じ
@Gin0000
第1話
第1話
11月1日 午前10時 鳩山和夫の姿は閑静な山の麓にあった。
寒風が頬を刺し、白髪の混じった髪を揺らす。鳩山は左手をポケットにいれ、右手でマップを見ながら歩いていた。
そうして少し歩くと、遠くに看板が見えてきた。《喫茶店 ネーム》 「ここだ。」そう呟くと鳩山は喫茶店に入った。
扉を開けると同時に客が1人もいない店内に乾いた鈴の音が響く。
そこから2秒ほど経って「いらっしゃいませ」と店主の声が聞こえた。
「1名で」鳩山がそういうと店主はカウンター席へと鳩山を案内した。
重いカバンを床に置き、席に腰を掛ける。
「ご注文はいかがなさいますか」 そう聞かれた鳩山は「エスプレッソマキアート ミルク多めで」 と答えた。
少し驚いたような表情をした店主はすぐに「申し訳ありません、エスプレッソマキアートはメニューにございません。」と言った
「ネットに書いてありましたよ。」
と鳩山が返すと店主は「自殺執行をご希望のお客様ですね」と爽やかな笑顔を鳩山に向けて言った。
「なるほど、この一連のやり取りが合言葉のようなものなのか、ところでこの店は禁煙かな?」鳩山が煙草を取り出しながらそう聞くと、店主は「えぇ、まぁそんな感じです。あと煙草は吸ってもらっても構いませんよ。」と答え、鳩山に珈琲を差し出した。
続けて「少々お待ちください、店先の看板をCLOSEにしてきますので」と言い残し、店の外へと出ていった。
鳩山は煙草をふかしながら店内を見渡した。
木を基調とした綺麗な内装 窓の外に目をやれば豊かな自然が視線を出迎えてくれる。
「死ぬにはいい場所じゃないか」
鳩山はひとりでにそう呟いた。
ガチャ
と扉の開く音がした、店主が帰ってきたのだ。
コツコツと足音を立てながら歩く店主は、長身かつ細身で淡麗な顔立ちをしている。
「じゃあ話の続きをしましょうか」
店主はそう言うと鳩山の隣に座った。
「あぁ頼むよ」
鳩山は珈琲を1口飲み、話を続けた。
「代金はいくらだ?金ならここに3000万ほどある」
鳩山はそう言うと床に置いていた鞄を持ち上げ、机の上に置いた。
「うちは代金頂いてないんですよ、お金のためにやっている訳じゃないので。」
鳩山の顔が神妙な表情に変わる
「代金を取らないだと?じゃあ何の為にこんなことをしているのだ」
「故人との約束です、まぁ半分ボランティアみたいなものですよ。なんせ《死は救済》ですからね。僕は現代社会に絶望した人達を救ってあげたいんです。」
「《死は救済》か…まぁ言えてるな」
2人の間に少し重い空気が流れる。2人以外誰もいない店内には換気扇の音だけが響いている。
「出来れば今すぐ死にたいんだが、それは可能か?」
長い沈黙を先に破ったのは鳩山だった。
「今すぐですか?それはちょっと厳しいかも知れません」
「なぜだ?」
鳩山は疑問の表情を浮かべた。
「先程代金は頂かないと説明しましたが、正確に言えば代金に代わるものは頂いているんです。」
丁寧な口調で店主はそういった。
「代金に代わるもの?」
鳩山は灰皿に短くなった煙草を押し付け、そう聞いた。
「ええ、代金の代わりに貴方のここに来るまでの人生の全てを語り聞かせてほしいのです。今は昼ですから今から話されるとなると時間的に自殺執行を行わせて貰うのは明日になります。」
「俺の人生なんて聞いて何になる、俺の人生なんて地味でつまらないものだぞ。」
「それでいいんです。こんな変な代金でも、代金には変わりがないので払えないとなると自殺執行はなしになります。」
「わかったよ、話せばいいんだろ?それで死ねるなら安いもんさ。」
鳩山はそう言い放つと残りの珈琲を一気に飲み干した。
「ご理解頂きありがとうございます。」
店主はそういうと鳩山に微笑みかけた
「じゃあ、俺は今からここで自分の人生を語ればいいわけだな?」
鳩山がそう聞くと、店主は
「それでお願いします。でも早く死にたいからって手抜きで話さないでくださいね?あなたのここに至るまでの人生の全てを事細かに教えてください。これは約束です。」と真剣な眼差しを鳩山に向けて言った。
続けて店主は
「話し始める前にお互いに自己紹介しません?」と言いおもむろに立ち上がった。
「 津川安彦22歳です、今日を含めた2日間どうぞよろしく。」
店主は右手を鳩山の方に差し出した。
「鳩山和夫42歳だ、こちらこそよろしく頼むよ津川くん」
鳩山は座ったまま津川の手をしっかりと握りそう言った。
2秒ほどの握手の後、津川は椅子に座り直し胸ポケットからメモ帳とペンを取り出した。
「メモを取るので出来るだけゆっくりお願いしますね」
津川にそう言われた鳩山は
「わかってるよ」
呟くようにそう言い、話し始めた。
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