第7話

 万理華より今後の行動の提案を3つ受け、内2つを一部条件付けにて受諾したラギ。そんなラギにとっては転換期とも言える日から数えること二日。


 将来ラギの妻となる事になることが半場決まり、残り半分の可能性を獲得するべくラギとの時間を大切に、そして果敢に過ごしていた明日香と、新たにラギについての管理責任者と言う現職とは少しばかり色の違う職務を預かる事になった万理華。この二人に連れられ、ラギが訪れたのは生活をしている最上階の一つ下。


「ひっろ…」


 生活の面倒を見て貰っている仮の住居である最上階はフロア一つがバカに広く、そこから部屋が二つあるのみの階である。

 そんな馬鹿に広い生活空間よりもなお広く感じるのは階層一つが丸々使われている所為。そして、一つ下ではあるが、階層三つ分使われる事によって高くなった天上である為であろう。


「ここがトレーニングと身体能力をテストするために使われている場所だ。各種設備は整っているし軽く動ける場所も確保されている」


「軽く…?」


 確かに広々としたこの場の一部の壁際には何やらラギが見た事のない機械が設置されている。それらがスペースを奪っているのは確かであるが、それ以外の空間は万理華が言う「軽く動ける」程度の空間であるとはラギには思えない。野球程の広大なスペースが必要なものは流石に無理ではあるが、普通にバスケやバレーであれば余裕をもってできる空間があり、サッカーでも可能。なんなら3つ同時に出来るだけの空間がある。


「まずはサクサクできる設備関係をやろう」


「設備を使用しての測定は全部で膂力と反射神経、観察力と体捌きを測定していきます。膂力以外の反射神経、観察力、体捌きは同時に測定を行います。

 その後に全力稼働可能時間の測定を行います。これは全力で動ける最大時間と全力で動いた際のスピードを測定します。今日はそれで終了予定です」


「え~っと、了解…」


 この階に入って左側の壁に目をやれば、設備が並ぶ。

 一番手前にあるのはやたらに頑丈な造りに見える人よりも高く横には数人が並べる程に巨大な箱。その次に置かれているのは巨大なスクリーンと何やら体に取り付けるのであろう機器類。そして最後に小屋の様な見た目のもの。


 ラギでも多少は予想できるものもあるが、詳細は不明な物たちの方へと明日香の説明をBGMに三人は一番近い設備へと向かう。


「これは主に全身の筋力を計測するもの、つまり膂力を測定するものです。

 使い方はこちらのレバーを引っ張るだけです。全身を使って全力で引っ張ってください」


「えっと、これ?」


 明日香が指し示したのは箱から飛び出たT字の鉄棒。握る為に緩衝材が巻かれており、少しばかり擦り減っている事からそれなりに利用されている事が伺えた。


「今この取っ手は――――――この様に簡単に引っ張れます」


 説明をしながら明日香が取っ手を片手で引っ張るとそれはそれは太い頑丈なワイヤーがズルズルと取っ手に付いてきた。


「稼働させると、この箱の様な見た目の中でワイヤーが固定されます。その固定された取っ手を引っ張る事で膂力を計測します」


「わかった」


 明日香から手渡された取っ手を両手で掴み、腰を入れ、表情を引き締めた。そのラギの様子を確かめると明日香は設備を操作、稼働させた。


「どうぞ。全力でお願いします」


「了…解!!」

「「!?!?」ストップ!!」


「っ!?」


 ラギが力を込めた瞬間。ゆっくりではあるが固定されているはずのワイヤーがズズっと引っ張り出された。


「――――――信じられん…」


「…同感です」


 固定されていたワイヤーはおいそれと引っ張り出せるものではない。

 がっちりと固定されているワイヤーを引っ張り出すには当然ながら固定している力よりもより大きい力が必要である。この設備はその見た目からも分かるがかなり頑丈に作られている。

 そもそも作られた目的がこの世界の覚醒した女性を想定した造りをしている為、頑丈でなければならない。更にキッチリと測定できる様に、可能な限り上の方を想定されて作られている必要がある。この場合は固定力、頑丈さが測定能力とイコールと言えるのだが、想定よりも強い力は現在確認されている中では僅か数人程度である。


