第22話 力と誇り


 迷宮都市の宿屋で再度ゲートを開く。

 向かう先は宇宙船の虚数空間。

 そこにある俺達の集会所だ。


 俺が都市に来るまでの10日。

 その間にあいつ等には強くなって貰った。


 レイシアの機能の理解や自分に合った兵装を選んでもらっていたのだ。


「よっと……」


「お疲れ様です。

 アリバさん」


「シンか、出迎えなんか無くても良かったんだが」


 集会所にはシンの姿だけがあった。

 他の面子の姿は見えない。

 シンの首元にはシールがあり、恐らくコンタクトも入っていた。


 迷宮都市に向かう途中も連絡は何度か取っている。

 虚空通信はエネルギー効率が悪いので雑談をしている暇は無かったが、報告は随時受け取っていた。


 ラーンは義手をアップデート。

 モルジアナは通信装置と消耗品の確認。

 それにリアスツリーによる未覚醒神操術の鑑定。

 アナスタシアは神操術の鑑定と練習。


 そして、シンは……


「リーダー、お願いがあります」


 俺の顔をジッと見て。

 まるで何かを覚悟したようにシンは言う。


「なんだ?」


「俺と手合わせして下さい」


 そう言って鞘に入った赤い宝剣で床を突く。


「……」


 理解はできる。

 意味は分かる。


 こいつにはレイシアによって一つの強化案が提案されている。


 だが、それはこいつの誇りを汚す行為。

 納得できないのも無理は無いだろう。

 それでも俺に手合わせを願うのは。


「いいだろう。

 力か誇りか、好きな方を選べばいい」


「ありがとうございます……!」



 この街。

 今の所「イビア大陸新生前哨基地」と呼ばれるここは六つの区画に別れている。


 その内の一つ。

 訓練区にある闘技場の一つへ向かった。


 昔何度も挑戦させられた闘技大会と違い、ここには観客は一人も居ない。


 殺風景な場所で、俺とシンは向かい合う。


「ルールはなんでもあり。

 実戦形式でお願いします」


「……本当にそれでいいのか?」


「はい。

 今の自分の地点を知る為ですから」


「分かった」


 闘技場に付属するシステムの一つ。

 アラームを30秒後にセット。

 お互い、位置に着く。


 数秒して。


「ピ――――」


 とアラームが鳴り終えた。


 その瞬間。

 空間把握起動。

 更にゲートをセット。


 インベントリから簡易閃光弾フラッシュボムを取り出し、投げつける。


 その効果はシンも理解している。

 だから、シンが目を閉じた。

 その瞬間、ウシャスを撃ち込む。


「っく――!」


 何か、直観の様な物で察知したのか。

 剣の腹でウシャスを受け止められた。

 目を瞑ったままガードしやがるとは。


 だが、俺も連続で射撃する。


 簡易閃光弾フラッシュボムは爆発のタイミングを指定できる。

 お前が目を瞑るなら爆発させないだけだ。


 連続で飛来する銃弾がシンを襲う。

 だが、シンはガードと回避を織り交ぜ、反撃の機会を伺っている。


 神操術も未覚醒。

 身体強化すら無いにも関わらず、よくそれだけ動ける物だ。


 そして、ウシャスのチャージが切れた。


「今だ!」


 さっき転がした簡易閃光弾フラッシュボムを爆発させる。

 閃光が弾け、けれど目を瞑っていた俺には効果は無い。


「なっ――」


 ウシャスを装填する余裕ができた。

 だが、流石にシンもアホじゃない。

 宝剣の力が目を覚まし。


「炎剣!」


 横に薙ぐその剣先より、視界を埋め尽くす程の炎の波が発生した。


 目も見えていないのに。

 我武者羅かつ大雑把に。

 それでも炎系の神操術に匹敵する火力。

 当たれば俺もただでは済まない威力だ。


 炎から逃げる様に下がる。

 しかし炎の速度は俺の速度を上回る。

 だが、所詮それは線での攻撃。


 発射速度も銃弾程速い訳じゃない。


 逃げながら進行方向へゲートを展開。

 炎の波を跨ぐように転移した。


「今度は俺が攻める番です!」


 剣が灼熱を纏い。

 その灼熱はシンの体。

 足にも纏われ。


「ッン――!」


 足元が爆ぜると共に急加速。

 ただならない必死な形相が俺に迫る。


 更に跳躍と同時に剣を矢の様に引き絞る。


「炎龍突き!」


 目前に迫る剣に対して、一歩前に。


 五空黒門ブラックゲート・応用。


「ヴォイドカウンター」


 黒い門が二つ開く。

 入り口と出口。

