第10話 私のダンジョン初お泊り



「ううー、もう最悪だよぉ」


 スライムを一撃のもとに倒したのは良いけど、

 その代償に、爆散した体液やら粘着物を被った私。

 なんか変な臭いもするし、ネバネバがなかなか取れないし、もう最悪。


 おまけに倒しても宝箱なんて出やしない。

 倒し損て噂もある――てか、私が流すつもり。


 まあ、相手のレベルも低いし、いきなり宝箱なんて望んでいないけど、こんな目に遭うなら、お詫びのしるしくらい残してから、逝ってくれたっていいと思う。


 そういえばここって、経験値とかってシステムとかあるの?

 何も聞かされないまま、女神に堕とされたんで、その辺まったく無知です。


 もし、疑問のとおり、

 見返りなし、

 経験値もなし――ってなれば、

 じゃあいったい何を目標に頑張れば良いの? ってことになるよね。

 

 買い物にも寿命って対価を取られる。

 当然、私たちにだって対価は必要だ。

 このまま搾取されるばかりなら、ストライキだって視野に入れる次第ですよ、女神。


 そんな過激なことを考えつつ、私は地道な作業を繰り返している。

 壁に炎のしずくを灯していくという、ルーティン作業のことだ。

 ちょっと退屈だけど、これをしっかりやってたおかげで、すぐに最初の部屋にも走って逃げれたし、探索を中断した場所へもすんなり戻れる。


 でも、さすがにちょっと疲れた。

 そういえば、転移してからまだ一度も寝ていない。

 そろそろ仮眠でも取らないと、大事な場面で倒れてしまう。


 元世界の大人たちが訴えていた、働き方改革なんて存在しないこの異世界。まあ、自分ひとりだけだし、その辺は臨機応変に自由な環境にしたいな。


 あ、私、自由ないんだった。

 大事な局面は、導き手頼みだもんね。


「あー、やっと!」


 いろいろ考え事をしながら歩いていたら、とうとうこの道にも、突き当りが見えたことに安堵する。もしこのままずっと一本道だったら、さすがに泣いてたかもしれない。


 松明を上にかかげると、突き当りの岩壁には、最初の場所と同じような入口があった。


 もしかすると、ここはあの部屋と、この部屋を繋ぐ通路だったのだろうか。

 意外とこのダンジョン自体、そういう部屋と道っていうパターンで構成されてたりとか?

 まあ、まだダンジョンの全貌がわかってないので、何とも言えないけど。


 決心を固め、ゆっくりと入り口に近付く。

 念のため、部屋に入る前に、剣にも魔法を付与させておく。

 出来るだけ松明を高くかかげ、明かりの当たる範囲を広げてみた。


 最初はあの部屋からのスタートだったので、それほど危機感はなかったけれど、知らない部屋に入るとなれば、それは別問題だ。

 ここは念入りに確認しないと、もしものことがあったりする。


 明かりを部屋全体が分かるよう左右に動かし、目を凝らして中を確認する。


「うん、安全っぽい」


 何も危険な物はなかった。

 念のため地面も照らしてみたけれど、魔方陣の類も見当たらなかった。


 警戒を解き、ゆっくりと中へ足を踏み入れる。

 四方を石壁で囲まれているのは、最初の部屋と同じ。

 ただ、違う部分がいろいろとあった。


 まずは入って来た入口から見て、左右の石壁の真ん中にも、同じ出入り口があること。それと正面の石壁には、暖炉のような四角い穴が開いている。


「分岐かあ。面倒だけど両方行ってみないとダメだよね」


 一本道だけなのも退屈だけれど、分岐もちょっと不安になる。

 ダンジョンあるあるだと思うけど、どちらかの道を選び、先に進んで、またその先で分岐になったりしたら、最初に選ばなかったほうの道がとても気になってしまう。

 でも、この新たに現れた分岐も気になるし、私、どうしようってなるのは目に見えている。


 仲間がいれば、手分けして探索ってことも出来るかもしれないけど、そんな相手――、


「ダンジョンに人なんて、いるわけないよねー」


 そんな言葉を口に出してしまうと、途端に寂しくなってくる。まるでこの世界に、自分ひとりだけがダンジョンにいるような気分。


 「そう考えたら、あの悪魔がいるだけマシなのか。ちょっとムカつく奴だけど」


 不愛想なゼファーの顔が浮かぶ。

 今のところ、会話が成立する相手がいるだけ、私は恵まれているのかもしれない。


 さすがに自分ひとりだけで、このダンジョンで生きていくなんて無理だし、あの店があるだけで精神的に癒されてるのは確か。紅茶やお菓子もあるし。

 まあ、行くたびに寿命取られちゃうけど――、


「……たまには遊びに行ってあげよ……かな。ふわぁ……」


 そろそろ限界だったのか、極度の眠気に襲われる。

 幸いにも、あのスライムで気付いたことがあった。

 モンスターは発生場所からは動かないことだ。

 だったら、この場所から動かない以上、安全に違いない。

 そう結論付けたら、さらに緊張感が解け、眠気が増してくる。


「ん、あの場所……ちょっと気になるな」

 

