第13話 私とモーリの初共闘



「では、その商品をすべて寿命と交換するのだな」


 青いカウンターの上にあるのは、モーリが望んだ下着だ。

 私は一枚しか持っていないけど、彼女はそれら三枚すべて望んだらしい。

 替えもあれば良いなとは思うけれど、出来ればもう命のやりとりはしたくない。


「ん、その札の数が寿命?」

「ああ、しめて8000日分だ」


「高っ!! ちょ、それ高くないですか!?」


 思わず、叫んでしまった。

 下着の値段にしては高すぎる。

 年単位で言えば、二十一年以上だ。

 下着の寿命だけで成人しちゃう。


 これは、そう――、

 いわゆるボッタクリだ。


「モーリ、そんな法外な値段を許しちゃダメ! その悪魔は隙あらば寿命を取ろうとしてるんだから!」

「それは心外だな。私は本人が望む商品を、本人の切望度によって、値段を制定しているだけだ」


「で、でもそんな高い値段――!」


 ボッタクリ店主に抗議するも、相応の対価だと主張する悪魔。

 いくら本人が望む、価値観を表した価格だとはいえ、こんな横暴を許すわけにはいかない。そんな決意の元、私がゼファーに反論しようとしたとき、私の腕にそっと何かが触れる感触があった。


「モーリ……」

 

 触れた人物はモーリだ。

 彼女はまるで私の抗議を止めるかのように、

 こちらの顔を見ながら、首を横に振った。

 

「ど、どうして?」

「ん、私の心配してくれるのはいい。ナナヨは良い子」


「じゃ、じゃあ! こんなボッタクリな店……!」

「大丈夫」


「えっ?」


 モーリはそこで一旦、言葉を切る。

 不思議に思った私は、思わず彼女の顔を覗き込む。

 そこには口角を思いきり真一文字に伸ばす、彼女の笑顔が。


「大丈夫。私、寿命持ちだから」

「その、お金持ち風な言い方ーっ!!」


 ニマニマとするモーリ。

 そうだった。彼女はハイエルフ、寿命に制限がない種族だ。

 永遠を生きる彼女たちにとって、ここは毎日バーゲンセール。

 たかだか8000日の寿命なんて、はした金のような値段。

 クレジットカードで言えば、ブラックカードを持っているようなもの。

 とにかく、この白の道具屋で、彼女に買えないモノはない。


「くっ! セレブの価値観に負けた……」


 なぜか敗北感を味わう私。

 こうも堂々と宣言されると、返す言葉もない。


「では、取引成立といこう。さっそく寿命をいただくが、心臓に近い部分からの摂取が望ましい」

「ん、わかった。こう?」


「うわああっと!! モーリ、ダメエエエエ!!」


 例の寿命摂取を促すゼファー。

 それに対し、なんの躊躇もなく胸を晒すモーリ。

 

 仮にも相手は男性だ。

 その前で、女の子がおっぱいを見せている。

 これは絶対ダメな案件!

 私は速攻で彼女のローブを力任せに戻す。

 

「なんだ、お前の胸を出せとは言っていないだろう。なぜ他人の取り引きの邪魔をする」

「ナナヨ。なんで怒ってる?」


「ダメ! とにかくその取引きは絶対ダメ!」


 女性の身体に無関心な悪魔と、

 女性としての恥じらいに、無頓着なハイエルフ。

 図らずも、ここに絶妙な組み合わせが誕生してしまった。


 これは放置すると、どんどんエッチな方向に展開しかねない。

 だけど、そんなこと、絶対に認められない。

 ここは私、ナナヨ風紀委員が、断固阻止します!


