第5話 私、初めての経験だったのに!
「やっぱり、さっきのは魔方陣だったんだ」
次の導き手による【啓示】が現れるまで、私はこの真っ白な空間にある【白の道具屋】にて、時間をつぶすことになった。
先ほど見た、テーブルや椅子が消え、カウンターになったのと同じように、私たちが座っている、真っ青なソファーとガラス製のセンターテーブルも、そうやって突然現れたものだ。
白い陶磁器のカップに注ぎ込まれた紅茶と、甘いチョコチップクッキーも同じで、まるで出来たてを給仕係が運んできたように暖かく、とても美味しくいただけている。
そしてそこに腰を下ろすまでの途中、裸だった私の肩に、そっと自分の着ていたコートを着せてくれた悪魔的男性――いや、さっきお互いに自己紹介をしたので、これから彼をゼファーと呼ぶことにする。
その悪魔のようなゼファーが、意外にも紳士的に気を利かせてくれたおかげで、私はどうにか恥ずかしくない程度の恰好でくつろぐことが出来た。
その彼に、ここへやって来た経緯を話すと、あの地面にあった印は、この部屋に導くための仕掛け。いわゆる転移トラップだと聞かされた。
印はあえて完成させないまま地面に刻み込まれており、欠落している部分を描き足すことで、魔方陣として完成させることが出来る仕組みになっていたらしい。
犯人はおそらくダンジョンに住む、イタズラ好きの妖精だろうとのこと。
魔方陣に詳しい者だったら、簡単なパズルのような仕掛けなのだけれど、私はたまたま偶然に暗闇のなか、松明の棒きれで地面を削って完成させてしまった。
「ああ、その確率は客――いや、ナナヨがこの世界に転移した偶然くらいに、奇跡的なものだろう」
「わぁ……じゃあ、ここに来れたのって、超レアってことなんですねぇ」
「いや、そうでもない。ここへ訪れる手段は他にもある。偶然なのはそこにたまたま存在していた魔方陣と、それを完成させたナナヨ自身だ」
「そ、そうなんですね……私って、いろいろとやらかしちゃってるのかなあ。異世界転移もそうだけど、魔方陣まで発動させちゃうなんて……」
「まあ、稀有な存在なのは確かだな」
「あはは……」
悪運とでも言うべきなのか、これまでにありえないほどの偶然が重なりすぎていることに対し、背筋に冷たいモノを感じてしまう。いやいや、この先どんどん大事になんてならないよね?
そんな会話をしつつ、手元にある紅茶が残りわずかとなった頃、その待っていたものは現れた。
【導き手の啓示】
迷エる放浪者、神武七夜に導き手からの啓示が下サれた。
選ばれシ行動は、次の行動と成ル。
4 寿命2028日を捧げ、これら三つの商品すべてを手に入れた。
「ゲッ!」
思わず下品な声をあげてしまった。
期待はしてたつもりでも、いざそれを提示されてしまうと、引いてしまう自分がいた。いやいや、寿命六年分も取られちゃうんだから当然だよね。
「まいどあり」
「早っ!! それにその顔っ!!」
啓示によって商談成立を確信したのか、ゼファーが笑みを浮かべながら私に礼を述べた。
やっぱ悪魔だ、この人。
導き手の人もけっこう非情だったけど、現実問題、これらの商品のなかで不要な物なんて、どれひとつとしてないはず。
私自身もそう思うし、やっぱり世間から見てもそう判断するのだろう。
「では、参ろうか」
いつの間にか、すぐそばには三つの商品が並んだカウンターが姿を現していた。
ゼファーがそれに向かって手を差し伸べ、私をそこへと導いていく。
そこで改めて、これらの道具について、ゼファーからレクチャーされる。
水差しのような形をした銀製の道具、【灯火の魔道具】は、ダンジョン内に充満している【魔素】という魔力の元素を利用して、水差しのように小さな炎をポトリと垂らし、どこにでも灯すことが出来る魔道具らしい。当然、ダンジョン内で灯す限り、それはほぼ永久的にその場所で燃え続けるそうだ。ちょっと怖いなそれ。