 そんな結果を叩き出した


 異常である。


 しかし―――


「―――?」


 ラギは知らない。

 ラギは言われた通りに全力で引っ張っただけだ。何ならもう少し態勢を整えればもう少し強く引っ張れたかもしれないと思っているくらいだ。


「この異常さを本人は理解してはいないらしい」


「ラギさんからすればそうかもしれませんね…。

 ラギさん。足を見て下さい」


「足?」


 呆れるべきか賞賛するべきか悩む万理華。それに完全に同意の気持ちを持ちながらラギへと話かけた。「足を見ろ」との言葉に素直に視線を下げたラギは思わず目を見張る。


 ラギの足を包んでいた靴。万理華が用意した貰い物である靴は無残にも破れ、足に僅かに引っ掛かる靴とは言えない何かに成り果てていた。靴底は後ろに装飾品化の如くくっついている。


「・・・へ?」


 そう言えば、とラギは先程全力を込めた時の事を思い返す。

 態勢が悪かった。それは初めに足が滑ったからだ。と。


「男としては―――いや、女であっても出来る者は少ないだろうな…」


「そうですね。少なくとも私には無理ですね…」


「なんじゃこりゃ…」


 理解が難しい。

 それがこの場に居る三人に共通で思った事。


「あ~まぁ、次に行こう」


「そ、そうですね…」


「どうなってんだ??」


 何とか次に進まんとする女性二人の言葉に困惑しながらも従い、ペラペラと邪魔な靴を脱ぎ、それを手に後を追うラギ。

 次は巨大なモニターが設置された場所である。


「ここでは『反射神経』と『観察力』、それから『体捌き』のテストを行います」


「…へ~」


 未だ完全には立ち直っていないラギは生返事を返し、手渡されたのはグローブ。つければいいのだろうと無意識にグローブを付けるラギを横目に他に必要な物や設備の準備をする明日香と万理華だったが、問題に遅まきながら気が付いた。


「あ―――素足…か」


「そうでした」


「えっと、それを履けばいいの?」


 二人が直面した問題は、先程の測定時に無残にも破れ散った靴について。

 この場にあるシューズは測定用の物であり、着用は靴の上からするものと想定されている。それ相応に見た目も大きいが、問題は履いた際のサイズ感である。


「絶対合わないでしょうね…」


「…仕方ない。確かプログラムで足に関する項目は測定しない様に出来たはずだ。それでやろうか」


「わかりました」


 この設備で行われる測定は拡張現実を使用しており、非現実のブロックが測定を受ける者の周囲に配置される。この時に配置されるブロックには様々な指示がマークとして描かれている。

 このブロックの指示に従ってブロックへと攻撃をしていく訳だが、指示通りに破壊する必要がある。例えば右と手、破壊する様なマークで『右手で破壊しろ』や、左と足、上の矢印と破壊する様なマークで『左足で蹴り上げで破壊しろ』などなど。更にこれらのブロックは次々に新しく配置され、指示のマークは数秒、早ければ1秒で消えてしまう。そんな条件下で、制限時間内に出来るだけ多くのブロックを破壊するのである。

 ブロックに描かれた指示は時間経過で消えるので記憶能力も同時に試され、記憶した指示通りに動けるかの体捌きを測定。そして、次々に現れるブロックに反応できるかの反射神経を測定する。更に次々と現れるブロックへの反応速度で反射神経を測定する事になっている。


 しかし、足に付ける測定器具が付けられない。より正確な測定結果を出すには足も必要になるのだが―――致し方なし。今回は手だけを使用した測定に変更された。


 明日香は測定の設定の変更を、万理華はこの設備についての説明と測定方法の説明をしつつ、ラギの測定器具の着用を見守っていた。


「準備は良いですか?」


 設定の変更を済ませた明日香はラギに視線を向け、問う。

 はた目に見ればヘルメットを被り、グローブも着用されているので準備完了している様に見えるが、一応の確認と心の準備が出来ているかの確認だった。


「いつでもどうぞ」


「では、始めます。

 この測定は毎回同じ様にはブロックは設置されません。毎回ランダムですので、多少得意不得意が偏ったりします。ですので、測定は2回行われます。その事を念頭に体力配分も気にしてください」


