第3話 最年長と最年少

 そんな中で晴美は、臨時ユニットに参加することになった。

「事務所を越えての新ユニット、テンパイガール」

 というグループで、五人編成であった。

 ここでいうテンパイというのは、

「マージャンなどでいう、リーチのようなものという意味と、もう一つは、天拝、つまり、点を拝むという意味」

 の二種類から名付けられた。

 前者は、

「リーチというと、公開しているので、相手に悟られやすいが、自力で引くこともできるが、テンパイというのは、リーチを含んだところで相手が振り込んでくれるという他力本願も含めたオールマイティな手段を表す。つまりは、目的達成という意味で、あらゆる努力を惜しまないという意味が込められている」

 ということであり、後者の方は、

「神頼みという意味合いもあるが、それだけではなく、天拝の儀式に用いられる能の舞台やその踊りのようなイメージをコンセプトにしたアイドル」

 ということであったのだ。

 そのため、ミュージックビデオなどでは、どこかのお寺や神社、歴史的な建造物の近くで撮影されたものを用いた。衣装も、十二単を模したものだったり、貴族女性の衣装だったり、もちろんレプリカであるが、それらを着て行うパフォーマンスは、それなりに人気があるようだった。

 普段はみんな、それぞれの事務所でそれぞれの活動をしていたので、皆が集合して、コンサートというようなことはなかなかなかった。

 最初の頃は、人のコンサートの前座的な地味な活動を繰り返していたので、皆それぞれ、このテンパイガールズを、副業のようなイメージでしかとらえていなかった。

 そもそも、臨時に結集したユニットであり、出資してくれる会社の意向で始まったものだったのだ。

 彼女たちが選ばれたのも、出資会社の中にいる、

「自称アイドルヲタク」

 と呼ばれている人のチョイスだったようだ。

 顔の好みだったり、ポスターのイメージによるものが大きく。実際にパフォーマンスを見て選ばれたわけではない。言い方は悪いが、

「適当に選ばれたメンバー」

 だったのである。

 そんなことを、メンバーは知る由もなかった。知っているのは、彼女たちのマネージャーくらいなのだが、彼女たちに対して、皆よそよそしいくらいに遠慮していて、それだけでも、

「何か怪しい」

 と勘のいい子は悟ったことだろう。

 残念ながら、晴香にはそこまで感じるだけの鋭さはなかった。しかも、おだてに弱いタイプなので、マネージャーとしても、扱いやすいと思っていたことだろう。

 ただ、メンバーの誤認はそれぞれに仲が良かった。ほぼ初対面のメンバーで、皆ほとんど知られていない面子だったこともあって、却って仲良くなれたのだ。みんな無名なこともあって、上を目指そうと思っている人にとっても、今回だけの特別な活動だと思っている人にとっても、今までまわりはみんな有名な人ばかりだったこともあって、気を遣ったり遠慮ばかりしていないといけなかったりしたのだが、そんな気遣いは一切いらなかった。

 メンバーで一緒にいる時は、まるで女子会のノリだった。特に、晴香以外のメンバーはみんな地下アイドル出身で、二人は、半ば強引に卒業させられたり、一人は、スキャンダルによって、クビになったり、もう一人は、学業に力を入れている間に、あっという間に隅っこに押しやられ、自分から辞めなければいけないところに追いつめられることになってしまったという、

「苦労や挫折を嫌というほど味わった」

 という、そんな人たちだった。

 晴香は地下アイドル出身ではなかったが、一度挫折を味わった人には、晴香のことが見えているようで、晴香は自分のことを話さないが、

「彼女なりの挫折や、紆余曲折による、波乱万丈な人生を味わってきたんだろうな」

 とメンバーはみんな感じているようだった。

 その雰囲気が伝わってくることから、晴香は嬉しかったのだ。

 そんな誤認グループの中で一人、晴香のことをいつも見ている女の子がいた。

 五人の中では一番最年少で、まだ、十五歳だという。八歳も離れていると、話が通じないのではないかと思い、晴香のようでは遠慮して話しかけることはなかった。もっとも、他の女の子にもこちらから話しかけることはなかったので、実際にみんながどんな感じなのか分からなかった。やはり自分以外がみんな地下アイドル出身で、下積みを知っているというところからの遠慮があったのだろう。しかも、最年長ということもあり、お互いに勝手に、

「話が通じないんだろうな?」

 と思っていたのだ。

 その子は名前を、仙崎みのりと言った。彼女はおとなしそうに見えることで、年齢が十五歳と言われて、

「えっ、もっと上かと思った」

 と皆から言われるという。

 それを本人はあまりいい気持ではなかったようだ。実際の自分は、まだまだ少女だと思っていたので、アイドルになったのであって、大人っぽく見られるというのは本意ではなかった。

