第15話 6の遺子と7つの月


 【星の系統樹リアスツリー

 それは、生物の遺伝子情報が記録された媒体だった。


 含まれる遺伝子の数は6つ。


 この惑星上の生物の全ては、その6つの遺伝子の結合から成る存在らしく、この6つの遺伝子を完全に把握していれば、理論上全ての生物の遺伝子情報を解析する事ができるらしい。


 その6つとは。


【龍】

【魔】

【霊】

【虫】

【獣】

【人】


 純粋なこれら6種族から、全種族は分岐進化して来たらしい。


『ただ、龍の部分は未完成か破損しているのか確認できません。

 龍に由来する生物や性質に関する情報は解析できそうにありませんね』


 じゃあ判明している遺伝子情報は5種か。

 しかし元々の生物は6種だったなんて、一体どうやって調べたのだろうか。

 ドワーフの科学技術とは人間のそれとは隔絶している。


「しかしこれを作ったドワーフも船内に居るんじゃないのか?」


『記憶処理の段階で、一個人が保有していたような知識は失われました。

 復元する事は不可能です。

 船内の治安を守る為にも、ドワーフの皆様の寿命を延ばす為にもそれは必要な事でしたので行わない選択肢はありませんでした』


 この船の虚数空間には50万のドワーフが居る。

 彼等は現在レイシアの船の維持と強化の為に、世界各地で鉱石採掘を行っている。


 それに酪農と栽培を行う為の場所も船外の安全地に存在しているらしく、その管理もドワーフが担っているらしい。


 遠隔で機械の操縦ができないという弱点を補うためには、彼等は重要な労働力だ。


「まぁとは言え、俺は既に覚醒してるし。

 ドワーフに使っても覚醒する可能性は無いんだろ?」


『はい。

 神操術の覚醒には強い心と体が必要です。

 それは今のドワーフには無い力ですので』


「だったら使い道は無いな。

 他の戦利品を確認していくか」


 モルジアナやアナスタシアと合流した時にでも使うタイミングはあるだろう。

 それまでレイシアに預けておけばいい。


 それにクランメンバーを神操術の有無という下らない選考基準で選ぶ必要が無くなったのは大きい。


 昔のドワーフには感謝だな。


 ミスリルとヒヒイロカネはレイシアに買い取って貰った。

 これを素材にした武装を作る時は割安で作ってくれるらしい。


 残るは2冊の書物。

 豪華な宝飾が施された聖典の様な書物『七月古記しちげつこき』。

 世界各地の調査結果から導き出されたある可能性に関しての論文『窮王伝書きゅうおうでんしょ』。


 七月古記は神話の書かれた本だった。

 かなり古い物を模写した物らしい。



【 人は全ての生物の中で最後に生まれた。

 人が生まれた時、既に月は6つ存在した。

 ある時、遥か彼方より月が来訪し星はそれを受け入れた。


 天災は唐突に起こった。

 最新の月は反逆を企てた。

 謀反は成功し、6つ月は大地を揺らし、その骸は食い荒らされた。


 残った月より王達が舞い降りる。

 六種の王は月を喰らい神へ至った。

 我等の月は消滅し空の月は唯一と成る。


 月の加護を失った我等に光は無く、希望は無く、この地獄と成り果てた大地で生きていくしかない。


 未熟極まる我等は、人は、天を目指さなければならない。

 か弱き人よ、絶望の中でも足掻き続けよ。

 月が再び昇るその時まで。


 そしていつしか、王を殺し裏切りの月を穿つのだ。


 著:天辻薙紗あまつじなぎさ



 大雑把に言えばこのような内容を、一人の女の伝記というか日記の様な形で細かく書かれた物だった。


『神話の書物の様ですね。

 古代の人が作った物語でしょうか』


 この話、聞いた事がある様な気がする。

 王都にある最も大きな宗教団体。

 六神教は名の通り六柱の神を平等に信仰する宗教だ。


 そして、その聖典には書かれている。


 失われた六柱の女神を再び呼び起こし、邪神を打倒する。

 それこそが人に課せられた使命であると。


 月と神を入れ替えれば、全く内容は同じだ。


 ドワーフと人に同じ神話が継承される。

 可能性としては無くは無い話だが。

 継承期間が長いなら国宝級の扱いをされていても不思議ではない。


 ただ、今の俺には必要のない物という事は確実だな。


「幾らで買い取ってくれるんだ?」


『そうですね、百万程で如何でしょう』


「乗った。好きにしてくれ」


 もう一冊の本にも目を通す。

 これはドワーフの魔物学者が記録した研究書類らしい。


 内容は『窮王種』と名付けられた魔物に関して。



【 生物は基本的に外部からエネルギーの材料を呼吸や食事によって得なければ活動し続ける事はできない。

 だがその常識から逸脱した生物が存在する。


 彼等は不老。

 彼等は不死。

 彼等には食事も呼吸も睡眠も一切が必要ない。


 自己の体内からエネルギーを無限に生成し、それを使って生存し続ける事ができる。


 その様な常識から逸脱した生物。

 私は神話にある六種の王に準えて、これを窮王種と名付けた。


 私は数多の研究資料や目撃情報を集め、それらしき存在を複数確認する事に成功した。

 幾つかの伝承で共通した名をそのまま使って学術名を定める事にする。


