第2話 上陸と血の匂い


 魔大陸の前哨基地は一つしか無い。

 2つ目、3つ目と増やそうとした事はあったようだが、その度に魔物が押し寄せて全壊したらしい。


 だから当然、俺もラーンもその基地の配属だ。


「意外だよね。

 制度面がここまでしっかりしてるなんて」


 この基地のルールは割と自由だ。

 ノルマさえ守ればいつ休んでもいい。

 報酬は固定給プラス成果報酬。

 更に探索するメンバーも自由。


 上陸から一週間。

 一般兵にも関わらず、俺たちはまだ基地の外に一度も出ていない。

 今までずっとこの大陸に関する講習を受けていた。


「実際、兵一人一人を大切にするってのは費用対効果的にも正しい。

 だが、単純に面倒って理由で殆どの指揮官は採用しないだけだ。

 けど多分、そんな事言ってられない位の人員不足って事なんだと思うぞ」


 教育システムや調査制度が充実しているという事は「安心」に繋がらない。


 どちらかと言えば、そんな事が必要なくらい危険な場所だって事で、軍も困っているって事実を示唆している。


「流石貴族様、詳しいね」


 パチパチと手を叩いて、そんな事を言ってくるラーン。

 飛行船で一週間程過ごし、更に基地でも一週間の時間を共にした。


 やはり貴族出身の俺は他の奴等からするととっつきにくいらしいく、友人って存在はこいつしか居ない。

 こいつには沢山いるらしいけど。


「それで、お前はどうするんだ?」


「どうするって何が?」


「チームの事だよ」


 緊急防衛時の戦闘義務や月間討伐数ノルマとか、色々と決まりもあるが基本的な探索や戦闘方法には何も言われない。

 各々合ったやり方でやってくれって感じ。


 そして、イビア大陸の調査や探索には当然仲間がいた方が安全だ。


 それに、魔物の素材は金にもなる。

 成果を上げれば、一時的な帰国権などを含めた報酬を得られる。


 できるだけ強い奴と組む。

 それが、ここで生きる為の必須項目だ。


 なのに。


「君と組むに決まってるだろ」


 あっけらかんと、ラーンはそう言った。


「は?

 俺と組むメリットなんか無いぞ。

 他の奴等からは避けられてるし。

 別に実力がある訳でもない。

 お前だって弱い訳じゃないんだ、他に組んでくれる奴も居るだろ」


 戦闘能力に関しては一朝一夕で高まる物でもない。

 飛行船での期間を含めた二週間の中では、訓練ではなく戦闘能力を見るテストがあった。


 俺とラーンはどちらもA判定。

 神操術を持たない兵士の上から二つ目だ。


 Aの上にはSもあるが、それは魔道具や呪文を活用した特殊な武術を使える奴の領域で、俺やラーンとはあまり関係ない。


 つまり、ラーンは同期の中でも突出した戦闘能力を持ってる事になる。


 それなら仲間は選びたい放題だろう。

 先輩兵士のチームに加えて貰う事だってできる筈だ。


 なのになんで……


「理由なんて幾らでもあるよ。

 それともアリバは僕と組むのは嫌かい?」


「男のそういうのはキメェな」


「別に他意は無いよ。

 ただ君の実力を買ってるだけなんだ」


 こいつが俺を騙す可能性……

 いや、実家ともほぼ絶縁状態に近い俺にそんなメリットは無い。

 それはこいつだって知ってる事だ。


「……分かった。頼むぞ相棒」


「あぁ、こちらこそよろしく相棒」


「それじゃあ早速外に行くか」


「え、いきなりかい?

