第5話 防衛用意
伝令は一夜にして前哨基地を走り抜けた。
それに伴い敵の詳細な情報も開示される。
回されて来た文書を目を通して、俺は眩暈を憶えた。
それを受けて、俺たちは作戦会議と朝食を兼ねて酒場に集合した。
「まず僕はラーン。
改めてよろしくね。
モルジアナ、アナスタシア」
「よろしくお願いしますラーンさん」
「えぇ、よろしくラーン。
昨夜は勝手に話を進めて悪かったわね」
「いいや、リーダーはアリバだからね。
その決定に従うさ」
いつの間にかリーダーになっていた。
まぁ、言う事を聞いてくれるってんなら聞いて貰うとしよう。
防衛任務は強制参加だ。
まぁ、この基地が落ちればどうせ全滅。
だったら、少しでも抗ってやる。
基地は魔大陸の最南端に位置している。
後ろは海に面した崖で逃げ場はない。
現在調査が進んでいるのは、イビア大陸の約10%。
それ以外の領域は飛行船で上から見た情報しか無い。
しかも、奥へ行くと飛竜なんかも生息してるから中心部の地形なんかは飛行船でも分かってないのだ。
最南端に前哨基地を置いた理由は2つ。
北西が森になっていて森の魔物はあまり外に出てこない事。
そして北東の荒野にある大渓谷の存在だ。
通常の生物が跳躍で移動できる範囲を大幅に超える面積と下が見えないほどの深さを持つ大渓谷が、この基地を守ってくれていた。
その大渓谷の先の領域を『本土』と呼び、それ以降に調査へ向かって帰って来た者は神操術使い4人で組まれた冒険者チームの内、2人だけだ。
「まずは防衛作戦の内容を確認するぞ」
飯が運ばれて来たのを見てそう切り出す。
全員が俺を見て頷いた。
「日時は5日後の昼。
基地の手前の荒野が戦場だ。
基地に籠る事はしない」
籠っても、魔法やブレスで一掃されかねないから。
「相手はオーク。
集団レベルは部族国家級。
トライバルコロニーだ。
敵総数は10万。
対してこっちの戦力は1万」
改めて、絶望的な戦力差だな。
ただ、敵の99%は通常種。
オークの通常種なら、俺やラーンでも一対一で負ける事は無いだろう。
「上位種の数は千体前後。
上位種になってくると一対一で普通の人間が勝つのは難しい。
魔法系なら隙を突ける可能性はある。
しかし、近接系はかなり厳しいだろう。
「最悪ね、絶望的な戦力差じゃない」
合えて俺が口に出さなかった事実を、モルジアナが指摘する。
しかしそれは全員が理解していた事だ。
ラーンもアナスタシアも微妙な表情をしている。
とは言え、俺達の司令官も馬鹿じゃない。
これは無謀な特攻をかまそうって作戦じゃない。
「まず後7日耐えれば飛行船が往復して帰って来る。
そこには、俺が一番見たくねぇ面の男が乗ってる」
「大英雄のお父さんか」
親父の神操術ならオーク数万体を倒す事も可能だろう。
誇張抜きで天地を割る。そんな英雄様だ。
「あぁ。
それに相手は所詮オークだ。
知能も文明レベルも俺達は遠く及ばない」
戦略的なアドバンテージはこっちにある。
それにこっちには「魔道具」がある。
飛行船を始めとした魔力で稼働する様々な道具。
これは、オークには無い文明兵器だ。
「それで、私達は何をするんですか?」
「俺たちはまだ入って一週間の新人だ。
今から軍略的な動きを叩き込もうと思っても無理が出る。
それを上も分かってる。
だから、俺たちの仕事は遊撃」
戦場を好きに駆け回り、できるだけ多くの敵を倒せ。
そんな、単純明快な役割。
「一応、一方通行の通信用魔道具が渡される。
それで大規模攻撃は各自避けろって感じらしい」
「大味だね……」
「大雑把……」
「不安です……」
二日耐える。
それがこっちの勝利条件。
そして、俺達の役目は相手の隊列を引っ掻き回す遊撃。
正直、死亡率に関して言えば一番高い役割だ。
「けどその無理難題を成し遂げるために、俺たちは5日で強くなる必要がある」
「いまから修行でもするのかい?」
「頑張ったら神操術に覚醒するかもしれませんしね!」
