第4話 事情と事情


「グァァ」


 連打を加えようと、もう一度大きく拳を振りかぶる。


 小鬼闘士ゴブリンファイターの拳をもう一度、今度は壁を背にした状態で受ければ俺の全身はボロボロになるだろう。

 即死しても何もおかしなことは無い。


 けれど、そうはならない。


「ア……?」


 槍が、その腹から突き出て来る。


「やっぱり、君と組んで良かった」


 その声は巨体の向こうから。

 突き出た棘の様な槍先が回転する。

 横腹を切り裂いて体から抜かれた。


「神秘の光よ、癒しの陽光となり、我が体に再起の灯火を。【ヒーリング】」


 この魔術は治癒の呪文。

 対象の損傷をある程度治癒させる。


 とは言え完治させるわけじゃない。

 ラーンに火傷は残ってる。

 俺も多少の骨折の感覚がある。

 動ける程度まで回復した、というだけだ。


 深手を負わせたとは言え、流石に小鬼闘士ゴブリンファイターと一対一はキツイだろ。


 俺も立ち上がり構えを取る。

 これで、俺の切り札は尽きた。


「魔法まで使えるなんてね。

 君の方がよっぽど多芸じゃないか」


「1日2回までの奥の手だ。

 もう次の策はねぇから、挟んで倒すぞ」


「あぁ」


 槍を構え。

 短剣を構え。


 小鬼闘士ゴブリンファイターを挟む。


 大量に流血する横腹を抑え、小鬼闘士ゴブリンファイターがラーンを捕まえようと巨腕を振るう。


 しかしラーンは槍先を器用に使う。

 指を斬り裂く形で掴みを掻い潜る。


 そんな事をしている間に、俺が背中から裏太腿を斬りつける。


「グォォォ……」


 痛みに喘ぐ咆哮に、最早力強さは無い。

 小鬼闘士ゴブリンファイターは悔し気に俺たちを睨んだ。


 今度は俺に向けて前蹴りを放って来る。

 しかし、やはり速度は随分と落ちていた。


 回避は容易。

 出された足を斬りつける余裕すらある。


 その間にラーンがまた後ろを取っている

 槍の突きが胸を討つ。


 呻き声を上げ、それでも諦めず出血を抑える手も使って俺を掴もうと襲い来る。

 だがその程度、掻い潜り続ける事は可能。


 攻撃を与える必要がないってのは楽だ。


 俺が避けて居ればラーンが攻撃できる。

 ラーンを狙うなら俺が攻撃できる。

 今の弱った小鬼闘士ゴブリンファイターに、俺達の攻撃を捌き切る余力はない。


 足を執拗に狙い、膝を折らせ、丁度いい高さに来た首を裂く。

 同時に、槍が後頭部から口の中を抉り抜く。


 一滴の涙を流し、小鬼闘士ゴブリンファイターは絶命した。


「これで一件落着だね」


「じゃねぇ。さっさとトンズラするぞ。

 こいつ等に時間を掛け過ぎだ。

 そろそろゴブリン共が戻って来るっての」


「あぁ、そういえばそうだった」


 死体はしょうがねぇ。

 流石にこれを持ち帰るのは無理だ。

 5人の生きてる女共の枷を破壊し、そいつ等の猿轡を外していく。


 5人中3人は死んだ表情で涙を流した。


「ありがとうございますぅぅぅ!」


「ありがとう、本当に助かったわ」


 けど、内2人はまだ余裕のありそうな顔だ。

 この2人がさっき死んでたチームの片割れか。


 両方とも黄金の髪で耳が尖ってる。

 精霊人族エルフか?


