第19話 協定


「まさか大渓谷に落ちた筈の君が五体満足で生きてるなんてね」


 飛竜たちは鎧履の黒龍ナルドネラが絶命すると同時に飛び去って行った。

 群れの長が死んだ瞬間に職務放棄し、我先にと逃走を始めるその態度は感服する他ない。


 それでも基地には多くの被害が出た。

 討伐できた飛竜の数は百に及ばない程度。

 なのに、死傷者の人数は数千に昇る。


 如何にこの大陸が危険か。

 その教訓としたって希望が無さすぎる。


 一先ず安全が確保された事を確認し、俺は仲間達との再会を分かち合っていた。


「寧ろ腕が無くなった分お前の方が代償は大きいな」


「まぁ、これは僕が無謀に突っ込んだせいだからね」


 ラーンの左腕は金属になっていた。

 メタル大陸の金属生命体。

 その技術を応用して作られた義手だろう。


「悪かったアリバ。

 あの時、僕は何もできなかった。

 でも今は、これからは違う。

 僕はもう誰にも負けない」


「大口叩く様になったじゃねぇか。

 まぁ、俺のクランに入るならそれくらいして貰わねぇとな」


「クラン……ってまさか、冒険者クランの事かい?」


「あぁ、ラーンだけじゃない。

 モルジアナもアナスタシアも入れ」


「『入れ』ってやっぱり強引過ぎるわね」


 そんな事を言う癖に拒否しない所が、モルジアナの良い所だ。


「あはは、そう言えばアリバさんってこんな感じでしたよね……」


 1年もあったんだ。

 天望は合った訳だし、それを実現する為の具体的な方法を考えるには十分だった。


「ていうか姉さん、アリバさんと何かあったの?

 なんか、悩みが消えたって顔してない?」


「そ、そうかしら?

 そりゃ死んだと思ってた彼が生きてたんだから嬉しいのは嬉しいわよ?」


「それだけかなぁ?

 妹には分かるんだよぉ?」


「あぁそれは、ちょっとモルジアナが泣っ……」


「貴方、それ以上言ったらぶん殴るわ」


 殺気を感じた。

 ので口を閉じる事にした。


「この感じ、懐かしいね」


「そうね」


「そうですね」


「そうだな」


 そんな風に、俺たちは飛竜たちが戻ってこないか見張りをしながら雑談していた。


「けど、僕はもう少しクランについての話を聞きたいんだけど……」


「まぁ、その話は追々だ。

 俺は司令官に少し話があるから行ってくる。

 そろそろ指揮系統も落ち着いた頃だろうからな」


 急な襲来で慌てふためいている基地の面々を纏める為。

 鎧履の黒龍ナルドネラを倒してから俺に労いの言葉を一つ残し、司令官は颯爽と指令室の方へ戻って行った。


 1時間程見張りをしたが、飛竜の気配は全くない。

 宇宙船本体のレイシアに通信して、小型無人機ドローンを上空に飛ばす事もできている。

 何かあればすぐ連絡が来るだろう。


「あの……

 あの時は貴方のお陰で生き残れました。

 感謝しています」


 今まで、俺達の昔話に空気を読んでくれたのか、黙って話を聞いていた新メンバーが挨拶をくれた。


「シン・ドレットノートです。

 よろしくお願いします」


 切り揃えられた黒髪と、強い黒色の目力を持つ男。


「あぁ、挨拶が遅れて悪いな。

 アリバだ、よろしく頼む」


「なんで、家名を名乗らないんですか?」


 その言葉だけで、こいつが貴族の家名に拘っているのは明白だ。

 こいつは家が潰れた元貴族らしい。

 それが答えなのだろう。


 多分こいつは、家を復興させようとしている。

 宝剣と共に貴族に戻ろうとしている。


 もしかしたら、俺も同じだと思っていたのかもしれない。


 追い出された俺が、何とか力を付けて親父に認められるべく家に戻ろうと思っていると。

 そんな風に解釈していたのかもしれない。


 だったら悪い気をさせるだろうな。


「俺は家に戻る気はねぇよ」


「……何故です?

 貴方は大英雄の息子でしょう?」


 特別、悪い奴って訳じゃ無いんだろ。

 親父や兄貴たちに似たタイプだ。

 真っ当な貴族って感じだ。


 だが、俺はそれが嫌だった。

 こいつと合うかは正直分からない。

 いや、1年前の俺なら絶対に合わなかった。


 けれど、今なら貴族って言葉の意味も少しは理解できる。


 俺にも守りたい人間が居るからだ。

 神操術の覚醒条件の一つ。

 種の繁栄を願い、種の滅びを憂う心。


 それは、愛する誰かを死なせたくないという意志だと俺は思ってる。


 あのタイミングで俺が覚醒した理由。

 それは虚数空間へ入った事やテレポートの魔法だけが引き金だった訳じゃないんだ。


 仲間を護りたいという意志を持って戦い終えた。

 それも俺が神操術に覚醒した理由の一つ。


「知ってるか、シン・ドレットノート。

 大英雄なんて呼ばれる俺の親父も、元は冒険者だったんだぜ。

 その時の功績が認められて王家から貴族の地位を与えられ今がある。

 別に俺は親父を追いかけたい訳じゃない。

 だが俺は、親父を追い抜きたいんだ」


「追い抜く……人類最強を……?」


「家の復興に尽力するのもいいだろう。

 だが、貴族になるなんてのは通過点だ。

 貴族になってお前は何をしたいんだ。

 上に立つとほざきたいなら、民を幸福にする方法ちからを持て。

 少なくとも、俺は親父からも兄貴からもそう教わった」


 そりゃガキの頃は親父や兄貴に世話を焼かれた事もあった。

 だが、8才の時には奴等は俺に見向きもしてなかった。


 勝手にやれ。結果を出せ。


 それが俺の家のやり方だった。

 俺の様に成れなんて一度も言われた事は無い。


 闘技大会に勝手にエントリーされたり。

 魔物討伐の任務を与えられたり。

 魔大陸へ強制出航されたり。


 親父が俺にするのはいつも、試練を与える事だけだった。


 だから、俺は親父が嫌いだ。


 こいつの親は良い親だったのだろう。

 だからこいつは親を追いかけてる。

 だがそれは、俺の知る貴族としての在り方ではない。


「失った地位を取り戻す。

 それがお前の終着点なのか?

 ただ昔の自分や尊敬する誰かに追いつけば良いのか。

 お前はそれで満足なのか、よく考えろ」


 その問いはシンだけに向けた物じゃない。

 この場の全員に向けた物だ。

 俺と着いて来るも来ないも彼等の自由。


 だが、俺と着いて来れば何処までも先を見せてやる。

 その自信を持って語る。

 何故なら俺はクランリーダーになるからだ。


「悪いが言った通り用事がある。

 後で幾らでも話はしてやるから、それまで待っててくれ」


 そう言い残し、俺はその場から立ち去った。



 向かうのは司令室。

 ユキノ・マクスウェルの部屋だ。


「失礼します」


「休憩させて……」


 椅子に深くもたれ掛かった姿勢で、目にはタオルを掛けて、彼女は休息を取っていた。


 そりゃそうか。

 急に現れた龍の群れ。

 その相手に方々を駆け回り、鎧履の黒龍ナルドネラの討伐にも駆けつけてくれた。


 更にその後は兵士たちへ指示を出し。

 怪我人の搬送や見張りの指示を出して。

 ワイバーンに破壊された警備用の施設の修復に関する優先順位の指示も出していた筈だ。


 疲れない方がおかしい。


「でも、悪いですけど急いでるので」


「貴方……」


 ユキノ司令はタオルを目から取る。

 そして俺を見て安心したように呟いた。


「生きててくれてありがとう。

 労いたいし昇級の話もしたいんだが、明日……明後日とかにして貰えないだろうか?」


「いえ、それはいつでも構いません。

 ただ今は別件で司令にお話ししたい事が」


「別件?

 君が今まで何をしていたか、という話かい?」


「それを話す前に一つ、王家から俺に関して何か指示を貰っていたりしますか?」


「死んだ人間に対しての指示なんて来る筈ないだろう?」


 そう言って、訝しげに俺を見る司令。

 嘘は言ってなさそうだ。

 ナイアセラムとディストヴィア王家が繋がっているというのは杞憂だったか。


「意味の分からない質問をして申し訳ありません。

 ここからが本題です。

 司令官を招きたい場所があるので着いて来てください」


「……悪いが、今私はここを動く事はできないよ」


「距離の手間は皆無ですよ」


 【五空黒門ブラックゲート】のスキルを発動する。

 俺の真横に黒いゲートが現れる。


「それが、君の神操術かい?」


「えぇ、これを潜る事で距離の概念を無視して跳躍する事ができます。

 俺の提案は『移住』です」


「移住……君が何を言いたいのか全く分からないのだが」


「だがら、実際に見て貰った早いと俺も思ってますよ」


 ジッと俺の目を探る様に彼女は見た。

 俺も笑みを浮かべて見つめ返す。


 するとユキノ司令は折れる様に言った。


鎧履の黒龍ナルドネラの撃破。

 大猪鬼帝オークロードの討伐。

 君への感謝は尽きない。

 仕事が片付いたら補佐官にしようかと思ってたくらいだ。

 分かった、君を信じる事にする」


「ありがとうございます。

 でも、補佐官は遠慮します」


「全く、私の誘いを蹴るなんて良い度胸だよ」


 そう言って彼女は俺の出したゲートを跨ぐ。

 俺も追う様にレイシアが待つ虚数空間へ移動した。



 ◆



『お待ちしておりました。

 イビア大陸前哨基地司令官ユキノ・マクスウェル様。

 私は【虚数式宇宙船ニーズヘッグ】統括管理人工知能レイシアと申します』


 執事服の男装でレイシアが迎え入れる。

 髪型や胸の膨らみ方も変えられるのか。

 まぁ、全部虚像だから当然っちゃ当然か。


「……………………」


『アリバからお話は伺っております。

 本日は、当艦への兵士の皆様の移住に当たっての事前確認及び打ち合わせを行うとの事で。

 早速話し合いを行っても宜しいですが、街の視察とどちらを先に行いましょうか?』


「……………………」


 絶句である。

 転送先だった中央神殿の屋上階。

 周辺の街を上から見下ろせる個人的絶景スポット。


 折角なので街の雰囲気を確認し易そうなここを転送位置にしていたが、それを一瞥した瞬間に司令は微動だにしなくなってしまった。


「あぁ、一つ確認していいだろうか」


「はい。どうぞ司令」


「これは夢か?」


「『いいえ、違います」』


「ここはイビア大陸なのか?」


『ここは虚数空間、つまり異空間です。

 物理的な世界に対して対応する位置を持つ物ではありません。

 ですが、転送門を設置した場所に対してはアリバのスキルの様に即座に移動する事ができますので、余り何処にあるという事を気にする必要は無いかと思います』


「すまない……理解が追い付きそうにない」


 俺がここに来た時と反応的には大して差は無さそうだ。

 とは言え、ここの機能は前哨基地とは比較にならない程優秀な事は間違いない。


 ここに移住を提案する理由と、移住に関して俺とレイシアで練った利用案を提示する。


 1年の中で俺は計画を立てた。

 当然その最終目標は親父を越える事や窮王種に関する調査だが、その中間的な目標、それらを達成する方法に関しても熟考する時間は十分だった。


 30分程の時間を掛けて、俺とレイシアは司令へのこの船に関する説明を行う。


「つまり前哨基地をここにしてイビア大陸の調査を継続するという事です。

 それなら基地が襲われる心配はありません。

 それに兵士へのサポートの質に関してもレイシアの協力を受けた方が効果的です。

 しかも転送門があれば、飛行船での往来は必要ありません」


 イビア大陸とヒイロ大陸を往来する飛行船の事故率は高い。

 大体4%弱だ。

 そんな危険物に乗るなんて自殺行為だろ。


 だが、レイシアの転送門の技術があれば輸送に関してもかなり効率的になる。

 街の発展に関しても物資はほぼ必要ないし、兵士や司令に求められるデメリットはレイシアへの鉱石や素材の売却による協力関係だ。


 レイシアの兵士が必要という問題ともマッチする。


『そちらの兵力を提供して頂く代わりに、こちらは武装や医療などの技術的なバックアップを行う。

 その様な契約内容と考えて頂けると良いかと思われます』


 レイシアの条件は俺への物と殆ど同じだ。

 違うのはレイシア自身と取引可能なのは、ユキノ司令だけという事。

 これで兵士たちの統率が乱れないようにすることも問題ないだろう。


 それに、取引内容や方法はユキノ司令とレイシアの協議の元兵士のランク毎に決めて行く予定になっている。


 そんな話を聞いて。

 ユキノ司令は顎に手を置く。


「決めかねている、というのが本音だ。

 君達の話は私達に利点しかない。

 レイシア殿の為に働くとは言え、やって居る事は今までと変わらない。

 素材などによる利益量が減っても安全性や武装のスペックが上がるのなら、取引内容としてはやはりこちらの利となっている」


『元来取引とは互いが得をする為の手段ですよ』


「あぁ、だが実際は一方が得を総取りしようという詐欺にも使われる」


『信用……ですか』


「話が早くて助かるよ。

 レイシアとアリバ君が協力して私や兵を騙そうしている場合、私には防ぐ手段が存在しない」


「それに関しては、信じて欲しいとしか言えません」


 法案も街の構造も、既に完成している。

 それはユキノ司令との取引に向けた物だ。


 無論この取引の成立が理想ではある。

 それが駄目だった場合、この街は住人の居ない無人の街となる。


 使うのは俺と俺のクランだけになる。

 それでは殺風景だし勿体ないとも思う。


 だが、そんな事はどうでもいいのだ。

 この街が使われるかどうかなんて。

 勿体ないかどうかなんてどうでもいい。


 重要な事はただ一つ。


「俺の思いは、きっと司令と変わらない」


「私と……?」


「オークの襲撃でも、龍の襲来でも多くの仲間が死にました。

 今も治療が行き届かず死に掛けている仲間だっている筈です。

 その問題もここの技術なら解決する。

 この船の医療技術があれば全員助かる。この船の兵装があれば探索の安全性は圧倒的に向上する」


 同種の死を憂う意志。

 神操術使い、繁英個体へ至る資格。


 それを彼女だって持って居る筈だ。


 ならばきっと。


「俺はもう仲間の死を見るのは御免です。

 それは貴方だって同じはずだ。

 だから、前哨基地の制度があれほど完全に構築されている。

 しかも、それは上じゃ無く兵士一人一人が得をする形で」


 利益を捨ててでも兵の安全性を上げる。

 そんな仕組みを作り維持しているのは誰でも無く、ユキノ・マクスウェルだ。


 その皺寄せはどう考えても基地の最上位。

 司令官に来ている。


「司令、俺を信じて下さい。

 これはこの大陸の現状を変えられる、唯一の方法です」


 この願いは本物だ。

 騙そうなんて気は無い。

 レイシアにも1年世話になった。

 その機能のすさまじさは理解している。


 それを全て独占しようとは思わない。

 独占すれば強力な戦力になるのは分かっている。

 だが、現状を考えれば答えは一つしかない。


 人類の大都市は現在2つしか存在せず、国は1つしか存在しない。


 どう足掻いても滅亡の危機なのだ。

 自分が上に立つ為に能力を隠す。

 そんな子供らしさは俺には必要ない。

 もう俺も16だし。


「……はぁ。兵士を盾にされると弱いな」


「盾なんて……

 一応これでも貴族の端くれってだけです」


「君の言う通りだ。

 今死に掛けてる兵士がいる。

 それを助ける方法があるのに選ばないなんてできない。

 分かったわ。貴方達のそれを善意と信じ、私は貴方達に最大限の感謝をしよう」


「司令……ありがとうございます」



 そうして、俺のスキルを利用して多くの兵士がこの街へ運び込まれて行った。

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