戦地に捨てられた元貴族、大渓谷の落ちた先で宇宙船を見つける
水色の山葵/ズイ
第1話 英雄の息子
我ながら、恥の多い人生だ。
――あれが、英雄の息子とはな。
――四兄弟の内、一人だけ出来損ないが居るという話は本当らしい。
――情けない。不甲斐ない。頼りない。
闘技場の中央で、俺は男と対峙している。
大して名の知れていない下級兵士の男。
俺は満身創痍で、相手には余裕が見える。
それほどまでに歴然の差が、俺と相手には存在する。
英雄と呼ばれる者が必ず持つ「神操術」と呼ばれる力。
それが、俺には備わって居なかった。
後天的に覚醒する事もあるらしいが、少なくとも今の所俺にその兆しはない。
父は俺が神操術を扱える様になる為に努力が足りていないと考えていて、俺を神操術使いが出る大会に何度もエントリーさせた。
炎を纏い、水を操り、風を巻き起こす。
そんな異能者たちを相手に、何の能力も持たない俺が勝てる筈も無く。
「悪いですけど、幸運だと思って倒させて貰います」
兵士の男が、俺の木刀に上段から思い切り剣を叩きつける。
神操術の一種である身体強化。
それを扱う男の斬撃。
俺の体は容易く弾き飛ばされる。
――はぁ。
溜息が会場を覆う。
大英雄の息子。
大将軍の息子。
天才達の末弟。
そんな華々しい家族の栄誉に紛れ。
出来損ない。
ハズレ。
無能者。
そんな言葉が会場中から聞こえて来る。
うるせぇなぁ。
うるせぇんだよ。
どいつもこいつも好き勝手言いやがって。
だったらテメェがやれよ。
「なぁ! 俺にばっか期待してねぇでさぁ!
自分で英雄にでもなんでもなったらどうなんだよ、クソ観客共!」
騒めく声が一瞬止み。
そしてまた、一層強く声が響く。
その中には怒号も紛れ、ゴミを投げつけて来る観客すら居る。
はは、面白れぇ。
自分じゃ何もできねぇ羽虫共が、なんか叫んでら。
「アリバ、何をやっている」
観客席の中から会場に男が降り立つ。
初老を迎えたその男は、大英雄にして俺の親父。
バルドザード・シャール・ルクサス・ドーラット。
偉丈夫な男。
歳をとっても全く衰えない筋肉が目立つ。
肌は小麦色に焼けていて、黒髪で青い瞳を持つ。
そんな、この国最強とも呼ばれる男だ。
「何だよ親父、本当の事だろ?」
「お前は俺の跡を継ぎ、騎士に成る者だ。
そしてここは神聖な闘技場。
負けただけなら兎も角、観客を罵る等言語道断。
処罰は免れないと思え」
「じゃあ、その観客席から人様の事を無能だなんだと陰口を叩いてる馬鹿にも処罰はあるんだろうな?」
「それは事実だろう。
お前は戦いに負け続けていて、結果も出せていないじゃないか」
「そりゃ、俺は神操術なんて使えねぇからな」
「それは、お前の努力が不足しているという事だ」
でたよ。このクソみたいな理屈。
そもそも神操術の覚醒に努力が関与するなんて話に科学的な根拠はない。
実際、達人級の技術を持つ剣士でも神操術に覚醒していない奴もいる。
なのに、こいつは頑なにそれを認めない。
まるで自分の正当性を大声で叫ぶガキだ。
「じゃあ――!」
どんな努力をすれば覚醒するんだ?
知ってるから言ってんだよな。
そう言おうと口を開こうとした瞬間、親父の平手が俺を打つ。
神操術に覚醒している親父の身体能力は常人の数倍。
俺は軽々しく吹き飛ばされる。
脳に筋肉が詰まってるとしか思えない。
それくらい、この馬鹿は話を聞かない。
「言い訳ばかりしてないで少しは結果を出してみろ」
脳が揺れる。
親父の言葉を訊きながら、俺は簡単に意識を失った
◆
目を覚ました時、それは空の上だった。
「飛行船……だと……?」
窓から雲を下に見る。
それは間違いなく、大陸間移動用の飛行船の中だった。
「やぁ、起きたかい?」
二つあるベッドの一つに腰かけた男が、俺に話しかけて来る。
整えられた茶髪。
落ち着く印象を与える。
見た事の無い男だ。
「誰だお前……?」
「君と同室のラーンって者だよ。
君はあの大英雄の息子のアリバであってるよね?」
「同室……?」
「ここは魔境と言われる『イビア大陸』の調査隊を送る飛行船の中。
その机の上にお父上からの手紙があるよ」
指された手紙を手に取り中身を読む。
そうして、やっと状況を理解した。
親父の手紙の内容は要約すると「魔大陸で神操術を覚醒させるまで帰って来るな」という物だった。
「あんの、脳筋クソ親父が……!」
「まぁ飛行船に乗ってしまっている以上、途中下船はできないんだ。
諦める他ないだろうね」
魔大陸。
兵士の生存率は5年で50%を切る。
発見されている4大陸の中でも、特に生息する魔物が強い事で有名だ。
そこに勝手に俺を送る。
それは、死ねと言っているに等しい。
要するそれが、親父が俺に下した「処罰」って事なんだろう。
「ふざけんなよ……!」
そうして、俺の絶望的な冒険はスタートした。
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