ただし、その炎を松明などに着火させた場合は、木が燃え尽きると同時にその効果も消えてしまうらしい。
「たとえばダンジョンの壁に灯した場合は、照明代わりにもなる」
「あ! じゃあ、自分が辿って来た目印にもなりますね」
ただの火起こし道具かと思っていたけれど、意外と使えることが分かった。ダンジョンを探索するためには、必要不可欠な道具になりそう。
続いては【魔法の寝袋】について。
一見、ただの寝袋に見えるけれど、立派な魔道具らしい。
ダンジョン内であればどこでも使うことが可能。寝ているときは誰にも察知出来なくなり、快適な睡眠を約束されるそうだ。なんかどこかの通販番組みたいな解説なんですけど。
「ただ、この寝袋は偶発的に外部から衝撃を受けると、まれに相手から認識されてしまうから……まあ、注意したまえ」
「何、その一瞬の間! それってフラグじゃないですかあ! 私、これまで偶然を引き寄せ過ぎてる女なんですよ!? 絶対見つかっちゃうってことじゃないですかああああ!!」
これ使う場合、出来るだけ誰もいない場所を見つけようと心に留めた。
最後に一番必要だったモノ、【探索装備品一式】だ。
これら一式には、当然、服も含まれている。元世界で着ていたようなファッション性は皆無だけれど、一応この世界では標準的な衣装らしい。ただしダンジョン探索向けの最低装備というレベル。下着もさすがにブラまでは望めなかったけど、パンツはあった。これは元世界と同じようなデザインで布製のやつ。ただし、あまり履き心地は良くない。
上着は少し厚手のチュニックという、上からざっくりと被る丈の短いタイプで少しおへそが出るやつ。胸元はV時にカットされていて、紐が交差している。防御性などはまったくないけれど、裸よりは全然マシって感じ。
ただ、ズボンタイプのレギンスっぽい薄いボトムは、魔法の糸で出来ているらしく、履くと自動的に下半身にフィットする優れもの。通気性も良く運動性も良い。ただ、締め付け過ぎて下着の線がくっきり浮き出てしまうのが少し残念。
あとは魔法のサンダル。
これも履けば足のサイズにフィットするものだった。
そして冒険には必須の品があと三つ、一式には含まれている。
まず一つ目は直径二十センチくらいある、金属製の小さな【ラウンドシールド】だ。裏にある取手のような皮製のベルトに、腕を通して固定するので、手は自由になる。なんか小手に似てる防具みたい。利き手とは反対の腕に装着するらしい。
そしてメインの武器となる【鋳物の剣】だ。
これはやはりダンジョン探索初心ということで、銅製でした。切るというよりも叩きつけることでダメージを与えるイメージ。鋳物なので刃に鋭さはなく、攻撃力はあまりなさそう。鈍器に近いかな。
剣を収めるための鞘やベルトは付属していなかったので、普段はずっと手持ちになりそう。この世界で最低限の武器なんだと思う。
うーん。寿命けっこう削ってるんだから、もう少し立派やつが欲しかったけど、戦闘とか出来る自信がないので、結局はただの飾りになりそう。
最後はお待ちかねの装備品、【魔法のポシェット】だ。
これはゲームとかでよくある、アイテムボックスと同じ効果があるみたい。
見た目は普通のたすき掛けポシェットに見えるけれど、大きさ問わず、最大二十個のアイテムが自由に出し入れ出来るらしい。
取り出すときは入れたアイテムを思い浮かべるだけ。一応、容量が二十個って制限あるけど、まあ大丈夫でしょ。
あ、もし剣が飾りのままだったら、ここに仕舞っとくと良いかも。
これらの商品の説明を受け、いよいよ対価を支払う時が来た。
コートを羽織ったまま、ゼファーの前に立つ私。
初めてとはいえ、寿命なんて奪われたことがないので、緊張してしまう。
「それでは支払いのほうを……」
「えっ」
突然、ゼファーが、言葉少なげにこちらへと迫って来た。
戸惑う私は、抵抗する間もないまま、彼の行動を受け入れてしまった。
「――!?」
かつてない衝撃が走る。