「ん、痛い。でもゾクゾクする。んっ……気持ちいい」


 私の提案により、モーリの寿命は手から摂取してもらうことになった。

 でも、彼女の発言を聞くと、なぜか余計エッチに。

 これは風紀委員として、次回から要注意。


「見て、ナナヨ。私も下着。ふふ」

「だから、パンツ見せなーい!」


 ダメだ。

 私、風紀委員やる自信ないかも。



◇◇◇◇$◇◇◇◇$◇◇◇◇



 モーリの買い物を終え、青い扉を抜けると、なぜか彼女と最初に出会った場所に戻ることが出来た。


 転移で繋がっている場所からの帰還は、特に指定されている訳ではなく、一度行った場所がランダムで選択されるらしいと、魔法に詳しいモーリに教えてもらった。


 二度の帰還を経験した私は、たまたま最初の場所に運よく戻っただけらしい。



 そしていよいよ私とモーリのパーティー編成。


 と、言っても、別段何もすることはない。

 ただ一緒にダンジョンを探索するだけ。


 あと、モーリから聞いた話では、たぶんこの世界では、経験値による成長はないらしいとのこと。だから、転職による能力補正や、武器、防具の能力のみで強化していくしかないらしい。

 なので、私が魔剣士になって、身体能力があがったと思っていたのは、単に職業補正が付いただけで、私自身、何の成長もしていなかったみたい。


「だから導きの光版が現れたのかあ。強くなったし、もう必要ないのかと思っちゃった」

「ん、大丈夫。私は気にしない。ナナヨについてく」


「ありがと、モーリ」


 そんなわけで、私たちは絆を深めつつ、ダンジョンを探索することになった。


 ――で、


「ん、私が来た道は、こっち」


 モーリがこの休憩場所にやって来たのは、私がこの部屋に入って左側にあった道だ。そちらはモーリが最初にこのダンジョンに転移した部屋と、他に三つの部屋が通路で繋がっていただけで、それ以上、特に気になるモノはなかったとのこと。


「じゃあ、向かうのはこっち?」


 そうなると、必然的に私たちは、右側の壁から繋がる道に行くことになる。

 ふたりで話し合った結果、やはり近距離特化の魔剣士である私が先頭。魔導士のモーリは後方を歩くことになった。


「じゃあ、行くね」

「ん、任せた」


 初めてのパーティー探索。

 期待と不安を胸に、私たちは未知の通路へと足を踏み入れる。


 通路の石壁はこれまでと同じようす。

 松明の火をかかげ、【灯火の魔道具】で等間隔に火を灯していく。

 仲間が増えたので、その役割を分担。

 私が松明係。まあ、先頭だからね。

 モーリは壁に火を灯す係になってくれた。


「これ、楽しい」


 なぜか石壁に火を灯す作業を気に入ったモーリ。

 機嫌よく石壁に炎のしずくを垂らし、たまに先走って、私よりも先に行って、火を着けてたりする。


「もう、モーリったら、そんな先に行っちゃうと、私が先頭の意味なくなるじゃん」

「あ、ごめん。そだった」


 私が注意すると、素直に後方に下がるモーリ。

 だけど、背中越しに彼女がうずうずしているのがわかる。

 仕方がないので、彼女のために、もう少しだけ歩くペースをあげた。


 そういえば、モーリはこの暗闇になか、どうやってひとりで探索してたのだろうか。私のようにアイテムも持っていないし。その疑問を彼女に投げかけてみる。


「あ、暗闇なら少しだけ見える。ハイエルフみんなそう」


 なるほど。

 ちょっとうらやましい。


 しばらくすると、道が左右ふたつにわかれた場所にたどり着く。

 モーリと、どの方向にするか相談するのが、なぜか嬉しい。

 やっぱりひとりより、仲間とワイワイしながら、探索するのも良いな。


「ん、導きの光版は?」

「んー、出ないみたい。あれは、ここぞって時だけらしいよ」


「そか」

「うん、私たちだけで考えよう」


 モーリが導き手の判断を促すが、そうちょくちょく出てこられても、いちいち待つ時間がもったいない。これくらいの判断が私に委ねられてるのは、信用されてるようでちょっと嬉しい。


「ん、じゃあ、杖占いする?」

「杖占い?」


「ん、杖に道を選んでもらう」

「へえ、そんなの出来るんだ」


 私が同意すると、モーリがさっそく杖を地面に突き立てた。

 そこからどうなるのか興味あった私は、その杖をじっと見つめる。

 するとモーリが突然、杖から手を離した。


「あ!」


 カランと音を立て、地面に倒れるモーリの杖。

 何度か地面でバウンドしながら、やがてピタリと動きを止めた。


「ん、右が出た」

「ええっ!?」


 なんと、杖占いとは、モーリが杖を倒すだけだった。

 それも、心なしか意図的に右側に向けていたような気も。

 いやいや、それって、占いでも何でもないよね? 手ごころ加え放題だよね?


