第3話 魔窟


 膝に矢を受けたゴブリンを追う事十数分。

 目的の場所を発見した。


「ギ……」


 ゴブリンが真っ直ぐ向かっていた洞窟が見えて来た辺りで、ゴブリンの背後からその頭を叩き割る。


 頭蓋を砕くイメージでやれば、その通りに結果はついて来た。


 剣に張り付いたゴブリンの死体を足で外し、蹴り飛ばして地面に捨てる。


「でも、ここからどうするんだい?

 中はゴブリンだらけだろ?」


「あぁ、そいつ等全員を相手するなんて阿保らしい。

 それに目的は攫われた連中を助ける事だ。

 別に中のゴブリンを根絶する事じゃねぇ」


 というか、俺とラーンだけでそんな大所帯を相手にするなんてのは無謀にも程がある。


 洞窟の入り口を眺めながら、俺が考えて来た策が通用しそうかを判断する。


 ゴブリンのコロニーの規模。

 それにはある程度の算出方法がある。


 このコロニーの場合。

 まず見張りの数は2匹。

 武器は石器。

 コロニーの形状は洞窟。

 先遣隊として出会ったゴブリンはペア。


 総合的に考えれば、コロニーの段階はファースト。

 上位種の居ない弱い住処だ。

 ゴブリンの総数も50を切る程度。

 武器もそこまで良い物は使ってない。


「そういう訳で、このコロニーはそこまで育ってないと思える」


「なるほどね。

 でもなんでそんなにゴブリンについて詳しい訳?」


「別にゴブリンについて詳しいって訳じゃねぇよ。

 魔物学を学んでた事があるってだけだ」


 生物学の一種に当たる魔物学。

 俺は王都に居た頃、師匠からそれを習っていた。


 学者になれる程の知識は無いが、初級レベルの知識ならある。


「学者を目指してたとか?」


「いや……まぁ、帰ってから話してやるよ」


「なるほど、それなら俄然生きて帰らないといけないね」


 さっきの死体に入っていた消耗品。

 その中に音爆貝サウンドシェルと呼ばれる物があった。


 ソナーシェルフィッシュという魔物の素材で造られたこの貝殻は、発火する事で派手な破裂音を発生させる。


 魔物は音に敏感だ。

 そして魔物は好戦的だ。

 普通の動物と違い、こいつ等は基本的に音に向かって接近する習性を持つ。


 ゴブリンのコロニーから少し離れた場所。

 油で湿らせたヒモを音爆貝サウンドシェルに括る。

 炎の進行速度から逆算し、5分程度で爆発する様にセット。

 それを5つ程置いて。


「もう一つ」


 瓶を取り出す。


「それは?」


「女のまぁ、聖水から造られる淫薬だ。

 こいつを撒いてりゃゴブリン共は寄って来る」


「……良く彼等はそんな物を持ってたね」


「ゴブリンが居るなら逃走用の囮としてそれなりに役に立つからな」


 音爆貝サウンドシェルが発生させる爆音によって中の液体が零れる様にセッティングして、俺たちはそこを立ち去った。


 ゴブリンの洞窟付近に到着した瞬間、爆発音が轟く。


「隠れろ!」


「うん!」


 樹陰に隠れていると、武装したゴブリン共が一斉に音の方向へ走って行く。


 俺は出て来る数をカウントする。

 10体。20体。30体。

 35体。38体。


 40体。


 俺の読みを信じる場合。

 残りのゴブは10体前後だろう。

 その程度の数なら俺とラーンで倒せる。


「ラーン、洞窟じゃ槍は基本突きで使え。

