第18話 鎧履の黒龍


 鎧履の黒龍ナルドネラ

 黒い鎧の様な鱗を全身に持つ黒い龍。

 二足で直立し、形状はかなり人型に近い。


 確認できた攻撃は、腕と足による格闘。

 尻尾の薙ぎ払いと叩きつけ。

 背には翼を持ち、飛行する可能性は高い。


 飛ばれると厄介だ。


「まずは羽を削ぎたい所だが……」


 ヒヒイロカネが使用された刀を構える。

 耀星は黒い刀身に白い点の様な模様が幾つも散りばめられたような見た目をしている。


 今までの黒鉄の剣とは違う。

 この剣には特殊な能力が存在する。


「ハッ!」


 剣を振るったその瞬間、刀身より黒い刃が伸びる。

 この刀は魔力を流す事で刃を拡張できる。


 しかし、瞬間的に3メートル近く拡張され放たれた斬撃は、鎧履の黒龍ナルドネラの装甲に完全に阻まれる。


 見た事がない程の硬度だ。

 斬るというのは現実的じゃないな。

 弱点となる顔面部分を狙うか。

 もしくは、打撃や爆破でカチ割るか。


 考えていると鎧履の黒龍ナルドネラも俺に向けて攻撃を始める。

 拳を引き絞り、殴りつけるような体制。


 さっきの記憶消えてるのかよ。

 それとも、また返されるのなんて怖くはないってか。


 ただ、丁度いい場所にゲートは無い。

 吸い込んでも出せる場所的にカウンターにならない。

 ならここは三つ目のスキルでいいか。


「【空間把握】」


 そう名付けられた俺の第三スキル。

 スキルの効果中、俺には世界がスローに感じられる。


 虚空には時間の概念が存在しない。

 虚空に入れて何年経過しようが、それは居れた瞬間の状態を保持される。


 レイシアは虚数空間を管理する上で会えて時間のパラメータを付与してるらしいが、俺もその辺りの理論は詳しくは理解していない。


 ただ少なくとも、俺の使う虚空に存在する全ての物は時間が停止しているという事だ。


 ならば、虚空内から現実世界を観測する場合どうなるか。

 それは、完全な停止世界だ。

 その性質を利用した停滞世界観測。


 それが、このスキルの効果。


 流石に俺の体自体が物質世界に存在する為、時間停止した世界を見るまでは無理だが非常に緩やかに時間の流れを体験する事ができる。


 その間の思考、そして状態の観察。

 導き出される未来予測から回避行動の成功率が格段に上昇する。

 悪い所は使い過ぎると頭痛がするってくらいだ。


「グラァ!」


 紙一重でその拳を回避し、大地を穿った衝撃から逃げる様にステップを続ける。


「グルァ! グラァ! グァ! グゥ! グッ!」


 殴り。蹴り。尻尾の叩きつけ。頭突き。踏みつけ。


 知性の欠片も感じない動物的な暴れ方だ。

 けれど空間把握があれば回避は容易。


 同時にゲートの印を空間に設置していく。

 使えるゲートの数は4つ。

 鎧履の黒龍ナルドネラの周辺四方を囲う様に置いた。


「レイシア、モルジアナの視覚情報に俺のゲートの位置を表示しろ」


『もうやって貰ってるわ』


 通信機から聞こえたのはモルジアナの声。

 音声通信の使い心地は問題無さそうだな。

 それに視覚情報を共有してるって事は、映像用の『熾天』も使えてるって事だ。


 飲み込みが早くて助かる。


「色々試してみる、ちょっと待っててくれ」


『分かったわ。

 今の内に他の道具の使い方も教えて貰っておくわね』


『アリバの視覚情報にもゲート位置を三次元的に表示します』


 ゲートが設置された空間は基本的に目に見えない。

 だが、レイシアの機能で俺が出口を作った場所を空間的に青いエフェクトにして貰う事は可能だ。


 これがあれば、何処にゲートの出口を作ったのか忘れる心配はない。


「さて、罠は張り終わった。

 攻撃に移るか」


 右手にインベントリの亜空間を開き、中から簡易設置爆弾コントロールボムを取り出す。

 左手の手元に小さなゲートを出現させ、それを放り込んだ。


 転送先は後方。

 速度を保ったままの爆弾は龍の背にこつんとぶつかり。


 爆発音と共に鎧履の黒龍ナルドネラの背に爆炎が光る。