 どうしてなのかと聞いてみると、

「だって、若いうちから落ち着いてるって言われたら、年齢がかさんでくるうちに、どういう態度で臨めばいいか分からなくなるでしょう?」

 と言っていた。

 なるほどそうだ。

 確かにアイドルということになれば、年相応に思われる方がいいのかも知れない。だが、年齢と実際のギャップとを売り出そうと思っているのだとすれば、目論見が外れたと言ってもいいだろう。

「私のような年上を意識しているところが、年齢よりも高めに思われる理由じゃないかしら?」

 というと、

「私、同年代の人とあまり話をするのが苦手なんです」

 という。

「それは女の子という意味?」

 と聞くと、

「そうじゃないんです、男女ともに年上が気になるんです」

「男の人の年上に憧れるのは分かるけど、じゃあ、女性に対しても年上が気になる理由があるのかしら? 自分のことを幼く見られるのを嫌っているという反面があるから、年上に憧れを持つというような感じじゃないのかな?」

 というと、

「そうなのかも知れないんですが、私は年上の人に憧れているというよりも、いろいろ教えてもらいたいという感じなんですよ」

「じゃあ、姉御肌の女性を慕うという感じになるの?」

 と聞かれたみのりは、

「そうなのかしらね? 叱ってほしいという感覚もあるのかも知れないわ」

 というのを聞いて、彼女がM気質なのではないかと感じた。

「叱ってほしいというのは、母親やまわりの大人からあまり叱られた経験がないからなの?」

「そうじゃないんです。親からもまわりの大人からも、結構叱られた経験があるんですけど、完全に、親が子供を叱るという感じでしかないんですよ。私は年上の人が、年下を叱るという他人ではあるけど、親友に叱られるようなそんな感じを味わいたいんです。親に言われれば、どこか反発する感じがあるじゃないですか。でも、自分が大人の女性と認めた人から叱られると、本当に真摯に受け止めようと思って、自分がしゃっきりとするのではないかと感じるんです」

 とみのりは言った。

 それを聞いて、晴香は、

「彼女は、思ったよりもしっかりしている感じなのではないだろうか?」

 と感じた。

 年上のお姉さんから叱られたいというのを、M気質だと思った自分が恥ずかしいと思ったくらいで、どうやら、この子は真剣にアイドルを目指し、いずれ大人の女になろうという設計が。自分の中でできあがっているのではないかと感じられた。

 彼女が最初に話しかけてきたのは、最初のイベントで一緒になった時のことだった。

 それまでまわりの人に対して、一線を画していた晴香だったが、みのりの視線に気づいて、包み込むような余裕のある笑顔を見せようと思い、却ってぎこちなくなって、思わず笑ってしまった時のことだった。

 その顔を見て、晴香はぎこちない笑顔を示してしまったことに対して、

「しまった」

 と思ったのだが、みのりは、晴香の笑顔に救われた気がしたのかもしれない。

 晴香の笑顔がみのりの何を救ったのか、晴香には分からなかったが、最年少ということもあり、しかも、任意に集められたことで、今まですべて自分の意思で決めてきたことが、今回は半強制的な状況に大いなる戸惑いと不安を隠しきれなかったのかも知れない。

 そんなみのりには精神的な余裕がなく、アイドルとしての笑顔も忘れてしまったかのように、まわりを寄せ付けなくなっていたのではないだろうか。その証拠に結成から晴香の笑顔に救われるまでの五人の中で、一番不人気だったのは、みのりだったのだ。

 最年少ということもあり、

「一番ぎこちないのは仕方がない」

 ということは、ファンにも分かっていたことだろう。

 そういう意味で、仕方のないぎこちなさは差し引いてファンも見てくれるはずなのに、人気が最低だということは、かなりアイドルとして致命的だったのかも知れない。

 その事実を、マネージャーから言われ、諭されていた。

「このまま不人気が続けば、今回のプロジェクトだけではなく、事務所としても、君の売り出し方について、根本から考え直さないといけない」

 と言われた。

 それは、マネージャーとしては思っていても、簡単に言ってはいけないことではないだろうか。そういう意味で、このマネージャーは、少なくとも彼女にとって、

「いいマネージャーだ」

 とは言えないだろう、

 そういう意味でも、彼女のプレッシャーはかなりのものだった。

「このまま投げ出してしまおうかしら?」

 とまで考えていたようだった。

 その思いがさらにぎこちない態度を生み出し、せっかくの仲間からも浮いてしまった状況になり、そんな自分の心境を周りに悟られたくないという思いと、誰かに分かってほしいという思いとが交錯し、一層の戸惑いと、プレッシャーが彼女を襲うのだった。

