第11話 虚数空間



 地底文明と地上文明は、とあるタイミングで領土を分岐した種族です。


 地底文明の人種はドワーフと呼ばれる亜人でした。

 ドワーフたちは地表の絶望的な環境から逃れるべく、地中に街を建造しました。


 地中にも魔物は居ますが、地上程驚異的ではありません。

 ドワーフたちは順調に文明を発展。

 科学技術を進歩させ、到達点の一つである人工知能、わたくしが生まれました。


 我々の最終目標は宇宙への進出です。

 知っての通り、この大地は人にとって驚異的です。


 その悪辣な環境によって地底に閉じ込められた故に、ドワーフは空を夢見ました。


 その任は私に任され現在も進行中です。

 虚数空間の操作技術を基礎とし、宇宙船の90%近くの機能は既に完成しています。


 足りないのはエネルギーの製造装置です。

 宇宙に出るには莫大なエネルギーを発生貯蔵する装置が必要です。


 その作成に必要な素材が足りません。

 魔物由来の素材や惑星深層に眠るレアメタルを発掘するには、武力が必要となります。


 ですが我々には現在、武力と呼ぶべき力は多くありません。

 ドワーフには殆ど戦闘能力は無く、科学兵器で武装しても倒せない魔物は数多く存在します。


 ですので貴方の力を借りたい。

 貴方方が神操術と呼ぶ力。

 繁英個体としての性能。

 そこに我々の高度文明によるアシストが加われば、わたくしの求める素材を入手する可能性も生まれるという物でしょう。




 ◆それが、レイシアとドワーフたちの存在と目的の説明だった。




 つまり、こいつが俺に期待している役割は『傭兵』だ。


 ドワーフには生物的な力が足りない。

 武器や道具はあっても使い手が居ない。

 ならば、外からそれを雇用すればいい。


 そんなところだろう。


「答えを出す前に幾つか聞きたい事がある」


 こいつは俺達地上の人間の事をある程度把握しているらしい。

 地底からどう監視していたのか知らないが、戦力や事情に関しても理解しており、使用言語も俺に合わせた物を使っている。


 変な駆け引きは不要そうだ。


『なんなりと』


「提供できる支援とは具体的になんだ?」


『持ち帰った素材を引き換えにした取引です。

 貴方の装備の強化・開発。

 食料や消耗品の補充、新製品の研究。

 そしてこの虚数領域プライベートワールドを貴方に提供可能です』


「虚数領域って、この透明な壁は無くなるのか?」


 壁の端から端までは3歩分程しかない。

 こんな空間を貰ったからと言って、足を延ばして休む事もできないのでは無意味だ。


『この壁はわたくしが制御している虚数量を示す物です。

 虚数空間とは、本来広さという概念すら存在しない無限の空間ですが、私が制御可能な量には限界があります。

 しかし、貴方の貢献度が上がれば領域拡張も行いましょう』


「働けば広げてくれるって事か」


 そう俺が言った瞬間、昇っていた太陽が消え、夜になった。

 更に景色が連続して変化する。

 猛吹雪。灼熱の砂漠。山の頂上。


『虚数領域に物理世界の法則はありません。

 距離も時間も重力も光も無く。

 ただここには、意識と情報だけが存在します』


 レイシアの衣服が変化していく。

 ナース服、使用人服、スーツ、甲冑。

 様々な物へと。


『この世界では、五感の全ては私の自由。

 そして私は物質を情報化し虚数空間に移動させる事と、元に戻す事ができます』


 無限の世界。

 その概念は俺の理解を完全に越えている。

 それだけは理解できた。


『元々あった地底の街は廃棄され、全50万名の地底人ドワーフの皆様も個人空間で生活しています』


「50万も居るのか」


『えぇ、しかし増える事はありませんよ。

 生殖機能はオフラインにしていますから』


「……は?」


『これ以上ドワーフの労働力は有っても意味がありません。

 既に我々の文明は老化を克服しています。

 定期的に起こる自我暴走も記憶消去で対応できます』


「それは、お前がドワーフを洗脳してるって事か?」


『……………………?