 少しだけその体が揺れた。

 しかし倒れる程ではない。


 やはり装甲が頑丈だし、体重も重い。

 爆弾も装甲には余り効果が無さそうだ。


「グァァァァ!」


 吠えながら尻尾を振り回す鎧履の黒龍ナルドネラの目前に簡易閃光弾フラッシュボムを投げながら、俺自身はゲートに入って回避する。


 現れたのは鎧履の黒龍ナルドネラの背後。

 一瞬目を瞑り、簡易閃光弾フラッシュボムの閃光が止むと同時に目を開ける。


 鎧履の黒龍ナルドネラの体が数歩後ろに下がった。

 どうやら閃光弾は効果ありのようだ。


 ウシャスで背中、主に翼を攻撃してみる。

 しかし、翼の装甲も硬い。

 蝙蝠の様な翼に見えるが、その皮膚は全体的に甲殻に覆われている。


 これは内側を直接狙うしかないか?

 ゲートに簡易魔法爆弾マジックボムを頰り込んで側面を爆破するが、やはりダメージを与えている感触は無い。


『貴方のその能力、少しズル過ぎないかしら?』


「はは、親父何か隕石落とすんだぞ。

 こんなモン狡い内に入るかよ。

 まぁ、負ける心配は無さそうだけどな」


 鎧履の黒龍ナルドネラは巨体で硬いが、機動力はそこまででもない。

 ゲートで回り込めるし、空間把握で咄嗟の判断にも強い俺が攻撃を真面に受ける事は無いだろう。


 しかし、それは俺のスタミナと魔力。

 そして頭痛が持つ間の話だ。

 どれか一つでもリミットに達せば……


 俺は一瞬で殺されるだろう。


「グォォォォォオオオ!」


 一際大きな咆哮が響く。

 人間如きを殺せないという現実に沸点を迎えたのだろうか。

 その大口が開き、地面を抉り取る様に岩に齧りついた。


「何やってんだこいつ……」


 ガリガリと数度咀嚼したその瞬間。


「ブルッ!」


 その岩を吐き出した。

 黒く染まる礫が、散弾の様に吐き出され。


 弾速が早すぎて転移は不可能。

 空間把握を起動。


 ギリギリ、回避できる隙間を見つけて体を捻る。


 爆発音が横の地面から幾つも響く。

 弾痕が小さなクレーターを作っていた。

 その中央には黒い石が転がっている。


鎧履の黒龍ナルドネラの黒化物質です。

 摂取した物質に自身の甲殻と同じ原材料の膜を張ります。

 それによって超硬度化した物質の破壊力は数倍になります』


「そういう大事な事は先に言っといて欲しいんだがな……」


『以後そのように致します』


 死に掛けたぞマジで。

 今のを連射されると流石に空間把握だけじゃ避けきれない。


 今回避できたのはランダムに広がる散弾の軌道的に、たまたま俺の体が収まる空間が空いていただけだ。


『アリバ、今の凄く危なそうに見えたんだけど』


「あぁ、初見で少し驚いた。

 だが、予備動作は憶えた。

 次は避けれる」


 散弾とは言え所詮は点攻撃の集合。

 多角的な攻撃じゃないなら、ゲートでどうにでもできる。


『だったら一つ、私に考えがあるのだけれど』


「……考え?」


『何よ、私が自分の考えを言うのは駄目なのかしら?』


「いや、初めて言われたから驚いただけだ」


『そう言えば、確かに貴方にはそうかもしれないわね』


 ラーンもアナスタシアも、モルジアナも基本は俺に対してイエスマンだった。


 俺が作戦を考案し決定し、その成功に全力で尽力する。

 それが三人の役目で、モルジアナだけは『考案』に対して必要な情報の補助をしていた印象だ。


 それが、自発的に作戦その物を考案するってのは。


「いや、そうか」


 俺が居ない間、チームの「決定」はお前がしてたんだろうからな。

 そりゃ、当然の成長だ。


 何が、何も変わってねぇだよ。


「聞かせてくれ」



 モルジアナのアイデアを聞き、俺はそれを実行する事を決めた。

 不備はなく、不足も無く、成功する可能性は十分ある。


 現実的なアイデアだ。


「よし、派手に行くか」


 勝算は見えた。


「ガリ……ガギ……グシャグシャ……」


 口元を動かしながら、食らった岩石を噛み砕き散弾を作りながら。

 馬鹿にしたような笑みでこちらを見る。

 強者の余裕って奴か?

