第4話
好きに使えと言われた部屋の豪華さに歓喜感動の雄たけびを上げ、テンション爆上げ状態で探検したラギ。
探検した結果この部屋はラギとしてはひと家族が普通に住めるくらいに広いものであった。
リビングは広く、ゆったりと過ごせるもの。備え付けの棚には様々なお酒が並べられていた。お風呂場とトイレは勿論別で脱衣所も広々としており、機能と美を合わせた洗面台もあった。浴槽は人一人が大の字に寝れる程。シャワーの圧もラギの好みにガッチリとあった良いものだった。
キッチンも備えられており、棚そこの棚には実に様々な食べ物があった。
お酒に合うであろうおつまみの類に加えてスナック菓子の数々。チョコレートなどの甘いお菓子も用意されていた。
ドデカイ冷蔵庫には高級そうな肉類や魚、新鮮な野菜。更に冷やして飲むタイプのこれまたお酒とソフトドリンクがぎっしりと詰められていた。
寝室にはキングサイズのベッド。マットと布団に包まれれば最高の睡眠を提供されるであろう最高級品のものが用意されていた。
そんなこんなの部屋を本当に好きにしたラギ。
その結果。部屋にあった酒を飲んだ。冷蔵庫にあったものも飲んだ。
それはもうたらふくに飲んだ。先程の見て我慢していたバーカウンターにあったお酒の数々。その種類全てがある訳では無かったが、それでも各種様々な物が用意されていた。それを空けて行く様は俗に言う『ざる』状態。それほどアルコールに強かった訳ではないラギなのだが、その事には気が付かないまま、お酒の味に酔いしれていった。
常人であれば酔いつぶれていても可笑しくない量を口にして漸く、酔いが回る。酔いが回れば、理性が緩む。そして更に酒は進み、浴びる程と表現できる量を飲んだ。そして、ついでとばかりに理性が止めさせたはずの高級そうな包みのおつまみを開け放ち、むさぼった。
そうして、折角の高級なキングサイズのベッドではなく、リビングのふかふかカーペットの床で迎えた次の日の朝。
ではなく昼。
いい加減に起きろと流石に目くじらを立てつつ、持ち前の自制心で前日に話し合いをしていたソファーで明日香はラギを待っていた。
いくら日常を守護する仕事を生業としていても。いや、そんな仕事を生業としているからこそ。明日香はラギが眠るであろう部屋に立ち入る事は出来なかった。
出来のは精々がノックする事だけ。
定期的にノックを繰り返してはいるが、未だ部屋から出て来る気配どころか応答すらもない現状。ただ待つことしか出来ないでいたのだった。
そんないつ終わるのかも分からないただただ過ぎる時間の浪費は、ゆっくりと開いたドアのお陰で終了した。
「おはようございます。
…。やっと……やっと起きてくれましたか」
「えっと…す、すいません…?」
ラギは床で寝ていた事を勿体ないっと、少しばかり後悔をしながらのんびりと朝シャン。きちんと昨晩汗を流しているのだから、そんな必要は何処にもなかったのだが、備え付けのシャワーの異常なまでの心地よさを朝から感じたい欲求に素直に従った結果の行動だった。バスローブから全自動の洗濯機で洗い、乾燥していた服一式を着用。かるく身なりを整えて部屋から出た。
明日香が待っている事も知らず、実にのんびりとした行動を今更ながら後悔しての謝罪を口にするラギであった。
「構いません。
明確な時間も伝えていませんでしたし…それに、男性はのんびりと過ごすのは当たり前ですから」
「え?」
『男性はのんびりと過ごす』。
ラギの価値観、というよりも日本に残る古い考えとはかけ離れた考えである。
当然それに疑問を覚えるラギであったが、その返答は得られなかった。
「朝食を用意させます。といってももうお昼ですが…簡単なもので良いですか?」
「あ、はい」
明日香はラギの返事を頷き返し、取り出したのはこの世界では極一般的な通信機器である携帯電話。しかし、その形状はラギにとっては見慣れないものであった。
それを言葉で表すのなら、『筒』が最も伝わりやすい形だろう。
かなり小さく、小柄な明日香の片手で握ってしまえば覆い隠せるほどのそれを縦にスライドさせ、少しばかり操作してから明日香は僅かに会話を交わし、再びそれを閉じてから仕舞った。
「すぐに食事が届きます。届くまで自由にして待って居て下さい」
「りょ、了解」
自由に、と言われても困ってしまうラギ。
身支度は整えており、トイレも歯磨きもした。それどころかシャワーまで浴びている。することなど特には無い。
仕方なく、というよりも無意識に明日香の対面のソファーへと足を向け、座る。
「食事を持ってきます」
