第14話 図書館の秘密


 空間に手を触れる事で、【二門転印ダブルゲート】の登録地点を書き換える事ができる。

 宇宙船の虚数空間に設置している物は残り、ゴーレムを倒すために使った登録地点を消す。


 黒鉄の巨兵ブラックゴーレムの骸が重過ぎる。

 インベントリ内が限界だ。

 だから一度戻り、回収した素材を置いて来た。


 これで、いつでも図書館内部の入り口付近への門を作れる。


「埃が凄いな……」


 瓦礫と埃に塗れた図書館内部。

 口元を布のマスクで覆う。


 石造の館内には光は余りない。

 破損した隙間から差し込む光は、外を覆う天幕から生える発光する水晶体からの物しかなく、そんなか細い光とモノクルのサーモカメラを頼りに俺は進んでいく。


 図書館の構造はレイシアが知っていた。

 それを使って地下室を目指す。

 重要な書物や鉱石の保管庫は下にある。


「ウォォォォォォォォォ」


 建物内部にも魔物は居る。

 しかし種類はゴーレムばかりだ。


 ゴーレムの面倒な所はサーモカメラに引っかからない事だろう。

 レイシアが気を利かせて魔力感知を使ってくれるから対応できているが、一人だと警戒しなければならない情報量でパンクしていた気がする。


 ゴーレムの倒し方は知っている。

 接近し、大振りの一撃を回避。

 生じた隙に核を砕くだけ。

 動きが単調でやり易い。


 骸を回収した。


 進んでいくと更に上位種も現れる。

 青い核を持ち、強固の体を持つ個体。

 赤い核を持つ、破壊力に優れる個体。


 だが、動きは単純その物だ。

 多少能力に変化があったとしても、即死級って訳じゃない。

 反撃は容易。


「上位種が奥に行くほど増えていってる」


 って事は、こいつ等が求める何かがより奥にあるって事だ。


 インベントリから使った弾薬を補充しながら、隠密で進んで行く。

 ゴーレムの知覚能力には視認の他に『振動感知』が含まれるが、それも微弱であれば反応されない。


 足音を消して物陰から進んで行った。


「ここか」


 一層厳重な扉。

 豪華というより重厚な印象を受ける。

 しかしそれも既にこじ開けられており、出入りに制限は全く無さそうだ。


 扉を潜ると階段に入る。


『地下室の扉で間違いありませんね』


「進むのは確定だが、モノクルのエネルギー残量は残ってるか?」


『残り41%。

 補給を推奨します』


「分かった」


 入り口の登録を消し、ここに登録し直す。


 バッテリーを交換。

 暗視様のモノクルをレイシアから買った。

 モノクルが二種類になったが、インベントリに入れて置けば装備の交換は簡単だ。


 そしてこれがレイシアが単独で魔物の討伐が行えない理由だ。


 それはレイシアの武装には定期的な補給が必要という事。

 そして、使用範囲は無線通信が届く範囲に定められるという事。


 無線通信の種類は3つ。

 電気通信。魔力通信。虚数通信だ。

 電気通信は電波塔が無いので使えない。

 魔力通信は音声や映像の通信が難しい。


 虚数通信は他二つのデメリットを全て無効化するが、消費するエネルギー量がとんでもない。


 俺が使ってるモノクル型の単純な通信機でも、1,2時間程でエネルギーが枯渇する。

 戦闘用の兵器に使ったとしても、やはり一瞬で枯渇すため実戦的ではないらしい。


 そりゃ、外部から来た俺を頼る訳だ。

 


