第8話 カギを握るマネージャー

「先に行くにも地獄、前に戻るにも地獄」

 と、最初に考えたのであれば、慎重にことに当たる人であれば、きっと先に進もうとは考えないだろう。

 元に戻るという考えを持つに違いない。その時に、

「帰途のプラスアルファの危険性まで考慮に入れている」

 ということを考えるのであれば、それこそ、

「本当の慎重派、つまりは、石橋を叩いて渡ると言える人なのではないだろうか?」

 と考えられる。

 そういう意味で、あの時の結婚はしょうがなかったとはいえ、

「つり橋の上の自分」

 を見ることができなかったことが一つの後悔だったのだ。

 結婚して、少ししたくらいから、

「この人が見ているのは、私ではない」

 という感覚になってきた。

 最初の方は、

「君は何もしなくてもいいんだ。家事なんか、この僕がやるから」

 と言って、結構自分から動いてくれたのだが、次第に彼は、自分から動こうとしなくなった。

 そのくせ、

「家事なんかしなくていい」

 とは相変わらず言い続け、

「何言ってるの。私が家事をしないわけにはいかないでしょう?」

 というと、彼の態度が変わってくる。

 何かを言いたいのだろうが、喉の奥に引っかかっているかのように何も言おうとしないのだった。

「一体、どうしたの? 何が言いたいのよ。ハッキリ言ってよ」

 と、業を煮やして問い詰めるようにすると、彼は逃げに走っているかのように見え、何も言おうとしあい。

 確かに言いたいことがある雰囲気なのだが、それを自分の口から言うのではなく、どうやら、美月に気づいてほしいという様子だった。

 今度は何も言わない代わりに、たまってきたストレスを発散させることができなくなり、切羽詰まっているようだったが、当事者であるがゆえに、美月にはどうすることもできなかった。

 そして厄介なことに、彼が手を出したのが、ギャンブルであった。

 気づいたのが比較的早く、借金も最小限度のものであったのは幸いだった。

 ギャンブル依存症になりかかっている彼と、調停によって離婚を成立させ、借金を背負わずに済んだという程度で、離婚ということで失うものは大きかった。

 元々、そんなに大きなものを結婚によって得られたわけではなかったが、自分が得たと思っていた幸せが大きかったということと、マネージャーの忠告通りになってしまったことで、自分に、

「男を見る目がない」

 ということが確定してしまったということを立証しているようで、情けないともいえるだろう。

 離婚することは最低限のことであり、この先どうすればいいのか、分かるはずもなく、途方に暮れていた。

「結婚生活に、マネージャーはいないんだ」

 と思い、自分がマネージャーにいつも助けられていたということを思い知った。

 自分のマネージャーをしてくれていた人とは、結婚を決めた時に気まずくなってしまい、連絡も取っていない。

 今さら連絡が取れるわけもなかったのだが、実はそのマネージャーも会社を辞めていて、消息がつかめないようだった。

 そもそも、彼が会社を辞めた理由が、

「美月のことをちゃんとフォローできなかった」

 というのが、その理由だったという。

 だが、彼女とすれば、辞めることに関しては、担当が美月でなくとも、辞めようという思いはあったようだ。

 ただ、美月ほどインパクトの強い相手がいなかったということで、自分の逃げ道として美月を利用したかのように感じている自分に対して、自己嫌悪に陥っている部分もあったようだ。

