第7話 突撃
相手はオーク。
その特性は胃と腸だ。
彼等は殆どの物を喰らう事ができる。
肉や骨や皮に止まらず、草も木も花も炭素で構成される全てを栄養に変換できる消化能力と栄養吸収力。
その強靭な腸内環境は、全身のスタミナや筋力と言った全てのパラメータを強化する。
人型魔物の中でもオークの数は多い。
それは他種と交配できるゴブリンに次ぐ総数だ。
種としての強さは個体の屈強さではなく、適応能力にあると教えてくれる良い例だろう。
「まぁ、龍種とか圧倒的な個体としての強さを持つ種族もそれはそれで脅威だけどな」
「それで何日も掛けてこの基地へ進軍できたって訳か」
「だからあんなにブクブクちゃんなんですね」
「装備は携えたし、連携も整ったわ。
後は、作戦だと思うのだけれど」
4日の遠征により、俺たちは初日の報酬を合わせてかなりの利益を得た。
しかしその金も死んでしまえば水の泡。
惜しむことなく装備に使った。
まずはラーンの槍。
耐久力の面で言えば、一般的に使われる素材の中で頂点とも言われる黒鉄。
それに黒曜石を練り込んだ材質で造られたそれは黒一色に覆われ、高い耐久力を持つ。
神操術を使えるとは言え、赤鬼の魔槍は槍を扱うスキルだ。
槍その物が壊れると使い物にならない。
ならば、壊れにくい槍で戦えばいい。
値段は125万マイル。
購入した装備の中でぶっちぎりの最高金額だ。
次にアナスタシアの杖。
杖は魔力を予め装填して置く事ができる。
アナスタシアが元々持っていた杖でも、魔法1回分の魔力を次の日に持ち越す事ができた。
今回購入した杖。
『光雷石の錫杖』は光と雷属性の魔力を1回分づつ計2回分装填可能。
更にその属性の魔法の威力を向上させる効果がある。
これで1日に計6度の魔法を使用できる訳だ。
53万マイルと結構値段がした。
モルジアナの弓は単純な上位互換だ。
元々の弓は普通の木と糸で造られていた。
それを魔物の素材に変える事で、単純に威力と耐久力が強化される。
更に魔法矢を幾つか購入した。
発射された瞬間に属性を帯びる矢。
1本1万マイル。
5属性の矢を3本ずつ購入した。
最後は俺の武器。
飛行船を含めた様々な発明品。
その全ては、必ずしも天才が創り出したという訳ではない。
四大陸の内一つ。メタル大陸。
王都があるヒイロ大陸の次に発見された大陸で、まだ海の魔物に怯えながら船で移動していた頃に発見された。
そこには身体構造の全てを金属で補う生命体が生息している。
その機構を分析し、応用開発する事で人類文明は飛躍的に進歩した。
俺が購入した武器はその最新兵器。
電気拳銃『インドラ』。
魔石を装填する事で、アナスタシアの使う『ライトニング』に似た魔法を発射できる。
その際に装填した魔石のサイズと魔力容量によって威力が上下する。
通常弾も撃てるが、戦場で弾薬を補給している暇はない。
魔石なら敵を倒せば手に入る。
この武器はおあつらえ向きだ。
ラーンが覚醒した事でオークの上位種を何匹か狩れ、当初予定していた金額の数倍を得る事ができた。
モルジアナの言う通り準備は万端。
後は当日の作戦を説明していく。
「俺達遊撃部隊は、本体がオークと激突してからワンテンポ置いて側面を打つ。
開戦時にうちの司令官が大規模な神操術をぶっ放すから、それに巻き込まれない為だ。
他のチームも含めた300名からなる遊撃部隊が側面を殴りつけている間に、本体が前線を押していく形だな」
「そんなに上手く行くかしら?」
モルジアナの指摘は最もだ。
10万のオークの軍勢の本体に300で突っ込んだってできる事は多くない。
数で圧倒されて瞬殺されるのがオチだろう。
実際司令官もそれは理解している。
この300は捨て駒に近い。
300名のうち殆どが新人。
団体行動にまだ慣れていない者達だ。
軍団指揮に置いて、それらは邪魔になる。
要らない駒を早めに処理しておき、オークを多少でも道連れにして貰えれば御の字。
恐らくはそんな意図の作戦だろう。
だが、そんな絶望的な説明をこいつ等にするべきか。
今するのは絶望の話じゃなく、希望の話であるべきだと思った。
「可能性はある。
まずオークの動きがおかしい」
「動きっていうのは軍で見た時の話かい?」
「あぁ、監視役の報告が共有されてる。
オークの隊列はかなり疎ら。
それに武装していないオークも多数いる。
敵は『オーク軍』ではなく『オークの集まり』だ」
つまり、統率能力が機能している組織と、していない組織がある。
俺たちが戦った先遣隊は武装していて統率はあった。
しかし、全体を見ればそうじゃない。
敵軍は、通常以上にかなり密集している。
隊列も適当で、軍の動きとは言い難い。
「なんでそんな事になってるか知らないが、こっちとしては有利だ。
相手は多分、軍を大きく分割する事ができない」
斥候や上位種の別動隊。
そんな動きはあるだろう。
しかし、本体が別れる戦術はとれない。
もしその指令を出しても、それが伝達され実行されるまでかなりの時間が掛かる事が予想される。
民と兵を混在させ国ごと移動している。
そうしか思えない規模と統率の取れ無さ。
「それだとどうして有利になるんですか?
