第20話
押し倒しそうな勢いで、テオの唇が、アレックスの唇に押し当てられる。柔らかい感触が重なり合い、二人の呼吸が一瞬、止まった。だが、それ以外に何かすることもなく、彼はゆっくりと唇を離して、戸惑いを浮かべる。
テオは人魚であるため、アレックスからされた以外の人間の愛情表現は、知らないのだ。唇を触れ合わせること止まりで、そこからどうしたら良いのかは、わからないでいる。
察したアレックスは、尚も口付けようとするテオの唇に、軽く人差し指を当てて止めた。自分から顔を寄せて、彼の上唇と下唇の間に指を添えると、口は素直に開く。真珠のように白い歯の裏側を撫でると、テオの指先が震えた。
「アレックス。怪我をしないよう、気をつけて」
言葉通りの鋭い歯が、チラチラと見え隠れする。アレックスは構わずに、唇を近付けた。そうっと舌を挿し込んで、軽くテオの舌先をつついてみる。
「わ……!」
驚いたテオが、体を大きく引こうとしたが、アレックスはテオの後頭部に片手を回して引き留めた。テオは尖った歯で傷をつけてしまわないかと気にしているらしく、躊躇いがちに、そうっと舌をアレックスの方へ差し出す。アレックスは舌を受け止めて、慎重にキスを深めていった。そうしながら、テオの肩や背中、尾に、撫でるよりも優しく触れた。呼吸すら飲み込み合う距離で、テオの眉が、僅かに顰められるのがわかる。アレックスは唇で頬に触れながら、自分とは違うテオの体を気遣った。
「俺の手は、熱くないか?」
「うん、すごく熱い……熱くて、息が苦しいんだ。人間の愛は快楽を伴うって聞いていたけど、僕は今、すごく苦しい。心臓もおかしくなってる。こんなのは、初めてだ」
テオはうっすらと涙を溜めて、アレックスの手を自身の胸に押し当てた。薄い皮膚をドクドクと押し上げる鼓動が、掌から直に伝わってくる。彼は大切そうにアレックスの手を両手で握り込み、泣きそうな顔で唇を噛んだ。アレックスの胸に、ザラリとした焦燥感が流れ込む。
「触られるのは嫌だったか……?」
テオは何度も首を振り、アレックスの手に頬擦りした。
「いいや、違う。君がもっと欲しいのに、どうしたら良いかわからなくて、辛いんだ。どうかやめないで……これは好きだよ」
アレックスは、ホッと肩の力を抜いた。再びテオの唇に軽く触れると、彼はうっとりと表情を和らげた。テオもアレックスの真似をして、胸元や耳たぶをやんわりと撫でて、唇で食む。触れられたところが、熱く、ほんのり痺れるような心地になり、アレックスはじわじわと全身が汗ばむのを感じた。手で、唇で、頬で、お互いの体中に優しく触れ合い、これ程幸福なことがあろうか、という感覚が二人を繋いだ。
愛し合い方を初めて知ったテオだったが、テオという人魚にとって、アレックスは本来、生殖行為の相手でもある。気分が昂ぶれば、抗いがたい衝動も生まれる。生き物として、本能的にテオの目は据わっていった。彼は自身の臍の下、尾の生え始めから少し下がったところに、無意識に指を這わせると、つぷんと人差し指を沈み込ませた。
人魚には皆、その部分に細長い切れ目があり、切れ目の後ろ側は排泄器官、前側は卵を収める胎と繋がっている。雄の人魚であれば、切れ目の奥に陰茎も収納されている。切れ目をそっと割り開いた彼は、細長い陰茎が出てこられるように道を開けた。
「テオ」
「ん……何?」
低く声をかけられたテオは、ぼんやりとした表情で、アレックスを見つめた。アレックスは、切れ目から姿を現したテオの陰茎を見下ろして、どうしようか迷った。陰茎は赤黒く、細長い形をとってはいるものの、勃ち上がった人間のものより繊細そうだ。先端から透明な分泌液を垂らし、紫色の鱗をテラテラと濡らしている。
(多分、これは……)
人間の陰茎とは見た目が異なっていたが、それでも、同じ性を持つ者として役割を察したアレックスは、そそり立つテオの竿に軽く触れてみた。
(人間なら、扱いて出すものを出せば、気持ち良くなれるんだが……テオもそうとは限らないよな)
予想通り、テオの陰茎は人のもの程硬くなく、柔らかいすりガラスを触っているように、手触りも優しかった。触られたテオはビクリと肩を震わせ、瞬時に腰を引く。