 だから、きっぱりとマネージャーを諦めて、話とすれば、田舎に帰ったという話だった。

「そういえば、田舎は農家だからといって、イベントなどには、よく差し入れてくれていたっけ」

 というのを思い出していた。

「帰れるところがある人はいいな」

 と思った。

 美月は、何かを失う時のショックは、そのほとんどがかなり大きなものだったりする。死んでしまったり、マネージャーのように、自分のせいにされてしまっていたりと、

「どうして、いつも自分ばっかりがこんな目に遭うんだろう?」

 と思わずにはいられなかった。

 それも、

「つり橋の上の自分」

 を最近になって感じるようになったからだ。

 それは、その頃から頻繁に夢を見ているような気がしたからだその夢というのが、

「つり橋の夢」

 であって、気が付けば、

「先に進むか、元に戻るか?」

 ということを考えているのだ。

 結果としては、元に戻ることで、事なきを得ているのだが、果たして現実世界で、元に戻ることができるのだろうかということを絶えず考えているような気がする。

 元に戻ることのできる冷静な目で見ることができる、夢の中の自分。

 現実世界では、先に進むことだけが現実だとしか思えないという自分。

 そのどちらも同じ自分なのに、夢の中で感じる自分が二人いて、

「前に戻る自分と、先に進む自分はどちらも、自分であり、夢の中では主人公である自分と、夢を見ているという自分との二人が、自分として君臨しているんだ」

 と考えられるのだった。

 自分が夢を見ているという感覚が、最近は結構ある。

 以前にも夢を見ているという感覚がある時、夢の内容を忘れないことが多かったような気がする。

 つまりは、

「夢を見ているという感覚がある時、その夢が怖い夢だという意識だけを持っていて、実は見ているわけではない。後になって思い出すのは、意識の中に潜在しているものを、目が覚めてから、自分の都合のいい解釈で組み立てるからではないか?」

 と考えたが、

「それなら、どうしてわざわざ怖い夢を感じてしまう」

 というのか、自分でもよく分からない気がしたのだった。

「夢というのは、潜在意識のなせる業」

 と言われるが、

「夢は見ているものではなく。目が覚めてから辻褄を合わせようとして、自分なりに都合のいい解釈で、組み立てるものではないか?」

 と考えるようにもなっていった。

 つまり、

「正夢というのは、夢に見たことが起こったわけではなく。起こったことを逆に、夢の中で都合よく組み立てる気持ちになるから、辻褄が合うのは、当たり前のことだと言えるのではないか?」

 と考えられることであった。

 正夢について、ずっと考えてきたが、なかなか答えが出なかったはずなのに、ふとしたことで、ふとした時に、ふっと思いついたことが、今では、

「これこそが正解ではないか?」

 と感じるようになった。

 その思いが、夢をいかに考えるかということと、現実世界との結界まで結び付けて考えられるような気がした。

「夢と現実の結界」

 そんなものって、本当にあるのだろうか?

 美月がみのりのマネージャーになって、

「皆さんのスケジュールを私の方で管理します」

 と言って、五人で活動しているところに現れた時、晴香の方では、美月の存在に気づいたが、美月の方では気づいていないようだった。気づくというよりも、誰の顔もまともに見れないほど、忙しいという雰囲気であった、

 美月が気づいていないようなので、わざわざ名乗り出ることもないと思っていたが、その翌日から、美月の視線が気になり始めた。

 今回の興行は五日間くらい、この土地に滞在し、地方のショッピングセンターなどで小さなステージを作ってもらい、そこで活動するというものだった。

 子供だけではなく、彼女たちのファンも遠征に同行してくれるという噂もあったので、事務所としても力の入れどころのようだった。

「さすがに、地下アイドルの力は、舐めたものではない」

 と言えるだろう。

 宿も久しぶりにホテルに泊まれて、温泉付きというのはありがたかった。

 皆が浮かれている中で、みのりだけが憂鬱な表情をしていた。それに気づいた晴香は、

「ストーカーのことが気になるの?」

 と聞くと、

「ええ、そうなのよ」

 と答えた。

 ここで敢えて、

「マネージャーさんには相談したの?」

 と聞いてみると、

「相談したんだけどね。何とも要領を得ない感じなのよ。だから、私の方は不安で不安で」

 と言っていた。

「とりあえず、皆いるから大丈夫だと思うんだけどね。なるべく、一人にはならない方がいいと思うわ。マネージャーと一緒にいるか、それが無理なら、私が一緒にいてあげる」

 というと、

「じゃあ、一緒に寝てくれませんか? 私一人だと怖くて」

 というではないか。

 今日の宿は、ベッドもセミダブルで、結構広い。少々無理をすれば、二人で寝られないこともない。一瞬、晴香は躊躇したが、真っすぐにこちらを見つめて、本当に怖がっているその様子を見ると、

