第20話 渡陸


 残る兵士の総数は約1万4千人強。

 司令の了解を得て直ぐに移動を始めた。

 多少兵士内で荒れるかとも思ったが、ユキノ・マクスウェルの統率力と今まで積み上げて来た兵との関係が、彼等の首を縦に振らせた。


 転送時点で生きていた兵士は全員が命を取り留める事ができた。

 ドワーフの医療技術には舌を巻く。


 全ての兵士の街への往来が完了。

 彼等が英気を養い活動開始できるまでの費用は俺の保有する莫大なFAMEから支払われる事になっている。


 計算上では一月分程度の寝泊まりと食費にはなるだろう。

 兵士として引退していて戦闘に参加できない者に関しても、レイシアから様々な技術を習い生産職や動物の飼育者として従事して貰う予定だ。


 転送門を前哨基地があった場所に設置し、往来は自由に可能。

 前哨基地はかなり縮小され、見張りの数も大幅に減らす事ができている。


 これから船の技術で作成された武装を用い、兵士の能力は向上していく。

 そうなれば船の生産性も上がり、街の維持コストも税金として徴収すれば俺が払う必要は無くなりそうだ。

 これくらいの得は許して貰おう。


 兵士には一人一人部屋が与えられ、その広さも彼等が自分で得たFAMEを使用する事で自由に拡張する事ができる。

 この街に居る限り不自由はさせない。


 そもそも、彼等は人類の文明と領域を拡張する先兵であり、それは英雄と呼ばれて然るべき存在の筈だ。


 それが、泥と血を啜って生きている。

 そんなのは認められない。

 誰よりも人類の発展に貢献している訳だ。


 それが、絶望に塗れていていい筈がない。


 魔境の調査開拓という特級任務。

 死ぬ事なんて当前で。

 怪我なんで前提だ。


 絶対に勝てない強敵と不運に接敵する事など日常茶飯事だ。


 けれど、だからこそ。

 それに見合った報酬を。

 その勇気に見合った力を与えるべきだ。


「ありがとう、君を信じて良かった」


「いえ、兵が受け入れたのは貴方の人望があったから。

 俺一人じゃ何もできてませんよ」


「それでも、この場を持ち帰ったのは君の功績だ。

 私は君に特務兵士Sランクの階級を与える。

 これで、君には私の付与できる全ての権限が与えられる。

 王都に戻るも他の大陸へ行くも好きにして構わない。

 今の君には従軍義務は無いと言っても過言ではないね」


「この大陸の調査を強制される事のない自由な身分を頂けると?」


「あぁ、その規範に縛られない自由な行動が私や基地に対してメリットになる事を私が信じた証とでも思って欲しい」


 虚数空間都市の居住区には数十万件以上の家屋が存在する。

 まずは誰が何処に住むか決めた。

 当然最高指揮官であるユキノ司令は最初に家を選んだ。


 結果、彼女が選択したのは居住区では無く「トラベルポート」への住み込みだった。


 トラベルポートは転送門が密集する建物だ。

 兵士が外へ探索に向かう際に必ず向かう場所でもある。


 だからこそ彼女はそこを選んだ。

 緊急時に直ぐに駆け付けられる様に。

 そして、通る兵の顔を自分の目で見る為に。


 トラベルポートは転送門用の神殿で、誰かが住む予定は無かった。

 だから私室を後付けで作ったのだが、そのコストに関しては司令が溜めていた魔物の素材をレイシアに売却して作らせていた。


 生真面目な人だ。


「その階級貰っておきます。

 ありがとうございます」


 それは当然王都に戻る為じゃない。

 この基地を、この大陸を、このまま放置するつもりはない。

 俺が大きく彼等の環境を変えた。


 その責任くらいは取らせて貰う。

 それに王都に用など何もない。


「もし、私の力が必要な時は言ってくれ。

 できる範囲でなら君に協力しよう」


「貴方が上司で良かったです。

 失礼します、ユキノ司令」


 部屋から出た俺は拳を握りしめる。

 この場所は俺を作ってくれた。

 たった一週間で大きく俺を変貌させた。


 レイシアの船に居た1年よりも、イビア大陸で過ごした一週間の方がずっと強く記憶に残っている。


 過酷な環境であるにもかかわらず、いやだからこそ協力の必要性を誰もが理解する良い場所だった。


 クランを作る。

 その宣うのは簡単だ。

 俺、ラーン、アナスタシア。

 三人も神操術使いが居れば、容易く実現するだろう。


 だが問題は、そのクランをどの様なクランにするかだ。


 俺は司令の様になれるのだろうか。



 ――なりてぇな。




 ◆




「よし! そんじゃあ飲むぞ!」


 昼間から飲む酒は上手い。

 そう師匠が言っていた。

 ユキノ司令を説得し、全ての兵士の移動を終え、転送門を設置した。


 俺は、頑張った。


 俺が基地へ戻って二日。

 休みは殆ど無かったと言っていいだろう。

 仲間と話すのも二日ぶりだ。


「元気だなぁアリバ」


