第12話 〇〇は喜んで私の仲間になった
導き手の啓示が出るまでの間、
いつも通り私は、時間を潰さないとイケない。
白の道具屋みたいな場所で、ダメな時間を過ごすのも良いが、
今回はダンジョン内、しかも新たな話し相手がいるというシチュエーション。
多分ではなく、きっと私とは違う、別の世界から転移してきた、魔導士の女の子モーリは、こんな事あるごとに足止めを食らう私に呆れることなく、こうして無駄な時間を過ごしてくれる稀有な人――いや、ハイエルフだった。
まさか、ここまでしてくれる方に、導き手の啓示は、仲間になるという選択以外を選ぶはずがないでしょう? だよね? 信じて良いよね? 大丈夫だよね!?
少し特徴のある話し方をするモーリと、楽しく会話しているこの瞬間も、私の心の片隅では、どうか二番や三番を選ばないで下さいと願っている。
「――だから、私はナナヨについていくと決めた」
「そうなんですね。ようやく理解出来ました、ありがとうございます、モーリさん」
「さんはいらない。モーリでいい」
「あ、すみません、じ、じゃあ……モーリ」
最初、私はモーリが仲間になりたいという理由を、白の道具屋目当てだと思っていた。けれど、先ほど思い切って彼女にそれを尋ねてみると、まったく想像とは違う答えが返ってきた。
「ハイエルフ古の伝承。導きの光版を持つ者を助けよ。そう言い伝えられている」
まさかの私自身が原因。
そのハイエルフの伝承になぜ、導き手の光版を持つ者が出て来るのかは定かではないけれど、とにかく私を守れという言い伝えに従い、仲間になると進言してくれたそうだ。
それはとてもありがたいことなんだけれど、こればかりは導き手の胸先三寸だよね。それに、もし仲間になったとしても、この先ずっと啓示待ちに付き合わせることになってしまう。そのことを彼女に謝ると、
「それは覚悟の上。私はハイエルフ。時間には寛大。待つことは苦にもならない」
ダンジョンに来て、初めて人の優しさに触れた気がした。
早く、一刻も早く、導き手からの
私はそれを一番に望んだ。
「ん、来た」
先にモーリが反応した。
またしても私より先に、啓示が現れる気配を感じ取られてしまう。
何かその予兆とかでもあるのだろうか? 不思議だ。
ふたりで宙に浮かんだ結果を見つめる。
【導き手の啓示】
迷エる放浪者、神武七夜に導き手からの啓示が下サれた。
選ばれシ行動は、次の行動と成ル。
1 魔導士モーリが仲間になりたがっている。神武七夜は仲間にしますか? 【はい】
「い、一番……一番だよ! モーリっ!!」
思わず、モーリに抱きついてしまう。
それほどまでに私は、彼女の仲間入りを望んでいた。
もし、違う番号だったらどうしようかと悩みもしたが、
やはり導き手さんは、私を裏切らなかった。
「うん。私も信じてた。ナナヨの導き手を」
「うん、うん! 私もすっごく嬉しい! 導き手さん大好きっ!!」
ふたりで手を取り合い、納得のいく結果に安堵する。
これでモーリは私と行動を共にすることになった。
ハイエルフで魔導士。
心強い味方。
これでダンジョンを生き抜ける可能性が高くなった。
「あの……ナナヨ」
「なに? モーリ」
少しもじもじするモーリ。
そんな彼女が遠慮がちに、私の目を見つめながら呟いた。
「仲間になったばかりだけど、お願いがある」
「え? なに?」
「私も下着欲しい。このままだとお腹が冷える」
「うわああっと!」
そう言って、またもローブをめくり上げるモーリ。
うーん。この先、ハイエルフに乙女の羞恥心を理解させるのは苦労しそうだよ。
― 導きの光版を持つ者を守れ ―
モーリが私と仲間になる決意をした理由は、ハイエルフ、古の伝承。
でも結局のところ、白の道具屋に行きたかったんだよね。
彼女の決意の理由。実はひとつじゃなかったかもしれない。
◇◇◇◇$◇◇◇◇$◇◇◇◇$◇◇◇◇$◇◇◇◇
「まさか、負けたと言うのではあるまいな」
白い部屋の主が少し呆れた表情で私たちを出迎えた。
まるで、魔剣士にまでなったのに、負けちゃったんですか? あなたとでも言いたげな表情に、さすがの私もむっとなる。
「違いますう! ちゃあーんと勝ちましたよおーだ!」
「ん? お前の後ろ、また珍しい客人だな」
「ちょっと、そこスルーしないで下さいよっ」
ゼファーはこちらの反論など気にも留めず、私に続き、青い扉を抜けてきたモールの方へと興味を移す。
一瞬、無視されたことに怒るも、よくよく思い返してみると、この悪魔は私の行動などすべてお見通しのはず。結局のところ、単にからかわれていたのだと気付き、さらにこの悪魔が憎らしく思えた。
「白の道具屋。本物……」
辺りを見渡しながら、戸惑いを隠せないようすのモール。
