第2話

第2話

1980年10月13日

鳩山和夫は東京の赤羽で産まれた。


厳格な性格の父と穏やかな性格の母の間に産まれた鳩山は幼い頃から英才教育を施された。


「いいか和夫、人生で大事なことは努力し続けることだ、どんな小さなことに対しても真剣に取り組み完遂するのだ。わかったな?」


これが鳩山の父の口癖だった。

幼かった鳩山はこの言葉を信じ、何事にも真剣に取り組んだ。


それが両親の意向であり、そうすることで両親が喜ぶからだ、鳩山はそれが嬉しかった。


ピアノで賞を取れば母は涙ぐんで喜び、テストで100点を取れば普段は滅多に笑わない父が微笑みを浮かべ褒めてくれる。

鳩山が幼いながらに努力する理由はこれだけで充分だった。


鳩山の母はピアノの国際大会に出れるほどの実力者であり、鳩山のピアノの指導も行っていた。普段は穏やかな性格をしている母だが、ピアノの練習の時だけは父よりも厳しかった。


少しでも間違えると、「なんでそんなことも出来ないの?さっき教えたばかりじゃない」と冷たい目線を向けながら叱る。


鳩山は普段の母からは想像もできないその姿が苦手だった。


鳩山の母は鳩山の才能を疑わなかった。

我が子だから、才能のある自分の息子だからと。しかしその期待とは裏腹に、鳩山の成長速度は遅くなってゆく一方だった。


鳩山は決してピアノが好きという訳ではなかった。毎日三時間を超える練習と母からの叱責。それだけ努力してもどんどん減っていく入賞数。鳩山自身も鳩山の母も鳩山の才能の無さを認めざるを得なかった。


鳩山が小学二年生のある日、いつものように鳩山は母とピアノの練習に励んでいた。

ピアノの練習が終わると、いつも鳩山の母はご褒美として紅茶とケーキを出してくれた。

その日も鳩山は練習終わりに母とケーキを食べていた。


二人がいつも通りの他愛ない会話をしていると、付けっぱなしにしていたテレビがニュース番組へと変わった。


ー昨夜未明に起きた 一家四人殺害事件の犯人が今日午後一時に逮捕されましたー


アナウンサーのハキハキとした声が、家の中を通り過ぎる。

次の瞬間、鳩山の母が口を開いた。


「和夫、あなたはこの犯人のようになってはダメよ。決して悪いことをせずに真っ当に生きるの、《強きをくじき弱きを助ける 》この言葉の通りに生きなさい、分かった?お母さんとの約束よ。」


鳩山の母はそう言うと真っ直ぐ鳩山の目をみて小指を差し出した。


「強きをくじき弱きを助けるってなあに?」

小学二年生の鳩山には言葉の意味が分からず、母に聞いた。


「困ってる人や弱ってる人を見つけたら助けて、逆に威張ったり悪いことをしている人を見かけたら注意しなければいけないってことだよ。和夫は真面目だからきっと出来るわ。」


鳩山の母は優しくそう答え、鳩山の小指と自身の小指を結び、指切りげんまんをした。


「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ーます!指切った!」

2人で声を合わせてそう言い終わった後

続けて鳩山の母がこう言った


「和夫、さっき言ったことよりも、もっと悪くてしちゃいけないことがあるんだけど、何か分かる?」


幼き日の鳩山は母からの突然の問いに困惑した。数秒しどろもどろした後、気まずそうに

「わかんない…」と答えた。


「答えはね、自殺だよ」


「自殺?」


「そう自殺、自殺は自分で自分を殺すことなの、それは他人を殺すことよりも重くていけないことなんだよ。閻魔様に地獄よりももーっと下の所に落とされちゃう、だからダメだよ?これも約束。」


説得するような口調でそう教えた鳩山の母は2人分の食器を持って台所へと消えた。





鳩山はここまで話し終えると、胸ポケットから煙草を1本取り出し火をつけた。


「俺が自殺しない理由がこれさ、幼き日の自分は真面目で馬鹿だった、どうしようもなくな。そして今も過去の母との約束を忘れられずにこんな所に来ている。笑えるだろ?」


鳩山はふーっと煙を無色な空間に吐き出しながらそう語った。煙で白く濁った空間はやがて段々と透明さを取り戻し、元の無色に戻った。


「人生なんて俺が今吐いた煙で白くなった空間と同じなんだ、頑張って無色な人生のキャンパスに色をつけようとしたって、つくのは一時さ。時間が経てば振り出しに戻る。人生における努力の全ては蛇足に終わる。俺が四十二年生きて得た教訓はこれだけだ。」


鳩山が語る横で津川はメモを取っていた、

カリカリと鉛筆が走る音が部屋に響く。


「笑いませんよ、今の話であなたが如何に勤勉で真面目な人間なのかが伝わって来ました。」


津川はメモ帳に目を落としたままそう言った。


「まだ小学二年生までしか話してないぞ?まだまだ序盤さ、ここから俺の人生は狂い始めるんだ。」


鳩山は少し自虐っぽくそう言うと、再び話し始めた。





鳩山には二歳年下の弟が居た、名前は俊。

俊は兄の鳩山と違い、ピアノも勉学も嫌った。母が俊が5歳の頃にピアノをやらせようとしたところ、今までにないくらいに暴れ、癇癪を起こした。それ以来母は俊にピアノをやらせようとはしなかった。


鳩山が小学三年生に上がった時、俊は小学一年生になった。俊は今まで保育園に通っていた為、鳩山と鳩山の母による午後のピアノ練習の間は家にいなかった。しかし小学校に上がったことにより兄と同じ時間帯に帰るようになっていた。


俊は初めは兄の練習する風景を見ていただけだったが、次第に自分もやりたいと言うようになり始めた。これには鳩山の母も鳩山も驚いたが、今までピアノに興味を持たなかった我が子がピアノに興味を示したことで鳩山の母は大いに喜んだ。


その日から鳩山家のピアノ練習はワンツーマン体制となった。


鳩山の人生が狂い始めたのはまさにここからだった。


ワンツーマンでのピアノ練習が1週間続いた頃。その日もいつもの様に三人でピアノの練習に励んでいた。練習が終わった後、鳩山の母は買い物へと出かけていった。

そんな時、俊がある行動に出た。

そしてこの行動に鳩山は衝撃を受けることになる。

































 

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