第4話 私の寿命と交換するモノ
「あ、悪魔……より、上の……」
目の前に立つ男性が、薄っすらと笑みを浮かべている。
命を奪うことになんの罪悪感も持たないような発言をし、私の寿命と引き換えに望みの物を与えるとか、まさに小説や漫画に出て来る悪魔そのものなんですけど。
ただ、品物の価値は認めるしかない。
これがなければ、カウンターをドンと叩いて、今すぐここから出て行きたいところなんだけれど、うしろ髪をぐいぐい引っぱられるほどに魅力的な商品たちが、私の目の前に並んでいる。
そりゃそうだよね。
私が望むものばかりだもん。
欲しいに決まってるし、どれかなんて選べない。
うん、全部欲しい。
寿命って実際に奪われるとどうなるんだろ。
いやいや、もう買う気満々だなあ、私。
でも、それがあれば、今の状況を改善出来るし、こっちもあったらあったで私の精神安定にもなる。あっちのは私にとって絶対必要なモノ。どれも外せないモノばかりだ。
対価となる寿命は、優先順位的には一番欲しいモノが一番高い。
四桁……1265日。
三年強!? 待って、結構取られるじゃん。
単位が円だったら即買いしてる。
いや、お金ないんだった、私。
次に欲しいモノは、少し下がって、753日――って、それでも二年は裕に取られちゃうじゃん、うわあ……。
最後に一番お安い? お買い得? な品物の寿命は二桁だ。
これは安い割に、けっこう必要なモノかもしれない。
ズバリ、お寿命10日ポッキリ!
いやあ、これはついつい買っちゃう寿命だわ。
悩む。
大いに悩んじゃう。
こんなに優柔不断だったかなあ、私って。
元世界で買い物するとき、欲しいモノとか必要なモノは、即決で買っちゃってたような気がするんだけど、今は記憶が曖昧だからいまいち信用ならない。
でも待って。
仮に……うん。例えばね?
例えば、仮に全部買うとなれば……いくらくらいになるんだろね?
えーっと、1265日プラス……。
うっわ、2028日っ!?
ほぼ六年近く取られちゃうじゃない。
駄目駄目! 寿命の無駄遣いなんかしちゃ駄目。
危なかったあ、もう少しで六年無駄にしちゃうところだった。
いや! あ、いやぁ……でもなあ……これは外せない商品ばっかだしなあ……。
「客人よ、いい加減、妄想の中から出てきてくれないか」
「あ……ごめんなさい」
そうだった。
今はこの悪魔的男性と商談中だった。
私がずっと考え込んでたせいか、ちょっと機嫌が悪そう。
一応、こちらが悪いので頭を下げる。
てか私、彼とずっと裸で話してるし。
まあ、向こうは気にしないし、興味ないって言ってるから良いのかな。
でももう少し恥じらうべきじゃない?
もう遅いけど。
一応、隠している両腕を再度調節する。
うん、見えてないよね。
それにしても、なんで寿命で悩まないといけないんだろ。
普通はこんな変な部屋に迷い込んだら、よく賢者とかが居て、「よくぞ参られた、選ばれし者よ。そなたにはこのアイテムを授けようぞ」――って、タダでくれるんじゃないの? それが、寿命と引き換えにお買い物だなんて、イベントクオリティーが酷過ぎるよ。
「どうするのだ、客人。わずかな寿命と引き換えに、これらの品が欲しくないのか」
「いや、欲しいですけど……そんな急に寿命とか言われても……親に相談とか……出来れば分割とか……ゴニョゴニョ」
「悩むことはないだろう。これらの品はすべて客人が望むものばかりだ。多少の出費は致し方あるまい」
「で、でもぉ! そう言いますけどぉ! 乙女の寿命をそんなバッサリなんて……」
「次回、同じものが手に入るとは限らないのだぞ。買うなら今だと私は推奨する」
「えっ? そ、そうなんですか? ど、どうしよう……」
物欲という私の弱点をつついてくる悪魔的男性。
その攻勢に、もういいやって、目の前の商品、全買いしちゃおうかと思い始めたとき、
「むっ!」
とっさに反応したのは悪魔的男性の方だった。
私と彼の間、カウンターの真上に突然、光り輝く石板が現れる。
「ええっ!? そ、そんなぁ……」
悪い予感がする。
呼んでもいないのに勝手に現れたのはどうして?
これはまさか、導きの光版自らの意思なの?
【導きその三】
忌々しき男の営む、白の道具屋に迷い込んだ神武七夜は、寿命と引き換えに望みの商品を手にするのか。
1 寿命10日を捧げ、【灯火の魔道具】を手に入れた。
2 寿命753日を捧げ、【魔法の寝袋】を手に入れた。
3 寿命1265日を捧げ、【探索装備品一式】を手に入れた。
4 寿命2028日を捧げ、これら三つの商品すべてを手に入れた。
5 寿命を粗末にすることなく、ここから速やかに立ち去った。
以上、五つの運命を提示、導き手の指示を待つ。
「うわぁ……そう来たかぁ……」
思わずカウンターにうずくまってしまう。
ここで導き手が介入してくるなんて、予想はしてたけど、内容がエグい。
一番危惧するのは、私の希望する商品を買えないという選択肢があることだ。
これは、私の寿命を気遣って、あえて買わないを選択する心優しい方がいた場合、確実に買えなくなってしまう。正直言うと余計なお世話ってところだよね、うん。手ぶらで帰るとか、今度のダンジョン探索に影響出まくりだと思いますけど。
かといって、全部買うのはちょっと気後れしてしまう。
私に残された寿命が、いったいあとどれくらいあるのかは知らないけど、六年も搾取されてしまうのは、やっぱ怖い。
高くても一番欲しいのは服だけど、明かりがないのは困る。今はここに飛ばされたときに驚いて、後ろの地面に落としたまんまの松明ちゃんも、ちゃんと活躍させてあげたいし――、
「アアン、気になるぅぅぅぅ!!」
再び頭を抱えて私は叫んだ。
自分が選べない状況だけど、どれか絶対に導き手さんが選ぶのだ。そこが一番気になるところ。どのみち数時間後には【啓示】されてしまうのだけれど。
「客人……貴様、女神のしもべだったのか。まさか、導きの光版を持つ者がここへやってくるとは……さすがにそれを所持する者がいれば、ここの結界など意味を持たなくなってしまうか……」
すっかり存在を忘れかけていた悪魔的男性が、こちらを警戒するかのように睨んでいる。そういえば、ここは女神が干渉しない空間だって言ってた。
あの石板が私について回るおかげで、女神がこの部屋に干渉出来たたのかもしれない。そういえばあの石板の文言も、ちょっと彼に敵意あったな。でもそのせいで、私はかなり面倒なことになってるけど。
「あの……やっぱり女神のしもべ? それだと買い物は無理とか……」
「それは不可能だろう。導き手の啓示が出れば、たとえ私が拒否しても、女神の力により運命は確実に遂行される。フン、忌々しい女神め……」
そうなんだ。
寿命を欲しがる悪魔的男性でも、女神の力には贖えないのね。
とりあえず購入は可能だと知って少しホッとする。
「じゃあ、啓示が出るまでは……」
「ああ。しばらくここで待つしかあるまい」
良かった。
態度は少し硬くなったけれど、どうやら追い出されたりはしないみたい。
こうして啓示が出るまでの間、私と彼は敵なのか客なのか、よくわからない立場同士で時間を過ごすことになった。
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