「手伝えお前等、さっさと逃げるぞ」


「分かりました!」


「了解よ」


 こいつ等はまだ体力が残ってそうだ。

 他3人の世話は任せて、俺とラーンで前衛をしながら外へ向かう。

 まだゴブリンは戻ってきていないらしく、洞窟はも抜けの殻状態だった。


 ゴブリン共が人間や他種族から盗んだ戦利品を頂きたいところではあるが、欲に目が眩んで死ぬのは御免だ。


 洞窟から出て、森の中を隠れながら進む。

 魔大陸とは言え、ここはまだ浅瀬の領域。

 本当の脅威はもっと奥。

 大渓谷を超えた先だ。


 この辺りの魔物なら、やり過ごす方法は幾らかある。


 俺の知る知識を総動員し、戦闘を避けて前哨基地まで戻る。


 途中、何度か戦闘になったがエルフ姉妹の弓での援護もあり、余裕を持って離脱・帰還する事ができた。



 ◆



「って訳だよ……終わってんだろ!?」


「あはは、そうだね~

 その話5回目だけどね」


 夜。

 俺達は酒を片手に飲み会を開催していた。

 酒なんてこの基地ではかなりの高級品だ。

 しかし俺達が今日稼いだ金額は、その程度の豪遊が可能な額となっている。



 ゴブリンに攫われた5人の奪還。

 ゴブリンの上位種2種の討伐。

 ゴブリンコロニーの全滅。

 死体から回収した遺品売却。


 しかも、一度帰還した後にゴブリンを誘導した場所に戻ってみたらゴブリン共が全滅していた。

 その死体は割と奇麗に残っていて、戦利品や魔石と呼ばれる素材も売却してそれなりの額となった。


 しかもそれは、あの洞窟にあった戦利品もノーリスクで回収できるという事実でもある。


 他の魔物も寄って来てゴブリン共と同士討ちになる事は予想していたが、まさかここま上手く行くとは。


 一月は働かなくても文句を言われ無さそうな貢献度と金銭を、今日だけで稼いでしまった。


 良い気持ちで酒を飲みながら、俺は約束通りラーンに昔の話をした。

 親父の事。兄弟の事。師匠の事。

 それ以外にも色々と。


「なぁアリバ。

 僕は最初、君の事が嫌いだったんだ」


 酒で少し火照った顔に、パタパタと手で風を送りながら。

 ラーンはポツポツと語った。


「僕の両親はずっと昔に死んだ。

 それからはずっと妹と二人で生きて来た。

 何とか二人で働いてたけど、妹が病で倒れちゃってね。

 僕にはもう選択肢は残ってなかった。

 あの子を見捨てるか、ここに来るしか」


 俺はそれを聞く。

 聞かなきゃいけないと思った。


「君が羨ましかったんだ。

 家族が居て、嫉む余裕があって。

 お金だって困った事無さそうな立場で、そんな恵まれた出生なのに文句ばかりを並べる君が……嫌いで、羨ましかった」


 食べる物に困った事は無い。

 学習に経済的な苦労をした事は無い。

 俺が持ってる剣だって親父が買ってくれた物だ。


「君を助ける事で優越感に浸ってたんだ。

 誰とも組めない哀れな貴族様を助けてやったって。

 それが君と組んだ本当の理由なんだ」


 ラーンが注がれた酒を一気に煽る。

 その表情は明らか酩酊している。


「でも、僕が間違ってた。

 君には資質がある。

 父親譲りか、君の積み上げた努力の成果なのか。

 それは僕には分からないけど、君の在り方は人の背中を押す」


 こいつは、俺なんかよりよっぽど酒に弱そうだ。

 けれどその幸運に俺は感謝する。

 聞けて良かった。


「頑張りたいんだ。

 できるなら君と一緒に」


 そう言い残してラーンは寝息を立て始めた。


 お前で良かったと思ってるのは俺も同じだ。


 お前は一度も逃げなかった。

 俺の無謀な方策を信じてくれた。


 俺が攫われた女を助けようと思ったのは貴族としての義務感だ。

 それは俺自身の感情じゃない。

 ただ、そう在れと育てられてきた思考。


 けれどラーンは違う。

 俺が上位種に臆し逃走を迷った時、ラーンはきっと俺とは違う場所を見ていた。

 上位種ではなく女たちを。


 その姿を、死んだ両親か妹に重ねていた。

 だからこいつの意思は俺よりも強かった。


「はぁ、仕方ねぇから俺も頑張ってやるよ……」


 屋外酒場のテーブルから夜天に浮かぶ星々を見つめる。

 魔大陸から見える星は、王都から見えるそれとは少し違う。


 師匠に見せたら喜びそうだ。


 そんな事を思っていると声が掛けられた。



「同席してもいいかしら?」


「あの、先ほどは助けて頂いてありがとうございました!」


 黄金の髪のロングとショートの女。

 俺たちとは違う人種で精霊人族エルフ

 ロングの方は冷めた雰囲気で、ショートの方は温かみがある雰囲気。

 性格も瞳の色も青と赤で対照的だ。


「いいぞ、丁度こいつが潰れて話相手が欲しかった所だ。

 お前等、もう疲れは癒えたのか?」


「はい、元気になりました!

 私達は洞窟に連れていかれただけで、まだ襲われる前でしたから」


「貴方のお陰よ。

 あの時の戦いは凄かったわ」


 凄い……ね。

 神操術使いの戦闘を見れば、そんな事は口が裂けても言えなくなる。

 親父も兄貴共も、化物みたいな強さだった。


「派手さは無かったけど、諦めてなかったから」


「誰だって死にたくねぇだろ」


「それでも、最初の作戦が全て失敗して、唯一の仲間が倒れて、しかも想定より敵の数が多いあの状況。普通の人は絶望に手を震わせるのが当然よ」


「お前……随分目が良いんだな」


「ん? 視力は普通だけれど」


 そういう意味じゃねぇが。

 別につっこむ話でも無いか。


「まぁいい」


「あの、私達お願いがあって来たんです」


 ショートの方がドリンクを注文しながらそう切り出した。

 片腕の店員が注文を取って去って行く。

 この前哨基地の商業施設の店員は、全て魔大陸で再起不能な傷を負った者に委託される。


 恐ろしいのは、それで店員が足りてしまうという事実だろう。


「お願い?