「ん、右に行かないの?」

「……うん、行くけどね。行くけど、なんか……」


 じっと疑いの目をモーリに向けるも、彼女には通用しなかった。

 杖占い――という、彼女に決定権を任せるのは――時々にしとこう。


 気を取り直したところで、私たちは右へと進路を向ける。

 相変わらず道は同じ景色だけれど、仲間がいるので気分も違ってくる。

 退屈なダンジョンもこうして雑談しながら――、


「ん、魔物」

「えっ!」


 突然、後方から私を、杖の先で制するモール。

 彼女の呼びかけに反応した私は、まだ明かりの届いていない場所に松明をかかげる。


「グルル……」


 暗闇が松明によって照らされ、その光に反応したかのように、モンスターの低い唸り声が聞こえる。そして、そのキラリと光を反射する赤い目に、私の緊張感が高まるのを感じた。


「動……物?」

「ん、違う。吸血犬ブラッディ・ドッグ。それも二匹」


 明かりに照らされたのは、二匹の赤黒い犬だ。

 モーリの言う通り、普通の犬とは違い、犬歯がすごく長い。

 吸血犬って言うくらいだから、きっとあの牙で血を吸うんだろうな。


「こっちもふたりだから、警戒してる。今のうちにナナヨも戦いの準備」

「う、うん、わかった!」

 

 戦闘になると、普段の話し方よりも饒舌になるモーリに促され、私もたいまつを壁に立て、剣を構える。


「私は右の。ナナヨは左」

「了解!」


 モーリの指示に従い、私は左側の吸血犬に狙いを定める。

 

 今回は付与魔法はお預けにする。

 【鋳物の剣】は、スライムには効かないけど、ああいった動物になら、付与魔法をかけなくてもいいかもしれない。自然と回復するらしいけれど、魔力の節約は大事。


 モンスターと私たちの距離が、徐々にお互いの射程範囲内へと縮まる。

 吸血犬は二手にわかれ、私たちを取り囲もうと、円をなぞるように足を進めだした。

 それに反応するように、私たちも背中合わせになり、お互いの標的を見据える。


 ボサボサの毛並みを持ち、ヨダレを滴らせる雰囲気は、まさに野犬といった感じ。噛まれたら破傷風になりそう。出来れば相手に触れられずに倒したいな。


「来る」

「「ガルルルッ!!」」


 モーリの呟きと同時に、吸血犬が跳んだ。

 私は剣を構え、出来るだけ敵を引き寄せる作戦を取る。

 モーリはすでに杖の先に魔力を込めたのか、小さく、そして素早く、詠唱を始めた。


【ファイア・ドロップス】


 先に攻撃を仕掛けたのはモーリ。

 杖を標的に向けた瞬間、無数の飴玉サイズの小さな炎が、宙を走った。


「ギャウン!!」


 モーリの魔法が直撃した吸血犬は、まるでマシンガンで撃たれたような穴を多く作りながら、石壁の方へと弾き返されて行き、そのまま激突した衝撃で、ぐしゃりと音を立てて絶命する。


「私も!!」


 そんなようすを窺いながらも、私は私で、迫りくる吸血犬の同線を見切り、それをすれ違いざまにかわしながら、相手の胴体に思いきり剣を叩きつけた。


「ギャン!!」


 剣の切れ味がない分、ダメージが鈍い音となって、ダンジョンに響き渡り、地面にしこたま身体をぶつけた吸血犬がたまらず声を漏らす。


「とどめっ!」


 すでに戦うことに慣れたのか、私は冷静な状態のまま、持っていた剣を地面に這いつくばる吸血剣に向けて、再度叩きつける。


 骨が砕けるような音を立て、私の攻撃をモロに頭に受けた吸血犬は、無言のまま絶命。私たちの戦闘はこれで終了した。


「ん、おつかれ」

「モ、モーリも……」


 戦いに慣れたわけではなかった。

 ただ戦いの高揚で、アドレナリンが異常に出てただけ。

 それを証拠に、戦いを終えた私は、モーリとハイタッチを交わしたあと、その惨劇を目の当たりにした衝撃で――、



 気絶した。



「ナナヨ!!」

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