第6話 魔人と無能


 ラーンの手の紋様を暫く検分し、俺の知識と照らし合わせた。

 分かったのは、間違いなくそれが神操術の覚醒に伴う紋章であるという事だ。


「中央に描かれた模様には属性が。

 それを囲う円形の模様は第一のスキルを表している。

 読み上げるぞ」


「アリバ……」


 不安気に俺を見つめるその顔を真っ直ぐ見返す事は、今の俺にはできなかった。


「古代語を読めるなんて随分と博識なのね」


「前に勉強した事があるだけだ」


 古代語は大昔の人間が使っていたとされる言語だ。

 しかし、どうしてその文字が神操術の覚醒で体に現れるのかは分かって居ない。


「お前が目覚めた力の名は【魔人】。

 第一スキルの名は【赤鬼の魔槍】。

 神操術のスキルは直観的に使い方が分かる。

 それに、使っていけば新たなスキルが解放されたり、そのスキル自体が進化する事もあるらしいから、まぁ精進しろ」


 俺の淡々とした説明を3人は黙って聞く。


「聞いてくれアリバ……

 僕はそれでも……」


 その先をラーンが言う前に。


「ラーン」


 俺は、ラーンの胸を拳で叩き。


「良かったな」


 そう言うのが限界だった。

 荷物を纏めてから、俺達はオーク狩りを再開する。


 歩き始めても、俺とラーンは一言も会話しなかった。

 俺が発するのは最低限の報告と指示だけ。


 最早連携は存在し無い。

 いや、そんな物は必要が無い。


 赤鬼の魔槍。

 そのスキルを発動した瞬間、ラーンの持つ槍の先が赤く染まる。


 同時に突きがオークの体を少しでも掠めれば、その傷から大量の血が槍に吸収されて行く。


 吸収された血液は、槍を伝ってラーンにまた吸収される。

 その効果は「相手の血液を奪い衰弱させ自身の体を回復する」という物だった。


 槍での攻撃が命中する度に、ラーンは自身の損傷の全てを回復する。

 その効果は俺のヒーリングの数段上。


「す、凄いですねラーンさん!

 これなら4日後の戦いでも生き延びれるかもしれません!」


 無言に耐えかねたアナスタシアが、気遣う様に明るく振舞う。

 正直、助かったと思った。


「ありがとう。

 アナスタシアも怪我してるみたいだけど大丈夫かい?」


「いや私どんくさくて。

 昨日の戦いの最中で転んじゃったんですよ……」


「この槍の先端に少しだけ触れて見て」


「え、分かりました」


 アナスタシアが槍に触れた瞬間、槍の赤みがアナスタシアに吸収される。

 そして、アナスタシアの膝にあった傷が完治する。


 紋章には、ある程度そのスキルの効果が記載されている。

 それを見た俺は今の効果も知っていた。

 奪った血液は、自分以外の回復にも使用できる。


 つまり俺のヒーリングは、このチームに置いて何の意味もない力となった。


 それを理解したらしい。

 アナスタシアがやっちまったって表情で俺をチラリと見る。


 更に神操術には、デフォルトで身体強化の力がある。

 剣術しか取り柄の無くなった俺と。

 圧倒的な強さと万能性を手に入れたラーン。


 その差は歴然だ。



 どうしてだ。

 古代語を学んだのは、いつ覚醒してもいい様に。

 それに、覚醒のヒントがあるかもと思ったからだ。


 スキルの事を調べたのも同じ。

 親父や兄貴に聞いてみたりもした。

 博識者の所に通ったりもした。

 論文を読み漁った。


 体だって鍛えた。

 武術だって修めた。

 魔法も、知識も、力も。


 全ては、神操術に覚醒する兆しになればと思ったから。


 なのになんでだよ。

 なんで、俺じゃ無くてあいつなんだ。


 っはは。

 仲間が新たな力を手に入れたってのに。

 仲間がずっと強くなったってのに。


 そんな良い事しかないのに、こんな勝手なプライドを持ち込んで素直に喜ぶ事もできないのかよ、俺は。


 クソが。

 しょうもねぇ。

 みみっちい。

 我ながらちいせぇ男だ。


 だから、俺じゃねぇのかな……



「アリバ…………?

 ……アリバ!