 大空を泳ぐ島のように巨大な影【龍王・アザトゥルム】。


 メタル大陸最奥に張り巡らされた巨大な触手【母王・アシュグラス】。


 イビア大陸に生息する知的窮王種【混沌・ナイアセラム】。


 彼等は大昔から多くの文献に共通して登場する。

 一様に重なるのは、人の手ではどう足掻いても逆らう事等できようもない超越した存在であるという事だ。


 少なくともこの三個体は、生存に対して一切のエネルギーを補給する必要が無い。

 つまり彼等の体内にはエネルギーを無制限に生成する構造が存在するという事だ。


 我々ドワーフの言葉で言うのならば。

 それは、誰しもが夢に見た幻想の産物。

 『永久機関』に他ならない。


 もしもかの怪物を討伐し、その機関を手に入れ構造を把握できれば、我等は無窮の力を手に入れる事すら可能だろう。


 著:メアリ・ライブラリ】



「ナイアセラムか……」


『ご存じで?』


「豚との戦いを見てたんだろ。あの時の奴だ」


『申し訳ありません。

 アリバが魔剣で転移してからは追えて居ませんでした』


「そうだったのか。

 大猪鬼帝オークロードは落下の衝撃で死んだ訳じゃない。

 オーク共はソレに追われていた。

 大渓谷上空で遭遇したナイアセラムと名乗った人型の何かに大猪鬼帝オークロードは八つ裂きにされたんだ」


『ここに書かれた存在は実在すると?』


「不老不死とか、そんな所を実際に見た訳じゃない。

 だが、俺の親父以上の覇気と恐怖を感じたのは生まれて初めてだった」


 無限のエネルギー。

 そんな物を本当の持つのなら、それを戦闘面に使っていても不思議ではない。

 それがあいつの化物みたいな強さの根源なら少しは納得もできるという物。


 この学術書にはある可能性についても言及されている。


 あの神話の登場する6個の王。

 それがもし窮王種の事ならば。

 窮王種は他に3種存在する事になる。


 不老不死であるのが窮王種ならば、神話の時代から生きていても不思議はない。


 六体の不老不死の魔物。

 そんな物がこの世界には実在する。

 少なくともその前提で行動した方がいいかもしれない。


 だが、その窮王種様が口にした言葉。

 ディストヴィア、人間の王家の名。

 これをどう解釈するべきだろうか。


 正直、一月も経った事だしそろそろ一度基地の様子を見に行こうかと思っていた。


 神操術に覚醒した今の俺なら、危険は余り無く基地まで辿り着けるだろう。


 だが、ナイアセラムと接触した事が王家にバレれば。

 いや、既に何らかの方法でバレてる可能性すらある。


 思えば、王家には多くの謎がある。

 こんな世界で国を興せる時点で不自然と言えば不自然だ。

 何か圧倒的な力でも無ければ不可能……


 窮王種。

 ナイアセラムの口ぶり的にディストヴィアとは敵対関係では無さそうだし。


 ナイアセラムの助けでできた国。

 それがディストヴィア王国とか?


「ッチ、考えが追い付かん」


 けれど世界の脅威を知れたのは事実。


 俺はまだクランの人員も確保していない。

 神操術にだって覚醒したばかりだ。


 レイシアの助けがあって、ギリギリ戦闘できている状態。


 無論使える物を敢えて使わないなどという愚かな真似をする気は無い。


 だが、根本的に力の合計量が足りなすぎるのが現実だ。


「レイシア、修練の必要を俺は感じている。

 分析官として、俺がこれより強くなる方法を教えて欲しい」


『畏まりました。

 今回の遠征でアリバはFAMEを数年分は稼げています。

 定期的に稼げる力がある事ももう疑いようはありません。

 この船の全技術で戦術アップデートを行う事も可能な程の財源はあると言えます。

 それに、私も貴方の性能を強化するという案には同意します。

 修練、修行、研鑚、あらゆる手を尽くし貴方の性能を拡張しましょう』


「あぁ、頼む」


 魔境と呼ばれるイビア大陸。

 悪魔の様な魔物が居るとは知っていた。


 けれど今の情報に由来する魔物はそう。

 神と形容するべき存在だ。


 その神が俺達の敵にならない確証はない。


 目指すは最強。

 その信念に変化はない。

 ただ、親父より強い存在が居るかもしれないと知っただけ。


 科学も魔法も、神操術も全て駒にして。

 全てを俺の虚空に飲み込むとしよう。


 その程度の事もできなければ、俺が最強へ至るなど夢のまた夢だろうからな。




 ◆




「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!」


 重力制御式魔導二輪グラビティバイク


 長距離機動力が欲しいという俺の要望に対して、レイシアが出したアイデアの一つ。


 ミスリルとヒヒイロカネを使う事で魔力の効率性を格段に昇華させたこの機器は、連続走行時間は10時間以上。

 最大魔力が充填された状態で移動できる合計距離は千キロメートル越え。


 下部に設置された横向きの二輪から、惑星の発する物とは逆の重力を発生させる事で機体を低空飛行させ後部のブースターによって加速し、サイドウィングをレバーで操作する事で方向転換する。