「な訳ねぇだろ、アンポンタン共」
「アンポンタン……」
がっくりと肩を落とすアナスタシアに、あははと渇いた笑いを浮かべるラーン。
モルジアナだけは分かって居そうなのでそっちに話を振る事にした。
「モルジアナ、お前は分かったみたいだな」
「えぇ、お金を稼いで装備を新調したいって事でしょ?」
「そういう事だ、どうせ食料や消耗品も買い込んでおく必要があるし金は幾らあっても足りん」
それに魔道具の力は強力だ。
魔法よりよっぽどコストも低いし、予め充填して置くタイプの物もある。
そもそもラーンとモルジアナは魔法を使えない訳だし。
魔力が余るなら使わない手は無いだろう。
「なるほど、そういう事か」
「最初からそう言ってくれればいいじゃないですかぁ~」
そんな簡単に神操術が覚醒する訳がない。
それは俺が一番身に染みて知っている。
そして、武術も魔法も一朝一夕で鍛えられたりできるモンじゃない。
「確か、オークの討伐報酬が倍近くまで上がってたわね」
「あぁ、先遣隊のオーク共が荒野や森を跋扈してるからな。
俺等が標的にするのはそいつ等だ」
「分かった」
「私も賛成」
「頑張りましょう!」
◆
昨日手に入れた金で消耗品と食料を持てるだけ買い込み、俺たちは荒野へ向かった。
茶色の大地に覆われた荒野には、植物も何種類か生息している。
魔物は森で遭遇する者よりも多少強いが、密集率はそこまで高くない。
大地の隆起もあり、岩陰などの隠れる場所も意外とある。
「俺とラーンが前衛。
エルフ姉妹が後衛だ」
「「了解」」
「はい!」
早速発見したオークの先遣隊。
その数は5体。
こっちより数が多い。
けれど、相手も指揮系統が存在する軍だ。
単独の奴を探すなんて現実的じゃない事はしない。
オーク共の進行方向にある岩陰に隠れた俺達は、そいつ等が通過する瞬間まで息を殺す。
「俺とラーンで後ろ二体をやる。
弓は一呼吸遅らせて一番前を狙え。
アナスタシアは待機」
戦闘で重要なのは戦力じゃない。
接敵の仕方だ。
その瞬間にどれだけの傷を与えられるか。
もしくはどれだけ傷を抑えられるか。
それで殆ど決まる。
指を3本立てる。
振って2本に減らし。
1本まで減った次の瞬間、俺とラーンが同時に飛び出す。
俺達が影から飛び出す位置を通過した直後のオーク。
完全にその背後を取った。
直剣が首の骨を折る。
槍が心臓を貫く。
「ブモォォォォォ!」
豚の叫び声が木霊する。
それを聞きつけ、前を歩いていた3匹が振り返った。
瞬間、隊列が反転し最後尾となったオークの頭に矢が刺さる。
残り2匹。
「右は任せる」
「あぁ、左は任せたよ」
ラーンの火傷は基地の術士に治させた。
万全のこいつの槍術なら、オークなんざに遅れは取らねぇ。
そして、それは俺の剣術も同じだ。
オークの心臓から魔石を抜き取る。
魔道具を作成する為に必須の素材であるこの魔石は、値崩れする事は殆ど無い。
そしてこれはオークの討伐報酬としての価値もある。
「大体1つで500マイルくらいですよね?
で、倍になってるから1000マイル。
5匹倒したから……凄いです一度の戦闘で5000マイルも稼げました!」
「魔石の売却金額は通常通りで、討伐報酬だけが倍になってるから一体当たり750マイルだけどな」
「5000マイルだとしても普通に酒場で半日も働けば稼げる額よ?
命賭けにしては少ないくらいだと思うわ」
「うぅぅ……」
「アナスタシアは明るくていいよね。
君の声を聴いているだけで元気になれるよ」
「ラーンさぁぁん! ありがとうございます!」
なんのコントだ。
回収した魔石を荷袋に仕舞い始めた2人を眺めていると、小さく呟きが漏れた。
「一体当たり750マイル。
モルジアナの矢が一本200マイル。
俺たちの武器や防具にも金が掛かる。
思った以上に稼げてねぇ……
もっと倒さねぇと」
森なら採取で手に入る売却物も多い。
金額だけ見るなら森の方が上だ。
今からでも変えるべきだろうか?
