第8話 ダメな私が転職するための実食タイム
今、私はこの白の道具屋にて、優雅にくつろいでまーす。
えーっとぉ、目の前には、暖かい紅茶とミントクッキー。
それと今回の紅茶には、新鮮なカットレモンが付きました。やったあ!
空のように青いソファーは、座るとお尻がすっごく沈んで、びっくりしちゃいますうー。でもこれってえ、良いソファーあるあるですよねー? ふふっ。
あーっ! 前回、お邪魔したときは、ガラス製だったセンターテーブルーっ! ほらっ、これって模様替えしたのかなあ。サザンイエローパインの、キレイな木目調ですよお。もーオッサレー。
ああん。もうずっと、ここでこうしていたーい! キャッ!
え? もう来ないって言ってなかったって? テヘッ。
乙女の気持ちはぁー、移ろいやすいって知ってましたあ? イエイ!
ウフフ。
アハハ。
あっ、そうだ!
次回は、どんな紅茶とクッキーが出てくるか、みんなも予――――、
「うーん。これは人間がダメになる、悪魔の環境だよ、ゼファーさん」
「何をひとりでぶつぶつと言っている。そろそろ啓示が来る頃だろう」
危なかった。
悪魔の誘惑で、お花畑サイドの私が、もう少しで目覚めちゃうところだったよ。
ダメダメ、こんな優雅なひとときを過ごしていたら、本来の目的さえ忘れちゃう。
呆れているゼファーの言う通り、
私はここで【啓示】を待っているんだから。
うん、そうそう。
だから早く選んで、導き手さんっ!
私は誘惑を乗り越え、天に祈るように目を閉じる。
「――っ!」
そんな身勝手な私の願いを聞き入れてくれたのか、
絶妙なタイミングで、目の前にそれは現れた。
「来たようだな」
「ああ、助かったぁ……」
【導き手の啓示】
迷エる放浪者、神武七夜に導き手からの啓示が下サれた。
選ばれシ行動は、次の行動と成ル。
4 寿命692日を捧げ、これら三つの商品すべてを手に入れた。
「ほら、やっぱり!」
予想した通りの結果に思わず声をあげてしまった。
導き手さんが選んだのは、はやりすべての商品を手に入れることだった。
このあと、三つの職業玉からひとつ選ぶのは、私の仕事だ。
「まいどあり」
「あっ!」
ゼファーの心なしか喜んでいるような声に、私は思わず警戒する。
それは前回、このあとに彼が起こした行動を思い出したから。
条件反射のように、羽織っていたコートの前を、キュっと両手で閉じる。
それは、ちょうど彼の手が、私の前に伸びてきたのと同じタイミングだった。
「……なぜ隠すのだ」
「隠すでしょ……こ、このあとどうなるか想像つきますし」
まるで解せないとでも言いたげな表情のゼファーを軽く睨む。
いくら対価として寿命を奪うためとはいえ、あの行為は十八禁だと思う。
いや、あれは私にとっては軽いトラウマだよ。
ときどき頭を過るし、ドキドキする。
出来ればああいうことは、もっとお互いを――、
「……どうしても、胸からの摂取を拒むというのなら、少し痛い目に遭うぞ」
「えっ!?」
急に目付きの鋭くなったゼファーが、前回とは違うようすを見せる。
痛い目に遭うとはどういう意味なのか。もしかしてここで戦うとか?