 それが、この機械の原理。


 そして俺は今、調子に乗って最大速度である時速400kmを出し、余りもの負荷で吹き飛ばされそうになる体を神操術で強化された身体能力で必死に耐えている。


「あぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


『虚数空間ですので投げ出されて地面に叩きつけられたとしても傷を負う事はありませんよ』


「だからぁぁぁぁぁ、ってぇぇぇぇぇぇええええ、落ちれるかぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ!」


 何とかハンドルを回しブレーキレバーを抑える。

 車体を横に向けドリフト走行で減速していく。


「はぁぁ……

 死に掛けた……」


 停止したバイクから降り、インベントリに仕舞う。

 虚数空間では実物質の状態は情報化された時点から変化しない。

 例外は実物質同士の物理接触によってのみ起こる。


 ここでの事は、所詮全て虚構の出来事なのだ。


 つまり、虚数空間でバイクを乗り回しても燃料は減らないって事だ。


 それと、そのまま俺の虚空へ居れても問題ない。


『しかし、かなり慣れて来たのではありませんか?』


「まぁ、流石に一週間も練習してればな」


『初めの頃より見違えました。

 そのお姿と同様に』


「姿?」


『成長期とは言え驚異的な成長力です。

 現在の身長は171センチメートル。

 ここへ来てから11センチも伸びていますので』


 確かに来たばかりの時よりは少し視点が高くなった気がする。

 俺がこの船にやって来てから『1年』。

 俺も16才になった。


 神操術の練習と戦術の実戦と兵器の訓練に明け暮れた。


 結局クランメンバーは一人も増えなかったが、それでも確実に俺の力は進歩している。


 装備も1年前に比べて一身された。




 武装

 魔石式精霊銃【ウシャス】

 陽樹虎石ヒヒイロカネ黒刀【耀星ようせい

 赫蒼合銀ミスリル繊維服【銀帯ぎんおび

 コンタクトレンズ型映像通信機【熾天】

 精霊内臓音声シール【霊視亜レイシア


 神操術【虚空】

 第一スキル【五空黒門ブラックゲート

 第二スキル【虚宝千庫サウザンドインベントリ

 第三スキル【……】


 インベントリ内兵装

 【簡易設置爆弾コントロールボム

 【簡易魔法爆弾マジックボム

 【簡易閃光弾フラッシュボム

 【簡易煙幕筒スモークボム

 【重力制御式魔導二輪グラビティバイク

 【魔導式五役人形パーティーソルジャー

 【万能予備バッテリー:15個】




 リスト化して見ると圧巻だな。

 この装備の全てを使えば親父だって相手取れる。

 隕石で死ぬが、その時は潔くゲートで逃げよう。


 つうか、この装備でまだ負ける可能性があるって。

 あのクソ親父、どんだけつえんだよ。


『アリバ。

 報告があります』


「なんだ?」


『現在、大渓谷上空を238匹の飛竜ワイバーンが通過しました。

 その中にはドラゴンの存在が確認されています」


「ということは進行方向は前哨基地か?」


『はい』


 流石は魔境イビア大陸。

 年一で進行されてる。

 しかも今回はワイバーンの大群にドラゴンの存在。


 大猪鬼帝オークロードに勝るとも劣らない脅威度だ。


 だがそうだな。

 この兵装の実験相手としては丁度良い。


 それに、そろそろだとは思っていた。


「そろそろ、生き返る時間だな」


『止めはしません。

 ……ご武運を』


「運よりお前を信じるさ。

 この1年、本当に感謝してる。

 俺がこうして生きてられるのは、お前のお陰だ」


『……』


 ゴシック調の黒いメイド服のまま頭を下げ続け、レイシアは無言だ。


 機械に感情は無い。

 けれどその機能があらゆる事象を計算している。


 俺には感情とレイシアの計算の違いなんか分からない。


 だから、普通に人間を相手にするのと同じようにそのまま言おう。


「龍を倒して、次は仲間を連れて戻る。

 レイシア、改めてありがとう」


『……畏まりました。

 もてなしの準備をして待っております』


 顔を上げたレイシアが微笑みを浮かべる。



 開いた転送門を潜り、レイシアと出会う前に潜った門の前まで戻って来た。

 インベントリから重力制御式魔導二輪グラビティバイクを顕現させ跨る。


 大渓谷をホバリングし、直角に『上』へ曲がる。

 空間的重力制御技術により、重力制御式魔導二輪グラビティバイクはどんな物質も地面として扱う事ができる。


 紫の車体を走らせ。

 渓谷を駆け上がり。

 前哨基地の方向へ加速する。


 ヘルムの下でそう呟いて、景色を置き去りにしていく。


 重力制御式魔導二輪グラビティバイクに大地の荒れ方は関係ない。

 最大時速は400km。


 前哨基地への到達予想時間は約45分。


「待ってろよ。

 モルジアナ、アナスタシア。

 ……ラーン!」

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