「うん、分かったわ。とりあえずは、今日は一緒に寝ましょう」

 というと、

「うわぁ、ありがとうございます。本当に一人になるのが怖いんです」

 と言って、嬉しそうにしながらも、怖がっている。

「マネージャーさんにも許しを得ないといけないんじゃないの?」

 と言われたみのりは、

「ええ、さっそく連絡してみます」

 と言って、携帯で連絡を取った、

「いいってお許しが出ました。晴香さんによるしくと言っておいてくださいとのことでした」

 と言われて、

「ええ、分かったわ。マネージャーさんも大変でしょうから、私でできることであれば、してあげるわよ」

 というと、

「ありがとうございます。やっぱり、晴香さんは私のお姉さんも同然なのね」

 と言って、まるで少女のようにはしゃいでいるのを見ると、こちらも、甘えてくれる妹ができたようで嬉しかった。

 夕飯は、レストランで皆一緒の食事だったが、それから就寝までは自由行動である。

 食事は七時半には終了するので、そこから一応就寝時間は十時と決められた。

「睡眠不足ではいいパフォーマンスはできませんからね」

 と言っていたが、若い女の子が数人揃えば、そう簡単に眠りに就けないことは分かっている。

 普段から、単独の活動が多いので、マネージャーと二人だけでの興行は寂しいものがある。

 夜だって、本当にやることもなく、一人でゲームをしているくらいしかないのだが、たまにそのせいで夜更かしをすることもあるが、基本的にはいつも一人である。

 そんな毎日を過ごしているとさすがに寂しく、

「夜長というものを、嫌というほど意識してしまう」

 と感じていることだろう。

 今回のように、いい宿でないことも多く、日本家屋の民宿のようなところでは、夜にお風呂に一人で入りに行くのも怖いというものだ。

 夏の時期は、幽霊が出るかも知れないという恐ろしさと、冬は、寒さで、布団から出たくないという思いも手伝ってか、

  今回の遠征は、時期的には寒くもなく暑くもないという、ちょうどいい時期であった。こういう時こそ、夜長を本当であれば楽しむのだろうが、アイドルとしての自覚から、最初は、

「今日は夜更かしだ」

 と思っていても、十時が近づいてくると、本当に眠くなってくるもので、誰か一人のテンションが下がると、後は、起きているだけで時間が長く感じられ、

「早く寝てしまった方が勝ちなのではないか?」

 と考えるようになった。

 他の子たちも、誰かの部屋に行って話をしているかも知れない。その証拠に、みのりは誘われたらしい。

「いいの? あっちに行かなくて」

 と、少しひねくれた気分で晴香がいうと、

「いいのよ。晴香おねえさんが一緒にいてくれるだけで、私は嬉しいの」

 と、みのりが言った。

「そんな風に言ってもらえるほど、私はしっかりしていないわよ」

 というと、

「そんなことはないわ。私はおねえさんに憧れているんです」

「どうしてなの?」

「おねえさんは、地下アイドルの出身でもないのに、失礼ですけど、私たちのように若くもないのに、アイドルを目指しているというところがすごいと思うんですよ」

 というので、晴香は、急に恐縮した気持ちになり、何と言って言葉を返していいかわからず、言葉を失ってしまったのだ。

「私は、子供のことからアイドルに憧れていた」

 と言って、ごまかしていたが、小学生の頃はアイドルヲタクだったのは間違いのないことだった。

 だが、当時のアイドルというと、テレビ番組の企画で、

「アイドルを目指せ」

 という形のドキュメントものから、アイドルとしての知名度を得るというものが多かった。

 当時は、まだ民放などが、ロウソクの炎が消える寸前に、パット明るくなるような感じであった。

「もう、消えていく運命にあるのは確定していて、どこまで延命ができるかということなのだろうが。ただ、灯火がすべて消えるわけではない、くすぶった状態なので、最後まであきらめるというわけにもいかない」