「了解」


 ラギの返事を聞き、明日香は設備を操作、測定が開始された。


 始めに配置されたブロックは3つ。

 ラギの正面と左右。

 正面は『右の掌で破壊』。右は『左の拳』左は『右の拳』。明日香と万理華の肉眼には見えないそれは、傍の壁に設置された巨大なスクリーンに測定している者の視点が映されている。それに注目する二人は、即座にブロックを認識。そして同時に指示も理解する。それらの指示が消えるのは1秒後なのだが、この世界では強者となる女性であり、尚且つ強者の中でも一握りの中に入れる程の実力を持った二人にとっては、状況の把握も破壊の実行も、1秒も必要ない。


 ただ、今回測定しているのはこの世界では圧倒的に弱者である男性。


 だが


「「っ!!」」


 現れたと同時にラギは動いた。


 1秒かからずブロックを殴り消し、次に現れるブロックの把握・対処に移っていた。


 動きは万理華、明日香には及ばない。どこかぎこちなく動くそれは素人の様に見えた。が、何故か玄人の様に動く場面も見受けられ、どこかちぐはぐな印象を二人に与える。

 そんな変な感想を抱かせる動きはさておき。驚きなのはそのスピード。

 反射の速さ。どう動くかの判断の速さ。判断して実際に体を動かす速さ。

 明らかに男性が可能な速さではなく。そして正確であった。


「(―――これは、後日正確に測定するべき…ね)」


 今現在行われている測定は手を抜いたものと言える。

 本来ならば足も使用するこの測定で、今は手だけ。それは正確な測定とはとてもではないが言えない。その事を悔やむ万理華は、即座に正式な測定を行う事を決め、この後の手配に思考を裂く。


 そんな中で動き回るラギをのは明日香。


 ラギにとっては『男らしく』。しかし、明日香にとっては『男性らしからぬ』荒々しい動き。荒々しくも正確に動き、ブロックを破壊する様子は明日香に胸の高鳴りを強要した。

 まるで竜巻の様に周りに存在するブロックを破壊していくラギ。ブロックの位置、指示を把握する正確さ。即座に反応し実行する反射神経。そして足運びと攻撃方法の選択にもほぼ無駄が無く、理想の身体操作と言える。

 総合的に見て『一級戦力』相当である。


 世界初。

 男性で初めて誰もが文句を言えない【対異形戦力】として頭数にカウント出来るだけの成績を叩き出したのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 その後身体能力テストは中断。


 測定は後日へと持ち越された。


 理由としてはまず正確に測定できていない現状の改善の為。詳しく言うならばラギに合う【装備】を準備してから測定する事となった。


 先ずは一番初めに壊れてしまった靴。

 そして、最後の測定の時にボロボロになってしまったラギの一張羅も仕立て直す事になった。


 明日香や他の【特殊生命体対策機関】に所属する【異形対処課】が、いつ何時

 でも【異形】に対処できる様に普段から着用している装備一式制服を準備するべく万理華は奔走。


 この世界の男性は実に様々な我が儘を言う。

 それはそう世界がさせていると言えるのだが、流石に【異形】と相対する為の装備を欲しがる男性はこの世界には存在しなかった。用途が用途である為に欲しがる訳もないが、欲したところで中々に許可を出すのも大変な事である。何せこの『戦闘服』と言える制服は現在の技術の結晶である。おいそれと世間一般に流通させられない技術も使用して作られており、【異形】に対応するべく日夜働く【特殊生命体対策機関】の人間以外には配備されていない。


 そんな装備を欲しがるとはどういう事だと政府は万理華を問いただし、事の次第を説明されても理解をしなかった。


「という訳で、立ち合いの元、もう一度測定し直す事になった。それなりの人数が見守る事になるが…問題ないかな?」


「…問題ある、と言ったらどうなりますか?」


「その場合は直接ではなく映像の録画、若しくは別室で観察する事になるだろう。だが、この場合またあれやこれやと文句を言われ何かしら別途行動を必要とされる可能性があるな」


 明けて翌日に訪れた万理華からの説明を受け、渋い顔で面倒である事を現した。


「はっはっはっ。ウチも同じ気持ちだ。実に面倒だろう?

