第2話


 ―おかけになった電話番号は現在使われておりません。


 安堵と衝撃がいっぺんに襲い、体が固まった。クロダトウマに繋がったらそれはそれで怖い。しかし、これはクロダトウマが"存在していないこと"の証明にもなる。


「これって、異世界転生ってやつ……? 」


 最近のアニメでしか見たことの無いワード。異世界、転生。いやいや、異世界転生と言ったらもっと異国感があるはずだ。ここは至って普通の病院で、リエが入院していた時と大差ない医療器具しかない。案内図にある言語も日本語だ。


「ナッちゃん、どこまで行ってるのよ」


 振り向くと、母親が困った顔をして立っていた。


「ねえ、ここって日本だよね? 」


 まずい。考えるより先に言葉が出てしまった。母親は訝しげな顔をして言った。


「何言ってるの……もう1回検査してもらいましょう! こんなのが軽い記憶喪失なわけないわ、国まで分からなくなるなんて! 」

「や、いや、え、嘘嘘、冗談だよ」

「冗談……? 貴方そんなこと言う子じゃ……何でもないわ。とりあえず病室に戻って。こんなに歩いちゃ治るものも治りませんから」


 半ば強制的に検査をやらされたが、結局異常は無く終わった。経過観察のため、問題なければ明日には退院できるということだった。そして母親が帰宅をする、と荷物をまとめだした時だった。


「あの、ヤザワくんのお母様ですか」


 低く落ち着いた声が廊下からした。母親が頷くと、長身の少年が1人入ってきた。身長は180センチ近くあるのかすらりとしていて、まさしく"中性的な美少年"という表現がピッタリの少年だった。彫りの深い顔、離れていても分かる長い睫毛、陶器のような肌。パーマをかけているのか、無造作にくるくるとした髪もお洒落に見えた。おそらくこの子はモテる。

 ブレザーの制服を着ていて、同じ都島高校であることが分かった。


「この度は、私の両親がご迷惑をおかけしまして」


 率直に言うと、謝罪であった。彼―スミタ カエデは深々と母親と俺に向かって頭を下げ、謝罪の言葉を述べた。俺をひいた車を運転していたのが、彼の両親(正確には義父)だったらしい。母親は唇を噛んでいたが、俺は謝罪を続ける彼に聞いてしまった。


「スミタくんのお父さん達は、大丈夫なの? 」

「……父は大事に至らなかったですが、母が。まだ、意識が無くて」


 ぶるぶるとその唇が震えている。貴方のお父さんと話をします、と母親は半ばなだめるように言った。その後、スミタくんも母親も帰ってしまい、俺だけが病院に残された。

 ぼうっと病院の天井を見つめ、自分の置かれている状況を改めて整理した。これは擬似高校生活シミュレーションなのだろうか?クロダトウマに連絡を取る方法が分からない。電話番号は繋がらない。


「あ」


 咄嗟に思いつき、俺は自宅アパートの住所を地図アプリに打ち込んだ。が、何故か検索結果のピンは空き地を指していた。俺の住んでいたアパートが建物もろとも消えている。何度試してもダメだった。


「西暦は」


 同じだった。おまけに1日しか経っていなかった。ますます意味不明だ。ここは異世界ではない。しかし俺が居ないために異世界である可能性もある。今いじっているこのスマホの中身も、ほぼ俺が知っているものばかり。ナルミのスマホにはソシャゲがいくつか入っていたが、全てホーム画面からは隠されていた。おかしな使い方だ。

 一瞬迷ったが、俺はLINEの画面をタップした。友達は少なく、ほとんどが公式アカウントか、家族しか無かった。アイコンも何も設定されておらず、名前はカタカナで"ヤザワ ナルミ"とあった。


「友達全然いないな、クラスLINEとか無いのか……お」


 女子のアカウントを見つけた。"ハヅキ"という名前だった。おそらく都島高校の制服を着た女子2人組のプリクラがアイコンだった。金髪で、見るからにギャルの方にハヅキ、と名前が落書きされていた。


「彼女かな」


 今度は写真フォルダを覗く。ラーメンと自然の写真しか入っていない。LINEのトーク履歴を開く。他人のスマホなのに既に何も思わなくなってきたのが何だかおかしい。

 トーク履歴には、公式アカウントからの通知と、母親とのやり取りしか残っていなかった。どうやら母親はナナエと言うらしい。母親とは大したやり取りがされていなかった。おつかいをたのまれていたり、洗濯をとりこんでくれとかそんなものばかりだった。


「ハヅキさんに連絡してみるか……」


 ちらりと時計に目をやる。時刻は20時台。高校生が異性にLINEをしても良い許容範囲の時間だろう。数分どう送るか迷ったが、変に隠すのも不自然だろうし、記憶喪失を理由に連絡をすることにした。


 "お疲れ様 急にごめん。実は、交通事故にあって、軽い記憶喪失だと診断されてしまって。ハヅキさんの連絡があったから、ちょっとLINEをしてみました。気持ち悪いかもしれないけど本当のことなんだよね 良かったら僕のことを簡単に教えて欲しい "


 送信して後悔した。キモすぎる。

 おまけに、冒頭でお疲れ様なんて高校生は打たない。取り消しをしようとするも時すでに遅く、既読がついてしまった。


 "びっくりした ナルミからLINEなんて珍しいと思ったら"

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る