 というのが、民放だった。

 しかし、その頃から、有料放送の番組が増えてきて、特にスポーツ番組など、民放のゴールデンタイムにやっているプロ野球などは、今はたまに地元球団の放送をやっているくらいだ。

 以前、民放しかなかった時は、放送時間を延長しても、せめて一時間くらいであった。ほとんどは三十分くらいで、延長になった時は、以降の番組は繰り下げての放送だった。

 プロやキューのファンも、元々の放送時間のドラマなどのファンも、どちらにも中途半端なののだった。

「三十分延長しても、最後まで放送してくれないと、どこで終わるかというだけで、同じことだ」

 ということになり、ドラマのファンは、

「三十分繰り下げられると、予定が立たなくなる」

 ということであったり、録画して見ようと思っている人にとっては、いくら延長録画を競ってしてあったとしても、最初の方に、余計な番組がついていて、録画のテープを三十分も無駄に使ったのと同じである。

 どちらからも、文句が出るのは、どうしても、スポンサーの意向があるからだ。

 スポンサーとしても、ドラマのファンも、野球ファンも無視できない。妥協しての三十分なのか、そのあたりもテレビ局との調整で難しいところだ。

 放送局によっては、一切延長放送をしないところもあるが、そういうところは、えてして視聴率も悪いというものだ。

 そんなプロ野球ファンのために、有料放送が始まったのではないかと思われるが違うだろうか?

「民放だったら、ちょうどいいところでコマーシャルが入って、見れなかったり、試合の途中で放送打ち切りになったり、試合開始時間が六時からなのに、テレビ放送は七時からなどということは、有料放送ではない。

「あなたの贔屓のチーム、ホームゲームはすべて、最低でも試合開始から、試合終了までお届けします」

 という触れ込みである。

 しかも、スポーツチャンネルをいくつも用意しているから、贔屓チームのない人であっても、セットで申し込めば、好きなチャンネルをチョイスできる。

 一つのチャンネルがイニングまたぎの時間であれば、別のチャンネルが見れるというわけである。これはありがたいことではないか。

 しかも、一つのチームを完全に贔屓している、これは、

「有料チャンネルなので、見たくない人は契約しなければいい。契約している人は、このチームの贔屓ということで、思い切り偏った放送をしても、誰も文句を言う人はいないだろう」

 だからこそ、試合開始前には、選手へのインタビューコーナーであったり、イニングの途中などは、過去の栄光のフィルムを流してみたり、試合終了後も、球場の興奮を一緒に味わうということで、勝利の時のイベントまで放送するのは、実に至れり尽くせりである。

