第7話 突然ですが私、転職活動しますっ!
「……ずいぶんと早い戻りだな」
青いテーブルと椅子に鎮座する男が、皮肉を投げかける。
その言葉に反論も出来ず、息を切らして青い扉を、半分開けたままにしているのは、無様にも再びこの白の道具屋に逃げ帰って来た私だ。
あの最低レベルでも倒せるはずのスライムに、まったく歯が立たないまま、即座に撤退を決めた私は、再び最初の広間に戻る途中、熱心に祈るように、この場所への扉が開くことを願った。
もらったコートの力もあったのか、広間にすべり込むと、そこには青い扉が再び現れていた。
そして一言、この不愛想な店主に、クレームのひとつでも言ってやろうと思った次第です。
「詐欺、詐欺よ詐欺! なんでスライム一匹倒せない武器なんて、私に売りつけるの!? あやうく初見で死んじゃうとこだったじゃない! この詐欺師悪魔!!」
息が整ってきたので、この思いのたけを、しれっと紅茶をたしなんでいるゼファーに全部ぶつけてやった。
「ずいぶんな言われようだな。あれはお前が望んだ道具ではないか。私はそのきっかけを与えただけだし、まさかスライムに打撃武器で殴りかかる命知らずがいるとは、予想もしていなかっただけだ」
「見てたのね!? 見てたんならアドバイスくらいくれたって――」
「甘えるな。お前はあの女神のしもべで、私は奴と仲が悪いと言ったはずだ。そこまで親切にしてやる理由はない。たとえ客人だとしてもな」
「くっ! イケずっ!」
悪魔から正論を聞きたくはなかった。
色々と世話になったし、少しは打ち解けたのかと期待していたが、やっぱりこの人は悪魔だった。
もうここに来るつもりはなかったのに、結局戻って来てしまった。
それもダンジョンに戻って、最初の戦闘に勝つ前だ。
情けないのは分かってる。
でも頼れる相手がいない今、私が思いついたのは、すごく癪だったけれど、彼しかいなかった。
そして青い扉を開けたとき、少し期待もしてた。
負けて逃げてきた私に、ねぎらいの言葉くらいくれるもんだって。
「あーわかりました! もう絶対ここになんて来ないんだから! お世話になりました!!」
「まあ、待て。そのまま戻ってもスライムには勝てないぞ。せっかく出戻って来たんだ。商品を見ていくがいい」
意地になって、また青い扉を勢いよく閉めようとしたとき、再び立ち上がったゼファーの周辺のテーブルと椅子が消え、またも青いカウンターが現れた。しかもすでに私が望む商品らしきモノまで並んでいる。数は前と同じ三つだ。
矢継ぎ早にそこまでお膳立てされてしまったので、出るに出れなくなってしまった。
「むう……」
「あの武器は素人に毛が生えたような代物だ。しかも一式セットの一部、相手の耐性が合わなければ、ただのガラクタでしかない」
出来ればそれはここを出る前に教えて欲しかった。
でもまあ、彼は商売人だし、こんなお客がめったに訪れなさそうな場所では、リピートしてもらわないと儲からない。
最初に最高の品を売ってしまうのは、私みたいな素人のやり方なのだろう。
癪だ。
すっごく悔しいんだけど、彼のペースに巻き込まれている。
でも、商品は気になる。
私は不貞腐れた風を装い、仕方なく感もまとい、その魅惑的なカウンターに、渋々っぽい雰囲気をかもしだしながら、恐る恐る近づいていく。
「さあ、今回の品はこれだ」
「わっ!」
それら私の心情を誤魔化す化けの皮は、声をあげたことで剥がれてしまう。
そこには、それだけの犠牲を払うほどの、装い新たな商品が並んでいた。
「なるほど、スライムは基本魔法による攻撃が常識だが、今のナナヨはただの探求者。そこで、この商品が現れたのだろう」
「なんですか、これ…」
机の上には、小さな飴玉のようなモノが、三つ並んでいる。
そしてそれぞれに、前回のような値札と商品名が表示されていた。
【魔導師玉】 300
【魔剣士玉】 217
【聖職者玉】 175
「えっと、これなんですか? 飴玉みたいですけど……」
「飴だ。食せば新たに職業を得られる」
「ええっ! しょ、職業!?」
いきなり転職出来るアイテムが出てしまった。
これを私が望んだ? いやいや、まだ十七歳ですが、バイトさえしたことないです。だからお仕事のことなんて、まったく頭になかったんですけど。
「これって、私がスライムに負けたから、強くなれって意味ですよね」
「そうだな。正直、ここまでとは思わなかったが」
「むう」
ホント、ゼファーってイジワル。
もう少し言い方ってものがあると思うんだけど。
でも飴玉舐めたら転職かあ。
さすが異世界って感じだよ。
あ、これってやっぱり導き手案件?
