第3話
しばらく廊下の床をゴロゴロとのた打ち回った女傑。
名を【
軽く事情を聞いた万理華は場所を自分以外が許可なく立ち入れず、また特別な人物しか使用が許されていない最上階へと移す事を提案。素早く移動し、先程まで居た部屋とは比べられない『VIP』とも言える一室で話を再開した。
「(すんげぇ豪華…)」
「昼間からお酒最高!…と言いたいんだけど、残念ながらお預けとしようか」
「当り前です!もう少し立場に合った言動をして下さい」
万理華は酷く残念そう。
備え付けの棚。各種様々な酒、安いチープな物から普段は手が出せない額の酒が収められた壁一面を棚と化した場である『バーカウンター』を、対面式のソファーに座りながら羨む様に眼を細めて見つめる。
「それは残念です…」
「お?君も酒好きなのかい?」
「あの、柊さん?貴方まで何を…」
飛鳥が20歳になってから数か月。
漸く酒が飲めるとビールから始まり、チューハイ、ワインにウィスキーと色々とお酒を嗜んできた飛鳥。少ない貯金額の所為と知識の乏しさもあってそう多くの物を楽しめた訳ではなかった。
しかし、『酔う』と言う感覚は、心を患った飛鳥にとっては酷く心地が良いもので、酒の様々な味も相まってすっかり虜になってしまった。
様々な理由から毎日楽しむことは残念ながら出来ない状態ではあったが、それでも毎週2、3回は飲酒していた。
そんな飛鳥にとっても、壁一面のお酒は酷く魅力的だった。
故に、万理華の零した言葉に対して、万理華と同じく残念がり、二人の対面のソファーに座りながら棚を見つめるのだった。
「しょうがない。お酒は後のお楽しみとして、だ。
あ~さっき聞いたけど【特別危険地帯】に居た、てホント?」
「はい。
【特別危険地帯】を定期巡回中に見つけたのは先程お伝えした通りです。
私が見掛けた時は、周囲を気にしながら移動している時ですね。その時には既に周囲から【異形】が計5体接近を開始していました」
「あの時は本当に助かりました…」
思い出すのも恐怖なあの時間。
思わず身震いしながら感謝する飛鳥の様子は本当に恐怖していた事を二人に悟らせた。
既に『自殺』の疑いを捨てていた明日香も、今一度ホッと胸を撫で下し、先程初めて聞いた万理華も飛鳥の様子から疑っていた『自殺』の可能性を切って捨てた。
「なんだってそんな場所に…説明は可能?」
「出来はしますけど…信じて貰えるかどうかは…」
「そこはウチらが判断するさ。嘘偽りなく話してくれればそれでいい」
「わかりました」
「それで…あ~『柊君』って、ちとウチにとっては呼びにくいな…どうしてもこっちのヒイラギを想像してしまう…」
言いつつ、万理華は明日香を顎で示す。
【柊 明日香】と【柊 飛鳥】。
「名前で呼ぶにしてもなぁ…どっちもおんなじ名前だし…どうするか…」
「えっと―――そ、それじゃ俺は【ラギ】と呼んでもらえますか?」
「【ラギ】?」
【ラギ】。
それは飛鳥がこよなく愛するゲーム等で使っていたアバターの名前であり、何か自身を投影する際に使っているもう一つの名前と言えるモノであった。勿論最後の記憶としてある寝落ち前に長年プレイしているゲームの【天上への塔】での名前も【ラギ】であった。
「なるほど。
ヒイラギとあんま変わらんけど、一応区別は出来るな。じゃあそれで行こうか?ラギ君」
「はい!」
「…なんだか、私と話している時とは様子が違いますね…?」
「そうなのか?」
「…き、気の所為…と言うか、年齢の違い?的な…?」
それも理由の一つであるのは間違いない。万理華はその佇まいからして明らかに年上であるのが見て取れる上に、明日香を呼び捨てにしている事から目上の人である事も予想できる。が、飛鳥―――改め、ラギの態度が異なるのは年齢が主な理由ではない。
一番の理由は、ただの好み。
ラギの『お姉さん好き』が原因である。
明日香は確かに美少女である。
好みか好みかじゃないかの二択では当然好みである。だが、より好みなのは圧倒的に万理華の方であった。
昔から同年代、年下よりも年上の女性に惹かれるラギ。更に美少女や可愛いなどよりも美人が大好きで、さばさばと多少男勝りな性格を備えていれば尚良く、時折ドジを踏むとギャップにころりといってしまう。奥手で可愛い一面も備えていれば最高。
と、年上大好きな男である。
残念ながら万理華はラギの好みのドストライク。とは言えないまでも、年上であり、ドジな一面も垣間見た。更に口調が粗々しく男勝り。意識しないはずも無かった。
勿論明日香に対しても意識していたが、明日香の実年齢を知らずとも、見た目から年下と判断。働いている様である事を鑑みて自身と同じ年齢かも?と予想していた事により、無意識ではあったが女性としての特別な感情は年上に感じる万理華より少なく抱いていたのだった。
それが、態度に顕著に出ていた。
完全に失礼。
反省案件である。
「まぁ、いいでしょう…」
「さて、それじゃ早速で悪いけど、話してくれるか?」
「わかりました」
それからラギは嘘偽りなくこの世界で目が覚める直前。自身のベッドで寝た時から話し始めた。
その内容は話しているラギ自身、到底信じられないような内容。しかし、その内容を自分自身が体験している。話しながらも「あり得ない」と感情が訴えかけてくるが、それを無視し、体験した「事実」として自身の中に無理矢理落とし込んでいった。