 笑わせてくれる。


「ブヘェ!」


 飛ばされた散弾。

 けれどそれは一瞬の出来事じゃない。

 息を吸い込み、姿勢を正して、と。

 発射する前に一定の動作が存在する。


 予備動作を見切り、タイミングを理解すれば。


「ゲート」


 俺の目の前に俺より二回りほど大きなゲートが出現する。

 ゲートの出口は奴の側面。

 上下を反転し、上に飛ぶ礫は横顔を穿つ。


 大口を開けたその瞬間、襲われた衝撃に口を閉じるのが一瞬遅れる。


 風を切る音が通り過ぎて。


「グ――!」


 その喉の中へ矢が突き刺さった。

 爆裂の属性矢。

 口の中から炎が溢れ、口を閉じようとする動きと爆破が反発し、まだ口は開いたままだ。


 ウシャスを口元へ向けて発射。

 魔力の弾丸が更に口の中は入って行く。

 顔に前から衝撃を受け、巨大な体は更によろめいた。


 走る。攻めろ。


 刀を携え疾走した鎧履の黒龍ナルドネラの足元。

 よろめいて足が浮いたその一瞬で、地面に上向きのゲートを設置。

 踏みしめる筈の地面が消え、巨体は更にバランスを崩す。


 その間にモルジアナも寄って来ている。


「最後の魔力、もう一歩振り絞る。

 光を奪いなさい、闇精霊!」


 龍の顔を黒い霧が覆う。

 この能力、カイシムの力じゃ無くモルジアナの魔法だったのか。


 ほんとに、何処が変わってねぇんだよ。


 口振りからして魔法はそう長く持たない。

 ならば、さっさと決める。

 右足は空中へ向けて飛び出ている。

 ゲートは同時に一つしか使えない。


 もう片足は爆弾で転ばす。

 そう思いインベントリを開こうとしたその瞬間、コロコロと鎧履の黒龍ナルドネラの足元へ爆弾が転がって来た。


『行って、アリバ』


 完全に鎧履の黒龍ナルドネラの足が浮き、体勢が崩れる。

 強化された身体能力を全力で発動し跳躍する先は、鎧履の黒龍ナルドネラの胸板の上。


 後ろへ倒れ込むその体を駆け上がって行く。


 黒い霧が覆う顔。

 けれどこの霧は使用者には視覚阻害にならない。

 モルジアナの視覚情報を元にレイシアに俺の視覚情報を補正させる。


 刀身拡張。


 突き立てんと振るう黒い刃が、星空の様な輝きと共に。


 眼球へ突き刺す!


「グォォォォォオオオオオオオオオオオ!!」


 初めて聞いたその声色は、痛み喘ぐ絶叫の声。


 成し遂げるは龍殺し。

 今の俺にとっちゃ天災なんざ通過点。


 見据えるは人類最強。

 辿り至るは天下無双。


 眼球の中を掻きまわし、抉り回り、引きずり回し。


「叫び泣けやぁ!」


「ァァァァアアアアアアアアアアアア!!」


 空いた口へ、残り全ての爆弾を放り込んで行く。



 ――ボボボボン!!!!!!



 連続的に巨大に膨れ上がって行く破裂音。

 口が膨らみ腹が膨らみ、甲殻がヒビ割れて炎の赤と魔力の青が噴出する。


 なのに。



「グララララララルルルルルルルルルルゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウ…………!」



 それでも黒龍は立ち上がる。

 ボロボロの体で、それでも立つのは持ち前の防御力故か。

 それとも龍のプライドなのだろうか。


『体内の爆弾を黒化させて爆発の威力を軽減したと予想されます』


『そんな……

 これでも倒しきれてないの……

 ごめ……』


「モルジアナ、それ以上は無しだ。

 言っただろ、お前の失敗は俺が解消する。

 お前は俺が居る限り失敗しない。

 失敗のまま終わらせねぇよ」


 鎧履の黒龍ナルドネラ

 最後の殴り合いインファイトだ。


「グラァ!」


 ひび割れた拳は転移の門へ吸い込まれ、己の顔面を撃ち抜いて黒い欠片を飛ばす。


「はぁ!」


 俺の斬撃がヒビの間を切り付けて、さらに広がって緑色の血を噴出させた。


 頭は停止している様に冷ややかで、世界はスローに見えていた。

 けれど、俺の心は叫び続ける。

 高熱を放ちながら言っている。


「ガァァ!」


 両腕で挟み込むように攻撃してくる。

 俺がゲートを一度に一つまでしか展開できない事に気が付いたのか。

 だが、それなら俺自身の体を転移させればいい話だ。


 ゲートで後方へ回り込んで……


「ギィ――」


 笑みが漏れるような声。

 同時に俺の目前へ尻尾が迫った。


 こいつ、俺の転移場所を先読みしやがったのか……!?