一ヶ所に多くのオークが集まってる方が面倒なんじゃ」
「恐らく、オークの前線に出て来るのは屈強なオーク。
仮に兵隊オークとでも呼ぶべき存在だ。
逆に、そいつ等が守る中腹に連携は無い。
俺等が突っ込むのは中腹なんだから、前線より敵が弱くてラッキーだ」
騎士と民間人。
侍と民草。
兵隊と農家。
オークにもそんな身分的な違いがある。
通常のオークでも獰猛さは人間より上だが、ラーンが居るこっちは継戦能力も高い。
戦術面で圧倒できれば、勝機とは呼べないまでも生き残れる可能性はある。
まぁ問題は、大将クラスが何処にいるかだ。
「ここからは俺の勝手な推論だ。
間違ってるかもしれない。
それでも、勝つために信じて欲しい」
「当然だね」
「まぁ、信じなくても凡そ死ぬのだから」
「私もアリバさんを信じます」
どうして、こいつ等は俺にこんなにも信頼を寄せているのだろう。
出会って一週間。
そんな期間で何が分かる。
それなのに、俺もこいつ等となら成し遂げられると思うから不思議だ。
「オーク共は『何か』から逃げて来た。
それ以外に、この大移動の合理的な説明はできないだろう」
俺の浅い魔物学の見解。
このイビア大陸で、その学問がどれだけ通用するかも分からない。
それでも、俺にはこれしかない。
今の状況を分析し、知識と照らし合わせて回答を出す。
それが、指揮官としての俺の務め。
「なら、オークの王は必ず最後尾にいる。
魔物の王とは、その集団における最強の個体だからだ」
何かから逃げているなら、殿に最も強い者を配置するのは必然。
そして、簡単な話だ。
敵の数が圧倒的に多い時の戦い方。
大将首を討ち取る事以外にない。
「俺たちは中腹からオーク軍に奇襲。
そのまま進路を曲げ奥を目指す。
そしてオークの王を討ち取る。
それができるのは、この基地に所属する全てのチームで俺達だけだ」
幾つ進化しているかも分からない上位種。
オークの王。
倒すには神操術が必要になるのは明白。
神操術使いはラーンと司令官しかいない。
司令官は全体の指揮という抜けられない仕事がある。
先輩兵士だって前線の押し合いからは抜けられないだろう。
なら、遊撃部隊で最も強い俺たちがやるしかない。
「最後尾から奇襲するのは?」
「それだと前線が持ちこたえられるか疑問が残る。
それに、司令官様の最初の一撃はオークの群れを混乱させる筈だ。
それを利用しない手は無い」
どうせ、王には側近が居る筈だ。
そいつ等を含めた戦闘になる事は避けられない。
暗殺は難しいと思った方が良いだろう。
「王狩りか……凄い事を考えるね……」
死ぬのは怖い。
ラーンには妹に金を送るって使命がある。
俺だって、モルジアナやアナスタシアだって死にたくない。
だから、こんな怖い事はしたくない。
自分から最も危険な場所に飛び込むなど。
そう思うのが普通だ。
だが、全体で負ければ結局俺たちは親父が来るまでに蹂躙され殺される。
敵は10倍。
使える手は全て使う。
それでもイーブンだ。
そんな絶望的な状況で……
本当にバカとしか思えない。
「それで行きましょうか」
「うん、私も賛成です」
「アリバ、必ず勝ってもう一度こうやって酒を飲もう」
お前等は、どうして笑いやがってんだ。
俺もつられて笑っちまうだろうがよ。
「あぁ、明日は勝負だ。
だが、俺が約束する。
お前等は何があっても死なせねぇ」
俺の言葉に三者は頷く。
まるでそれが当然の様に。
◆
俺たちは杯を交わし合い、明日に向けて休みを取った。
俺は少しだけ残って、一人でチビチビと酒を飲む。
夜空に浮かぶ星の輝きを眺めながら。
「この大陸から見える星は奇麗だろう?」
白亜に輝く髪を靡かせる。
その姿は神々しさすら覚え、けれど同時に儚さを感じる。
声を掛けて来たその女の名を俺は知っていた。
この前哨基地の全権保有者。
イビア大陸前哨基地総司令。
「ユキノ・マクスウェル……司令官」
「今はそこまで仰々しくなくていいよ。
楽にしてくれ、君と少し話がしたかっただけなんだ。
隣、失礼するよ?」
「どうぞ」
事実上この基地のトップ。
そして数日前に覚醒したばかりのラーンとは、別格の神操術使い。
雪の女王の異名で知られる最強の一角。
それが、隣で酒飲んでるよ。
「さっきまでの君たちの話。
悪いが少し聞こえてしまった」
「……勿論、司令官のオーダーに逆らうつもりはありません。
ただ……」
「いや、良いんだ。
この基地の方針としては君の方が正しい。
各々が自分で考え、最適で最善な生き残れる可能性を模索する。
それが私が考える、この基地の在り方だ」
じゃなきゃ、直ぐに死んでしまう。そう付け加えて彼女は酒を煽る。
「けどいいのかい?