 魔物が接近してくる前に早く戻って来た。

 暗視機能を使い、階段の奥へ進んで行く。


「……ここが倉庫か」


 幅5m程の大通路が続き、左右に扉が等間隔で設置されている形状だ。

 この倉庫は品数を保管する施設じゃない。

 だから部屋毎に物をジャンル分けしているらしい。


 名札らしき物が掛けられているが、全て腐敗か破損していて文字が読めない。


 片っ端から調べて行くしかないか。


 手前から順番に扉を開く。

 左右とも本の保管室だ。

 だが、殆どの本が腐敗している。


 全く読めそうな物は無い。

 とは言え、どれも重要文献なのは確かだ。

 レイシアなら解読できるかもしれない。

 一応、全てインベントリに保管しておく。


「次だ」


 一つ横の扉を開こうとした瞬間。


『警告。前方と後方に魔力を感知』


「ッチ!」


 インカムの声と共に、俺は通路を戻る様に転がった。

 瞬間、開けようとしたドアから剣が突き出て来た。


 しかもその対面にある部屋からもだ。


「黒騎士……」


 そう形容するのが最も適しているだろう。

 黒い鎧のゴーレム。

 リビングアーマーとも呼ばれる魔物だ。


「黒鉄のオンパレードだな」


『後方より2つの魔力を感知』


「ざけんな……」


 レイシアの言葉通り階段から足音が聞こえて来る。

 青と緑の核を持ったゴーレムが降りて来た。


 地形は一本道。

 左右に部屋はあるが袋小路だ。

 そして完全に挟まれている。


 まぁ、こういう事もある。

 状況は完全な不利。

 一度転移で逃げるか?

 転送門からもう一度やり直す事もできる。


 振動感知には閃光弾も効かない。

 爆薬も魔導銃も建物自体が倒壊する恐れがあるから使えない。


 突き抜けて逃走したって結局追い詰められる。


 使えるのは……

 はっ、剣術だけでのこの四体を倒せって?


『撤退を推奨いたします』


 スキルがあれば俺はいつでも逃げる事ができる。

 しかし、それでいいのだろうか。


 何度でも挑める。

 何度でもやり直せる。

 本当にそうか?