 両方が向こうを向いて。


 発生する出口ゲートの角度を調節してやれば、剣の軌道は敵を向く。


「っ! あぁぁあああああああああ!」


 叫び声と同時にシンの体が捻じれる。

 それは、突き出された己の灼熱の剣を回避する為だ。


 足が地面についていない体勢でそれでも避けれるのは、技術と気迫による身体操作故だろう。技術力には舌を巻く。


 俺はゲートを設置したまま前に出る。

 剣と共にゲートから出て来た肩を掴んだ。


 そのままゲートの腕を引っ張る。

 すると当然シンの体がゲートに寄るが、今回発生されたゲートは腕がギリギリ入る程度のサイズ。


 肩の付け根でつっかえて、それ以上は入ってこない。


 けれど、これで奴の体勢は一瞬固定される。

 剣を持った腕を捻り上げると同時に、耀星をインベントリから出現させた。


 シンの捻り上げた腕から宝剣か零れる。

 一瞬で、黒い刃がシンの首元に触れた。


「うッ……」


 シンが呻き声を上げる。

 右腕の関節は完全に固定している。

 宝剣も蹴り飛ばした。


 もうこいつに対抗手段は無い。


「俺の……負けです……」


 刃を引き、異能を解除する。

 シンは項垂うなだれる様に膝を付いた。


「炎を速度に変換したのは良かった。

 急加速には焦ったぞ」


「俺には身体強化がありませんから。

 貴方の様な力を持つ人に対抗するには、無理でもなんでもするしかありません」


 よく見ればシンの靴が焦げている。

 中履きも破け黒くなった踵が露出していた。


 そりゃそうか。

 足の裏で爆発が起こったのだ。

 それで無事な訳がない。


 この足の焦げ方は一度や二度の爆破では無いのだろう。

 恒常的に諸刃の剣を使って来たらしい。


「やっぱり俺は弱いんですね……」


「少なくとも俺とラーンよりはな」


「エルフの二人とは役割が違い過ぎます。

 競うつもりはありません。

 俺がこのチーム、いえクランで最弱。

 その事実は受け入れなければならない」


 俺は蹴り飛ばした宝剣を拾い上げ、刀身を眺めながら悔やむ様に顔を歪める。


「俺の師匠は俺に回復魔法を最初に教えてくれた。

 どうしてか分かるか?」


「分かりません……」


「他の魔法を教えると必ず無茶な事をする。

 そう言われたよ。

 踵をすり減らし生傷と火傷に塗れる。

 そんなお前みたいになると、師匠に心配されてたんだと思う」


「だから俺と同じだと……?」


「部分的にはな。

 けれど違う所もある。

 俺にはそんな宝剣は無い。

 俺が親父から貰った剣はただ高くて家紋が入ってるだけの剣だった。

 だからもう売り払った」


「よく父親から賜った剣を手放せますね」


 シンの宝剣を握る力が強まる。

 それが俺とお前の明確な違いだ。


「俺が貰った剣には、お前の宝剣に宿る様な『想い』は込められて無かったからな」


 ドレットノート家の『炎剣』は有名だ。

 親父程では無いが名を轟かせていた。

 そしてそれはこいつの父親の話だ。


 だが、こいつの父親は死んだ。

 そしてドレットノート家は取り潰された。

 この宝剣が父親の使っていた物と同一である事は、察するに容易い。

 形見って事だ。


「別に構わないぞ。

 その剣をそのまま持ってても。

 捨てろなんて俺が言う事じゃない」


 こいつが強くなる方法はある。


 それはこの宝剣を『捨てる』事だ。


 こいつの抱える悩みは俺とは違う。

 何をしても父の威厳と名誉を取り戻す。

 その為のお家復興がこいつの願い。


「何故ですか。

 仲間は強い方がいいでしょ」


「あぁ、その通りだ。

 ただ俺は、苦しみながら戦う者が強いとは思わない」


 俺の言葉にシンは「そうですか」と短く呟いた。


「……お父様は俺に言いました。

 貴族とは民を護れる力を持つ者だと」


「それには俺も同意だ」


「でも今の俺にはその力は無い。

 このままじゃいられない」


 見つめる先に宝剣を横向きに置き、その前にシンが座る。

 その姿はまるで墓標へやって来た参り人だ。


 迷宮都市の作法。

 両手を合わせシンは宣言する。


「お父様、俺はこれから冒険者になります。

 そして結果を出し、何処より強いクランに所属し、そして貴族の地位を取り戻します。

 だから家宝を砕く事、お許し下さい……」


 頭を下げたシンの表情は見えない。

 見えるのは、ぽたぽたと地面に増える染みだけだ。


「うっ……!