相手のボスに挑む。それが君の作戦だ。
その死亡率は基地に居る人間の中でトップだぞ」
「分かってますよ。
でも、誰かがやらないと全員死ぬ。
それは、貴方も理解している筈だ」
「もしかしたら、敵は強くないかも。
もしかしたら、上官たちは思ったより強いかもしれない。
もしかしたらもしかするかもしれない。
そんな逃げ道は幾らでもある。
なのにどうして『自分がやる』と言えるんだい?」
諦めるのは簡単だ。
もう何もせずに済む。
誰かに期待していればそれで済む。
間違えたらそいつのせいにすればいい。
期待するのは誰でもいい。
友人でも家族でも、兵士でも英雄でも。
そうして、俺は身勝手な奴らに叫ばれた。
『出来損ない』だと。
「同じになりたく無かっただけです。
俺を出来損ないだと侮る有象無象と。
それに自分で何もせず、ただ幸運を願うだけで何とかなる程現実は甘くないでしょう?」
「そうか……君は強いな……
なら、私も君の考えた作戦を支持しよう。
好きにしたまえ。
そして私の役に立ちたまえ。
その為に、君にこれを渡しておく」
机に転がされたのは青白い石だった。
魔物の魔石に近い雰囲気だが、サイズは拳大程もある。
「私が討伐した中で最も強かった魔物。
白氷龍の魔石だ。
君のその銃で使うといい。
オークの王にも傷くらい与えられるだろう」
「良いんですか?」
「どうせ私にとっては記念品だ。
今この場所に記念を大切にする余裕は無いのは、君も知っているだろう?」
俺の銃『インドラ』は弾にした魔石の強さで威力が変化する。
龍の魔石ともなれば、その威力は神操術の一発に匹敵するだろう。
「確かに。
余裕が無いのは俺も同じ。
遠慮なく貰っておきます」
酒を飲もうとして、杯が空になって居る事に気が付いて、聞きたかった事があったのを思い出した。
「そう言えば、なんでラーンを引き抜かなかったんですか?
神操術使いは貴重です。
本体に配属させればもっと強固な力になった筈でしょう?」
ラーンの覚醒は報告してある。
けれど彼女は特に何の対応もしなかった。
「私がこの大陸で力に目覚めた時、前任は君の言った事をした。
その時私は、今までやって来た戦術や戦略や仲間と全く異なる環境に、焦り、混乱し、狼狽え、何もできなかった。
多くの人の期待を裏切り、多くの仲間を殺したよ。
そんな経験があるからだろうね。
だから、できれば死なないでくれ。
それでは」
そう言ってユキノ・マクスウェルは席から立ち去って行った。
その姿は、俺とは別の新人チームのリーダーの所へ向かう。
全チームに声を掛けているらしい。
激励か、安心させる為か。
新人を
いや、それは俺の勝手な想像か。
それができるから、この基地はまだ存続しているのだろう。
手法がどれだけ非道で血濡れていても、それで多くの人が助かるのなら、外道に手を染める事を厭わない。
その姿を、俺はかっこ悪い物とは思わない。
◆
戦場に透き通りの良い声が響く。
岩壁に隠れ、タイミングを伺う遊撃部隊。
総数300の冷える心を激励する様に。
声は響く。
「――
司令官の声と共に。
宙を浮くその美しい姿の背後。
氷で造られた、六枚の巨大な花弁が顕現する。
氷の花弁は回転を始める。
ゆっくりと、指令の手がオークへ向けて振り下ろされる。
「射出」
連続して六枚の花弁が、オークの密集地へ突き刺さる。
その花弁は着弾した瞬間に破裂。氷の竜巻を発生させた。
花弁の周囲に居たオークが凍てつき、蹴散らされていく。
ラーンとは年季が違う。
圧倒的な高火力。
【氷雪】の神操術。
その一撃を合図とし、俺は叫ぶ。
俺「が」叫ぶ。
味方を死地へ送り出す。
この戦いに意味がある事を必ず証明すると、貴族としての誇りを持って扇動する。
「行くぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます