第21話 迷宮
飛行船に揺られる事一週間と三日。
ヒイロ大陸での乗り換えに二日を要した。
計十日も移動に掛かった。
ヒイロ大陸王都・左橋都市『シャイル』。
その宿屋にも年間契約でゲートを設置できた。
これで、俺は即座に三大陸を移動できる。
魔境・イビア大陸。
王都・ヒイロ大陸。
迷宮都市・カムイ大陸。
発見されている四大陸の中で、行けない大陸はメタル大陸だけという訳だ。
迷宮都市にある発着場で、飛行船から降りる。
事故らなくて良かった。
ゆくゆくは転送門で四大陸を繋げたい。
その為には王家の了解が必要だ。
色々と、貴族当主になる
発着場から通行人に話を聞きながら向かったのは、迷宮都市で最も高級な宿屋だ。
流石にVIPルームは埋まっていたが、十人様の部屋が取れた。
一人一つ個室が完備されている。
一泊30万マイルという超高額。
だが、その程度の金額が稼げなくて、最強クランが作れる筈もない。
迷宮都市には超がつく名所が存在する。
都市中央というか、それを中心に人が集まりできた都市がこの迷宮都市だ。
大迷宮『神域の塔』。
それは魔物避けの効果を持つ特殊な迷宮であり、人が住める場所という点で見れば世界で最も平穏な場所でもある。
けれど、全住人の三割を占める『冒険者』たちの血気は盛んだ。
平穏であると同時に、この街には迷宮という宝の山がある。
出土される魔道具。
得られる数々の魔物の素材。
そして何より王家からの褒賞。
それこそれが、彼等を迷宮へ向かわせる。
それで命を落とすかもしれないと理解していても。
イビア大陸程ではないにしろ。
ここも相当に狂ってる。
「その元凶。
少し入ってみるか」
あいつ等はまだ呼ばない。
まずは一人で探索してみる。
理由は二つ。
一人ならゲートで脱出が簡単だから。
そして、親父が半生を掛けた場所で、今の俺が親父に比べてどれくらいか知りたいから。
「行くか」
準備は終えた。
ゲートは5つ中3つ使ってる。
俺の戦力は激減だ。
だが俺にはレイシアの兵装があるし、やってやれない事は無いはずだ。
迷宮は来る者を拒まない。
王家がそれを推奨しているからだ。
挑む者は後を絶たず。
死ぬ者も後を絶たない。
神域の塔・
選定の六門。
そこには巨大な六つの門が存在していた。
門は全て別の空間に繋がっている。
門奥の世界の名は、現れる種族に由来してこう名付けられる。
亜人の領域『人界』。
魔獣の領域『獣界』。
昆虫の領域『虫界』。
精霊と屍の領域『霊界』。
天使と悪魔の領域『魔界』。
ドラゴンの領域『龍界』。
稀有な事に、それは
この迷宮は誰が作ったのか、何の目的で造られたのか、それとも自然現象の一つなのか。誰も全く理解していない。
もしかすれば、その成り立ちにはナイアセラムの様な超常的な何かが関係しているのだろうかとも思ってしまう。
『龍界』以外の門内部は全十階層の迷宮になっている。
龍界は特殊でまだ1階層も踏破されて無いから分からない。
親父は合計で49階層分を攻略した。
龍界と人界第十階層以外の全てのフロアを制したのだ。
とは言え、親父だって一人で成し遂げた訳じゃない。
多くの仲間を率い、その記録を打ち立てたのだ。
それを称える様に、この街の入り口には親父の銅像がある。
俺が記録を塗り越えて、銅像なんかぶっ壊してやろう。
そんな思いで俺は『人界』への扉に触れる。
だがこの扉は開かない。
触れた瞬間、その人間の体は消滅する様に取り込まれるのだ。
それはまるで俺の……
◆
その瞬間、俺は直観的に理解する。
「迷宮とは、虚数空間の事だったか……」
虚空の神操術を持ち、レイシアの船と物質世界を何度も行き来した俺だから分かる。
この世界には虚空特有の感覚があった。
超古代には、レイシア以外にも虚空へ干渉できる存在が居たという事なのだろうか。
「ギィ……」
「グィ……」
だが、熟考している暇は無いらしい。
「久しぶりだな。
――ゴブリン」
ウシャスは既に魔石を充填してある。
虚空の時間停止で装填状態を維持できるのだ。
「空間把握」
呟く様にスキルを起動する。
視界が、音界が、五感全ての情報処理速度が向上し、世界が減速する。
「ギーーーィーーーー!」
接近を試みる一匹の首を剣で薙ぐ。
普通の長剣でこんな芸当はできない。
だが、神操術の身体強化と耀星の斬撃性能があれば。
「ギッ……?」
一刀両断。
首を落とせる。
「ギャァァァァ!」
一撃で切り伏せられた同胞を目撃し、脱兎の如く背を向けるゴブリン。
その外道根性全開の潔ぎ良さは寧ろ清々しい。
「まぁ、逃がさねぇがな」
背中へウシャスを撃ち込む。
一撃で胴に穴を開けゴブリンは倒れた。
これで一先ず終わり……
「ギャ!」
じゃねぇよな。
それがお前等の
分かり易く現れた二匹は囮だろ。
隠密しながら後ろに回り込んでいたゴブリンが岩陰から襲い来る。
「把握してんだよ」
俺の超スローモーションの視界は、視界内の僅かな変化を見逃さない。
幾ら隠密能力があろうが、音を消そうが0にはならない。
その軌跡を、俺のスキルは発見する。
「ギ……!」
飛び上がったその胸に、耀星を突き刺す。
空中に浮いたまま、ゴブリンは心臓を貫かれた。
「ァァ……」
それでもまだ生きている。
苦痛に顔を歪め、涙を流し。
醜悪な顔を歪めて、絶対に届かない短剣を振るう。
「アッ……ウッ……!」
滑稽に何度も振るう。
死の間際でも人を殺す事を考える。
その残虐性は、絶対に人とは相容れない。
情けも容赦も必要ない。
寝首を掻かれる可能性はゼロにする。
「ギァ……!」
最後に短剣を投げつけようと腕を引く。
しかしそれは投擲されない。
俺は刃を横に薙ぎ、ゴブリンを斬り捨てた。
三匹のゴブリンを仕留めると、その死体は泡の様に消えて行く。
残ったのは魔石が3つと短剣が1つ。
それ以外の肉体は消滅した。
これも迷宮の不可思議な要素の一つだ。
だが、それでも多くの魔物が存在する事で利益効率は悪くない。
魔石と短剣を回収し、俺は先に進む。
『人界』と呼ばれるこの空間は「燃える都」の様な世界だ。
木材で造られた数多の家屋。
けれど至る場所から火の手が上がっている。
都の道や瓦屋根の上が移動可能範囲。
家屋の中にも魔物が隠れているから注意しなければならない。
石と木の城や寺の様な物も見える。
一体どんな場所なのだろう。
少なくとも、俺はこんな建築様式や風景の街を知らない。
神域の塔がいつ作られた物かも分からない程古い物なのだから、古代の都市なのだろうか。
ただ、炎は一定以上に燃え広がらない。
家屋も破壊してもいつの間にか元に戻っている。
「虚数空間なら物理法則を無視した現象も構築できるって訳か」
俺はレイシアが街を作った瞬間を思い出しながら、そうごちる。
しかし、ここで死ねば戻れない事は先人が証明している。
完全にレイシアの作る空間と同じ訳じゃない。
「グォォォォ!」
十字路の異様に多い道を勘で歩く。
すると現れたのは因縁の相手だった。
「
第一階層から上位種まで出て来るのか」
あの時はラーンと二人。
満身創痍でギリギリ勝った。
今は一人、だが相手は一匹じゃない。
霊視亜の魔力感知で把握している。
ずっと、俺が道を進むほどに、多くの魔物に監視されている事を。
少しでも隙を見せれば奇襲される。
そんな予想は簡単に立てられた。
「取り合えず、死ね」
ウシャスをぶっ放す。
「グォ!」
しかし、それに反応した
まぁDランク魔石だしな。
だが、俺は弾丸を追走している。
上体を下げ。
前に出した両の手の死角へ飛び込み。
黒い刃を振り抜いて。
「ッ――!」
直前まで隠した殺気を解放する。
「ガッ……!?」
驚いた視線が、俺を向く。
けれど、その頃には既に俺の刃の射程は貴様に届く。
一刀目で右肘を切り裂く。
返す二刀目は左膝。
そして引き絞った三刀目で、頭を貫く。
その一瞬で
「「「「グギャギャギャギャギャ!!」」」」
悪魔的なその笑みを。
俺も笑みで返す。
「そのまま目ぇかっぴらいとけよ」
インベントリゲートから
同時に俺は目を瞑る。
更にゲートを足裏に展開。
俺自身は落ちる様に距離を取る。
印した場所は
落ちる体勢で横向きに出て来た俺は、片手を地面に付き着地する。
同時に、一緒に転送された
白い煙に奴らが包まれるが、霊視亜の
それを狙いウシャスで狙撃していく。
目が眩み、見えても霧に包まれていて。
しかも相手は正確に狙撃してくる。
逆の立場なら、発狂する程の恐怖だろう。
それでも惜しみなく全力を使う。
誰にも負けないと誓ったからだ。
一度魔石の再装填をし、全てのゴブリンを撃ち殺し終える。
けれど……
「「「「グギャギャギャギャギャ!!」」」」
「グォォォォォオオオ!」
「キィィィィィィィ!!」
処理し終える頃には既に別のゴブリンが俺を囲んでいた。
数が多い。密度が多い。
屋根を伝えば移動は簡単。
派手な音や閃光を見せれば寄って来る。
俺の処理速度より、敵の集まる速度の方が早い。
これが
集まった中には
他にも数種の上位種の姿が見えた。
瓦屋根の上から、不遜にも俺を見降ろしている。
ゴブリン風情が誰を見下してんだ?
心底ムカつく連中だぜ。
「$%#)!+{#?*&」
焔が掌に召喚されようとしている。
「ッチ……」
舌打ちを吐き、転がる魔石と
「ギャァ!!」
冒険者は迷宮から易々と帰還できない。
迷宮から出る手段が限られるからだ。
方法は一つ。
階層間転移門を発見する事。
これに触れる事で次の階層か、
更に第零階層から直接次の階層へ移動できるようにもなる。
つまり、冒険者が迷宮より脱出する方法は門を見つける他にないという訳だ。が……
「
黒い門が開く。
それは迷宮都市の宿屋に設置して来た物。
「憶えとけよッ!」
迫る火球を黒刀で斬り裂いて。
俺は、ゲートの中へ帰還した。
宿に帰還した俺は拳を握りしめ。
仲間の姿を思い描き、小さく呟いた。
「少なくとも、第一階層は余裕そうだな」
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