その独り言が聞こえたらしい。
モルジアナが俺に声を掛けて来る。
「矢は使い回すから大丈夫。
荒野に来たのは戦場の地形に皆を慣れさせるためでしょ。
貴方の判断は間違って無いわ。
それにエルフの聴覚は折り紙つきよ。
奇襲を仕掛けられるようなヘマはしない」
「耳もいいんだな」
「そう言えば、昨夜言ってた『目が良い』ってどういう意味だったのかしら?」
「俺はお前に何も言ってない。
ゴブリンと戦った時なんて初対面だ。
なのに、お前は俺が行おうとしていた作戦や、何故失敗したのかまで理解していた。
今回も、言ってない俺の考えをお前は俺の行動から逆算して理解してる。
それは間違いなくお前の持つ特別な力『慧眼』だ」
「……褒めても何も出ないわよ」
そう言いながら、矢を回収してモルジアナは離れていく。
それからアナスタシアの『フラッシュ』を合わせた連携も2度程試した。
ライトニングはセットアップに使い難い。
普通に奇襲できるなら俺かラーンでいい。
接敵、奇襲、防衛、逃走、耐久。
チーム規模での連携を開発していく。
この5日、一瞬だって無駄にできない。
できることは全部やる。
この日倒したオークの数は24匹。
その他の魔物が5匹。
計29個の魔石が手元にある。
魔石はオーク程度ならインクペンの様な形状とサイズだ。
袋に入れて保管しておいても、そこまで邪魔にはならない。
夕方は、倒した魔物の肉でアナスタシアが作った夕食を食べた。
寝る前にヒーリングをラーンとモルジアナに掛ける。
モルジアナの指やラーンの手は、攻撃を受けなくとも傷ついていく。
夜間は男女のペアに別れ交代で見張り。
まさか二日目で泊りがけの狩りをする事になるとはな。
「アリバ、実際のところ僕等は生き残れると思うかい?」
夜空を眺めるラーンの瞳には、一抹の不安が見て取れた。
当然だろう。
オークとの大戦争まで後5日、いや4日しかない。
「難しいだろうな」
それが、今の俺の見解だ。
実際、相手は10万でこっちは1万だ。
俺たちはメインの隊では無いとは言え、遊撃がどれだけ相手を掻きまわせるかは戦果に直結する。
恐らく戦争の流れとしては、ぶつかりながら後退していく形になる。
その方法で2日を守り切ればいい。
親父を含めた神操術使いが到着すれば、オークを押し返せる。
だが、問題はその2日だ。
最悪、開戦と同時に物量で押し切られる可能性すらある。
人数不足。物資不足。
何より、ここには英雄が居ない。
イビア大陸に常駐する神操術使いは司令官ただ一人。
それだけで10倍の戦力差は覆らない。
「せめてもう一人、相手の陣営を荒らせる力を持った神操術使いが居ればいいんだがな」
無い物ねだりは分かってる。
それでも、死にたくない。
こいつ等を殺したくない。
星に願わずには居られなかった。
俺にも、親父と同じ力があれば……
「そうか、だったら僕等が頑張らないとね」
「他にも遊撃に回された奴等は居るだろ」
「でも、その中で一番強いチームは僕等だろ?」
遊撃に回されたのは軍としての動きをまだ知らない新人兵士。
その中なら、確かに俺達の戦力は随一か。
「確かにそうだ。
じゃあ、さっさと寝て明日も稼ぐぞ」
「あぁ、そうだね」
◆
それは朝。
俺が目覚めたその瞬間の出来事だった。
何か、恐ろしいものでも見た様な顔で、ラーンが自身の手の甲を凝視していた。
「なぁ、アリバ……」
その手の中から、薄黒い靄が溢れている。
その手の甲に赤い紋章が刻まれていた。
「これって……」
「お前まさか……」
俺はその紋章を知っている。
親父や兄貴たちの体の一部にも似た紋様が刻まれているのだから。
それは間違いなく、『神操術に覚醒した者にだけ刻まれる』刻印だった。
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