第10話 人類最強


 イビア大陸の指揮系統は彼の到着により、大きく変化する。

 最高指揮官だったユキノは副官に似た立場となり、陣頭指揮官は人類最強との呼び声も高いこの男が代行する。


「愚息が居る筈だが、挨拶が遅い様だ」


 飛行船の発着所から2時間程の時間を掛けて移動して来たのは4名のみ。

 バルドザードとその息子たちだ。


「子息様ですが……」


 戦争用の仮設基地。

 そこに彼等を迎え入れたユキノが俯く。


「死んだか? しかし案ずるな。

 あれは儂の判断でここへ送った。

 貴殿にも構うなと伝えてあった。

 それを遂行してくれたのであろう。

 ならば、貴殿を責める理由もない」


「しかし、どうやら敵大将を討ち取ったようです」


「あれが……?

 世辞は要らんぞ司令官殿」


 バルドザードは失笑する。


「この魔境では、冗談を言う暇はありません」


 それを睨む様にユキノは反論した。

 笑みが失せ、両者の会話は止む。


 その沈黙を破ったのは青年だった。


「あの無能が敵将を討ち取っただ?

 なぁアンタ、そりゃ何か騙されてんじゃねぇか?」


 紫がかった黒髪を持つ不遜な男。

 偉丈夫という程の体格は無いが、露出した腕や足を見れば鍛え抜かれている事は明白。


 彼の表情は失笑というより侮蔑に近い。

 そんな表情で三男――カイシム・ルクサス・ドーラットは語っていた。


「無駄に悪知恵だけは利くからな、あの愚弟は」


「やめろカイシム、お前は品性を持て。

 そもそも司令官に言っても仕方ない事だ。

 それに、所詮は豚との相打ちだろう」


 藍色の髪を持つ冷たい印象の男。

 まるで遥か彼方を見ているかのようなその瞳は、見る者に恐怖を抱かせる。

 長男――カルナ・ルクサス・ドーラット。


 彼はカイシムの品位の無さに腹を立てている様だった。


「オレは嬉しいぞ! 弟が活躍してくれて!

 きっと仲間に恵まれたんだろう!」


 オレンジと黒が所々に混在するような不思議な髪質を持った男は持ち前の明るさ……暑苦しさで語る。

 その溌剌とした様が彼の性格だ。

 次男――ヨーダ・ルクサス・ドーラット。



 彼等の態度に、ユキノの眉間に皺が寄る。

 アリバの功績は称賛されるべき物だ。

 けれど、彼等の言葉はそれに泥を塗る事ばかり。


 悪知恵。

 所詮相打ち。

 仲間に恵まれた。


 何よりも苛立たしいのは、その言葉が実の弟に向けられた物である事と、長男と次男に至ってはアリバを貶めている事が無自覚に見えるという事だ。


 けれど、ユキノ以上に……

 その会話を聞いてしまった男は頭に血を登らせる。


「それでも家族なのか……!?」


 傷だらけで、片腕の男。

 腕を失いバランスが悪い。

 槍を杖替わりに立っている。


「ラーンさん……」


「やめなさいラーン」


 モルジアナとアナスタシアの静止も聞かず、ラーンは彼等に近づく。


「いいや、こればかりは無理ダメだ」


「誰だテメェ?」


 売られた言葉を買う様に、カイシムは現れた男ラーンに近づく。


「アリバの仲間だ。

 アリバは僕等を逃がして一人で戦った。

 その上で大猪鬼帝オークロードを排除したんだ。

 それはアリバの知恵と力の成果。

 後から現れたお前達が、勝手に貶すなよ」


 ラーンの姿をカイシムはジロジロと暫く眺め、失笑した。


「へぇぇ、あんまり笑わせんなよ……」


「何が可笑しい……!」


「腕はどうしたんだよ?

 なんでそんなボロボロなんだ?