 返事しなさい!!」


「あ、あぁ悪いなんだ?」


「だから、ラーンのお陰で午前だけで昨日以上の魔石が手に入ってるからちょっと休憩してもいいんじゃないかしらって?」


 見れば魔石の数は既に昨日より30個程増えていた。

 今のラーンの戦闘に危うげは一切無い。

 傷を受けてもスキルで即座に回復する。

 ラーンは継戦力という意味では最強に近い。


 このペースなら稼げる金に不安はない。

 潤沢で十分な装備を買えるだろう。


「分かった。

 そうしよう」


 小さな泉を見つけ、その脇で休憩する事になった。


「私、皆の分の水筒に水を汲んでくるわね」


「助かるよモルジアナ、僕も手伝おうか?」


「ありがとう、でも大丈夫。

 アリバ、着いて来て」


「あぁ」


 円形の泉の反対側。

 ラーンたちに話が聞こえない距離まで移動して。

 モルジアナは俺に言った。


「今の貴方、居る意味無いわよね」


 その言葉を聞いた瞬間、俺はモルジアナの胸倉を掴み上げ、モルジアナが持っていた水筒が地面に転がった。


「テメェ、もう一回言ってみろ」


 ドスを利かせた俺の声に。

 それでもモルジアナは平然と言い返す。


「ぅ……居る意味無いって、言ってるのよ……」


「お前も俺を莫迦にするのか……!?」


「誰よりも自分を莫迦にしてるのは、貴方自身でしょ」


「そんな訳あるか。

 親父も兄貴たちも、周りの奴等も話した事もねぇ観客ですら俺に言った。

 お前に、俺の何が分かる」


「知らないわよ。まだ出会って数日だもの。

 でも、その数日の事なら知ってる。

 貴方には力がある」


「ねぇよ!

 俺の剣はラーンの槍に劣る。

 俺の魔法はラーンの力の下位互換だ。

 俺は……」


「ほら、そうやって自分を卑下する」


 するりと、手が彼女の胸倉から抜ける。

 手が震えて、籠る力が弱くなる。


 分かってる。

 分かってるんだ。


 誰が見たって、どう見たって俺に親父や兄貴たちほどの力が無いのは事実だ。


 俺に才能は無い。

 その事実を受けているのが怖かっただけなのだと。


 自分の無力を棚に上げ。

 親父や観客に文句を言って。

 無能を世界のせいにした。


 でも、それを認めちまったら……

 もう俺は自分の足で立つ事を諦めてしまうと思って。

 だから、今まで言い返して来た。


 けど、ラーンにすら負けた俺は。


「俺は結局……」


「貴方はリーダーよ」


 青い瞳が俺を射る。

 籠る感情は悲しみか憂いか。

 けれどその瞳は、確かに信念を語っていた。


「貴方は私に慧眼なんて言ったけれど。

 でも私は、所詮その程度。

 ただ貴方が何をしたいのか分かるだけ。

 けれど貴方は違う、貴方には何をすればいいのか決める力がある」


 今度は、モルジアナが俺の胸倉を掴む。

 一瞬も見つめる瞳を違えることなく。

 一心に覚悟を伝えて来る。


「私は姉だから、アナスタシアを護らなくちゃいけないの。

 貴方を選んだのはその為。

 あの子が死なないのなら、私は貴方の奴隷にだってなって上げる。

 だから命令しなさい。

 それが貴方の役割でしょう?」


 俺とは違う。

 何もせずとも生きられた貴族オレとは違う。

 生死を彷徨い絶望を知ったその瞳の質量はラーンと同じ。


 きっとそれは死に物狂いという鬼の名だ。


「ラーンも私もアナスタシアも。

 貴方を必要としている。

 貴方に期待しているの。

 だから、私達の力は全部貴方の物。

 それはきっと、ラーンも同じ事を考えていると思うわよ」


 リーダー。

 リーダーか。

 そうだった。


 その言葉の意味を、俺はちゃんと理解しなきゃ行けなかった。


「ねぇ、誰が死ぬまでそうしているつもり?」


 俺の判断で仲間が死ぬ。

 その事実を認識もせず、都合だけでカシラは張れない。


「お前、割と熱い女だったんだな。

 雰囲気違うぜ」


 俺の胸を放し、彼女は一歩距離を取る。

 小さく「うるさいわね」と呟いて水筒に水を入れ始めた。


「お前の言う通りやってみる。

 色々、悪かった。

 ……マジで、助かった」


「良いわよ。

 仲間なんだから、当然の事を言っただけ」


「そうだな。

 じゃあ俺も遠慮なしで命令するから覚悟しとけよ」


「えぇ、それでいいのよ」


 そう言って微笑むこいつの、エルフ特有の面が良さにムカついた。




 ◆




「ごめんアナスタシア。

 色々と気を使わせちゃってるよね」


 杖の手入れをしているアナスタシアへ向けて、同じように槍の手入れをしているラーンは呟く様にそう言った。


「いえ私は別に。

 ラーンさんの方こそ大丈夫ですか?