 わたくしの政策は全て、全ドワーフの半数以上の同意を得て行われています。

 これは彼等の総意なのです。

 貴方も思った事はありませんか?

 こんな現実は、見たくはないと』


 語る瞳には悪意も害意も無い。

 ただ、事実の羅列と言う様に。


わたくしは彼等に虚構ゆめを提供する。

 彼等もそれを望んでいる。

 恋愛面でも実在の異性よりも私の操作する虚構ホログラムの方が評価は上。

 その他娯楽も無限に生成できます。

 更に彼等の仕事にも危険はありません。

 各地に設置した転送門ゲートを使用した非魔物生息地での採掘業務。

 もしも貴方が私の行いを非道と感じるのでしたら、それは大きな間違いです。

 貴方も、私の有する娯楽と快楽を経験してみればきっと考えは変わるでしょう』


 レイシアは初めて笑みを浮かべた。

 初めてその表情に感情が宿った。

 艶めかしく表情が動き。

 まるで俺を誘う様に。


『ここでは全て貴方の思い通り』


 透明な壁の向こう側から、壁に手を添え。


『ハーレムも権力も奴隷も家族だって。

 ここでは全ての幸福が手に入りますよ』


 スカートを徐々にたくし上げ、レイシアの真っ白な太腿が露出していく。


『一度、抱いて見ますか?』


「黙れ。次やったらお前との取引は無しだ」


 俺がそう言うと、レイシアの手が止まり無表情へ戻って行く。

 一歩下がり、レイシアは頭を下げた。


『冗談です。

 貴方をドワーフたちと同じ報酬で御するつもりはありません。

 折角目覚めた英雄の力。

 また失われないとは限りませんから』


 こいつの言う通り。

 見たくない現実なんて山ほどある。


 親父から逃げたいと。

 家族から逃げたいと。

 何度も何度も考えた。


 だが、今は少し違う。

 家族の事なんかどうでもいい。


 オークロードとの戦闘で散ると思ったこの命、けれどそれはまだ残った。


 ならばもう家族にも何にも縛られる事無く、俺が大切だと思う物の為に生きたい。


 その為の力が欲しい。


「お前が人間じゃないって事は良く分かった」


『はい』


「だが、ドワーフ共が望んでやっているのなら、今日やってきたばかりの俺が口出しする問題でもないだろう。

 お前も、役に立つなら使ってやる」


『全く同意見です。

 貴方が役に立つことを期待していますよ』


 減らず口を叩く。

 俺との話し方をそう決めたらしい。

 機械であり人工の知能。


 確かに、その行動には不気味な程の一貫性と目的意識が感じられる。


 どうせ拠点は必要だった。

 それに戻れない理由もある。


 オークの王を細切れにしたナイアセラム。

 あいつが言っていた『ディストヴィア』という単語を俺は知っている。


 王国の民なら誰もが知っているだろう。


 世界唯一の人間の国。

 その王国の名こそ、ディストヴィア王国。

 そして、王家の名もまたディストヴィア家だ。


 何故、あんな超越した力を持った存在が王家の名を口にし「よろしく」なんて言ったのか。


 こうなると王家も疑わしく感じる。


『協力が決まった所で、貴方がこの世界に侵入し寝ている間に覚醒した力。

 確認いたしませんか?