 あぁそっかそっか、うちの愚弟がお前等に無理させちまったんだよな。

 悪かったよ、代わりに謝っとくぜ。

 うちの馬鹿が、お前の腕を盗っちまってごめんな?」


 カイシムの指がラーンの胸を押す。

 下から見上げて来るカイシムの笑み。

 それは侮蔑に満ちた物であって。


「貴様……!」


 ラーンの握る槍に力が籠る。

 無論、本当に殺す気は無い。

 けれど、何かやりかえさなければ辛抱ならなかった。


 扱える最大限の身体能力で、常人の数倍の速度を持った槍を放つ。


 けれど。


「やめろと言ったぞ、カイシム」


 その槍は青髪カルナの腕に掴まれた。


「何が……?」


 槍がピクリとも動かない。

 片腕なのは相手も同じ。

 なのに、この腕力の差は何だ。


 いやそれ以上にラーンは速度に気が行った。

 ラーンは槍を目前の男に向けて薙いだのだ。

 なのに、どうして数メートル離れた位置にいた筈のカルナが追い付ける?


「邪魔すんなよ兄貴。

 折角、良い所だったのに」


 腰のシミターに手を掛けながら、カイシムが文句を飛ばしていた。


 きっと、カルナが間に入って居なくともラーンの槍は届いていない。


 それほどに、カイシムの表情は余裕に満ちていた。


「弱者を甚振るのは貴族の行いではない。

 我等は貴族であり、神操術に目覚めた者だ。

 その力は、弱者を守護する為にある」


 睨みを利かせる長男カルナに、三男カイシムは舌打ちする。


「ッチ……分かってるよ」


 父親の元に下がって行くカイシムを一瞥し、カルナは視線をラーンへ向ける。


「お前もだ。

 己の無力を棚に上げるな。

 弱くとも力に目覚めたのだろう?」


 槍を握る拳が震える。

 誰よりも一番理解している。


「確かにアリバが死んだのは僕のせいだ。

 だが、断じてアリバが弱かったんじゃない……」


「それも間違いでは無いのかもな。

 だが、原因が弱さにある事は純然たる事実」


 両親を失って誓った筈だった。

 もう誰も死なせないと。

 けれどそんな誓約は容易く崩れた。

 全ては自己の弱さ故。


「俺の戦いをよく見て置け。

 力とは何かを教えてやる」


 カルナはラーンの横を通り抜けていく。


「親父、先に行くぞ。

 カイシム、ヨーダ、着いて来い」


「あぁ、儂も少ししたら向かう」


 カルナの宣言にバルドザードは頷く。

 ユキノがそれを案ずる様にバルドザードへ問いかけた。


「ご子息だけでよろしいのですか?

 幾ら神操術使いと言ってもたった3人では」


「ただの神操術使いと同じにするな。

 あれらは儂の息子たちだ。

 豚如きに後れを取る鍛え方はしていない」


 カルナの後をカイシムとヨーダが追う。

 その通り道に居たラーンとすれ違って。


「ま、雑魚は黙ってろって話だ」


「君ももっと努力すればいいさ!