座ると同時に明日香は席を離れ、出口へと向かって行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「(よくよく考えれば男性と二人だけの空間にいるなんて…耐えられない)」
どうしたものか、と。ボケっと待つラギとは正反対に忙しなく、落ち着きのない様子でエレベーターで下へと向かう明日香。
この世界では当たり前の常識で、しかし、ラギは未だ知らない常識。
『現代では男性が極端に少ない』。
この世界の情勢の所為で明日香、それどころか現代よりも遡って見てみても、男性が世界に満ちていたのは遠い昔。
そんな世界で育って来た明日香に限らず多くの女性は、男性に対して免疫を持っていない。遠目に見ただけでも失神してしまう程興奮してしまう者もいるくらいである。
そんな女性の中で、明日香と万理華が普通に会話が可能なのは少々特殊、若しくは強靭な精神を宿しているからである。
しかし、昨日は男性が危険地帯に居る事の疑問と、誰がやったか、希少な男性をそんな状況に追いやった事への怒り。そして事情聴取の為であった事で二人きりであろうと問題は無かった。
だけど、時間を置き、そして信じられない事だとしても一応は事情を聞きとる事が出来た事で明日香の精神は落ち着きを取り戻した。
そうした事で今更ながら男性と二人きりでの空間に耐え難くなってしまっていた。
そんな訳で、取り合えず食事を取りに行くことでその場を退散する事に成功はした明日香だったが、残念ながら食事を手に受け取った今、戻らなければならない。
そして、その食事を手渡した後、どうすればいいのか?
まさかラギが食事する風景をジッと見ている訳にもいかない。見たいが、それは出来ない。でも可能ならば見たい…。
煩悩と言えるのかも分からない謎な欲求に思考を占領されながらも、あっと言う間に戻って来た部屋で無事に食事を渡した。
「ありがとう」
「いえ…。それで、えっと…さ、30分くらい?すれば食事も終わります、か?」
「えっと、そんなにはかからない、かな?」
ラギが受け取ったのは、サンドイッチとサラダ、コーンスープ。普通に男としてパパっと摂取できる程度の量でしかない。なんなら5分もかからない可能性すらある。
それでも律儀に部屋を出ようとする煩悩との戦いに勝利した明日香をラギが呼び止める。
「すぐに済ませるので…と言うか、失礼じゃなければ食べながらでも話は出来ると思うんだけど…どうかな?」
「い、いいんですか?」
「柊さんが良ければ」
「…で、では…」
最早所定と言って良いのか、昨日から変わらない位置にそれぞれが座り、ラギは一応貰い物である事から、普段は行わない食事の挨拶を口にしてから食事を始めた。
一方の免罪符を得た明日香はラギの一挙手一投足を見逃すまいと、真剣な面持ちでラギを凝視。その視線に気が付いたラギは始めた食事を思わず中断。一つ勘違いを起こした。
「えっと、もしかして、かなり真剣な話?食事しながらとかだとマズかったかな?」
「い、いえ!違います。大丈夫です」
自身が今しがたしてしまった行動を思い返し、反省。明日香は自身に喝を入れ、本題を口にし始める。
「昨日は色々と話をしてもらってありがとうございました。
真偽はさておきます。事実確認は今日は来ていませんが徳田美が調べています。恐らく嘘は言っていないと想定はしていますので、話を次のステップへと進めるべく今日、私が話をしに来ました」
話の内容的には不愉快になる訳ではないと思っているラギ。それとは正反対に柊は戦々恐々。
明日香が言ったのは「嘘じゃないだろうけど、嘘ついてる可能性があるので調べている」と言うもの。この世界において希少であるがためにある種【特権階級】となっている男性に向けて「嘘をついている」と疑いの視線を向けている事になる。
一歩間違えば明日香の命と万理華の命はないものとなる可能性は十分にある。
それ故の緊張であったが、ラギは変わらず食事を続けており、顔色一つ変わった様子はない。
安心もあるが、やはり安心できないまま話を進める。
「今日はこの『世界』について色々と知ってもらおうと思っています」
「それは助かる!」
思わず出た声はラギの本心である。
化け物の事を筆頭に色々と気になる点があった。しかし、昨日は質問攻めにあい、それに答えるだけで精いっぱいだった。だが、答えるだけであっても多少の会話があり、そのお陰でいくつかの気掛かりの答えを貰ったし、更にいくつかの疑問に予想を立てる事は出来た。
しかし、明確に答えを貰った訳では無いラギにとって、昨日得た答えの確認と立てた予想が正解なのかどうか。それから未だに分かっていない様々な事を教えてくれるのは非常に助かるのであった。