 俺が出来損ないで、ごめんなさい!」


 泣き喚く様なその姿に自分を重ねた。

 王都にいた頃、孤独だった俺を。

 だから声を震わすその肩へ手を置いた。


「それは違う。

 お前は進もうとしている。

 お前は強くなろうとしている」


 出来損ない。

 俺も何度も言われた。

 数多くの奴から嫌という程言われた。

 言われ続けた。


 そんな俺だからこそ、お前の背中を叩いてやれる気がした。


「前を向く限り出来損ないなんて事はない。

 少なくとも、俺は俺を出来損ないだとは思わねぇ。

 だからお前も俺の隣で証明しろ」


 地位も名誉も力も誇りも、総取りにしてやるんだ。

 そんな思いを込めて背中触れる。


「はい、俺は力を選びます。

 貴族としての全てを取り戻すために。

 失った誇りを幻視するのはもう止めます」


 シンがそう宣言したその瞬間。


『決心はついたようですね。

 シン・ドレットノート様』


 レイシアが現れる。

 今日は白いローブを羽織る「雪の魔女」の様な見た目だ。


 そして、その隣にも別の人物がいる。

 小柄だが、顔は背丈に反して無骨。

 30代程に見える。


「此奴が源龍武器ドラゴンウェポンの所有者か」


『この方はドワーフ随一の鍛冶職人』


「カシラギ・ゲンイチ。

 よろしくな小童共」


 身長は大体俺の半分程度。

 下から見上げる形で、けれど態度は大柄。

 ドワーフとは随分心身が不釣り合いな種族だな。


「しかし、ドワーフは使い物にならないんじゃ無かったのか?」


『この方は別です。

 名工カシラギゲンイチ。

 この方の魔法は私でも模倣できません。

 それにこの方は4度の記憶処理を行われているにも関わらず、その全てで鍛冶師となった根っからの職人。

 腕は確かですよ』


「どれ、武器を見せてみよ」


 そう言ってカシラギはシンへ近寄り手を差し出した。

 シンはその手を数瞬見つめ。

 覚悟を決めたように宝剣を差し出す。


 まじまじとカシラギはそれを眺め。


 頷く。


「ふむ、間違いない。

 源龍武器ドラゴンウェポンじゃな。

 それにこの武器は既にお主を認めておる」


「まるで生きてるような言い方をするんだなおっさん」


「武器は皆生きて居る。

 等と詩的な言い方をしたい訳ではない。

 この武器は実際に、生物的に生きている」


 そう言ってカシラギは宝剣の鍔の部分にはめ込まれた赤い宝石を指さした。


「これは龍核と言ってな。

 龍の魔石中にある核じゃ。

 これは単体で一種の生物となっておる。

 そも、龍とはこの核が周囲の物質を取り込み操作している姿なのじゃ」


「……正気かおっさん?」


 初耳も初耳だ。

 そもそも龍とは絶対的な存在。

 魔物学でも多くは分かってない。

 偶然発見された死体を奇跡的に研究できた事が数度ある程度。

 そんな未知数な存在だ。


 だが、相手はドワーフ。

 俺の知らない圧倒的知識を持つ種族。


「事実よ。

 この源龍武器ドラゴンウェポンとはその特性を利用し、龍に剣を操作させた姿。

 じゃから龍との共生関係が成立せねば使い熟せん。

 そのために必要なのは力量と戦意」


「待て、お前の言ってる話が全部本当だとして、どうして戦いたがりを龍が選ぶ。

 生物の共生関係なら安全な方が良いだろ。

 それがなんで危険に飛び込む選択をする」


「魔物と同じじゃ。

 魔物が人や他の魔物を襲うのは、食事の為以上に上位種への進化の為じゃ。