 もちろん、有料なのだから、それくらいあってもいいだろう。

「ただよりも高いものはない」

 と言われるが、有料であれば、いくらでも客中心の番組が作れるということで、

「どうして今までこのような発想がなかったのか?」

 と感じるほど、有料がありがたいと思えるというものだ。

 最近では、何でもかんでも有料となっているが、それも悪いことではないと思っている。

 レジ袋も有料だが、レジ袋を何かに使いたいが、無料なので、余計にほしいと言ってお、店側は、

「ない」

 というに違いない。

 しかし、今は、三年だったろ、五円だったりするわけだ。

「五円だったら、お金を払ってでももらおう」

 という人も他にはいるだろう。

 逆に、店側には、こちらがお金を払うのだから、文句は言わせない。

「ありません」

 と言おうものなら、

「商品じゃないか。置いていないとはどういうことだ?」

 とこちらが文句を言っても、相手は言い訳ができるだろうか。

 もし、何かを言えば、

「そんなのは言い訳だ。品切れさせておいて、何を偉そうなことをいう」

 と言って、文句が言えるのだ。

 有料になってしまうと、強いのは、お金を払う人間だ。今まで民放が、

「客よりもスポンサーの方が強い」

 というのは当たり前のことで、別にどこかのアルファベット三文字に日本放送協会のような、

「受信料なるもの」

 を取って、運営している放送局とは違う。

 視聴率という数字が、企画制作の成績となり、スポンサーがつかないと、いくら制作しても、放送されることもない。

 逆に、スポンサーが時間帯で枠を持っていても、企画ができなければ、その時間空いてしまうことになるのだ。

 確かに有料放送でもコマーシャルはあるが、それは、すべてを視聴者にゆだねてしまうと、その分視聴料が高くなってしまうという理由と、これは想像であるが、民放の場合は、ドラマがスポンサーありきなのだから、逆にスポンサーをなくしてしまうと、ドラマ自体を制作できなくなる。

 確かに、有料放送の多くは、かつて、どこかで放送された番組を、再放送するというものがほとんどだ。

 企画してドラマを作るわけではなく、著作権を払って、放送するという方が、安くつくのだろうか?

 ただ、視聴者の年配の人は、昔の番組の再放送を結構喜ぶところがある。これこそ、需要と供給がうまくいっていると言ってもいいだろう。

 今回のイベントは、地元のケーブルテレビと提携してのことだった。

 こちらも、有料放送の形をとっていて、今では結構入会している人も多いという。

 ケーブルテレビの場合は、有線なので、アンテナを自分でつけるわけではない。電話線のように、家庭に引き込んで、そこに有料放送を数十チャンネル視聴できるようにして、月額いくらで、民放、BSなども一緒に見ることができるというものだ。

 そんな放送局はローカル色を打ち出し、中には自治体の市議会などを中継したりもしている。

「何か地下アイドルに似ているかな?」

 という人もいる。

 地下アイドルというのは、元々は、音楽や楽曲を披露するための王道のアイドルを目指すものであった。

 かつては、その路線だったものが、次第にバラエティであったり、クイズ番組など、あらゆる番組に呼ばれるようになり、かつてのアイドルと違って多様化してしまった。

 しかし、王道のアイドルを目指すという路線を貫いているのが、基本的に地下アイドルと言われるものである。

 今では地下アイドルというと、まるで、野球でいえば、二軍のようなイメージでとらえられ、メジャー昇格を夢見ている選手たちというイメージであった、

 しかし、メジャーデビューしても、その内容はあまり変わっていないかも知れない。

 コンサートやライブ、さらには握手会などのイベント、そして、グッズやチェキ券の売り上げなどが、そのアイドルグループの中でのランクになってしまうのだ。

 特に、メンバーの多いアイドルグループというのは、

「選抜制」

 というのがあり。

 総選挙などが行われ、そこで選ばれたメンバーがテレビなどで、顔を売るというのが基本的なスタンスである。

 地下アイドルも、メンバーが多いところもあるが、基本的にテレビに出るわけではないので、ライブ会場に入れれば、どれだけのメンバーでもいいということになる。

 しかし、競争という意味もあって、グループをさらに細分化することもある、グループをユニットという形で細分化し、それぞれに活動させるというのも、多く行われている。メジャーデビューしたグループに多かったりするだろう。