 今は弱くとも努力は必ず報われる。

 アリバももっと頑張っていれば死なずに済んだだろうに残念だ」


 腹が立つ。

 血が昇る。


 それでも槍を受け止められた事で冷めた頭と大切な物を失った悲壮感が、ラーンの体を硬直させる。


 それはモルジアナとアナスタシアも同じ。


 アリバは命を賭して自分達守った。

 そのアリバが貶されても、言い返す力すら自分達には無い。


 そんな現実を認識し理解する。

 だからこそ、背けてはならない。

 立ち上がらなければならない。


 守られた命だからこそ。

 アリバという人間の価値を示すのは、助けられた自分達の命の在り方だけだから。


 それが、死人に対して報いれる唯一の方法だと悟る。


「モルジアナ、アナスタシア。

 僕はもっと強くなるよ。

 強くなって、いつか必ず大渓谷の下に行く。

 だから着いて来て欲しい」


「当然よ」


「はい、必ず」



 ◆



 オークの群れが眼下を覆い尽くす。


臨界りんかい


 カルナが呟く様にそう唱えた。

 その胸が青く光る。

 神操術の紋章が発光しているのだ。


 服の中から、その紋章の光が浮かび上がった。


 【晴天】の神操術の発動。

 青い炎がカルナの体に灯る。


 けれどその火は皮膚どころか服すら焼かない。

 まるで、その状態こそ自然であるように。

 青い炎が足元から噴出し、その身体を上空へ飛ばす。


「行くぞ、豚共」


 直剣を掲げれば、炎が剣を纏う。


「サンシャイン」


 薙ぎ払うは蒼炎。

 大地に振り注ぐ炎は這う様に流れ、オークを燃やす。

 上空から吹きかけられた炎の攻撃範囲は百メートルにも届いていた。


 しかし、オークも無抵抗ではない。

 上空に居る事が分かったのなら、飛竜に搭乗した部隊が撃ち落とさんと数十騎の部隊で迫る。


「雷鳴牙突!」


 けれど真下から金色に光る何かが飛来。

 飛竜を貫いた。


 その金色は、槍に纏われた雷の光だ。

 飛竜に電流が流れ、騎乗するオークも一瞬で焦げた。


 その物体は空中で軌道を直角に曲げ、反転し、縦横無尽に空を翔ける。


「韋駄天」


 次男ヨーダが操るのは【天嵐てんらん】の神操術。

 それは風と雷の複合スキル。


「悪いな兄さん、獲物を横取りしてしまったようだ!」


「ヨーダか、別に構わん。

 カイシム、お前も力を使え」


 いつの間にか近くまで来ていたカイシムは、小さな白い雲に座っている。


「けっ、しゃあねぇな。

 まぁ攻撃範囲でいやぁ、俺が一番広ぇからなぁ」


 雲の上に立ち、そのシミターを天空へ向けた。

 瞬間、空を覆っていた雲が形を変え始める。


 【曇天】の神操術。


 雲が数多の剣に姿を変え、凝固した。

 その刃が眼下に広がるオークへ向いた。


「刺し殺せ、雲剣の雨クラウドレイン


 雲で造られた剣が、一斉にオークへ落ちる。

 原形が雲であるにも関わらず、その殺傷力は通常の剣戟以上。

 落下速度の加わった剣の雨に、オークは逃げ惑う。

 しかし、雨から逃げる事など不可能であり。


「あっけねぇなぁ……」


「まだまだ残っているがな」


「あぁ、流石に10万もいると骨が折れそうだ!」


「まぁ、掃除でしかねぇよ」


 そんな会話の最中、カルナの持っていた通信用の魔道具が光った。


 送られて来た信号の内容を三人が同時に理解する。


 内容は……『儂がやる』。


「まっじぃ……!」


「退避した方がいいんじゃないか!?」


「あぁ、それが良さそうだ」


 しかし、そんな言葉を待つ事は無く現象は起こる。

 空が赤く染まった。


 力の奔流。

 原初の光。

 空の怒り。

 滅亡の狼煙。


 異名の名は数知れず。

 しかして、それがその男の代名詞である事は王都に住む殆どの者が知って居るだろう。


 あまねく戦いを駆け抜け、数多の敵を葬り去った人類にとっての希望の火。


 【天空】の神操術。


「全員、全速力で退避しろ!」


 カルナの叫びと同時に、三兄弟は基地の方角へ向けて全力で加速する。


 それでも、天を覆う赤は光を強め。

 瞬間、天の雲が円を描く様に開く。



 ――メテオストライク。



 オークは、天を見上げ動きを止めた。

 何をしても、その定めより開放される方法はないと自覚したからだ。


 爆発範囲は直系500メートル。

 巨大な岩石と炎の塊は、豚の群れに何もさせず蒸発させた。




 ◆




『お目覚めですか?』


 俺は目を開ける。

 言葉の通り目覚めたという表現が近い。

 朝から休憩も無く戦い続けていた。

 流石に疲れも溜まったのだろう。


 あれ、そういや俺何してたんだっけ……?