「ど、どうするつもりなの? まさか……」
「わがままなご令嬢には、身をもって分からせないとな」
「――っ!!」
一瞬のスキを突かれた。
ゼファーの言葉に動揺した私の手が、彼によって強引に掴まれてしまう。
思わずそれを振りほどこうとするも、さすがに男性の力には敵わない。
「やっ! は、離してくださいっ! ち、痴漢! こ、この人痴漢ですっ!!」
その場でゼファーと揉みあう形になり、私は目一杯に暴れた。
そしてなぜか無意識に満員電車にありがちなシチュエーションみたく、彼のことを痴漢呼ばわりしてしまう。
「わがままなうえに、じゃじゃ馬ときてる」
「なっ!? きゃあああ!!!」
突然、彼に掴まれた腕に向かって、胸の奥から何かが流れていくような衝撃が走る。
それは今までに体験したことのない、激しい苦痛を伴い、耐えきれない私は、とっさに大声で悲鳴をあげた。
「痛い! 痛い! 痛ったあああああ―い!!」
「我慢しろ。お前が拒否した代償だ」
胸から腕の血管のなかを、何かがビリビリと弾けながら通り過ぎるような感覚。
それは時間にしてほんの三十秒ほどの出来事だったに違いないが、私にとってはその何倍もの体感だった。
そして最後に、手のひらから痛みごとすっぽりと抜けたような気がした途端、ゼファーの手が私の腕を解放した。
その瞬間、痛みから逃れるため、ずっと彼から遠ざかろうとチカラを込めていた私の身体は、その反動によって勢いよく後ろに転んだ。
「きゃっ!!」
地面に大きく尻もちをついた私は、最後の小さな叫び声をあげる。
そしてわけもわからないまま、かつてない痛みを体験した私は、地面の上で呆然となる。
「まったく……いちいち手間のかかる客人だ」
二度の衝撃的な経験をした乙女に対し、まるで死体蹴りのような言葉を投げかけるゼファーに、未だ焦点が定まらない私は、悔しくも言い返すことさえ出来なかった。
そして少しの間が流れ、ようやく私もハッとなる瞬間が訪れた。
「なっ……なに? 今の……」
「以前、魂から寿命を奪うには、心臓に一番近い場所が望ましいと言っただろう。それは寿命が魂から離れる瞬間に、激しい苦痛を伴うからだ」
「う、うん……伴った」
「お前がそれを拒否したので、私は仕方なく腕から摂取することにした。その結果、寿命が心臓から腕までの距離を移動する分、激しい痛みを感じたというわけだ」
「うん……痛かった。でもね。でも……」
「でもとは、何――」
再び私の手は彼を殴っていた。
しかも今度はグーだ。
「――
「もおぉぉぉぉぉ!! 先に言ってよおぉぉぉぉ!!」
ようやく分かった。
この
いくら見た目が超カッコ良くたって、絶対にモテないタイプだ!
「何をする。痛いではないか」
「その痛みの何倍も、私は味わったんですからね。そのくらいのおすそ分け、黙って受け取って下さい」
とは言ったものの、ゼファーを殴った手が痛い。
彼の頬もちょっと赤くなっている。
少しの罪悪感。
でも、色んな意味で、私の
ああもう、ゼファーといるとこればっかりだよ。
私の自制心が抑えられなくなるときがある。
これも悪魔と交流している何かの影響なのかな。
なんか……気が滅入る。
私って、いつからこんな暴力的になっちゃったんだろ。
◇◇◇◇$◇◇◇◇$◇◇◇◇$◇◇◇◇$◇◇◇◇
「これで、これらの商品は、すべてお前のモノとなった」
「ありがとうございます」
新たに寿命を削って手に入れた商品が、私の目の前に並んでいる。
先ほど、ゼファーから、この飴玉についてのレクチャーを受けた。
とは言っても、見ての通り食べ方はわかる。
問題はその効果と云われだ。
飴玉を食べると、その飴に封じられた過去の冒険者たちの職業を、その身に宿すことが出来るらしい。いったいこの飴の成分は何? ちょっと怖くて聞けない。
実際にはもっとさまざまな職業の飴玉があるらしいけれど、私は他に支払う対価を持ち合わせていないので、三つまでしか同時に買うことが出来ない。そういう経緯もあって、一番人気のある飴玉が選ばれたそうだ。
まずは一番人気(※ 寿命のお値段参照)の飴玉、【魔導士玉】。
その名の通り、食べると魔導士の能力を得られる。
体内に魔力が芽生え、それを使って魔法を唱えることが出来る。
魔法は系統別に、炎、風、氷(水)、土、雷、光、闇の七つもある。
魔法を唱える時は、頭にその系統を思い浮かべると、魔法名が浮かんできて、その名を唱えるだけという超簡単仕様。長い詠唱なんて必要ないんだって。
ただし、最初にその中から三系統の魔法を使ってしまうと、使える魔法はその三つに固定されてしまうらしいから注意が必要。
減った魔力はダンジョンに充満する魔力で徐々に回復するとのこと。
続いて二番人気の飴玉、【魔剣士玉】。
これは残念ながら、先ほどの魔導士の魔法が使える剣士って意味じゃないらしい。
のっけから私がつまづいた、あのスライムみたいな魔法でしか倒せないようなモンスターも、自分の武器に魔力をまとわせて倒すことが出来るらしい。
一応スキルとして魔導士のときみたいに、七系統の魔力を武器に付与出来るんだって。しかも魔導士のときみたく、三つしか使えないんじゃなく、ちゃんと全部の系統を武器に付与できるらしいよ。おおーこれは太っ腹ですねー。
スキルの使い方は、武器に向かって付与したい七系統を頭に浮かべると、魔導士のときみたく浮かんできて唱えるだけ。もうゲームみたいに楽で助かるよー。
だから、あの鈍器剣だって、そのまま使用出来るので、このなかでは一番お得かもしれない。
最後に惜しくも三番人気の飴玉、【聖職者玉】。
これは読んで字のごとく、聖職者、つまり回復魔法や防御魔法を使える職業のこと。魔導士の七系統とは異なる系統の、聖っていう系統を使うことが出来て、自分や相手を回復させたり、防御魔法で守ったりするみたい。えっと、この場合の相手ってモンスターなの?