「まぁ、得意では無いけれど、久しぶりにこういうのもいいんじゃないかしら」


「お酒……いただきます!」


「俺あんまり得意じゃ無いけど……頑張ります!」


 先んじて購入していた集会所クランホール

 その広間の中央に椅子と机を置き、俺達は盃を交わす。


 窓から差し込む日光は寧ろ酒を美味くした。


 別れてからの近況や出来事を話し合う。


「大変だったよ。

 君が居なくなってからは」


「俺だって大変だったよ。

 お前等と別れてから」


 ずっと戦っていたと。

 お互いに杯を交わす。


「でも、君が戻って来てくれて本当に僕は嬉しい。

 分かってたんだ、僕なんかじゃ皆は纏められないって。

 君に比べれば、僕には多くの事は成し遂げられない」


「そんな事ねぇよ。

 お前はよくやってくれたさ。

 リーダーとしても、騎士としても」


「騎士……?」


「あぁ、貴族が持つ私兵の事だ。

 前に出て主の望みを叶える役割がある。

 お前、この前言ってたよな。

 もう負けるつもりは無いって」


「あぁ、そう言った。

 1年前の僕は未熟だった。

 未熟だったから君と一緒に戦う事すらできなかった。

 そんな思いはもう御免なんだ」


「だったら、お前は俺の騎士だ。

 一番前で、一番槍として道を作る。

 感謝してる、そして期待してる。

 これからも頼むぞラーン」


 ラーンの能力は弱くない。

 俺の様な本来は戦闘用ではない力を、レイシアの技術を組み合わせて無理に戦闘している様な物とは違う。


 ラーンの能力は真向から相手を捻じ伏せるだけの性能と可能性を持っている。


 それに何よりも、ラーンのそんな意思を俺は感じている。

 期待するなって方が無理な話だ。


「それならまぁ、君がリーダーな訳だしね。

 僕は確かに君の騎士と言って差支えはなさそうだ。

 これから、こちらこそよろしく頼むよアリバ」


 そう言って握手を交わし、酒を飲む。

 こいつ結構強くなってるな。

 前は気絶してた癖に。


「そういや、アナスタシアも神操術に覚醒したんだよな?」


「はい、まだまだ目覚めたばかりなんですけど……

 でもお役い立てる様に頑張ります」


 覚醒の条件は心身と幸運。

 幸運はまぁ何かあったのだとしても、心と体の成長はどうしたんだろう。

 何か武術でも始めたのか?


 俺が知ってるアナスタシアは、魔法以外の戦闘能力はほぼ無かった筈だが。


 まぁ、1年のこの魔境に居れば体力くらいつくか。

 レイシアの話も、細かく分かる訳ではないし。


「鑑定はしてるのか?」


「いえ、自分で何となく使い方は分かるのでそれで」


「それは良く無いな。

 文字として効果を理解して置くのも大切な事だ。

 思いもよらない応用方法が閃くかもしれない訳だし。

 まぁ、ちょっと見せて見ろ」


 俺がそう言った瞬間、楽しく飲んでいた雰囲気が一瞬硬直する。


「「「えっ……?」」」


 シン以外の3人が、そう呟いてゆっくりと俺の方を見た。


「どうかしました?」


「な、なんだよ……お前等」


 俺とシンだけ分かってない。

 疑問を口にするが、何故か顔を逸らされる。


「あぁ、えっと……

 いえその、鑑定ってやっぱり重要ですよね……」


「当然だ。

 その紋章の属性、性質、スキルの効果。

 メリットとデメリット、自己把握できてない効果とか。

 そもそも能力の本質自体を勘違いしてた例まである」


「わ、分かりました!

 見て下さい……」


 顔を真っ赤に染めて、アナスタシアは立ち上がる。

 その動作は酔っている事も相まってか大きい。


「えぇ、ちょっと待つんだアナスタシア」


「そ、そうよ。別にアリバじゃ無くても別の古代語を読める人に見て貰えばいいじゃない」


「古代語が真面に読める人なんて学者さんだけだよ。

 そんな人この大陸にアリバさん以外居ないでしょ」


「まぁ、そうだろうな」


 古代語が読める程の知識を持つなら、考古学者や何らかの研究者やその助手として就職できるだろう。

 態々イビア大陸で従軍しようなんて奴は居ない。


「つーか、なんなんだよお前ら。

 なぁシン、意味わかんねぇよな」


「はい。何で紋章を見せるのがそんなに嫌なんですか?」


「は、恥ずかしいのでラーンさんとシン君は向こう見てて下さい……」


 そう言って、胸元のボタンに手を掛け始めるアナスタシア。


「はぁ……!?」


「え……!?」


「シン、見るな!」


「アリバも駄目よ!」


 お前何やってんだよ。

 ボタンが上から外れて行き。

 下着がチラリと……


「ちょっと待て」


 俺はアナスタシアの手を取って止める。


「分かった……

 意味が分かった……

 だからやめろ。

 ってか、先に言えよ」


「で、でも……」


「レイシアに見て貰うから。

 はぁ、そういうの言えよ」


 焦った……

 まぁ宴会だし。

 そういう催しもアリっちゃアリだが?