 それで、いつ達成できる。


 やり直して。

 失敗して。

 それを受け入れて。


 成功は何処にある。


「印せ」


 空間に手を触れ、そこにゲートの登録地点を再設定。

 図書館の入り口の物を外す。

 もしこれで逃げれば、俺のスタート地点はここかレイシアの設置した転送門になる。


 魔物の巣窟を抜け、またここを目指さなくてはならなくなる。


 だが、ここで勝てばずっと前に進める。

 俺に適した役割はきっと司令塔だ。


 だが司令塔の役割とは、道を切り開き前進を齎す事。


 黒い騎士が直剣で突きを放つ。

 隣の騎士も次撃の為に剣を振り上げた。


 後方のゴーレムの動き始め、目を光らせて腕を振るい叩きつける。


 攻撃は4つ。

 サーモグラフ以上に、肌感が俺に危機を教えてくれる。

 ゴーレムは動きの読みやすい魔物だ。


 何度も戦って、何度も分析した相手。

 上位種でも関係ない。


 行くぞ。


 耀魔を縦に構え、突きを流す。

 後方のゴーレムの薙ぎ払いを背を低めて回避。

 あと二つ。


 黒騎士の直剣の薙ぎ払いに剣を合わせ、同時に飛来するゴーレムの叩きつけを体勢を傾けて回避。

 しゃがんだ体制のゴーレムの体を土台に、体を飛び越え入口の方へ跳躍する。


 これで、挟撃から抜けられた。


 そして。


「ゲート」


 呟くと同時に、目前には黒い断層が現れ。

 それこそがゲートの門。

 そして、繋がる先は敵の密集地の中心。


 虚空へ向けて耀魔を突き入れる。


 煌めく黒い刀身が虚空の中より現れた。


 刃の先端が穿つ感覚。

 打ち抜く先は右の黒騎士の首元。

 リビングアーマーの弱点。

 それは、鎧内部に溜まった魔力だ。


 密閉された全身鎧がそれを凝縮保存して運用している。

 魔力とは気体にかなり近い性質を持つ。

 ならば、鎧の隙間をこじ開ければ溜まった魔力は逃げていく。


 腕を黒門に入れ。

 刃を更に奥へ突き込んで。

 リビングアーマーの兜を強引に吹き飛ばす。


 首の外れたリビングアーマーは倒れた。


「「ウォォォォォォォォォ!!」」


 二体のゴーレムは巨体を前面に出し、腕だけをゲートに入れた体制の俺に襲い掛かって来る。


 しかし、既にゲートは開いているならば。

 その中へ入り、ゴーレムの突進を回避。

 ゴーレムたちは壁に激突し、盛大にコケた。


 目の前にいるのはもう一匹の黒騎士。

 一瞬だけ、一対一の構図が出来上がる。


 ――カシャカシャガシャガシャ!


 鎧が震える音と共に黒騎士が剣を振るう。


 しかし俺には神操術の覚醒によって得た身体能力と……


「一体誰に、剣術を習ったと思ってる!」


 人類最強。

 それが、俺の剣術の師範だ。


 黒騎士の剣に俺の剣を絡め、跳ね飛ばす。

 弾かれて大きく仰け反った体勢で、黒騎士は左手のカイトシールドを構え。


「邪魔くせぇ!」


 盾を蹴り飛ばす。

 バランスを崩し、完全に後ろにひっくり返った黒騎士のヘルムをボールの様に蹴り飛ばす。


 首が外れ魔力が霧散していった。


「ウォォォォォォォォォ!!」


「ウォォォォォォォォォ!!」


 起き上がって来た二匹のゴーレム。

 緑の方は速度に優れる種らしい。

 青い方に比べて二歩分速い。


 即座に、黒騎士が持っていたカイトシールドを拾い上げ。


「効かねぇなぁ!」


 突き出された拳を受け流す。

 際に、足元に剣を絡ませて転倒させる。


 青いゴーレムが既に迫っている。

 けれど、やはり動きは単純。

 学習能力も殆ど無い。


 俺の体の位置を微調整すると、惹かれる様にゴーレムの前進方向が数度ズレる。


 そこは既に。


「ゲート」


 黒に剣を突き入れた瞬間、ゴーレムの眼前から突きが放たれる。

 ゲートの位置は完全に記憶している。

 ミスはない。


 一撃で核を砕くと共に、床に転がるゴーレムの核を思い切り踏みつけて砕く。


「はぁ……はぁぁ……」


 四体全て起動停止。


『……虚空の力を攻撃系スキルとして転用するとは』


「可能性は考えていた。

 慣れるまで使うのを抑えていただけだ」


『お見事です』


「世辞は要らん」


 死骸を回収しながら、黒騎士が出て来た扉の中へ入る。


 その部屋は目的の部屋。

 宝石が保管された部屋だった。


「けど、殆ど食い荒らされてるな」


 ゴーレムの主食は金属と宝石だ。

 あの上位種共が核として保有していた色のついた石。

 あれはサファイア、ルビー、エメラルドの様な宝石だ。


 ここにあった宝石を大量に食った事で進化したのだろう。


『いえ、これらはそこまで希少な鉱石ではありません。

 所詮ただの宝石ですので。

 もっと希少な鉱石が眠って居る筈です』


 通路の左右の扉は全部で8つ。

 書物と鉱石の部屋が4つづつだった。

 鉱石は殆ど食い荒らされていたが、書物は粗方回収できた。


 そして最奥。

 通路の先に扉が一つ残っている。

 しかも、そこからは淡い光が溢れていた。


「でもな、ここに何かあっても食い荒らされてんじゃ……」


 そう言いながら中へ入る。


 赤い球だ。

 部屋の中央に俺の体位なら入りそうな卵型の赤い球が鎮座している。


「なんだこれ……」


龍鎧室卵りゅうがいしつらん

 龍の鱗で造られるカプセルです。

 ドワーフの特殊な鍛冶技術で製造されるこれは、あらゆる衝撃に耐え腐敗もしません。

 正しく最強の宝箱。これが使用されるのはドワーフ文明に置いて国宝級と認められた品物に対してだけです』


「へぇ、【インベントリ】」


 取り合えず入れて置くか。


「これで宝は粗方回収したか?」


『えぇ、もうここに用はないかと』


「上の方の本はいいのか?