「では、歴史から説明を始めます」
「よろしくお願いします」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時刻は夜。
もう夕飯を食べる時間であり、外はとっくに暗くなっている。
「では、また明日伺います。
明日は恐らく徳田美も同席します。時間は朝9時を予定しています。
明日の朝にはまた私がここで待機しておきますので、起床しましたらここへ来てください。もしそれより前に用がありましたら、備え付けの電話の受話器を取ればすぐに私か徳田美へと繋がりますので」
「ありがとう」
「いえ、それでは…お、おやすみなさい」
「おやすみ」
エレベーター前。
別れの挨拶を口にした明日香はエレベーターへ。ラギとの語らいを存分にしたはずなのに別れを惜しむ心が足を重くする。
開くエレベーターは地獄へと向かう様に下へと下って行った。
残されたラギは…少々不可解な顔をしていた。
「ありえねぇ…」
ラギの言う「ありえない」とは、実に様々な事柄を指していた。
一つ。
男性が少ないと言うこの世界の現在の状況とそれに関係する【異形】について。
二つ。
絶世の美女と言える明日香がまるで自分に懸想しているかのような態度である事。
三つ。
女性と難なく会話する自分について。
ラギにとっては三つ目がもっとも重大な出来事ではあるが、その他一つ目二つ目も十分にラギの顔を怪訝なものにしていた。
「俺、どうなってんだ…?」
ラギは元々引き籠りである。
その引き籠りの原因となったのは人間関係。
仕事を辞めた直接の原因は上司のパワハラではあったが、それが原因で他の関係のない、それこそ親切であるその他の人間に対してでさえ恐怖するようになってしまった。
どれだけ親切な人であったとしても、心の中ではどう思っているのか分からない。そして、その見えない心の中では自分を酷く罵倒しているのではないかと考える様になり、その罵倒がいつ自分の耳に入って来るのか?っと、恐怖していた。
そしてその恐怖が人間関係の構築に著しく支障をきたしたのだった。
その恐怖は他人が想像できない域にまで達しており、人とまともに会話など出来ない有様であった。
それはラギ自身にもコントロールが出来ない恐怖で、どうにも出来ない。時間が解決してくれる事を願いながらダラダラとしていたのだ。
それがこの世界で目覚めてからと言うもの、不自然な事に自然に他の人間と接していた。
それに気が付いたのは今日。
遅かったのは状況の理解が追いついたからなのか、ただの偶然でたまたまだったのか定かではない。明日香から様々な話を聞かされていた最中にまるで閃きかの如くラギの頭に浮かんだのだった。
だからと言ってこれに関しては支障はない。
元々生きて行く上で支障があった事が解決したのだ。支障などあろうはずもない。
しかし、原因が分からない事がラギの頭を悩ませる。それに加えて予想の斜め上を行く情報、事実に驚きが強く残り、情報を得れた事への感謝や喜びはどこか遠い。
「はぁ~~~~色々意味わからん過ぎる…」
ラギを襲う様々な出来事はまだ、始まったばかりである。今日得れた情報はまだまだ序の口と言える。それを彼が知るのはまだまだ先。
「取り合えず、生理、しとくか…」
足取りはどこか重く、自室と言えるのかはまだ定かではない与えられた部屋へと向かうラギ。歩きながらも頭の中には本日知る事が出来た情報が駆け巡っていた。
その1。
通称【異形化】と呼ばれる現象。
この世界の現在は、ラギが暮らしていた時代と変わらない事が明らかとなり、今から遡る事凡そ100年前から始まった『奇病』である。
よって、【異形化】が本当に『病気』であるのかすらも分かっていない。ただ、昔からそう呼ばれている事が現代まで残っているに過ぎない言い回しである。
この【異形化】は人々の生活を著しく妨げている。
人間の繁栄、そして繁殖にも強い影を落としている。
「…なんで男だけが…」
この【異形化】は何故か動植物に強く影響を与える。
辛うじてウイルスである事が解明されている【異形化】は人間であろうと動物であろうと植物であろうと寄生する。しかし、この中で人間だけが影響が比較的に少ない。
動植物はこのウイルスに感染すると姿かたちを変貌させ、また気性も荒ぶるようになり、周囲へと攻撃を仕掛ける様に変化する。更に特殊な力を持つ事が多く、対処は非常に困難となっている。
そしてこの【異形化】した動植物たちは、何故か人間の男性を必要に追い求める。