 だから、ウチは直接立ち合って貰った方が良いと思う。どうだろう?」


「そう、ですね…。気は進みませんけど、それでお願いします」


「わかった」


 渋々ながらも大人数に見られる恥ずかしさを飲み込むラギ。それを微笑みながら返事を返す万理華だったが…。


「随分と不満そうだな?ヒイラギ」


「当り前です。ラギさんがまるで虚言を言っている様な扱い…不満で仕方ありません。それに、虚言を疑って更に見世物かの様な扱い……正直怒るな、と言われる方が無理があります」


 負の感情を顕にしている明日香を見る万理華は感心の面持ち。普段感情が無いのかと疑いたくなるくらいに感情の起伏が少なく、表情の変化も乏しかった明日香。それがこうも感情を顔で、そして握り込む拳で現す少女の姿に感心と共に意外である事も同時に感じた万理華が訊ねる。


「まだまだ短い期間なのに随分と入れ込むじゃないか?」


 万理華から見れば明日香が出会って数日の人間に入れ込むのは意外である。

 それがいくら男性であっても、婚約していたとしても、意外であった。


 明日香が唯一関心があったのは【異形】。

 【異形】に対しての憎しみが人一倍強く、【異形】を狩らんとする姿勢は狂気を思わせる程のもので、今の明日香の姿からは想像できないもの。【異形】を殺す事以外には関心が少ない少女だったのだ。


 それがここ最近の明日香は様子がおかしい。


 確かに普通の人間らしい感情を強めようと画策し、ラギと結婚させて感情を刺激する事をしたが、ここまで効果が表れるのは異常。思えば婚約となる前から少し様子がおかしかったとも思う。


「(どういう事だ…?)」


 考えたところで人間の感情の動きなど専門家でもなければ把握するのは難しく、例え専門家であっても説明できない心の動きがあったとしても不思議ではない。それくらいに人間の心とは不確かで理解しがたいものである。そんなことは万理華も分かっている。


 しかし、腑に落ちない。

 それが、口から零れ落ちたのだった。


「…入れ込む、と言うと悪く聞こえますね。

 私は当たり前の事を言っていると思います。総隊長の方がおかしくないですか?御上からの影響でしょうか?、許さなかったと思いますけど?」


「…ふむ―――」


 言われてみれば―――と万理華も半場納得する。


 確かに昔の自分なら今の明日香の様に憤りを感じていたかもしれない。ある事実を知ってから男性に対しての感情が少しばかり変化している。それは自覚していた。

 それが影響し、今の明日香の様子を異常と捉えたと言われればそうかもしれない。しかし、昔の自分と明日香の性格は似ている部分はあれど、同じではない。昔の万理華は怒ったかもしれないが、だからと言って明日香も怒るとは言えない。


「(ダメだな…。考えても分からん…)」


 万理華の知る事実を明日香にも話せば何かしら変わるかもしれない。


 しかし、残念ながら機密事項。


 明日香にも、そして何よりも男性であり部外者であるラギが居るこの場では口が裂けても言えない。


「確かに、そうかもしれんな…。ウチも歳をとった、という事か―――嫌だね~全く…」


「まだまだ若いでしょう。何を言っているんですか」


「はっはっはっ。30を超えればヒイラギもわかるさ」


「………」


 事の成り行きを見守る事しか出来なかったラギが、空気が緩むのを感じ取り、自然と体に入っていた力を抜いた。発端が自身の事であるにも関わらず、何とも情けない姿である。が、幸か不幸かこの世界の男性であればごく普通の反応とも言える。それどころか、逃げ出さずこの場に留まっているだけでも賞賛される程この世界の男性は揉め事などに弱い。


 そんな実際は健気さなど微塵もない要素だと言うのに、明日香はラギのその姿にまた、胸をキュンキュンと高鳴らせていたりする。


 に奇妙な風景と言わざる負えない。


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