 殆ど読める状態じゃ無かったが、結構な数があったぞ?」


『あれは誰でも閲覧可能な図書ですので。

 私が既に持つ情報しか書かれていません』


「そうか」


 スキルを発動させて虚数空間に戻る。

 まだ誰も居ない豪華さだけの街。

 クランメンバーも探して行きたい。


 そんな事を思いながら回収した物をレイシアに渡していく。


「あ、でもこれは俺も中身見せてくれよ。

 お前がネコババするかもしれないし?」


『しませんが……

 分かりました』


 龍鎧室卵りゅうがいしつらん

 強固豪華な宝箱らしいが、ドワーフの技術を全て持っているレイシアからすれば開けるのは容易い事らしい。


 現れたレイシアが、卵に向けて何やら作業をしている。

 今は姫が着るような赤い豪華なドレスだ。

 しかし、足が出すぎだろ。

 社交界にそんな恰好の奴居なかったぞ。


「この作業は街を作った時みたいに一瞬とは行かないんだな」


『私の管理する虚数空間には「現実に存在した物質を情報化した物」と「虚数を組み上げて作った物」の二種類が存在します。

 感覚情報等は自由に操作できますが、物質その物の状態は物理的な手段でしか操作できません。

 貴方の使う装備の生産やその生産に使う道具等は、現実に存在した物質から生成する必要があります。

 虚数空間で作り出した物を現実で物質化する事はできませんので。

 同じ理由で、この宝箱を開けるにしても物理的に開錠しなければならないという訳です』


 まぁ、5割くらいは理解できたか?

 要するに、虚数領域で作った物質は現実に持っていけない。

 だが、現実から持って来た物質だけで作成された道具などは現実に持って行けるという訳だ。


 まぁ、虚数空間の物が好きに出せるなら素材集めも何もない。


『開きました』


「ほぉ、さてどんな宝が入ってる事やら」


 上蓋が切除された卵の中から、レイシアの手によって幾つかの物品が取り出されていく。


 本が二冊。

 状態がかなり良い。

 保存にも適した作りなのか。

 タイトルは古代語で『七月古記』。

 そして『窮王伝書』。


 更に鉱石が二種類。

 見た事が無い鉱石だ。

 虹色に光る銀に似た鉱石。

 朱色の光を放つ、琥珀に似た滑らかな断面の鉱石。


『ミスリルとヒヒイロカネです。

 どちらも20キログラム程あります』


 見た目的にはもっと軽そうだが、鉱石の比重の問題だろうか。


 確か1グラム100FAMEだったよな。

 四百万か。かなり良いな。


 そして、書物でも鉱石でも無い物がもう一つ。


「ペンダント……?」


 何やら文字と幾何学模様の入った丸い小さな板だ。ペンダントのエンドパーツの一種にも見えたが……


『いえ。

 小型の石碑に近い役割を持つ物でしょう。

 星の系統樹リアスツリーと呼ぶそうですが……』


 そこまで言ってレイシアの言葉が止む。

 それを凝視し、感情を完全に操っている筈の彼女の目が見開いた。

 自身が弾き出した結果に不備が無いか、再計算を繰り返している様にも見える。


 そして数瞬思案して漸く呟く。


『遺伝子の……解析装置……』


「なんだよそれ……?」


『高度演算能力、つまりわたくしと連動させて使用する事で……その生物が保有する遺伝子情報をある程度判明させる事ができる装置です。

 端的に重要項目だけ申しましょう。

 これがあれば、覚醒前の神操術の属性が分かります』


 震える瞳で、レイシアは俺を見ながらそう語った。

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