 確か……大渓谷に落ちて、変な奴等の後を追けて……


「……ここは!」


『当機は虚数式宇宙船ニーズヘッグ。

 始めまして、わたくしはこの船の統括管理人工知能レイシアと申します』


 声は聞こえる。

 女の声だ。

 けれど、その姿は見えない。


 いや、そもそもここは何処だ?


 一面緑の草原だ。

 太陽も浮かんでいる。

 遥か地平線までなだらかな大地が続いている。


 体を起き上がらせ立ち上がり、俺は後退る。

 すると、後頭部がこつんと音を鳴らした。


「透明な壁……?」


 ペタペタと触れる事ができる。

 横向きに移動してみても同じ壁がある。

 どうやらこの壁は四方を完全に囲んでいるらしい。


「俺は捕らえられたのか?

 クソ、姿を見せたらどうだ!?」


『姿……ですか。

 私は構造はあっても視覚的な一定情報は存在しませんが。

 しかし、その方が都合が良いのであれば』


 一瞬で壁の外に女が現れた。

 肌も髪も白い雪の様な女。

 衣服も見た事も無いデザインでメインカラーは白で統一されている。


 医者や神官が着る白衣にも似ているが、少し毛色が違うというか、女性用にカスタムされた服装だ。


『ナース服をカスタムした物ですが、どうかしましたか?』


「服なんかどうでもいい。

 お前は何者なんだ?」


『レイシア、と申した筈です。

 詳しくという意味であれば、貴方達地上の民とは分岐した地底の民が作り上げた高度文明の結晶。

 演算装置です』


「地底……だと?」


『えぇ、ここは地下200m程に位置する空間です』


 上空には太陽。

 足元は草原だ。

 それで地下だと……


「馬鹿にしてるのか?」


『なるほど、説明しなければならない事は多そうですね。

 しかし、それより先に宣言致しましょう。

 私は貴方の敵ではございません。

 味方という訳でもありませんが。

 私が現時点で貴方に望む関係は取引相手です』


「俺に何を期待してる?」


『現在、当機は製造過程にあります。

 私の望みはその完成のみ。

 その為に必要な素材の入手を貴方に依頼したい』


 この女は異様だ。

 生きている感じが全くしない。

 死体が動いている。

 そう言われた方がしっくりくる。


 感情が無く、瞳に光は感じられない。

 なのに、知能とか合理さとか知性は感じられる。

 というか、ただそれしかない。


わたくしはミスを犯しました。

 私は地底を豊かにし過ぎた。

 私は彼等の危機を排除し、娯楽によって堕落を誘い、政治の全てを掌握しました。

 ですがそれ故に、大事な力を失ったのです。

 人から生まれる筈だった英雄の遺伝子。

 種の存続の危機にのみ現れる繁英個体はんえいこたいの力を』


「繁英個体……なんの話だ?」


『貴方の肩に輝く黒い文字がその証です』


 女の指し示す俺の右肩。

 落下の衝撃で装備が剥がれ露出している。

 そこに俺は視線を移した。


「……今更、なんだよ」


 無意識に涙が頬を伝った。

 間違える筈もない。

 見紛うはずもない。


 俺が今まで望み、それでも終ぞ目覚める事は無いと思っていた力。

 神操術の証が、俺の肩には存在した。


『この虚数空間への侵入が引き金となり目覚めたのでしょう。

 同種の死を憂う意思。

 並ではない肉体の研鑚。

 そして、発現するまで分からない属性を知見できるかという幸運と知性。

 全てが揃う事で、遺伝子に刻まれた力は目覚めるのですから』


 クソが、諦めてた筈なのに……

 なんでこんなに嬉しいんだよ……


『おめでとうございます。

 貴方は英雄へ至る扉を開きました』


「はぁ……

 今俺は気分が良い。

 お前に敵意が感じられないのも事実。

 分かった、お前の話を聞いてやるよ」


 【虚空】の意を示す紋章を眺めながら、俺はレイシアにそう言った。


『はい。

 必ずや、貴方のメリットとなる取引を提示できる事をお約束致しましょう』

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