 結構地下アイドルのファンも多いのではないだろうか。

 地下アイドルのファンにこそ、

「俺たちこそが、本当のアイドルのファンなんだ」

 と思っている人お少なくないだろう。

 地下アイドルの頃から注目していてそんな彼女たちがメジャーで売れた時、

「俺たちは、地下アイドルの時代からずっとファンだったんだ」

 と言って、にわかファンに威張ることができると思っている。

 しかし、実際にはメジャーデビューしたことで、これまでとは違って、

「自分たちは、もうメジャーなんだ。もう、マイナー時代のようなヲタクたちにファンでいてもらう必要はない」

 という思いのアイドルもいないとも限らない。

 ファンというのは、自分の好きなメンバーであれば、誰よりもその子のことが分かっているというものだ。

 少々の心変わりくらいは、ファンにはすぐに分かってしまうというもので、アイドルが舐めていると、ひどい目に遭いかねない。

「アイドルにストーカーをするやつもいるというが、気持ちは分からなくもない」

 と感じている人も少なくないだろう。

 実際に、アイドルのために、いくらでも使っている人がいる。数十万、あるいは、数百という人だっているかも知れない。

「自分の推しの女の子がセンターを取れるのであれば」

 とばかりに、プロダクションもうまく考えたもので、CDの中に、総選挙の投票権を入れて販売すれば、投票権だけを求めて、同じCDを数百枚と購入するファンだっているに違いない。

「センターを取ったら、俺がセンターに押し上げてやった一番の功労者なんだ」

 と思い込み、一気に近くの存在に感じるのではないだろうか。

 そこまでくると、ストーカーのようになったとしても、本人は意識がない。

「俺がストーカー? 何を言っているんだ」

 としか思わない。

 まわりの目が急に変わっても、推しの女の子だけが自分の味方であれば、それでいいという考え方である。

 美月はそんなファンと結婚してしまったこと嫌というほど後悔している。男というのがどういう生き物なのか、初めて知った気がした。AVの男優や監督が優しいだけに、ファンはもっと優しいなどと思ったのは、間違いだった。

 やはり、ファンにとって、アイドルというのは、疑似恋愛の対象でしかない。なるほど、アイドルグループによくある、

「恋愛禁止」

 というのも、こうやって考えてみれば、至極当たり前のことなのだ。

 まるでアイドルをおもちゃか何かと同じで、アイドルの方も、お金を使わせて、事務所を儲けさせ、ファンには淡い期待を抱かせるのだから、やっていることは、

「どの口がいう」

 と言われることだろう。

 しかし、アイドルをやる以上、それくらいのことを覚悟しておかなければ、先が続かない。その代表例が、美月というわけだ。

「そういえば、死んだあの人と、別れの時には喧嘩になったけど、それは、私の覚悟について言っていたような気がするな。彼の言っていることは間違っていなかったんだ」

 と感じた。

 晴香には、美月よりもそのことは分かっているつもりだった。

 だから、AVからアイドルに転身した時も、そんなに違和感がなかったのだ。

 晴香は最近、

「私は正夢を見るんだ」

 と思っていたところで、今回、みのりが、

「一緒に泊まってほしい」

 と言い出した。

「話は尽きることなどないはずだから、朝までずっと起きているでしょうね」

 と、言っていたみのりが、先に眠くなったようだ。

「なんだか、眠くて仕方がないの。このまま眠ってしまいそうなんだけど、いいかしら?」

 と言い出した。

「ええ、いいわよ。私もすぐに眠くなりそうだから」

 と言ったが、本当は眠気はほとんどなかったが、相手が眠ってしまうと、自分も自然と睡魔に襲われ、眠ってしまうことが分かっただけに、それ以上は何も言わなかった。

 実際に睡魔に襲われてくると、すぐに夢を見ているようだった。

 それが夢の世界なのか、現実なのか分からなかったのは、

「眠っているはずだ」

 という意識があるにも関わらず、同じ部屋のまだ眠る前と同じだからだ。

 すると、眠っていたはずのみのりが、部屋の外から帰ってきた。

「お手洗いにでも行っていたの?」

 と聞くと、

「ええ、そうだと思うんだけど、気が付くと、この部屋の扉の前にいたのよ。どこから繋がっているのか、意識がハッキリしない感じがするのよ」

 というではないか。

「私も、夢を見ているつもりだったんだけど、眠る前の続きにしか思えないので、夢を見ているという感覚はないの。だけど、起きているという感覚もなくて、おかしな感じなのよね」