魔法の使い方は魔導士と同じ。
回復や防御がしたいーって、頭に浮かべると出て来るみたい。
以上、この三つの職業玉を私は手に入れたのだ。
そして、問題はこの中からどれを実食するか――だよねえ。
一応、私のなかでは決まっている。
それはさっきも言ってた、一番お得な飴玉、【魔剣士玉】だ。
だって、せっかく武器もあるんだし、魔法を付与すればリベンジ出来るって最高だよね。使い分けはモンスターによって見分ける訓練は必要だと思うけれど、一番実践的だと思う。
ふたつの魔法職にも憧れはあるけど、私ひとりだし、魔法職ってなんか、接近されると弱いってイメージがあるんだ。
そういう理由で私は【魔剣士玉】をいただくことにした。
まずはその手の上に、緑色をした飴玉を乗せる。
そして、これからいただく飴玉をじっと観察してみた。
「な、なんかこの飴玉、よく見たら中でなんかウヨウヨしてるんだけど……!」
緑色の綺麗な飴玉の中に、何かドロドロしたモノが、はげしく渦を巻いているのを発見し、急いでこの飴玉の売主に意見を求める。
「それはそうだ。これは一種の呪いがかかっているからな」
「えっ……呪い……えええっっ!! 呪いぃぃっ!?」
思わず飴玉を、カウンターの上にポイした。
だって、呪いって聞いて、手の上にずっと乗っけてられないよ。
そいうか、なんてモノを売りつけるんだ、この悪魔。
そんな抗議の目を向けるも、相変わらず平然とするゼファー。
「生前活躍した、名のある冒険者の職業を奪うのだ。それを拒む死者の意思は否定出来まい。それに呪いによって職業をその身に宿すのが、その職業玉なのだからな」
「ううーっ、それを先に言ってよ! 普通にペロっと舐めちゃうとこだったじゃない!」
「いずれにせよ、食べないとお前はどうしようもないはずだ。それに伝えれば躊躇するだけだと思ったから、あえて伏せていた。私としては、逆に感謝して欲しいくらいだ」
「くぅーっ! また悪魔の正論ティー……!」
たしかにゼファーの言う通りだ。
もし最初に聞いていたら、食べる気になっていなかったと思――いや、聞いたら余計に食べられないんですけど!
でも、これは啓示された運命の途中だ。
私がこれを食べないと、この先に進めないのも確か。
「……わかった」
観念し、再びカウンターに返却した飴玉を手に取る。
話を聞いたあとで見る飴玉は、さっきとはまったく別の様相を見せている。
まるでウヨウヨと呪い渦巻く緑の飴玉が、私を待ち構えているかのように。
「うーっ! うーっ!」
ダメ。
なかなか口に運べない。
飴玉を摘まんだ指が、口が、意志が、それを拒んでいるのがひしひしと伝わる。
「いい加減、早く喰え」
「あっ! うぐっ!!」
渋る私を見かねたゼファーが、飴玉を奪い、あっと言う形になった口へと、突然、突っ込んだ。
「んん――っ!!!」
途端、口のなかに飴玉の味がいっせいに広がった。
表現に困るほどの味に、私は涙を浮かべながら、暴挙に出たゼファーを睨みつける。
いや、表現なんてただひとつだろう。
とにかく不味い。
「う”えぇぇぇ……マズいよおぉ」
「この馬鹿! 舌に乗せたままこちらに向けるな! 呪いが周囲に散乱するだろう!」
あのゼファーが、私に怒鳴るほどの焦りを見せるなんて、よっぽどなのね。
私はあわてて口を閉じると、再びこの苦行でしかない実食を始めた。
「いいか、絶対に途中で噛み砕いてはならんぞ。きちんと最後まで舐め溶かすのだ」
「――んんっ!?」
情け容赦のないゼファーのひと言。
今それ言う? 私は目を見開いて彼に抗議するも、なぜか口元に笑みを浮かべる悪魔の姿。
貴方、もしかしなくても、やっぱドSですか?
「うううぅ……」
だんだんと情けなくなり、涙があふれてきた。
どうして私、飴玉舐めながら、こんなにも気持ちが折れてるんだろう。
私、何かしました?
そんな私の落ち込みをよそに、コロコロと口のなかを転がる呪いの飴玉。
幸いにも普通の飴玉より溶けが良いものの、優に五分以上ものあいだ、絶えず私の口を呪い続けていく。
そして、口だけでなく精神的にもよろしくない、飴玉の実食タイムは、やがて涙も枯れ果てたころ、終わりを迎えた。
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