 装備のカスタムにも役立つ情報ですので』


 レイシアの言う事は最もだ。

 色々と不可思議な事が起こり過ぎて、一番大事な事を忘れていた。


「確かにそうだな。

 ……【虚空】の神操術。

 スキルは最初から2つあるのか」


『恐らく今までの研鑽の蓄積かと。

 多くの魔物を倒して来ているのは嬉しい誤算です』


 第一スキル【インベントリ】。

 第二スキル【転門印ゲート】。


「虚空への物質の保存」


わたくしの虚数技術とかなり近いですね』


「虚空を経由する事で記録した地点に一瞬で移動できる門を生成」


『私の転送門と同じでしょうか』


「お前が居たら要らないんじゃ……」


『いえ、わたくしの虚空干渉は大規模な装置を必要とします。

 故に、宇宙船内からしか使用できませんし、転送門も設置するだけで維持コストがかかります。

 単身で瞬間的に能力を発動できる貴方の力の方が、私の上位互換とも言えるでしょう』


「だと思った。知ってた」


『はぁ、そうですか…………』


 ジト目をやめろよ。


 細かく能力を把握しよう。

 インベントリは俺の体重の100倍までの質量を亜空間に保管する力。

 そして、それらを自由に出し入れできる能力だ。


 転門印ゲートは予め決めた場所へ転移する窓を作る力。

 俺が使った魔剣のテレポートと似た力だ。


「戦闘用のスキルがねぇ……」


 インベントリで、持っていた銃を収納したり出したりして使い心地を確認してみる。

 戦闘で使える気がしねぇ。

 利点は武器を沢山持てるってくらいか。


『魔力計測的には燃費はかなり良さそうです。

 魔法と併用しても魔法の使用回数に変化はほぼないかと』


 神操術も魔力を消費する。

 だから神操術使いは基本魔法を使わない。

 魔法より神操術の方が圧倒的にコストも威力も優れるからだ。


 折角俺は魔法を使える訳だし、その利点が潰れなかったのは喜ばしい事だ。


 だが、攻撃スキルが無いというのは。


「期待に応えられそうも無くて悪いな」


『いえ、それ以上の物です。

 資源回収にこれほど適した力は他に無いでしょうから。

 それに、攻撃系スキルは戦闘の方針を前のめりにします。

 指揮官には向かない力ですよ。

 オークの王の討伐者様』


「そこまで知っていたのか」


非常に知性的インテリジェンスな戦闘でした。

 闘争心と劣等感の均衡は才能でしょう。

 戦闘の推し引きに大きく影響しています』


 人の心を持たぬ機械。

 そんな奴に分析されたくはない。

 けれど、全てが虚言とも思えなかった。


 機械の分析眼には、気を使う要素があまり感じられないからだ。


 俺を監視し、戦闘を分析し、故に導き出された総合的な判断か。

 まぁ、使えるなら利用するだけだ。


「とはいえ、身体強化は確かだ。

 レベルアップで攻撃系のスキルが生える可能性は十分考えられる。

 早く、力を試したい。

 レイシア、装備と舞台を用意しろ」


『畏ました。

 初回に限りツケで装備のアップデートを行います。

 治療費も負けて置きましょう。

 そして、貴方に最初の依頼をします』


「アリバだ。そう呼べ」


『了解しました。

 アリバ、期待していますよ」



 魔石式魔導銃「シヴァ」

 黒鉄の直剣「耀魔」

 セラミック装備一式

 ヒールシリンジ×10

 閃光手榴弾×5



 空間に対して文字が浮かび上がると共に、俺の装備が換装されていく。

 装備のアップデートと言うよりは、新たな装備と取り換えてくれている様だ。


 更に消耗品まで渡してくれた。


「俺が死んだら赤字だがいいのか?」


『死ななければ黒字ですから。

 その為の初期投資です』


「そうか。

 なら有りがたく貰っとく」



 俺には目標があった。

 憧れた物があった。

 それは何物にも縛られず自由に生きる事。


 自由にも力と責任が必要だと分かってる。


 ナイアセラムや王家の秘密。

 魔大陸を含め、世界の殆どは前人未踏だ。


 そんな秘密を解き明かし、世界を自由に翔ける冒険者。


 ラーンやモルジアナやアナスタシアの様な、最高の仲間と呼べる存在と共に冒険者組織『クラン』を作りたい。


 拠点は得た。

 装備と力は今から勝ち取る。

 神操術もレベルアップさせる。


 前人未踏を踏破して、世界の真実を解き明かす。


 魔大陸にやって来て、仲間を知って、オークを倒し、レイシアと出会った。


 親父は強くなれと言った。

 仲間と共に悩める幸福を知った。

 世界には数多の秘密がある事も分かった。


 最強の力も最高の仲間も。

 この世界の真実をも。


 ――俺はその全てを手に入れる。


 夢は見えた。

 後は叶えるだけだ。



 世界最強のクランを率いる。



 それが俺の、やりたい事だ。

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