 それと、前衛は俺がやるから基本は弓がお前の仕事だ」


 ラーンが背負うショートボウを指す。

 一本道の洞窟内でも弓はそれなりに戦える。


「できるだけ喉を狙え」


「あぁ、分かった」


 俺は洞窟じゃ役に立たない自分の直剣を森に置いて、死体が持っていた短剣を持つ。

 もう片方の手は松明だ。


「行くぞ……」


 足音を消し、ラーンと共に洞窟に突入する。


「ギィ」


「ガィ」


 ゴブリンが二匹。

 石器を持って武装している。

 一番面倒なパターンは大声を出されて仲間を呼ばれる事。


「五秒で仕留める」


「あぁ」


 ラーンの弓が放たれ、それを追う様に俺が前に出る。

 弓が命中したのは右のゴブリン左目。

 良い精度だ。


 目を射られたゴブリンを蹴り飛ばす。

 更に奥、もう一匹へ向けて短剣を構え迫った。


「ガッ――」


 交戦しようと武器を構えたその瞬間、隙を狙って体勢を落とす。

 足を前に出し、ゴブリンの足を引っかけ転倒させた。

 そのまま馬乗りになって、喉へ短剣を突き刺す。

 血飛沫が頬を濡らす悪感を耐え、首を切り裂く。


 蹴り飛ばした奴が壁に背をぶつけてる筈。

 立ち上がり、再度攻撃を加えようと反転し。


「こっちはやったよ」


 弓を捨て、槍を構えゴブリンの首を貫いた状態でラーンが報告してくる。


「よくやった、行くぞ」


 先に進みながら洞窟の構造を把握する。

 ゴブリンの作る洞窟の習性は頭にある。


 メイン通路に対して、左右に部屋を設置された形。

 奥の部屋程重要度が上がって行く。


 それと照らし合わせ、例外が無いかチェックしていく。


 通常通りの構造。

 やはり若い悪鬼の魔窟ファーストコロニーで間違いは無さそうだ。


 基本は隠密で移動する。

 音を立てず、見つけたゴブリンを背後から奇襲していく。

 ゴブリンにとって女は最重要の宝だ。

 その部屋は最奥にあると見て間違いない。


 だが帰りの事も考えると、ここで全ての部屋をチラ見してゴブリン共を殺しておく事は必要だ。


 何せ、帰りは生きてる女が増える。

 そいつに戦える体力が残ってなければただの荷物だ。

 それを抱えながらゴブリンと戦うよりは、今の内に倒しておく方が得策に決まってる。



 その作戦は上手く行っていた。


 その部屋へ辿り着くまでは。



 洞窟の最奥。

 そこには確かに複数の半裸の女が居た。

 生きてるのは見る限り5人。

 猿轡を咥えさせられ鎖に繋がれている。

 俺たちが見つけた死体とチームを組んでた女以外にも、攫われて来た奴が居るらしい。


 確かにそれを全員連れて帰るのも大変ではあるが、しかし問題はそこじゃない。

 その部屋には一匹、先ほどまでのゴブリンに比べて明らかに巨体の個体が存在した。


 間違いないない。

 それは上位種だ。


 通常、『若い悪鬼の魔窟ファーストコロニー』に上位種は生息しない。

 だが……


「……俺は馬鹿か」


 隣に居るラーンにすら聞こえない程小さくそう呟く。


 ここは魔大陸だ。

 魔物の脅威は他の大陸の数倍。

 ゴブリンなんて下級種族は若い悪鬼の魔窟ファーストコロニーを作るにしたって、上位種の力が必要って事だろ。


 この大陸の危険性は十分理解していると思っていた。

 けれど、この場所の危険度はそんな物じゃ無いらしい。


 見誤った。読み違えた。

 撤退するか?