【異形】は男性を襲い、そして食らう。まるで人間男性専用のレーダーでも持っているかの如く居場所を察知し、襲うその習性の所為で男性はその数を激減させた。
漸く世間が男性を保護する流れになった頃。この事態に追い打ちをかけたのが男性の出生率だった。
【異形】によって減らされた男性が、何故か生まれる事が少なくなり、人口比率を回復させる事が出来ずに現代にいたる。
【異形】の影響と男性出生率の低下現象によって繁殖が少なくなり、人口は衰退。
今現在の日本の人口はラギの知るそれとは明らかに少ない数字であった。
因みに、今ラギがいるこのビル。
ここは【異形】に対応する専門の組織の拠点であり、安全は保障されている事を知らされている。が、何か危険を感じたり、心配する余裕は今ラギには無かった。
その2。
【異形】によってもたらされている様々な被害。これにより人口が少ない現状を打破するべく健常な男性には人口回復の手助けを義務としている事。
より詳しく言うなれば…
多くの女性と肉体関係を持つ事と、1月に一度、精子バンクへの協力が義務化されている。
『世界を渡る』という意味不明な現象に巻き込まれたラギであるが、世情がただ保護するだけという事を許しはしない事を明日香は謝罪していた。
つまり、この世界の人間ではないラギにもこの『義務』が適用されるとの事であった。
勿論男としては喜ばしい事と言えなくもない。若者であるラギは、ラギの知る一般的な男性同様に精力旺盛。思わず頬が緩むくらいにはハッピーな事である。が、『義務』と言われると少しばかり腰が引けるのも事実であった。
因みに、この話をしている際の明日香は終始落ち着きがなく、顔は紅葉状態。しかし、それを悟らせまいと必死に冷静を装う様子を見たラギは、一つ目の事実に困惑していた心を、明日香とは逆に落ち着かせる事が出来たのだった。
その3。
人の生存圏の減少。
ラギがこの街に入る際に目撃した巨大かつ延々と続いていた壁。
その壁は人の領域と、その他を明確に隔てている。
これは人口が減少している事も大きく影響を与えている。が、一番の理由は【異形】と人間を物理的に隔てる為である。
【異形】には無慈悲なパワーが与えられる。しかし、それだけであれば現代で活躍する明日香達にとって対処するのはそう難しくはない。ただ力だけの【異形】なのであれば、ここまで人間は衰退していない。
人間を衰退させている要因は【異形】ではあるが、【異形】の対処を困難にしている一番の理由は異常なまでの再生能力である。
これは『不死』と言っても過言ではない。
多少切り裂いても効果は無い。肉体の一部を欠如したところで1時間程度の時間があれば回復してしまう。更に首を切り落とし、明確に生命として生命活動不能にしたとしても、体はまるで別に脳があるかのように動き、切り落とした頭を繋げてしまう。例え頭を繋げない様に対処したとしても、手に取らない様に妨げたとしても、切り落とした頭は朽ち、その内に別に新たに生えてしまう。
そして、例え全身を切り刻んだとしても、燃やし尽くして灰にしたとしても、時間は必要となるが元通りになる。ただの時間稼ぎにしかならないのである。
公的に残っている最長の再生時間は、全てを細かく砕き、焼却した際の『30時間24分』である。
そして、その4。
これからのラギの生活について。
まず一つ。
前述した『男性の義務』。
これを実施する事。
暫くはこの【特殊生命体対策機関】が保護し、現在生活しているこの最上階を一時的に『自宅』として与えられる。
状況が整い次第引越しになる。引っ越し先は現在の最上階フロアと遜色ない、『豪邸』が当てが割られる。
これらの費用はこれまでも、そしてこれからも一切ラギに負担させる事はない。
更に、生活の上で必要なものは申請は必要ではあるが、国より支給される。
つまり、ラギはこれから完全なニートとしての生活を保障されたのであった。
その4。
どうにも明日香の態度が気になる。嫌われてはいないだろう。多分。恐らく。メイビー。
その5。
自分の変化。
良い変化であるのは間違いないが、急に改善されても戸惑うばかりである。
うんうんうんうん、声を漏らしながらも体を動かせる。
自分で作るからと断った夕食を適当に用意する。ほぼなんでも揃っているクソデカ冷蔵庫のありがたみをうっすらと感じながら、悩みつつ調理。そして食事を済ませ、寝る準備を行い、昨日は使用しなかったベッドへと酒と共にダイブイン。
今日も今日とて酒を浴びる。
駆け巡る情報に蓋をするかの如く。
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