 まぁ、お前等のお陰で稼げた訳だしな。

 別に酒の一杯くらい奢ってやるが」


「お酒はあまり好きじゃないわ。

 それに稼げたのは貴方の実力でしょ」


「あはは、私はまぁまぁ飲めますよ?

 でも、今回のお願いというのは私達と組んでくれませんか、というお話でして」


「組むって探索の話か?」


「そうよ。

 私は弓が得意。

 妹は2種類の魔法を1日合計4度まで使える」


 弓と魔法か。両方後衛だが、俺とラーンには相性が良いか。

 しかし……


「ゴブリンに負けるレベルだしなぁ……」


「それはあの商人の息子が……」


 忌々しいといった様子で目つきが鋭くなるロング。

 それをショートが窘める。


「姉さん、死んだ人の事を余り悪く言わない方が良いよ」


「装備が整ってたし、金を持ってそうだから組んだけど……私はあいつが「英雄に成る為にこの大陸に来た!」なんて言った時から嫌な予感がしてたの」


 商人の息子で台詞はそれか。

 俺でも似たような感想を持つな。

 少なくともこの大陸に来て、英雄に成るもクソもない。

 生き残る事を第一に考える場所だ。


 というか、商人の息子だからあんなに道具を持ってたのか。

 そういう意味じゃ商人の息子で良かった。


「まぁ、それはちょっと私も思ってたけど。

 でも結果的に助かったんだからいいじゃない」


「まぁ、それはそうだけど……

 でも私達、実力はあるつもりよ。

 一度実戦で見てから考えてくれてもいい。

 だからアリバ、お願いできないかしら」


 そう言って俺を見つめて来る姉の方。

 そもそも、こいつ等名前何だっけ。


「貴方もしかして、私達の名前忘れてるの?」


「え? いや別に……」


「えぇー、そうなんですか!?」


「酷いわ。

 帰還してる最中に名乗ったじゃない。

 私がモルジアナで、妹がアナスタシアよ」


「あぁ、いや憶えてる憶えてる。

 まじでまじで、睨むなよ」


「組んでくれるなら許すけれど?」


 なんか、追い詰められてねぇか。

 酒で回らない頭で、この二人をチームに入れた場合の損得を勘定してみる。


 まず、隠密性が半減する。

 人数が増えるとは、それだけ魔物に発見される可能性が増えるという事だ。

 森の中で最も警戒すべきは奇襲。

 逆にこっちから奇襲できるチャンスは多ければ多いだけ良い。

 これが不利な要素。


 次に利点は。

 まず、人数が増えれば手数が増える。

 それに魔法は起死回生の切り札としても、作戦の幅を広げる為にも使える。

 魔法が「二種四度」ってのはかなり優秀な部類だ。

 そして姉の方は目が良い。


「魔法って何を使えるんだ?」


「目つぶしの【フラッシュ】と攻撃用の【ライトニング】です」


 強いな。

 特にフラッシュ。

 逃げるにしても奇襲するにしても有能だ。


「よし、採用してやる」


「え、いいんですか?」


「弱かったら勝手に死ぬ。

 ここはそういう場所だ」


 それに、主に俺のせいで仲間集めは期待できない。

 そもそも選り好みできる立場じゃ無い。

 なら、こいつ等を逃すのは勿体無い。


「なるほど、確かにそうね」


「でもあの、ラーンさんの承諾は大丈夫なんですか?」


 まぁ、こいつ基本イエスマンだし。


「多分大丈夫だろ」


「それじゃあよろしくね、アリバ」


「よろしくお願いします、アリバさん!」


「よろしく頼む。モルジアナ、アナスタシア」


 二人と握手を終え、ラーンが起きるまで適当に飯を食う事になった。

 その途中、俺は彼女たちに一つ質問をする。


「でもなんで、俺たちと組もうと思ったんだ?」


 その質問に答えたのは、姉であるモルジアナの方だった。


「貴方って貴族で、親の命令でここまで来てるんでしょ?」


「あぁ、馬鹿親父がアホなせいでな」


「私達、両親に捨てられたのよ。

 エルフの里では双子は凶兆だっていう、しょうもない理由でね。

 だからこそ、貴方なら信じられると思ったの」


 俺が貴族というのは有名だ。

 大英雄の息子で唯一の無能。


 王都でも有名な話だし、ここに来る飛行船の中ですら広まっていた話だ。

 だから、こいつ等がそれを知っていても不思議はない。


 それに、俺もこいつ等に少し同情した。


「なんつうか、ここは訳アリばっかだな」


「そんな理由でも無ければこんな場所に来る必要無いからでしょ」


「確かに」



 そう、俺が言ったその瞬間。



「大渓谷に橋が渡され、本土の魔物が大量に進軍している模様!

 この基地への到着は一週間後と予想される!」


「繰り返す。大渓谷に橋が渡され、本土の魔物が大量に進軍している!

 この基地への到着は一週間後と予想される!」


 伝令が基地の全域に叫ばれた。

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