そう気付いたと同時に、私の目の前には呼びもしないのに導きの光版が現れた。
「はあ。やっぱりですか」
【導きその四】
忌々しき男の営む、白の道具屋に再び迷い込んだ神武七夜は、寿命と引き換えに望みの商品を手にするのか。
1 寿命300日を捧げ、【魔導士玉】を手に入れた。
2 寿命217日を捧げ、【魔剣士玉】を手に入れた。
3 寿命175日を捧げ、【聖職者玉】を手に入れた。
4 寿命692日を捧げ、これら三つの商品すべてを手に入れた。
5 寿命を粗末にすることなく、ここから速やかに立ち去った。
以上、五つの運命を提示、導き手の指示を待つ。
前回と内容は同じだが、ひとつ気になる項目がある。
道具は一度に手に入れても困ることはないが、転職が出来る飴玉は同時買いした場合どうなるのか。
まあ、気になることは、道具屋の店主に聞くしかないでしょう。
「あ、ゼファー。この飴玉って三つ同時に食べるとどうなるの?」
「食い意地が張っているのだな」
「違うからっ! 全部食べたら、三つの職業を同時に得られるのかって聞きたいの!」
「……そうだな。魔導士と聖職者を同時に得れば、それぞれ魔と聖の魔法を扱うことが可能だ。そこに魔剣士の要素まで加われば、もうそれは勇者と言っていいかもしれん」
「えっ! ゆ、勇者!?」
思わず腰が抜けそうなほど、おどろいた。
スライムにさえ負ける私が、飴玉三つで勇者になれる?
それも寿命的に最初の買い物よりもお得――いやいや、マヒしてるな私。
でも、これで最強になれば、もう買い物に寿命を削る必要もなくなるんじゃない?
だったら――、
「――勇者になれば、宿命から逃れられなくなるぞ」
「えっ」
「お前にその覚悟があれば、なるがいい勇者に。だが、勇者になればもうここには立ち入らさんと理解しろ」
「ゼファー……」
伊達眼鏡の奥に潜む、ゼファーの瞳が怖い。
彼が言うと、まるで勇者の宿命が警告のように聞こえる。
逃れられない宿命――それって、今の私じゃない。
だったら――、
いやいや、こればかりは私の一存では決められない。
というか、決める権利がない。
導き手さんの判断次第だ。
もう任せるしかない。
私が考えるとなんか変な方向に向かっちゃう。
うん、そうだった。
これまでに私が独自で選んだことの結果と言えば――、
スライムに負けたこと。
この白の道具屋にまた逃げ込んだこと。
そう考えると、私が判断したことは、すべて裏目に出ているように思える。
チート過ぎる転職が登場してしまったのもそうだけど、結局、私が自分の意志でここに来ることで、また商品が現れて、それに付随して、さまざまな選択肢が生まれる。
そしてそれがだんだんと大きな問題になっていく感じ?
ダメだ。
なんかいろいろあり過ぎて、考えがまとまらない。
「ひとつ、お前が出来る判断を教えよう」
「――!?」
私が俯いたまま考えてたことを、ゼファーが察したように語りかけてきた。
きっと彼に対し、今の私はすがるような顔になっていただろう。
そんな私の気持ちを察したのか、
ゼファーが、
「例え三つの職業玉を得ても、お前はそこから選択出来る」
「……えっ? あ、あれ? いや、そ、そうだ……そうだ!」
ゼファーの言葉の意味が最初は理解出来なかった。
けれども、自分のなかでかみ砕いて、内容をじっくりと反復してみると、答えはおのずと出てくるものだ。
「そうだよね、ゼファー! 啓示は三つ買えって言っただけ! その後は私の判断だったんだ……そう、そうよ! 私ったら何勘違いしてんだろ……ふふふっ」
すっと腑に落ちた感覚。
私が思い込んでいただけなんだ。
質問しようとして、それが絶対だと思い込んでた。
アイテムを全部手に入れたら、すべて消費する必要なんてない。
そうよ。怪しい飴玉を食べて変な職業を身に着ける自体、拒否するべきだったんだわ。
この飴玉をひとつ手に入れたって、食べる判断は私――、
「あ、でも……食べないとスライムが……」
私の空喜びはそこで詰んだ。
途端にどんよりした重い空気が、背中にのしかかってくる。
元々、スライムの件で訪れたんだった。
どれか食べないと意味がない。
いずれにせよ、この先、私は何か職業を身に着けることになる。
うーん。
履歴書とか書かなくて良いの?
え、食べるだけ?
試用期間は?
あ、ないんだ。
どれが一番オススメ?
あ、どれも強力なんだあ。
「あーん、緊張するよおお!!」
「落ち着けっ!!」
導き手さん、お願いします!
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