 と、晴香がいうと、

「うんうん、私も同じ。今までに似たような感覚を味わったことがあったような気がしたんだけど、どこでだったのかしらね? ただ、その時にも誰か他に一緒にいたような気がしたんだけど、思い出せないの。でも、一つハッキリと感じたのは、もう一人の自分を見たような気がしたことなのね。その瞬間に目が覚めた気がしたんだけど、その時、もう一つ感じたのが、誰かと夢を共有しているような感じがしたことだったのよ」

 というではないか。

「夢の共有? 私もそれは感じたことがあります。確かにもう一人の自分がいたような気がしたんだけど、それがまるでドッペルゲンガーのような気がして、ゾッとしたのよ。その時のゾッとした気持ちが強すぎて、一瞬にして目を覚ましたのね。でも、ドッペルゲンガーだと思ったけど、それが夢だったということで、本当は忘れてしまいたい夢だったんだけど、忘れることができなかったの。それがきっと、誰かと夢を共有しているからではないかと、私は思ったんだけどね」

 と、みのりは言った。

「ドッペルゲンガーって聞いたことがあるわ」

 と、どういう話だったのか、思い出そうとしていたのだった。

 晴香は、最近、

「正夢」

 というものを意識するようになった、

 それは、自分のマネージャーに、正夢についての話を聞かされた時だった。

「私ね、最近正夢というのをよく見るような気がしているのよ。特にマネージャーになってからね。そしてそれを実感したのが、みのりさんのマネージャーをしている美月さんと話をした時だったの。彼女は、

「自分が正夢を見たおかげで、みのりをストーカーから助けることができた」

 と言っていたそうだ。

 みのりの言っていたストーカーの話は本当だったのだが、まさか美月が陰で助けてくれていたとは思ってもいなかっただろう。

「そういえば、私も最近、正夢のようなものをよく見るんですよ」

 と、晴香がいうと、

「そうね。私もきっとあなたならそうじゃないかって思ったの。あなたが、AVから、こっちの世界に転身してきて、あなたを見た時、私はあなたなら立派なマネージャーになれるって思ったの。だから、今のあなたは、これからの自分を見つめる一種の通過点ではないかと思うのよ。そしてね、正夢というのは、一種の夢の共有をしていることから成立するものなのよ。つまり、夢を共有できないと正夢は見れないし、正夢を見ないと、夢の共有はできないということ、だから、どちらか単独はありえないのよ」

 と、マネージャーは言っていた。

「じゃあ、その両方を感じていると、マネージャーになれるということ?」

「そうね、逆にいえば、その両方がないとマネージャーではやっていけないということ。人にはそれぞれ、天職というものがある。私も美月さんも、そしてあなたにも、その素質があるということなの。だから、あなたには私や美月さんを見つめていてほしいの。するといつかきっと、夢を共有できるはずよ。その時、あなたは、きっといいマネージャーになっているはずよ」

「マネージャーって、いったいどういう仕事なのかしら?」

「それはね、あなた自身が、正夢を見て、そして、その夢を共有する相手を感じることで見えてくるものだって思うの。私や、美月さんがそうであったようにね」

 と言って、マネージャーは穏やかな表情になった。

 AVを引退して、女優を目指し、所属した事務所から、その意向で自分がアイドルユニットを組むことになった、その時、因縁のある美月と出会ったことはただの偶然なのだろうか?

 これも何か、

「自分に対して、正夢ともいうべき見えない力が働いているのではないか?」

 と感じさせられたのは、何を意味しているのだろうか?


                 (  完  )

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正夢と夢の共有 森本 晃次 @kakku

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