 そして、龍には通常の魔物と違う進化の方法が存在する」


 確かに魔物は他の生物の魔力を食う事で進化する。

 そして龍には奇妙な習性が確認されている。


 それは龍は龍が居る場所に集まる事。

 けれど龍は、単独でしか飛行しない事。


 この矛盾を解決する一つの仮説が存在する。


「龍は龍を喰らう事で強くなるのじゃ」


 宝剣を別の形へ強化し直す事ができる。

 そうレイシアから聞いていた。

 けれどそれがまさかこんな方法だとは。


「持っとるんじゃろうが。

 儂はレイシアの視界を通して見とったから知っとるぞ。

 お前たち、黒龍を倒したんじゃろ。

 ならその魔核を寄こせ。

 そいつでこの剣をバージョンアップしてやろう」


 笑みを浮かべてドワーフは俺を見る。

 俺のインベントリにそれが仕舞われている事を理解しているらしい。


「待ってくれ、俺の為にリーダーの所有物を使う訳には……」


「いやお前の力は迷宮攻略には必要だ。

 それに、他の使い道がある訳でもねぇ」


 Sランク魔石として弾丸にする使い方はある。

 しかし、こいつの宝剣を強化するのとどっちが戦力が上昇するかなんて考えるまでも無い。


 俺はインベントリを開く。

 中から黒い魔石を取り出し。


「こいつも使えるなら使ってくれ」


 そして灰色の魔石を取り出した。

 それは随分前、俺がユキノ指令から貰った氷龍の魔石。

 魔力を使い果たして何の意味もない石に変わった代物。


 何か理由があった訳じゃない。

 それでもインベントリ内に残していた。


「氷の龍核かい。

 休眠状態に入っとるがまぁいいやろう。

 こいつも使って二段階強化したる」


「段階があるのか」


「おぉ、儂の魔法なら源龍武器ドラゴンウェポンを十段階まで強化してやれる。

 また魔核を見つけたら持って来い」



 既に視界の端ではレイシアが闘技場に工房の施設を作っていた。

 それはこのドワーフの仕事場なのだろう。


 慣れた手付きで炉や槌を触り。


「そんじゃあ、初めていいんじゃな?

 言っとくが、一度強化すればもう元には戻せんぞ」


 その質問に。


 シンは目を瞑り少しの間考えてから、しっかりとカシラギの目を見て言った。


「はい。

 俺には力が必要です」


「良かろう。

 ドワーフ最高の鍛冶師の名に懸けて、責任持ってこの剣をバージョンアップしたるわ」



 炉に火が灯る。

 大量の水が用意される。


 白装束に着替え直し、その服をしっかりと紐で縛る。


 そしてようやく鍛冶師は槌を手に取り。

 祈る様に、歌いながら、剣に魔法を使う。




 燃やすは魂。


 冷めやぬ想い。


 源流よ。源龍よ。それは始まりの命の名。


 戻る所に先は無く、到る世界は星の果て。


 誇りを忘れず、牙を研ぎ、ウルスの輝きを思い出し。


 担い手の情景を乗せ、その姿を変貌させや。


 孤高の天災よ、されど孤独より開放されたお前の真名を聞かせ。



 鍛冶魔法【源龍過食】。


 ――源龍武器ドラゴンウェポン其の参サードエディション




「名を――【刹那の二閃デュアリオン】」



 数多の魔法陣を携えて。

 幻想的な魔力の奔流を巡らせて。

 何より、圧倒的な技術で打ち上げられた剣が。


 確かに。


 そこには、二本・・の武器があった。

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