 先ほど正面の岩壁にあった小さな穴。

 近付いてみると、穴はそれほど奥行もなく、休憩するのに向いてそうだ。

 部屋のど真ん中で寝るのも、ちょっと気が引けるので、ここを寝床とする。


 ポシェットから【魔法の寝袋】を取り出し、寝床に敷いた。

 そのまま、ずるずると中に潜り込み、自分でファスナーを閉じる。

 ふんわりとした感触の中敷きが、心地よさを感じさせ、私を夢の世界へと誘う。


 おやすみなさい、導き手のみなさん。

 私、ダンジョンで初お泊りしますね。

 むにゃ――ZZZ。



◇◇◇◇$◇◇◇◇$◇◇◇◇$◇◇◇◇$◇◇◇◇



 ― もし ―


 痛い。

 誰?

 ちょっと突かないで。

 

 まだ寝てるんだよ、私。

 あと五分、もうちょっと寝かせて。


 ― あの ―


 だから、眠いの!

 ちょっとだけ、

 あとちょっとだけ――、


「あのぉ、もし? ちょっといい?」

「ハッ!!」


 寝袋をつつかれる感覚。

 私を起こす人の声。

 すべてが夢ではなく、現実だと気付いた私は、瞬時に覚醒した。


 目を開けると、逆光で顔のわからない人物が私を覗き込んでいる。

 とっさに身の危険を感じた私は、あわてて寝袋から飛び出し、その人物の横を潜り抜けて、部屋の中央へと非難する。


「だ、誰っ!?」


 振り返りざま剣を取り出し、相手に向ける。

 その切っ先には、寝床の穴の前に立つ、不審人物。


 うしろ姿は私と同じくらいの背丈――いや、ちょっと小さい?

 大きなお団子ヘアが目立つまとめ髪。声からして女性であるのは確か。


 薄汚れたローブと手には杖。

 あ、あの杖で私の寝袋を突いてたのか。

 

 人なんてここには居ないと思っていた矢先、突然この不審人物の登場。

 フラグ立てた覚えなんて――ある。さっき居ないって言い切った。


 人であることは確実だ。

 言葉はちゃんと聞き取れている。

 でも、味方かどうかなんてわからない。

 そして、何の目的で私の前に現れたのかも。


 そんな不審な女性がこちらを振り返った。


「あぁ、ゴメン。寝ているとこ起こして……」

「――!!」


 振り返った女性は、まだ幼い顔つきだった。

 大き目なローブの襟元に隠れた口元から、少し申し訳なさそうに謝罪する言葉とは裏腹な、落ち着いた表情。

 手に持った杖は細い枝が幾重にも絡み合ったような複雑な形をしている。

 

 そして一番の特徴である、彼女の長い耳と浅黒い肌。


「ダ、ダーク……エルフ……?」


 まずい、思わず声に出てしまった。

 だって、どう見てもダークエルフにしか見えないんだもん。

 

「む」


 私の言葉を聞いたダークエルフの女性は、少し眉を寄せる。

 まさか、私の呼び方が気に入らなかったとか。


「ダークエルフじゃない、私はハイエルフ。魔法に特化した種族。その名は昔の俗称……」

 

 やっぱり、怒ってた。

 ダークエルフって物語の世界でも、あまりいい意味じゃないもんね。

 

「ご、ごめんなさい。つい……」

「別にいい。私もあなた起こしたし……」


 ハイエルフの女性は再び冷静さを取り戻し、私の謝罪を快く受け入れてくれる。特に彼女の琴線に触れるほどではなくて安心した。


「あの、それよりもどういったご用件で?」

「あ、そうだった。私、モーリ。ハイエルフで、魔導士で、このダンジョンを彷徨ってる」


「あっ、は、初めまして! 私、神武七夜かみたけななよと申します。一応、魔剣士になったばかりの探索者です!」


 モーリと名乗るハイエルフの女性――いや、見た目は私と同じくらいに見えるので、女の子か。ただし、ハイエルフが見た目通りの年齢かどうかは自信ないけど、とにかく彼女は魔導士で、このダンジョンを私のように探索しているのは理解した。


「ナナヨ……めずらしい名前。それに魔剣士なんて久々に会った。ナナヨもこのダンジョンで迷ってる?」

「えっ? あ、そう言えば、あなたも彷徨ってるって……!」


「うん……少し前。良かった。仲間いて……」


 突然で驚いたけれど、ダンジョンに人がいた。

 てっきり私だけがこのダンジョンを探索しているのかと思っていたのに。

 それも私と同じ女の子で、ハイエルフの魔導士だ。

 もしかして、モーリも私と同じ導き手の啓示で、行動しているのだろうか。


 いろいろと沸き上がる疑問。

 これからいったいどうなるんだろう。


 私はこの出会いに戸惑うも、新たな運命に導かれていくのを感じていた。

 

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