第9話 私のリベンジ・マッチ
「……すごく静かな気持ち」
職業玉という、食べれば望みのジョブを得られるチートな飴玉は、例えようのない不味さで、私を大層苦しめた。
でも、のど元過ぎればという、ことわざもあるように、食べ終えてみると何とかなるもので、いつの間にか口内は平常に戻っていた。
そして今の私は、以前とは違う何か底知れぬチカラが、身体の内に込められているのを感じる。
「どうだ。その身に魔力を宿した気分は」
「これが魔力? そうなんだ。なんか、すごく落ち着く……」
ゼファーによれば、これが魔力を宿した感覚らしい。
すべてを許してしまうような寛容さが心に溢れる気分。
魔力というチカラを宿すのは、普通の人よりも、少し優れた存在になったって感じがする。
その余裕もあってか、心のなかは平常心――いや、もっと静かで落ち着いた気分に満ち溢れていた。
「さあ、試しに頭のなかで付与魔法を念じてみろ」
「……うん」
ゼファーの提案を受け入れ、私はポシェットから【鋳物の剣】を取り出すと、それをじっと見つめて念じる。
「――!!」
その瞬間、私の脳裏にハッキリと、ある系統の付与魔法の名が浮かんだ。
そしてレクチャー通り、それを呪文として唱えてみた。
「わっ!」
その瞬間、刃というには頼りない剣の、根元から切っ先にかけて、炎で出来た小さなうねりが覆い始める。
私が頭でイメージしたのは燃え上がる炎。
そして剣には【炎のヴェール】という火系統の魔力が付与された。
「すごい! ホントに頭のなかで考えただけで、炎を付与出来ちゃった」
魔導士ほど派手さはないけれど、とうとう私にも魔法のようなチカラが身についた。気持ちは激しく高まり、まるで魔法少女にでもなったような気分。
「スライムは水以外の系統なら、その鈍器のような武器でも、ちゃんと刃が通るはずだ。覚えておくといい」
「うん、ありがとう!」
私は手にかかげた、未だ炎をまとった状態の剣を見上げながら、笑みが止まらなくなる。これでやっとスタート地点に立てると思ったからだ。
「あと、一度唱えた付与魔法の効果時間は、相手に何度も切りつけない限り、制限時間はない。消したければ、さらに別系統の付与を施すか、お前の意思で解除するんだな」
「わかった。いろいろありがとう、ゼファー」
「……これは客に対してのアフターフォローだ」
「ふふっ」
ゼファーのフォロー通り、剣の炎は、自分の意志で消すことが出来た。
あと、火が消えたあとの剣を調べてみたけれど、特に焦げた跡もなく、本当に剣を燃やしている訳じゃないみたい。やっぱり魔法って不思議だね。
残りの飴玉は念のために取っておく。
出来れば二度と口にはしたくないけどね。
それらをポシェットに納め、私はこの部屋の主へと振り返る。
「じゃあ、行って来るね!」
「ああ。またすぐに出戻らぬことを切望する」
「むう」
ひと言余計なゼファーに別れを済ませ、
私は再び青い扉を開け、ダンジョンへと戻った。
◇◇◇◇$◇◇◇◇$◇◇◇◇$◇◇◇◇$◇◇◇◇
「――居た」
スライムに遭遇した場所に戻ると、あいつはまだそこに存在していた。
ここまでの道のりは、壁に灯した炎のしずくのおかげもあって、安全にたどり着くことが出来た。
天井からしたたり落ち続ける粘着物は、私を察知したのか、その身を大きくよじらせて威嚇を始める。前回みたいな消化液は、まだこちらとの距離があるためか、すぐには飛ばしてこない。
その距離を利用し、私はたいまつを石壁に立て掛け、ポシェットから取り出した切れ味の無い剣に、もう一度【炎のヴェール】を唱えた。
「今度は負けないからね!」
炎の剣を構え、私はスライムにリベンジを宣言する。
そして相手と対峙しながら、ふと、身体の違和感に気付く。
(何? この感じ……)
今まで感じたことのない、研ぎ澄まされた感覚。
充実した気力、全身にみなぎる活力。
白の道具屋で感じた魔力とは違う。
もっと肉体的にアップデートされたような気持ち。
もう、この場所から一歩踏み出すだけで、あそこにいるスライムに、一瞬で届きそうな気もしてきた。
「まさか……ね」
もしかして魔剣士に転職したのが原因なのかな。
あの職業玉によって過去の冒険者のジョブをその身に宿したことは、単に魔力を身に着けて、付与魔法が使えるだけじゃないのかもしれない。この感覚――過去の冒険者から身体的能力も受け継いだ可能性だってある。
ふと気付けば、スライムが徐々に私から距離を取り始めている。。
「もしかして、魔剣士の私に怖がってる?」
このままスライムを見逃すのもひとつの道かもしれない。
でも私は、あいつに絶対リベンジしてやるって誓ったんだ。
それにいろいろと確かめたいことだってある。
要するに――、
「四の五の言わずに、やるっきゃないっ!」
その場で大きく地面を蹴った。
一瞬で数メートルあったスライムとの距離はゼロなる。
やっぱり届いた。
「わあああああ!!」
恐怖を吹き飛ばすため、大声もあげる。
同時に持っていた剣を、スライム目がけて突き立てた。
赤い炎の切っ先は、あれだけ物理攻撃を拒んだはずの体表を難なく吹き飛ばし、その中心にある核を、勢いのまま貫いた。
その瞬間、核はまるでガラスみたいに粉々に砕け散り、どろどろとした塊は、その拠り所を失ったせいか、声にならない断末魔を体現するかのように、激しく身震いをし始めた。
「うわっぷ!!」
核の消滅によって、その身を構成していた魔力の鎖は解かれ、粘り気のある物質を遠慮なく周囲へと爆散させるスライム。
そしてその間際、最も近くにいた怨敵に対し、しっかり仕返しすることも忘れずに散っていった。
べちゃべちゃと音を立てて、壁や天井すべてに飛び散ったスライムの残骸が、地面に落ちていく。もし、誰かがこの場に遭遇したら、思わず顔をしかめるくらいの惨状だ。
そのなかにひとり、剣を持った勝者が佇んでいた。
それこそは、その身を微かに震わせる私。
もちろん勝利に歓喜した震えではない。
このドロドロの全身に、満ちたぎる想いはただひとつ、
怒り。
「スライムなんて大っ嫌いっ!!」
私のリベンジ・マッチは、散々たる姿で勝利を収めた。
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