コートが無抵抗にはだけさせられ、気付けばゼファーの頭が、私の胸の間にあった。
「ああっ!」
冷たい唇の感触が胸に触れたかと思うと、全身が緊張と恥ずかしさで熱くなる。
その刹那、私は恍惚としたまま、彼の頭を両腕で抱えていた。
永遠ともいえる長い時間を過ごしたような感覚。
それはほんの数秒だったけれど、私にはそう感じられた。
儀式は終わり、スッと私から離れるゼファー。
その間も私は胸を開いたまま、その視線は宙を彷徨っていた。
「これで商談成立だ。ナナヨの寿命、2028日分は確かに頂――」
気付けばゼファーを平手で殴っていた。
あれだけ私が恥ずかしい思いをしたのに、平然と話を進める彼のことが無性に腹立たしかった。
思いきり殴った手がジンジンとする。
私に殴られたゼファーがこちらを向き直る。
「――痛い」
「あ、当たり前でしょ……! い、いきなりなんてことを!」
「寿命をもらうのだ。一番心臓に近い部分に口づけしないで、どうやって奪う」
「デ、デリカシーってものを考えて下さいよっ! さっきだっていきなり胸をガバーって……! わ、私だって心の準備が……」
必死で心情を訴えるも、冷静かつ、さも当然だとでも言いたげなゼファー。
ただ、私が目に涙を溜めていたことに気付いたのか、彼は突然を頭を下げた。
「……すまない。なにせ数百年ぶりだったので、その辺の配慮が欠けていた。今後は気を付けよう」
「こ、今後って……あーもおーすっごく恥ずかしかったんですけど!!」
とりあえず、ゼファーが謝ってくれたことは受け入れることにした。
でも、それが本心かどうかまでは、彼と接した時間が短すぎて、私にはまだわからない。所詮、悪魔以上の人種である彼と、人間の私では考え方や価値観は違うのだろうな。ただ、彼が本能的に相手の変化に機敏なのは理解した。
火照った身体と顔を見られたくなかったので、ゼファーから背を向ける。そして恥ずかしい思いをしてまで手に入れた装備を、さっさと身に着けることにした。
「……」
ごそごそと着替えながら、さっきの状況をかえりみる。
初めて異性に口づけされてしまった。
身体だったけど。
そりゃあ、唇じゃなくて胸だけで済んだのは、不幸中の幸いかもしれないけどさ。私の初めての経験をこんな風に奪われちゃうなんて最悪だよ。
いくら対価を支払うためとはいえ、まさか女の子の胸を突然吸うだなんて……男性としてその辺は配慮してほしかったな。
黙々と装備を身に着ける間、気まずい時間が流れて行く。
再び松明を携える。
剣は今のところ必要ないのでポシェットにしまい込んだ。
最後に魔法のサンダルを履くために足元へと屈んだとき、そこに置いてあった、ゼファーから借りていたコートが目についた。
「コート借りたままだった……はい…」
俯いたままコートを差し出し、不愛想な言葉を彼にぶつけてしまう。
だって仕方ないじゃない。今だってまともに彼のこと見れないし、でもコート返さなきゃダメだし。
「それはさきほどの詫びとして、ナナヨに譲ろう。すでにその身体になじんでいるはずだ」
「えっ?」
そう言われてみれば、最初に羽織ったときは、ゼファーの身長に見合う大きさでブカブカだった。それがいつの間にか、丁度いいサイズになっている。
「それはこの部屋を訪れるための資格となる。持っていればふたたび必要な機会が来るだろう。ただし、この先、無事に生きていればの話だが」
「縁起の悪いこと言わないで下さいっ。じゃあ、え、遠慮なく……」
そう言葉を返し、再びゼファーのコートを羽織る。
ふと襟の部分から彼の匂いがした。
「では、うしろにある青い扉から元の場所に――なぜ、赤い顔をしている」
「ほ、ほっといてくださいっ! じゃあ、お達者で!!」
相変わらずデリカシーのないゼファーに別れを告げ、
私は通り抜けた青い扉を乱暴に閉めた。
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