 仲間の、しかもラーンとかモルジアナの手前ってのは無理だろ。


「ごめんなさい……品の無い物を見せようとしてしまって……」


「いやまぁ品っていうか、ボリュームはあるし。

 見せてくれるってんなら全然見たいんだが……」


「はぁ……ボリューム?

 射殺すわよ」


 貧乳がキレるし。


「アリバ、友人でもそれは駄目だ」


 1年もあったのに、何故か全く恋愛が進展してねぇ奥手童貞がキレるから駄目だ。


「こいつ等の手前な。

 悪いアナスタシア、後でレイシアに鑑定してくれって頼んどくから」


「うぅ……ありがとうございますぅ……」



 そんな一悶着終えて、俺は少しだけ真面目な話もした。

 とは言え、酒に酔ってる状況で細かい話は無しだ。


 天望と方法をだけを語った。


「前にも言ったが俺は親父を越えようと思ってる。

 その為に冒険者クランを作ろうとも。

 だから協力して欲しい。お前等に」


「勿論、僕は乗る」


「えぇ、私も」


「二人が行くなら私も当然行きます」


「俺は……

 方法を聞きたいです。

 闘技大会で勝つとか、そういう話じゃ無さそうだし」


「あぁ、お前の貴族に戻り咲くって願いも叶えてやらぁ」


「どういう意味ですか?」


「俺たちはこれからカムイ大陸の『迷宮都市シグルアルグ』へ行く。

 そして迷宮都市中央にある大迷宮『神域の塔』にある親父の記録を塗り替える」


 親父は冒険者時代、神域の塔を全49階層分踏破した。


「そうすれば……」


「王家から貴族の地位を貰えます」


 シンがそう答えた。

 流石にドレットノート家か。

 あそこの当主も確か冒険者上がりだった筈だ。


 だが、当主が死にこいつにも神操術が無かったからその地位は剥奪された。

 一世代しか続いていない家などそんな物だ。


「俺は親父の跡を継ぐ気はねぇ。

 そもそも親父の跡継は他に3人も居るからな。

 だから俺は新たな貴族位を手に入れる。

 親父から完全に開放されるために」


「知ってはいたけど、君の父親嫌いも相当だね」


「当然だ。あのクソ親父には必ず後悔させる。

 その為に一番手っ取り早い功績が迷宮攻略」


 何故かは知らない。

 だが、ディストヴィア王家は迷宮に拘っている

 貴族の地位を餌にしても迷宮攻略を促進を促す程。


 それに貴族位の授与に当たり現王と話す機会が設けられる。

 その時、本人にナイアセラムとの関係を問い正す事もできるかもしれない。


 少なくとも俺は、自分の王が何者か位は知っておきたい。


「けれど、私たちはこの大陸を離れられないのよ?」


「特務兵士に任命されたから俺は離れられる」


「でも、それだと私達はどうやって迷宮都市へ行けば……」


「俺のスキルを忘れたのか?」


 この虚数空間へ来る際に使った俺の『ゲート』。

 その前に距離の概念は存在しない。


 というかユキノ司令は俺がチームに戻ると分かっていた筈だ。

 なのに俺だけを特務に任命したのは、この能力を使っても良いと暗に言っていたのだろう。

 その程度の頭が回らない人じゃない。


「それに冒険者クランは迷宮都市でしか設立できないしな。

 貴族位を手に入れ、クランとしての名も得られる。

 この程度の実績や名誉も無ければ最強なんて言えないさ」


 迷宮都市最強クラン。

 それを俺達で造る。

 俺はそう言っているのだ。


「本当に貴族位を取り戻せるんですか?」


「迷宮の最高到達記録を塗り替えれば、チームメンバーは全員貴族になれる。

 亜人だろうとなんだろうと関係無くな」


 それに策はある。

 俺にはレイシアがある。

 レイシアの技術はイビア大陸にある。

 それがカムイ大陸まで渡るのにはかなり時間を有する筈だ。


 科学兵装。

 特に通信機の存在は大きい。

 迷宮内でも活躍するだろう。


 迷宮都市。

 この世界で最も神操術使いが集まる場所。


「そこで勝てれば、俺たちの実力は本物だって証明される。

 どうだシン、これが俺の天望だ。

 そして、まだまだ先の事も考えてる。

 お前が良いなら、一緒に来い。

 お前にも先を見せてやる」


 数瞬悩み。

 いつも肌身離さず持っている宝剣を一瞥し。

 そうして、シン・ドレットノートは返答する。


「分かりました。

 俺も連れて行ってください。

 元貴族として。時期貴族としても。

 必ず、役に立って見せます」


「あぁ、よろしく頼む」






 数日してやって来た飛行船に乗り込み、俺はカムイ大陸にある迷宮都市シグルアグルへと渡った。

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