 今ならまだ逃げられる。


 そんな、俺の不安気な表情を感じ取ったのかもしれない。

 部屋への通路を左右に挟んで向かいに居るラーンが、予め決めていたハンドサインを俺に送って来た。


 人差し指と親指を立て、上位種の背中に人差し指を向けて弾く。


 それは「弓で攻撃」のハンドサイン。

 ラーンの瞳には意志が灯っている。

 こいつにはやる気が十分ある。

 こいつを連れて来たのは俺だ。

 ここで俺が逃げてどうすんだよ。


 少し長く息を吐く。


 ラーンに頷く。


 ラーンが矢を弓につがえる。

 俺は短剣を抜き、突撃の姿勢を取る。


 開戦の合図は静かに。



 ヒュンと。



「あぁぁああああああああああああああああ!!」


 叫び声をあげながら俺は突進する。

 短剣を構え、突進の速度に任せて巨体に斬りかかる。


 しかし、声に反応されて俺の攻撃に対応される。


 俺の斬撃はゴブリンの上位種――全貌を見て明らかになった種族名は『小鬼闘士ゴブリンファイター』――に反応された。


 皮膚も並みのゴブリンより硬く、俺の短剣の傷なんてのはこいつにはとっては掠り傷程度の意味しか持ってない。


 それでも短剣で斬りつけつつ通過。

 女共と小鬼闘士ゴブリンファイターの間に立つ様に陣取る。


 相手は上位種。

 身体能力は俺より上。

 長引けばそれだけこっちは不利だ。

 だが、短剣程度じゃ攻撃力が致命的に足りん。


 だから俺は大声を上げて突っ込んだ。

 短剣が駄目なら俺達には槍しかない。

 槍の攻撃範囲と力のかかり方なら、こいつの体を貫ける。


「行くぞ」


 肩に刺さった矢を抜き、俺に見せつけるように折る。


 バカが。もう少し賢ければ、もしくはお前がゴブリンメイジの様な高い知能を有する方向に進化した種なら、その矢を放った弓を俺が持っていない違和感に気が付けたのにな。


 そんな小鬼闘士ゴブリンファイターに向けて気配を消して。

 背後から。


「行け」



 ――ボン。



 光が室内を照らした。

 女の部屋には蝋燭が何本が設置されている。

 だから俺は松明の灯を持って入る必要が無く、松明は消して部屋の外に置いて来た。


 だが、今放たれた光量は蝋燭の炎が出せるような物では無い。


「くっ、ごめん……

 アリバ……逃げろ……」


 小鬼闘士ゴブリンファイターを挟んだ奥で、奇襲しようとしたラーンが倒れる。


 その体は酷い火傷を負っていて、そこから今の現象が説明できる。


 この部屋にはもう一匹居たのだ。

 出入り口から死角となる位置に。


小鬼術士ゴブリンメイジまで居やがるのかよ」


 そこに居たのは杖を持ったゴブリン。

 通常種と違うのは身体中に装飾品が付けられている事。

 2対1だと思ってたのが一瞬で1対2に形勢逆転かよ。


 ラーンは死んでは無い。

 意識もありそうだ。

 だが、体の損傷は動けるレベルを大きく下回っている。

 放置してれば間違いなく死ぬ大火傷。


「クソが……」


 切り札と呼べる物はある。

 だが、それを使ったとしてもこの状況を逆転できる気配はない。


 神操術使いでも無い限り、戦いは始まった瞬間に決着している。

 幸運が介在するのはある程度の実力が拮抗している場合だけだ。


 相手は二匹。

 ゴブリンの上位種は一匹で俺の能力を超えている。

 作戦は使い切った。

 そもそも取れる手段は最初から多くない。


 脳内の結論が叫ぶ。

 俺はここで死ぬ。



「はっ」



 俺の人生は、じゃあ無駄な足掻きかよ。

 結局俺は勝てなくて。

 結局俺は認められなくて。

 それで、夢すら叶わず終わって行く。


 それが、俺の人生って訳か。


 結局、親父の言う通りかよ。


「ふざけんな」


 勝とうとしたさ。

 できる事を尽くしたさ。

 負けて何も思わない程、プライドは消え去っちゃいねぇ。


 それでも神操術は圧倒的で。

 俺なんかに奇跡が微笑む事は無かった。


 でもな。


 そいつ等に比べれば、たかがゴブリンの上位種如き。


「$%#)!+{#?*&」


 読解不能で不可解な声を小鬼術士ゴブリンメイジが紡ぐ。


 魔法。魔術。

 そんな呼ばれ方をする技の詠唱。

 だがそれを使えるのは人間も同じだ。


「神秘の光よ」


 こんな力は、神操術使いには大した結果を出さなかった。

 これは、誰にも認められなかった俺の努力の証。


 それでも俺だけは信じてやらなくちゃな。


「グォォォォ!」


 咆哮を上げ、小鬼闘士ゴブリンファイターが巨腕を振るう。

 掻い潜る様にそれを避けるが、もう一方の腕の薙ぎ払いが俺を打つ。


 短剣でガードしたが、それだけで運動量が止まる事は無く。

 俺の体は吹き飛ばされた。


 狙い通りに。


 体がクソ痛てぇ。

 が、骨が砕けてる訳じゃない。


「$%#)!+{#?*&」


 ゴチャゴチャうるせぇ。


「癒しの陽光となり」


 吹き飛ばされた先に居る小鬼術士ゴブリンメイジに短剣を構え。


「ギャ!」


 放たれる炎の塊、弾速は大した事は無い。

 タイミングと角度さえ分かってりゃ……


 避けれんだよ。


 体を捻って、前髪を焼く様に炎を避ける。

 炎が壁に着弾し、地面がグラリと揺れた。


 その刹那。


 貰った。


「ギ――」


 喉を掻き切る。

 これで、生きていてもこいつに戦力は無い。


 小鬼術士ゴブリンメイジ小鬼闘士ゴブリンファイターとは違い、耐久力は通常種と変わらない。


 戦いが進めば、やはり面倒なのは圧倒的に小鬼闘士ゴブリンファイターだ。


 もしも俺が切り札を使ったとしても、総力戦になればゴブリン陣営に軍配が上がる。

 ならその前に、場を整えてやればいい。


「ガァァァァァァ!」


 仲間を殺された事に腹を立てたのか。

 いっそう轟く咆哮と共に、その巨体が疾走する。


 無理矢理動き回り過ぎた。

 体勢を整え切れていない。

 クソ、対処できる余力が残ってねぇ。


「カッハッ……!」


 拳が俺の横腹を穿ち、壁が背を打つ。

 それでも、根性で意識を起こす。


 結局問題は小鬼闘士ゴブリンファイターの耐久力だ。

 それを削る手段が消えた事が問題だった。


 詠唱なんて面倒な制限があるクセに、魔力量の関係で1日2度しか使えない俺の切り札。


 神操術に比べれば……と。

 誰にも認められる事は無かった。

 そんな、無駄な足掻きの搾りカス。


 壁に叩きつけられながら。

 意識を踏み留め、視界を堪え、腕を上げ。

 掌を友に向けて。


 詠唱み終える。



「其の者に再起の灯火を。【ヒーリング】」

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