第5話

第5話

来る日も来る日もイジメは続いた。

その方法は多岐に渡り、それはどれも陰湿で下衆なものだった。


イジメが起こる度に鳩山が注意し、林と林の取り巻きがその行動を嘲笑する。

担任は表面上の和解だけさせ、何もしない。そんな光景が繰り返されるだけの日々だった。


イジメを止めたい鳩山に嫌がらせをするかのように増えていったイジメは、段々と暴力の色を増してきていた。


とある日の二限目の休み時間、林と林の取り巻きは田中の席に近付くと田中に立つように指示をした。


「今日は肩パンで誰が一番最初にこいつを泣かせられるか勝負しようぜ」


林が口火を切ると、合わせるように取り巻きたちも同意した。


「じゃ、最初俺からな」


そう言った林は大きく身体を仰け反らせ、思い切り田中の肩に拳を打ち付けた。


バコッ

鈍い音がした後、田中は床にうずくまった。


「うわっこいつもう泣きそうだぜ、すぐ終わっちゃうなこのゲーム」


林は田中の顔を覗き込み、笑いながらそう言った。


「もう一発入れたら泣きそうじゃね?じゃあもう一発いっちゃうか!田中立てよ」


林に腕を引っ張られた田中はよろよろと立ち上がった。


「じーっとしとけよ」

林は念を押して身体を仰け反らせ、腕を後ろに引いた。がその拳が田中の肩に当たることはなかった。


トイレから帰ってきた鳩山が林の腕を掴んだからだ。


「やめろよ!田中が可哀想じゃないか!」

鳩山は林の腕を強く握りながらそう言った。


「ちぇっまたお前か、正義のヒーロー気取りがよ」

林が悪態をついた背後で取り巻き達が鳩山を睨みつけている。


「なぁ、お前ってなんでそんなに俺らに歯向かうんだ?そこら辺のヤツらみたいに無視すればいいじゃん」


林はそう言いながら目線を傍観者達に向けた。


鳩山達以外のクラスメイトは皆黙り、気まずそうにしている。


鳩山にとってこの光景はもう見慣れたものだった。 鳩山以外誰もイジメを止めないのが当たり前で、林達に歯向かわないのも当たり前。


そんな教室の空気が鳩山は大嫌いだった、少なくとも自分はこの傍観者達とは異なって居たい、田中の味方で居たい。そう思っていた。


「林たちのしてることは間違ってるからだよ、弱いものイジメは良くない。」


林の問いに鳩山は間髪入れずにそう答えた。


そしてクラスメイト全員に向けてこう続けた。


「なんでみんないつもイジメを無視するの?田中が可哀想だと思わないの?林たちの思い通りにさせちゃダメだよ!」


そして今度は田中に聞いた。


「なんでいつもやられっぱなしなの?抵抗しなよ!もっと抵抗したら林たちだって」


ここまで鳩山が言うと、予想外の人物が話を遮った。


「うるさい!お前がそうやって僕を庇うから僕が余計惨めになるんだ!みんな僕に注目なんてしなかったのに、いつもいつもお前が可哀想だ可哀想だって言うから、僕はみんなから可哀想なやつだって思われるんだ!もうやめてくれよ!」


そうまくし立てたのは田中だった。

顔は耳まで真っ赤に染まり、身体は小刻みに震え、過呼吸気味の荒い呼吸でゼェゼェと息をしている。


するとクラスメイトの一人が呟くようにいった。「そうだよ」と。


それに続けて

「いつも鳩山のせいで空気が悪くなるんだ」

「毎日同じ光景見せられてるこっちの気持ちにもなってよ」などと、数々の声が挙がり始めた。


「プッ ハハハハハ!お前クラス中から嫌われてんのな!」

林はそう言うとしばらくの間取り巻きと爆笑していた。


鳩山は状況を理解出来ないでいた。というより理解したくなかった。


今の今まで鳩山のしてきた行いは田中を助ける為にしていたことだったし、少なくとも田中本人には感謝されているものだと思っていたからだ。


しかし現実は非情で、鳩山のしていたことは全て裏目に出ていた。鳩山が田中を庇うことで田中の自尊心を傷つけ、鳩山に対抗したい林達のイジメに滑車をかけていたのだ。


そのことを理解すると鳩山はどこか懐かしい嫌な感情に襲われた。今すぐ走り出したくなるような、じっとしていられなくなるような焦燥感と虚無感。


ーあの時と同じだー鳩山は心の中で呟いた。


鳩山はこの感情が、俊が自身の目の前でピアノを弾いたあの時と同じ感情だということに気が付いた。


自分のしてきた行いが全て意味を成さず、思い描いていた理想が白紙に戻る。


その時に抱く嫌な感情がこの焦燥感と虚無感の正体だった。


そこまでひとしきり考え終わると鳩山は、林たちの爆笑の声が遠のいていく感覚と同時に、頬に生ぬるい水滴が滴るのを感じた。


鳩山は出来るだけ目立たぬように必死にその水滴を止めようとしたが、理性と感情の乖離は激しく、止めようにも止めることが出来なかった。


ぽたぽたと顎先から落ちた水滴が木製の床に小さなシミを作り、それに気付いた林が鳩山に近付いてきた。


「うわっこいつ泣いてるよ。小四にもなって泣くなんて恥ずかしいでちゅねー」


林の煽りには全く反応せず鳩山は泣き続けた。


「あれ?言い返してこないじゃん、心折れちゃった?」


林はおちゃらけた様子でそう言うと、閃いたような顔をしたあと続けて話した。


「田中飽きたしさ、次はこいつイジメね?絶対面白いよ」


無邪気な笑顔でそう提案した林の目は輝いて見えた。


そう話す林の横に立ち尽くしていた鳩山は滲む視界の中で、安堵の表情を浮かべる田中を目にした。


鳩山はその表情があまりにも印象的で、しばらく脳裏に焼き付いて離れなかった。


その後すぐにチャイムが鳴り、皆何事もなかったかのように席につき、授業を受けた。


鳩山はその授業の間ずっと考えていた。

自分のした行いは間違っていたのか、そして何が正解だったのかを。


その結果一つの結論に辿り着いた。

このクラスの人間は皆、幼稚なのだと。

だから自分の行いの正当さを理解できないのだと、そう解釈した。


鳩山は中学受験をすることにした。

中学受験をすれば賢い人達と巡り会えると思ったからだ。


学校が終わり帰宅した鳩山は、早速母に中学受験をしたいという旨を伝えた。


「あら、いいじゃない。和夫は賢いから今からちゃんと勉強すれば灘中学にだって行けると思うわよ」

洗濯物を畳む手を止め、鳩山の母は話した。


「灘中学??」


「日本で一番賢い中学よ、お父さんもここの出身なの」


「そうなんだ、じゃあ僕もそこ受けようかな」


「じゃあこれからは今より沢山勉強しなくちゃね」


そう言うと鳩山の母は再び洗濯物を畳み始めた。


































 

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