 レッスンをやっていても、圧倒的に合わせることができないのが、みのりだった。

 本来であれば、もう少しソロで活動し、知名度が上がってきてからのユニットというのが、それまでのアイドルの形だったのに、第一ステップも、まだまだこれからなのに、いきなり第二ステップを第一ステップの成長とともに行わなければいけないことは、数倍の気遣いが必要だった。

 それでも何とかやってこれたのは、地下アイドルという下積みが身についていたからではないだろうか。

 まわりの反応がいかにつらいものなのかということを、初めて知らされたみのりは、地下アイドルの経験がなく。二十三歳になる前の経歴があまり鮮明ではないという晴香にある意味で最初から興味があった。

「一体、何をしていた人なんだろう?」

 という意味で、絶えず晴香のことを意識しながら見ていた。晴香もその視線に少しずつ気づいていくようになったのだが、

「あの子、何を気にしているんだろう?」

 と、最初はみのりに対して違和感しかなかった。

 興味を持ってくれているのが分かったのだが、晴香にとっては、他の四人は、

「自分の経験のない地下アイドルという下積みを経験しているだけに、強いに違いない」

 という意識から、彼女なりに、一目置いていたのも事実だった。

 一人だけ孤立していたという意識があったのも事実だった。

「私だけが……」

 という思いが強く、しかも最年長、

「最初に崖っぷちに立たされることになるのは、きっと私だ」

 と晴香は感じ、

「いや、すでに立った状態に置かれているのかも知れない」

 とさえも思っている。

「なぜ、こんなユニットが必要だったのだろう?」

 と思うと、晴香は、

「私を陥れるために築かれたユニット」

 とまで感じるようになっていた。

 元々、被害妄想なところがあり、だから集団での行動は苦手だったこともあったのが、晴香が、

「いつも、悪い方にばかり考える」

 という性格を作りだしたのかも知れない。

「苦しいのは私の方よ」

 と、みのりが苦しんでいるのは分かっていたが、相手のことを思いやる余裕までなかった。

 しかし、自分でもどうしてあんな中途半端な笑顔が出たのか分からないと思いながらも、みのりの笑顔に、

「どこか救われるかも知れない」

 と感じた。

「悩んでいる人間のことが、悩んでいる人にしか分からない」

 と思ったのだが、それは、悩みの内容まで分かるわけではなく、

「相手も同じように何かに悩んでいる」

 ということだった。

 相手の悩みが分かってしまうと、最初から限定的な狭い範囲でしか相手を見ることができない。しかし、漠然と悩みがあるということを感じていると、相手と話をするまでに、いろいろと想像することができて、第一印象はかなり広い気持ちで見ることになるだろう。

 話しかけるまでにはそんなに時間がかからないが、その間に相手に対しての考えを、

「ああでもないこうでもない」

 と考えることに、かなりの時間を使っているように思うのだった。

「これって、まるで夢を見ている時の感覚ではないだろうか? 夢というのが、目が覚める前の数秒で見るものだということを考えると、今のこの時間の長さの感覚は、まるで夢の中にいるかのような感覚ではないだろうか?」

 と言えるのではないかと考えていた。

 そう思っていると、晴香は自分の過去と、みのりという女の子が今の自分の年齢になるまでに、どのような経験をするのかということを想像していた。

 それは、普通なら二次元的に、相容れない想像が頭の中にあることが当然であり、まったく違った曲を、同時に聞かされることで、そもそも何の曲なのかが分からないというのと、感覚的に似ているのかも知れない。

 晴香は、まず、

「自分の過去と向き合わなければならない」

 と考えた。

 晴香は、今の事務所で、芸能界デビューをする前は何をやっていたのかというと、

「AV女優経験者」

 であった。

 主役というわけではなく、どちらかというと、企画ものの女優という感じだった。

 AV女優というのは、女優を中心とした作品もあれば、企画ものと言って、その場のシチュエーションなどによって、制作されるもので、一種のジャンルと言ってもいい。

 例えば、レイプものであったり、童貞キラーもののドキュメント系、あるいは痴漢、盗撮などのようなものなどがその種類であり、女優がメインというよりも、シチュエーションで男の気を引くというものである。

 だから、企画女優は、きれいなお姉さんであったりしても、ビデオなどに名前がクレジットされていない場合が多い。

 女優物のケースの写真には、あたかも主演女優の名前をハッキリ謡っていて、店でも、女優ごとに陳列されているが、企画ものはジャンルでひとくくりにされているために、女優が誰かなどというのは、知っている人も少ないだろう。