「…確かに、はいそうですか、とは言えん内容ではある、な…」
「こことは違う世界…。その証拠などは示せますか?」
当然ながらラギよりもより一層信じられない様子の二人の女性。
それも当然だろう、と二人の疑いの目も特に気にする事もなく、明日香の質問に答える。
「証拠…と言えるのかはわからないけれど、あんな化け物を俺は初めて見た」
「見たことが無い、ですか…それは」
「特別に珍しい事でもないな。昔ならいざ知らず、現在じゃ分断が成功しているし、新たな【異形】も即座、とは言えずともそれなりに早く対処できている。見掛けた事のない人間なんてざらにいるだろう」
この世界の事情、現状としての意見、感想を思う二人であったが、ラギの言いたい事は少し違う。
彼が言いたかったのは化け物の存在、そのものである。
「あ~、すいません。ちょっと言い方が悪かったですね。
あんな化け物見掛けない。見掛ける訳がない。だって、化け物なんて存在しない。というのが俺の知る常識です」
「存在しない…?」
「何を馬鹿な、と言いたいところではあるが…」
彼が唯一持ち物としていたポケットに入っていたスマホ。
それはこの世界では使い物にはならないものであったが、それが所謂『携帯電話』である事は両名ともそれは把握できていた。そして、それを使っての情報収集も可能である事も予想できた。
それを念頭に置いて考えるならば、ラギの言っている事は嘘ではない。となる。
情報収集が可能である状態であるにも関わらず化け物―――万理華、明日香の言うところの【異形】の情報を一切取得しないと言うのは無理な話だ。必ずどこかに情報の断片でも落ちている物だ。
ニュースでの様々な情報に被害報告。
広告などに見られる護身用の商品の紹介。
現代の惨状を舞台にした物語。
などなど…。
とてもではないが、全くの無知で居る事はこの世界ではありえない。
「俺としては、
ラギが言う様にそれであればあちらの世界であっても直接お目にかける事は出来る。
だが、それは見た目だけの話であって、実際に化け物が如く壁や建物を簡単に破壊できるような力は持っていないし、一般人でしかないラギを襲う必要もない。
ラギの感性としては『あり得ない存在』であり、端的に正真正銘『化け物』なのであった。
「「……」」
そんな当たり前を口にされた万理華と明日香だが、この二人からすればその当たり前は当たり前ではなく、ただの『妄言』。常識からかけ離れたものであった。
それ故に二人は思案顔。
それぞれがラギの言葉を疑い、信じ、また疑いそして結論を出すべく思考の海へと沈んでいった。
「―――もう少し、話をさせてくれ。
疲れているだろう事は重々理解しているが、ラギ君の『常識』が知りたい」
「いいですよ。…けど何を話せば?」
思考するためのピースが足りず、早々に現実世界に帰還した万理華の提案に即座に頷くも、何を語ればいいのか疑問を抱くラギ。
『常識を教えてくれ』と言われても何を話せばいいのか?ただの一般人でしかなく、更に引き込まり真っただ中だったラギには少々難解な質問であった。
「そんじゃあ、ウチから質問していくからそれに答えてくれるか?」
「わかりました」
万理華も何が足りないピースなのかわからないままであったが、少しでも多くの情報を得ようと様々な質問をしていく。
食文化。
普段の生活。
仕事について。
危険について。
最近話題になった出来事。
日本、世界の情勢。
社会問題。
ラギの家族構成。
ラギの経歴。
ラギの趣味趣向。
歴史について。
ラギ個人の情報から関係ないものまで、実に様々な質問がされていく。
ラギには答えられない事、知らない事も含まれていたが、多くの事には即座に返事できたし、少し考えたり記憶を探ってから口にしたりしていった。
そんな質疑応答の時間はもうすぐ2時間に迫ろうとしていた。
「流石にそろそろお開きとしようか」
「いいんですか?」
喉を潤すために合間合間で明日香が用意していた茶は既に2、3杯程空になった頃。
万理華の口から終了を告げられた。
喉を潤しながらの会話であったが、流石に喉に負担がかかって来た万理華。同様にラギにも疲れがあろうと今日はここまでとした。
「情報は仕入れた。後はウチらが考えればいいからな。とは言ってもラギ君にはまだ聞きたい事は山ほどある。が、今日はもういい。こっちも整理する時間が必要だし、疲れもあるだろ?って事で今日は終わりだ」
「わかりました」
正直なところ。ラギは疲れと言えるモノを不思議と全くと言って良いほどに感じてはいない。走った事で使ったはずの体力も、そして筋力も。久しぶりの会話らしい会話で、しかも長時間であったにも関わらず喉も口も元気いっぱい。疲労など微塵も感じていない。
そして、様々な出来事にもまれた筈の精神にも影響は皆無であった。
おかしい事に。
「あっちのドアの先に生活できる部屋がある。中にある物も含めて好きに使ってくれてイイ。遠慮はいらないからな」
ニカリと笑う万理華にドギマギしながら笑顔を返し、頭を下げたラギ。
そんなラギの姿を見収めて、万理華と明日香は立ち去って行った。
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