はい。では後は教官にお任せします」


「あいよぉ~。んじゃ、早速ヤルかぁ~」


「はいぃっ!?」


 教官が既に抜いていた剣。

 突如として上段からの斬りかかり、俗に言う唐竹の斬撃がラギを襲う。


 当然慌てたラギだった。


 が


「おっ?…へぇ~。初めて武器を手にするんじゃなかったのか?」


「いやっ!全然っ!初めて!なんですっ!?けど!!」


「その割には綺麗にじゃね~か」


「くぅぉ!?」


 教官から見たラギは一言で言えば『異様』であった。


 自身が担う立場柄、人の力量を測る事には長けていた。明日香や万理華などが相手をするのはあくまでも【異形】。その所為で人間を見たところで何も思わない。精々が姿勢が綺麗な男だとラギを認識していた程度である。

 しかし、教官がラギを一目見た時に感じたのは『強さ』だった。それも『異様なまでの強さ』だ。


 姿勢が綺麗。

 確かにそれはそうだ。何事も極めれば美しく綺麗に見えるもの。

 更に、姿勢が綺麗である他にも、足運び、体捌きも素人には見えなかった。教官の眼から見た場合、何かしらの武術を極めていると見えたのだった。


 そしてラギ本人はただ何となく持っていた刀。

 これも素人とは思えない立ち姿だった。


 刀とは鉄の塊である。

 華奢な見た目とは相反して、それ相応の重量がある。例え身体能力が優れていたとしても、突如として数キロもある物体を持って姿勢が乱れないなどあり得ない。多かれ少なかれ必ず軸がズレる。だが、ラギは手ぶらであっても、刀を持っていても、軸もブレない自然体。


 総じて『異様』であった。


 そしてその異様さを確かめんと放った問答無用の一撃目。

 慌てふためく様は顔と声だけ。その他身体は正確に、そして合理的に動き、刀を使って。まるで体だけが勝手に動いたかのように。


 素人なら寸止めされるまで反応できなかったはず。

 ある程度の実力があれば刀か左手に持つ鞘を使って弾くか防ぐかをしていた。若しくは回避行動を取っただろう。


 しかし、ラギが取った行動はこれらのどれでもない『受け流し』。


 あの場での教官が考える一番理想的な防御方法であり、教官が理想とする受け流しの技術を体現したのである。


 刀は刃が命。弾く、防ぐを行った際には刃が潰れてしまう。刃が潰れない様に刀の腹で受けたとしたら刀に歪みが出るか、最悪破損してしまう。

 これらの異常が戦闘中に起きるのは最悪だ。

 よって可能な限り避ける。それが無理な場合は受け流しが推奨される。


 ラギの先程の対応。教官としてお見事と舌を巻く。

 避ける事も不可能では無かった。しかし、近距離からの不意をつくかの様な突然の攻撃。回避が成功するかどうかは不明。更に回避が成功したとしても、態勢が崩れていた可能性が大きく、追撃に対応する事が出来たかも不明。

 それらを瞬時に判断したのかどうかはわからないが、『受け流し』を選択したのは間違いではない。しかし、受け流しが甘ければ刀にダメージがある。が、教官の打ち込みが本気では無かったことと、ラギには無いはずの技量が刀へのダメージを最小限に留めていた。


「いきなりスタートって…」


「実戦とはそんなものだぞ?」


「これ実戦じゃないと思うんですが…」


「くぅあっはっはっ!そうだったそうだった。わりぃわりぃ」


 初めの一撃目をしのぎ、次々に繰り出される連撃を体捌きで見事に避け、回避が間に合わないものは一撃目同様に刀、若しくは鞘を使って受け流す。驚きなのは鞘をも使っての変則二刀流での反撃だ。


 反撃が出来ない程度には攻め立てたはずの合間に反撃を行い。リズムが崩され隙が出来た事で見事に距離を空けられてしまった。


「全っ然、素人じゃねぇ~な」


「いや本当に素人なんですけど…」


「はいはい。言い訳無用!!」


「っ!?」


 開けたはずの距離を一足で詰め、襲い来る教官。

 女性であり、またしても美人である人が襲い来るのはラギにとっては恐怖だった。


 絶えず動き、足は止まらず、手も止まらず、視線もあちこちに配り、思考を巡らせ、反応する。そうしてまた足を動かし、手を動かし、視線を動かし、思考を巡らせる。堂々巡りのいつ終わるのかもわからない攻防は続く。


 1時間


 2時間


 3時間


「もうっ!無理っ!!」


 先に根を上げたのはその場の誰もが驚く事に教官の方であった。


「ふぅ~…。あ~つっかれたぁ~。終わり、って事でいいんですかね?」


「はぁはぁはぁ、なん、で、そんな、元気……オェ」


 座り込んだ教官が息も絶え絶えに口を開くも、吐き気を催して中断。その場に大の字で寝ころんでしまった。


「驚きです。まさか教官が先にリタイアするなんて…」


 いつの間にか遠間へと移動していた明日香がラギに歩み寄り、感想を漏らす。

 明日香が知る限り教官がここまで精魂尽きている様は無かったこと。それを成したのが本来弱者であるはずの男性。明日香の心はより一層に踊った。


「あ~しんどっ」


 とてもそうは見えないラギの姿に、見学者たちは息を飲んだのだった。

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