 確かに研修期間が終わってから後は自由って言われてるけど」


「準備したって死ぬときは死ぬんだ。

 だったら、ちょっとでも生存確率を上げる為に早く実戦を経験しておいた方がいい」


 そもそも、今の俺達にできる『準備』なんて殆ど無い。


 装備を新調するにしたって金が必要だ。

 その金も魔物を倒して稼ぐ必要がある。

 それにノルマもあるのだから。


「善は急げって事か」


「どっちかって言えば地獄に急げって感じだがな」


 冗談めかしてそう言うと、ラーンも笑って。


「分かった、行こう」


 と同意した。



 飛行船が降り立つ上陸場所を中心に形成されたイビア大陸前哨基地。


 ここは半径は500m程の円形だ。

 それを越えて外に出ればいつ襲われてもおかしくない魔物の領域。


 俺が長剣。ラーンが槍を携え、外に出た。


「緊張するね」


 そう言ったラーンの背中を思い切りぶっ叩く。


「いたぁ!」


「緊張は筋肉を硬直させるぞ。

 死にたく無いなら楽しい事でも考えとけ。

 おすすめは、女と金の事」


「君の発言からは貴族らしさが全く感じられないよ……」


 森を何とか伐採して建設された基地の周辺。

 それは当然に森林だ。


「貴族なんざこっちから願い下げだ。

 帰ったら絶縁してやる」


 そんな話をしながら、森林を進んでいく。

 森林探索は何度か経験がある。

 王都で師事していた人に着いて行った事があるから。


 けれど、王都があるヒイロ大陸と、魔境と呼ばれるイビア大陸の森林調査の難易度が同じだとは思えない。


 注意深く周辺の状態を把握しながら進んでいく。


「止まれ」


 短く呟いた俺の言葉にラーンが従う。

 匂いが変わった。

 森の匂いに紛れて死臭が、いやこれは血の匂いが混じっている。


 手でサインを送り、音を消す。

 ゆっくりと匂いの元へと歩みを進めていく。


「これは……」


 ラーンと共に、その現場を発見した。

 倒れているのは俺たちと同じ装備の兵士。

 数は3人で全員が男だ。

 辺りに魔物の気配はしないが、これは。


「完全に死んでんな」


「魔物にやられたのかな」


 その顔には見覚えがある。

 俺たちと同じ飛行船に乗っていた。

 つまり、同期だ。


「初日の探索で死ぬとは運が無い奴等だ」


「どうするんだい?」


「放っとけば勝手に魔物に食われる。

 埋葬も火葬も、こいつ等だってここに来た時点で諦めてんだろ」


 手を合わせて死体に祈祷を捧げる。

 別に神や仏を信じてる訳じゃないし、こいつらがどうだったかも知らない。


 俺の仕草は迷宮都市の作法だ。

 親父から教わった。


「安らかに」


 ラーンも俺に習って祈祷を捧げる。


 さて、ここからは検分だ。

 こいつ等の死体を漁る。


「なんか悪い気がするね」


「これだって金になるんだ、文句言うな。

 それにこいつ等だって形見を家族に届けて欲しいだろうよ」


 身元が分かる物と使えそうな装備を剥いで、残りは目を閉じさせて森の隅に置いた。


 それで分かった事がある。

 こいつ等には食われた跡が無い。

 損傷は殆どが打撃だが、斬撃も数カ所見られる。

 そして、男の死体しかない。


 なのに、荷物持ちっぽい奴の持っていた食料は5人分は有りそうだ。

 こいつ等が初日から泊りがけで狩りに行く馬鹿じゃない限り、生き残ってる奴が居ると考えるのが妥当。


「はぁ、面倒な……」


「何か分かったのかい?」


「これをやった犯人は恐らくゴブリンだ」


 ゴブリンの種族特性。

 魔物学では『万種繁殖』と言われる。

 要するに、他種族の雌と交配する能力だ。


 だからそのクソ共は、女を生け捕りにする習性を持っている。


「ゴブリンって……あの?」


「今朝、こいつ等が男女の五人組で歩いてる所を見た。

 それに、ゴブリンは道具を使う。

 こいつ等の体にある斬撃痕とも一致する」


 そう、俺が自分の考えを話した瞬間だった。


「ギィ!」


 鳴き声と共に、小人の様な人影が草むらから飛び出してくる。


 即座に反応し腰の剣を引き抜く。

 動いた草むらに向けて、疾走。

 発見したゴブリンを斬り飛ばす。


「ッチ」


 浅い。


「任せてアリバ!」


 俺が走っていた間に側面に回り込んでいたラーンの槍が、ゴブリンの腹を穿つ。

 止めに俺が剣で首を斬りつけた。

 剣は脊髄で止まったが、それで十分致命傷だ。


「ラーン、周囲を警戒しろ。

 ゴブリンは群れる。

 他のを見つけたら絶対に逃がすな。

 俺たちの存在を本体に報告されるぞ」


「分かった!」


 ゴブリン。

 一体なら大した事の無い魔物だ。

 だが、その本領は群れでの統率能力の高さにある。


 こうして「斥候」を行う知能。

 それは脅威と見るに十分な戦術能力だ。


 ガサガサ……と遠くの草むらが揺れる。


 その音はどんどん離れて行っている。


「クソが、さっきのは囮か。

 あいつ逃げようとしてる」


「フゥ……」


 ラーンが息を吐く声が、大きく聞こえた。

 何をしているのかとそちらに視線を移そうとしたその瞬間。



 ヒュン!



 と、風を切る音が俺の横を通過する。


「ギィィ!」


 逃げたゴブリンの悲鳴が響いた。


「大丈夫、当たった」


 『弓』を持ったラーンが、俺にそう言った。


「お前弓なんか持ってたか?」


「報復を代行したって所かな」


「……なるほどな」


 死体が持ってたのを使ったのか。


「やるじゃねぇか。

 弓もできるとはな」


「この槍もそうだけど、昔僕の村に来た冒険者に教わったんだよ」


 冒険者か。

 俺達軍人とは違う。

 国益とは違う目的で世界の踏破を目指す者達で、俺がずっと昔から羨ましいと思っている存在。


「弓が当たって足の速さは削れたと思うけど、即死はしてないと思う。

 早く止めを刺しに行こう」


「いや、あいつを追うぞ」


「え、どうして?」


「あいつは、これから俺達の事を報告する為にゴブリン共の本陣に戻る」


「あぁ、でもそこに着いて行ってどうする気だい?」


「死体の具合的に殺されてから1時間も経ってない。

 今ならまだ攫われた連中を助けられる」


 俺がそう言うと、ラーンは驚いた様に俺を見つめた。


「……君がそんな事を言うなんて。

 いや悪い、僕は勝手に君の事を誤解していたらしい」


「売れる恩は売っといて損はねぇ。

 そう思ってるだけだ」


 それに、俺は親父の事は大嫌いだが、その言葉が全て虚構だと思ってる訳じゃねぇ。



『貴族とは、民を護る者だ』



 ノブレスオブリージュ。

 俺の中には、確かにそんな思考が存在する。


「損はない?

 そんな訳無いだろ。

 たった二人でゴブリンの巣穴に特攻なんて、正気の沙汰じゃない」


「何だよビビってんのか?

 なら帰ってもいいぜ。

 手柄は俺一人で貰ってやる」


「……いいや、僕も行くよ。

 手柄は山分けだ」


 どうやら俺は、少なくとも最初の仲間には恵まれたらしい。

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