「……ッ! アレックス、そこは駄目だ」
一目でわかる程顔をしかめたテオは、アレックスの手が下腹部から離れるのを確認してから、腕をアレックスの首に回して、体を密着させた。
「他のところをもっと触って、もっと、僕とくっついて」
「痛かったか?」
「うん、少しだけ。でも、もう大丈夫」
「ごめん、人間は……こういう時に、触ったりするから」
「痛くないのかい?」
「気持ち良い、かな」
テオは不思議そうな顔をした後、感心したように、アレックスの盛り上がった部分へ視線を下げた。そこには、硬い山が布を力強く押し上げている。テオは山を撫で擦り、アレックスの顔をまじまじと見つめる。本当に痛くないのか、気になっているようだ。
「アレックスのも見せておくれよ」
アレックスは一瞬躊躇した。テオは本能的に陰茎を出しただけだが、アレックスは違う。自ら選んで服を脱いでしまえば、その後どうなるかは想像に難くない。だが、アレックスからの愛を心待ちにしているテオを見ると、ここで彼の願いを全て叶えることへの迷など、塵となって消え失せた。深く息を吐き、覚悟を決めて前をくつろげたアレックスは、自身の生殖器官をテオの目の前に曝け出ふ。人魚のものより硬く、太く、凶暴な見た目をしている陰茎に、テオは興味深そうに手を伸ばした。
「触り方はあるのかい?」
「まあ、ある程度は」
アレックスはポツリポツリと、触れて欲しい場所をテオに耳打ちする。自分が好む触り方をテオに教えながら、千切れそうな理性を必死で保った。本能が剥き出しになったとしても、人魚のテオとは、人間同士が交わるような行為はできない。今自分がやりたいのは、彼を優しく愛することであって、凶悪な欲望の赴くままに体を貪ることではない。アレックスはテオの体に触れ、口付け、優しく愛撫し続けた。髪をくしゃくしゃにかき混ぜると、テオは嬉しそうに、頭を首元へ擦り寄せてくる。
「人間のって、僕のより硬いんだね」
先走りで湿った陰茎を扱く手付きは、段々とコツを掴み、アレックスから快感を引き出していく。滑り気が多い方がやりやすいと気付いたテオは、自身の鱗に垂れていた分泌液を掬い取って、アレックスの陰茎に擦りつけた。
本来、人魚の交尾は海中で行われるため、分泌液は海水で洗い流されないよう、ねっとりと粘度が高く、粘膜や皮膚に絡みつく質感になっている。ヌルヌルとまとわりつく液体が、テオの指で塗り込められる度、脳髄から支配されていくような強烈な痺れが、アレックスの全身にもたらされた。腰が重くなり、早く中身を出してしまいたい衝動に駆られる。
テオはアレックスを射精させようと一生懸命になっているわけではなく、彼を気持ち良くしてくれるらしいこの行為を、好ましく思っているだけだ。愛しげな眼差しを注ぎ、指や手のひらを使って慈しまれる倒錯的な光景は、アレックスの頭の中をグラグラと煮立たせ、呼吸を荒らげさせた。下半身を循環する熱は勢いを増して、歯を食いしばっても止まらない。
「テオ……ッ、お前の欲しがっていたものは、どこに出せば良い」
余裕のないアレックスの言葉に、テオはハッと顔を上げる。
「本当に、僕にくれるのかい?」
嬉しさで弾む声の奥に、小さな不安が滲んでいた。これだけ触れ合っても、知ったばかりの感情には、まだ戸惑いが残っているのだ。何より二人の間には、一つの問題がある。
「アレックス、僕達の間に、子供は生まれるだろうか?」
人間によく似た見た目をしていても、テオは人魚だ。異なる種族の間に子孫ができるのか、確信などない。
(だけど、可能性はあるはずだ)
アレックスには、そう考えるに至る一つの根拠と仮定があった。人間は、同性同士で子孫は残らない。しかし、それは人間同士の話であって、人魚の性が当てはまるとは限らない。
「テオ……俺は、人魚と人間の間に、子供はできると思ってるんだ。その根拠を、俺達は見ている」
「……本当に、そうだったら良いなあ」
アレックスは、揺れる瞳に浮かぶ翳りを見逃さず、安心させるために頷いて、額に優しくキスを落とす。
「それに、人魚はどうなのか知らないが、たとえ子供が生まれなくても、人間はこうして愛し合うよ」