そんな彼女に、とりあえずこの忌々しい店の主を紹介する。
「モール。こちらがこの店の主、ゼファーさん。性格は悪いけど、商品は良いから」
「性格は余計だ」
「へーそこはスルーしないんですね!」
「どうでもいいことは無視する主義でな」
ぐぬぬと視線をぶつけ合う私と、スンとした涼しい顔のゼファー。
憎らしさに拍車をかけたようなその態度に、私の我慢も限界超えそう。
うん、たまに遊びに来てあげようと思ったのは、私の間違いだ。
ひとりで寂しいだろうなって思ったけど、もう会いに来てあげないんだから。
「それよりも、モールとやら。どうしてナナヨと行動を共にする。これはお前にとって足手まとい以外のなんでもない存在だぞ」
「うわっ! これって言った!」
ゼファーがモールに対し、出来れば掘り返してもらいたくない事情を尋ねる。彼女のことは信頼しているけれど、他人の言葉で気が変わることだってあるかもしれない。だから、あまり第三者から口を挟んでもらいたくない。
「ん、構わない。私はハイエルフ。掟に従うだけ。ゼファーは変にお節介過ぎる。魔族のくせに」
「モール……」
モールがそんなゼファーの望む答えを出すことなく、再び堂々と決意の言葉を口にし、その上で彼のことを戒めてくれたのは、正直胸がスカッとした。
やーい、いじわる悪魔。モールにお節介過ぎって言われてるうー。
あ、でもそのせいで一瞬、モールとゼファーの視線がぶつかり合ったのは、ちょっとだけドキドキした。
「……まあ、好きにすればいい。せいぜいダンジョンにて、これのお守りを頑張るんだな。この私のように」
「酷い! またこれって言った!」
モールに窘められても、その性分を変えようともしないゼファー。
メンタル強っ! てか私、別にあなたにお守りされてるつもりないんですけど!
「して、此度は何用だ」
「うわぁ。ようやく本題に入れたよ……さんざん馬鹿にされた気分だけど」
「白の道具屋。私に下着を」
「モ、モール! 言い方っ!」
モールの直接的な要求に、こちらが赤くなってしまう。
いくら相手が女子のそういうデリケートなことに、まったく興味はないと宣言しているとはいえ、こうも堂々と言われてしまうのは、他人事でも恥ずかしいものだ。
「良かろう。ただし、対価はもらうぞ」
「生憎、対価は持ち合わせていない。それでもいいの?」
「ナナヨから聞いていないのか。何の役にも立たんな、お前は」
「もう! さっきから、私への当りが強過ぎっ!!」
さすがに怒る私を気にも留めず、ゼファーはモールの望む商品を、例の青いカウンターと共にその場へと呼び出した。そして、
「対価はハイエルフとて同じだ。モール、お前の寿命と交換になる」
「寿命。別に問題ない。私、ハイエルフだから」
ゼファーが怪しげな笑みを浮かべ、対価に寿命をいただくと宣言したにもかかわらず、特に驚きもせずに了承するモール。もしかしてこの世界の人たちって、寿命に対する価値感が異常に低い?
たしかに私も最初は戸惑っていたけれど、だんだんと麻痺していたかもしれない。これがこの世界の普通なんだと、無理に納得してたところもある。
「ちょ、ちょっと、モール? 寿命だよ? 大事な命なんだよ? 言って私も結構支払っちゃってるけど、その……大丈夫なの?」
「ん、ハイエルフに決まった寿命はない。むしろ買い放題で嬉しい。ゼファーの商売にも貢献できるでしょ?」
「お互い、良い取り引きが出来そうだな。モール」
「白の道具屋。私もすごく興味あった」
「……」
まるで次元の違うふたりの会話についていけない。
寿命を欲しがる悪魔と、寿命をいくら取られても平気なハイエルフ。
お互いに微笑み合っている姿が、なんだか不気味なくらい当たり前のように見える。
寿命に制限のないハイエルフにとって、この白の道具屋との相性は抜群なのかもしれないけれど、それを黙って容認してもいいのだろうか。
命を粗末にしちゃいけないよって、元世界でも強く言われていた気がする。
それはあの世界に、人間しかその価値を尊ぶ者が居なかったからなのだろう。
ここは異世界。
ダンジョンのなかで、あっさりと命が奪われてしまう危険な世界。
価値観の違う世界に戸惑う私。
ここではそれが普通だなんて思いたくはない。
命は大事なものなんだから。
今まで寿命を対価に支払っていたことを恥ずかしく思う。
こうして第三者の目から見た寿命の取り引きは、やはり異様なんだと気付かされた。
もう、自分の命の欠片を渡すのはやめよう。
その代わり、別の対価となるモノを手に入れるんだ。
私は平然と命のやり取りをするふたりを見つめながら、
改めて命の大切さを認識した。
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