 なんだか居心地が悪そうというか……」


「あいつが目覚めるべきだったんだよ」


 虚無を見つめてするそれは独白だった。


「アリバさんの事……ですよね?」


「そう。あいつ程、神操術の為に努力した人なんていない。

 なのに、僕はただの幸運でこんな力を得てしまった。

 申し訳が立たないよ」


 幸運と言う彼を見て、そんな事は無いと口に出そうとして止めた。


 それは言っても仕方のない事だ。

 アナスタシアがどれだけラーンという少年を気遣っても、それは彼の抱える問題の解決にはなりはしない。


 自分は彼の事をそんなに知らない。

 そんな自分ではその心労は癒せない。


「僕は誰にも死んで欲しくない。

 もう、父さんや母さんの様に失うのは沢山なんだ。

 家族も仲間も、必ず守る。

 その為にはアリバの力が必要なんだ。

 この力のせいであいつを失うのなら、どう考えてマイナスだよ」


 ならば今の自分アナスタシアに出来ることは、健全な答えに辿り着ける様に「問う」事。

 それしか思いつけなかった。


「それは、逃げてるだけじゃ無いんですか?」


 家族を失った。

 そういう意味ではアナスタシアとラーンは似ている。


 死んでしまった。

 捨てられた。


 という違いはある。

 けれど、結果的には同じ事。


 それなら、ラーンの言葉は間違っている。

 アナスタシアにはそう感じられた。


「どういう意味だい?」


 魔物に向けるような怖い瞳を浮かべて。

 ラーンはアナスタシアを睨んだ。

 小心者のアナスタシアだが、それでも震えを抑え自分の考えを話す。

 きっとそれが、相手の為になると信じて。


「私は両親に捨てられてから、ずっと姉さんと一緒に生きてきました。

 姉さんは見ての通り優秀で聡明で、姉さんが居なかったら私はとっくに死んでいたと思うんです。

 でもある時、私はただ姉さんに寄り掛かってるだけなんだって気が付きました」


「寄り掛かる……」


「それから私は料理と魔法を憶えました。

 姉さんの役に立ちかったからです。

 頼るって、きっと一方通行じゃ駄目なんだと思うんです。

 相手アリバさんの事を思うなら、ラーンさんは『悪いな』なんて思いながら戦うべきじゃ無いんじゃないですか?」


 瞳に向き合って。

 昨日今日会った関係だからこそ。

 誠心誠意が伝わる様に。


「ラーンさんの力は、きっと私にとっての料理や魔法なんだと思うんです。

 それがある事でアリバさんが楽をできたりもっと頑張れたりする筈で。

 だから、そういう思いで使うべきなんじゃないですか?」


「……」


「あ、はは……なんか自分で言ってて良く分かんないですね。

 ごめんなさい、私すっごい馬鹿なんで……」


 頭を小突きながらそういうアナスタシア。

 しかし、ラーンがそれを見る表情には先ほどの剣吞な雰囲気は感じられない。

 寧ろ微笑みさえ浮かべていた。


「いや、君の言う通りだよ。

 君が馬鹿って所以外はね。

 僕はあいつの槍になる。

 きっとそれが正しい在り方だ。

 そもそも、あいつが神操術を使えないのは僕のせいじゃ無いしね。

 戻って来たら、司令塔のクセにぼーっとするなって一発くらい殴ってやろうかな」


「いえ、それは多分大丈夫だと思いますよ。

 姉さんちょっと怒ってましたから。

 向こうでこっ酷く言われてると思います」


「確かにモルジアナはちょっと怒ってたね……」


「姉さんは怒ると怖いですから。

 ラーンさんも気を付けた方がいいですよ」


 えへっと笑うアナスタシアに、ラーンも頷いて今度は悪戯っぽい笑顔で言った。


「あぁ、そうするよ。

 でもアナスタシア、僕も君に一つ説教してもいいかな?」


「えっ。私何かしちゃいました?

 さっきの話、本当は怒ってるとか……」


 怯えながら恐る恐る聞き返すアナスタシアに、ラーンは微笑みを浮かべて応えた。


「敬語とか敬称とか、僕等は仲間なんだから要らないと思うんだ」


「えとでも、ラーンさん……」


「ラーン」


 頬を赤面させ、顔をに両手を当てながらアナスタシアは照れる様にラーンの目を何度か見つめながら意を決して口を動かした。


「うぅ……

 ら、ら、ラーン……………………さん」


「おらテメェら、イチャコラしてねぇで作戦会議すっぞ」


「名前呼ぶくらいで何照れてるのよ」


「アリバさん! 姉さん! いつの間に!?」


「あはは、アナスタシアは面白いよね」


「ラ、ラーンさん! 私をハメましたね!」


 アナスタシアの後ろから二人は現れた。

 という事は、角度的にラーンには二人が戻ってきている事に気が付いていたという事だ。


 それにアナスタシアも気づき憤慨する。

 けれど、怒りとか恥ずかしさの熱が混在した脳は、正常な判断を許してくれない。

 そんな様子を三人は笑う。


「ラーン、悪かった」


「うん、大体君が悪いね」


 一番槍エース司令塔リーダーは握手を交わし。


「うっせ、折角力を手に入れたんだ。

 今までの数倍は働かせるかんな」


「いてっ……

 分かってるよ、任せてくれ」


 膝を蹴っ飛ばしてから、今後の方針を決める作戦会議は始まった。




 金を集め、装備を整え、戦術を作り。

 そうして、時は瞬く間に進んで行く。


 オークとの激突まで残り1日。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る