『アァーーリィーーバァ……!』


 モルジアナの声がゆっくり聞こえる。

 空間把握で今にも叩きつけられと振るわれる巨大な尾の到達を、ゆっくりと感じ取る。


 爆弾は使い尽くした。

 ゲートは既に一つ展開してる。

 解除して開き直してる余裕はない。


 ウシャスを撃ってる余裕もねぇし、撃っても多分意味はねぇ。



 ――手の内にあるのは只一刀の刃のみ。



 だがそれでも、ただで食らってやる物か。


 刀身拡張。


「はぁぁぁぁ!」


 両手で握った直剣の斬撃を、尻尾に刻まれたヒビへ向けて正確に宛がう。


「ぐぅ……!」


「グォォォ!!」


 吹き飛ばされる視界の中を、尻尾の先が舞う。

 全身骨折と尻尾切断。

 全然等価じゃねぇなちくしょう。


 赫蒼合銀ミスリル繊維服【銀帯ぎんおび】。

 俺の着こんだこの装備は、打撃や斬撃に対して高い防御力を持ち、更に魔力を流す事で軽量化する効果がある。


 大地を二度程バウンドし、俺の体は家屋へ叩きつけられる。

 蟀谷から頬へかけて液体が伝う。

 赤いそれがぽたぽたを床と服を濡らす。


「神秘の光よ、癒しの陽光となり我が体に再起の灯火を」


 けれど、まだ俺は立ち上がれる。


「ヒーリング」


 大地が連続で揺れる。

 ドスン、ドスンと巨大な音は近づいて来る。


 突っ込んだ家屋から体を抑えながら出る。

 そこに見えたのは羽ばたく翼を前進のエネルギーに変え、俺を形相で見据えたボロボロの黒龍。


 もう倒れろよ。

 きっとそれはあいつも俺に思ってる。


 銀帯とヒーリングで一命は取り留めた。

 けれど、骨は何本も折れてるし出血が完全に止まったとも言い難い。


 今の魔法で魔力も尽きた。

 頭痛は最高潮に酷い。

 体もボロボロ。


 なのにあいつは右腕を地面に抉らせ、掘削しながら進んで来る。

 その行動が進む度、拳に岩が纏わりつきながら黒く変色し、巨大化していく。

 巨大になり過ぎた岩拳は、もうゲートには入りきらない程大きい。


 まだ奥の手があるのかよ。


 あぁやっぱり、慣れねぇ事はするべきじゃねぇな。



 ボン。と奴の背が爆ぜる。

 モルジアナの放った矢が背の割れ目に突き刺さり破裂した。

 俺も前方よりウシャスを撃つ。


 けれどそんな事を意に介した様子もなく。

 鎧履の黒龍ナルドネラは止まらない。


 けれどもう、俺に抵抗の意思は無い。


 何故ならば……


「遅かったじゃねぇか」


 最初から。

 モルジアナが立てた作戦の最後の狙いはこれだった。


 派手さは十分足りたらしい。


「――聖印結界」


 アナスタシアが俺の前に立ち、周囲に光の円陣が出現する。


「申し訳ありません。

 でも、生きていて本当に良かったです。

 お帰りなさい、アリバさん!」


「グラァァアアアアアアアアアアア!」


 結界は鎧履の黒龍ナルドネラの一撃を完全に防ぐ。

 既に側面には神操術使いが接近している。


「崩天六花!」


「大赤鬼の魔槍!」


 右半身に氷の花弁が突き刺さり凍結し。

 左胸に赤い槍を突き刺され。


「焼剣!」


 赤い剣より飛び出た炎が、顔に浴びせられる。


「アァ……」


 漸くだ。

 その巨体を持った黒龍は漸く沈む。

 空に逃げなかったの龍のプライドか。

 少なくとも、男としてはテメェの事は評価しよう。


 まぁ雄か雌か知らんが。


鎧履の黒龍ナルドネラ……余裕とは行かなかった……」


 そうしてやっと、俺は仲間達と合流を果たした。

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