「それって、愛を伝えるために交わるってことかい? 何だか不思議だけど……そういうの、好きだな」
テオは何度も瞬きを繰り返すと、アレックスの額にキスを返して、ふわりと微笑んだ。アレックスの肩に手を置き、尾の半ばから体を持ち上げて、アレックスの股ぐらあたりに覆い被さる。先程陰茎を出した切れ目に、アレックスの先端をやんわりと押し当てた。滑りの良くなった陰茎は徐々にテオの中に飲み込まれ、姿を隠されていく。テオは上半身をアレックスの胸元にくっつけて、苦しげに息を震わせた。
アレックスはテオの腰を支えながら、穏やかに擦る。
「大丈夫か?」
「ん……熱いものが入ってきたから、体がびっくりしてるだけ」
彼にそんなつもりはないのだろうが、テオの口から発される生々しい表現に、アレックスは無意識に唾を飲み込んだ。目前に迫る輝かんばかりの白い肌を無視できず、誘われるように肩に吸い付く。赤く散ったキスの痕跡を舌でなぞると、得たこともない満足感が体中に迸る。テオの震える吐息には、甘い色が混じっていた。
アレックスは、自身にまとわりつく何とも奇妙な感覚に、目を閉じて、荒い呼吸を繰り返して絶えた。テオが体を擦りつけ、腰やひれをゆったりと動かす度に、粘度の高い分泌液が絡みつく。胎内は漲るような熱さはないものの、ほんのりと優しい温かさでアレックスを包み込み、奥へ誘う動きで締め付ける。腰から全身が融けていくように気持ち良く、アレックスは、間違いなく天国にいると感じた。頭がクラクラとして、夢でも見ているようだ。伸しかかってくる重みが、テオの存在を現実のものと感じさせてくれる。手に触れているテオの汗ばむ肌が、愛おしくて仕方がない。
テオが体重をすべて乗せると、先走りと分泌液の滑り気が残る先端に、何か柔らかいものがコツン、とあたった。その刺激が引き金となって、アレックスは眉を顰め、身を震わせて己の体液を吐き出す。
「あ、熱っ……」
テオの背中が跳ね、熱っぽい吐息が引き攣る音が聞こえた。アレックスが気怠い瞼を持ち上げて、繋がっている部分に視線を落とすと、テオの陰茎からもほんのり白い液体が垂れて、二人の間をしとどに濡らしている。視線を上げると、桃色に頬を染め、うっとりと目を閉じて、満足そうに感じ入るテオが目に入った。その表情を見ていると、アレックスの中にある全ての欲が満たされる心地がした。
「テオ……」
「ん……アレックス」
テオは舌っ足らずに名前を呼ぶと、潤む目でアレックスを見つめ、切なげに眉を寄せた。
「アレックス、アレックス……僕は今、すごく体中が温かくて、幸せで、胸が苦しいよ」
「どうして?」
「君を飲み込んで、溶け合って、一つになってしまいたい。けど、君に痛い思いはさせたくないし、話せなくなるのも嫌だ。こうして、触れ合える距離にずっといて欲しいと思うのに、君が指一本分でも離れてしまうのは、狂いそうなくらい寂しいんだ。アレックス、僕は何だか、おかしいね」
「俺も同じだ」
アレックスはすぐに応えて、唇の端を無意識に上げた。テオは眉を寄せたまま、きょとんと首を傾げる。アレックスをじっと見つめて数秒の後、微笑みながら、うっすら涙ぐんだ。
「そうなのかい? それは……すごく嬉しいな。アレックス、僕は思うんだ。人魚が不幸になったって、誰が言い出したんだろう。僕はとても怖くなったけど、不幸になったなんて、思っちゃいない。君と出会えて、幸せだよ。どんなに苦しくても、君と乗り越えられるなら、苦しさも幸福に変わってしまうんだ」
彼は腹のあたりを慈しむように擦ると、繋がった部分もそのままに、アレックスへ抱きついた。アレックスはテオの背中をしっかりと抱き寄せて、頭を何度も優しく撫でた。首元にかかる吐息は荒く、近付いてきたかと思うと、ちゅっと音がした。お返しに、アレックスもテオの髪へ唇を寄せ、頬擦りする。重なり合った心臓は、互いを押し返して、戯れているようだった。
二人はそれからしばらく、頬や髪に触れあっては名前を呼んで、言葉にならない声で会話し、抱きしめあった。
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