 それだけにインパクトはあっても、覚えられているということはほとんどない。

 あまりまわりの人に知られたくない女の子にとってはそれがいいのだろうが、

「AV女優として生きていく」

 と考え、この世界に飛び込んだ人にとっては、ストレスがたまる一方ではないだろうか。

 昔に比べれば、今は、

「AV女優になりたい」

 と思っている人も少なくないかも知れない。

 晴香の場合は、そこまでAV女優というものを、最終目標にしていたわけではなかった。

 むしろ、中学時代まではまったく目立たなかった自分に、嫌気がさしていたくらいで、

「どうせ私は」

 と、ひねくれていたりした。

 何しろ、思春期を迎えているのに、男性陣は晴香に興味を持ってくれない。

 何か、皆自分にぎこちなく、変な気を遣っているように思えたのは、変なプレッシャーを与えるものだった。

 そういう意味で、今のみのりを見ていると、

「あの頃の私のようだ」

 と考えさせられる。

 あの頃の晴香は、あの時、街でスカウトに声を掛けられなければ、

「今の自分はなかった」

 と思っている。

「お嬢さん、ちょっといいですか?」

 と最初は、キャッチセールスだと思い、敬遠していた。

 しかし、晴香のその時は、

「今まで誰からも気にしてもらえない自分に、セールスとはいえ、声をかけてくれる人がいるなんて」

 という思いがあった。

 そのおかげで、

「あなたのその笑顔。それが私の興味を引いたんです。私はこういうものです」

 と言って、名刺をくれた。

 聞いたことのない芸能プロダクションだったが。まさかそれがAVだと思いもせず、ノコノコと喫茶店について行ったのだ。

 喫茶店で、彼は奥歯にもののはさかったような言い方で、

「実は、我々はAVの仕事のスカウトなんです。いきなりの女優というのは難しいとは思いますので、あなたに興味があれば、私は全面的に協力するつもりですよ」

 と、まるで、今の自分の気持ちを見透かされているかのように思い、少し委縮していた。

 その委縮というのは、AVの仕事に対してではなく、目の前のスカウトに対してだった。彼の話を聞いていると、

「私にもできるんじゃないか?」

 と考えるに至った。

 その時、

「企画女優として売り出したい」

 と言われ、それが女優として目立つ仕事ではないということを言われた。

 晴香にとって、自分がステップアップする機会であり、しかも、女優として売り出すというわけではなく、企画女優の中から、その先を模索していきたいという方針を聞かされて、かなり興味を持ったのも事実だった。

 それでも、当時はまだ十八歳、当時としてはまだ未成年である(令和四年四月からは成人は十八からになる)ため、親の同意が必要だった。

 それが、契約するということであり、親にスカウトを遭わせて話を聞いてもらうと、

「いいわよ。私たちは反対しない」

 と、かなりあっさりしたものであったが、その真意がどこにあるのか分からなかった。

 そういう意味で、親が何を考えているのか分からない分、相当不気味な気はしたが、それもしょうがないと思った。

 少なくとも、自分が変わることができる最初のチャンスであることに違いはない。

 晴香は、それまでのまったく目立たなかった性格で見ていた世界と、これからの世界がまったく違った形で見えてくるのだと思った。

 色も違えば、まわりを意識する目も変わってくる。その分、まわりが自分を見る目も違うだろうから、不安と期待が両方あった。

 しかし、実際に後戻りできないところまで来ると、覚悟はあっさりと決まった気がした。

 晴香にとって、

「来るべき時がきた」

 と言ってもいいだろう。

 こんな時期が来るのを分かっていた気がしているし、今は自分についてくれたマネージャーを信じるしかなかった。

 事務所自体はそんなに多くはなかった。自分を含めて、女優として契約しているのは、十人にも満たない。

 そのうちで、女優として名前が全面に出ている人は、三人だった。

 他の企画女優のほとんどは、

「私もいずれは、名前が残る女優になるんだ」

 という道を目指していて、晴香のように、

「名前は出なくてもいいから」

 という控えめな女の子は珍しかった。

 事務所の人も珍しいものでも見るような目で晴香を見てきたが、晴香にもそれなりに覚悟があることが分かり、却って晴香のことを貴重な存在に思えてくるのだった。

「君はそれでいいんだ」

 と、いつも事務所の社長からはそう言われていて、晴香も悪い気はしていなかった。

 ある程度の作品に出演していた晴香だったが、女優として売れているわけではないので、彼女のイメージとして売っているのであれば、ある程度の年齢がくれば、進路をどうするか、考えどころである。

 それはアイドルとしても同じことではあるが、AVの世界では、このまま自分の路線で行くのか、それとも、年齢を重ねるごとに、役柄を変えていく、つまりは、ロリコン志向から、OL志向、さらに若妻、そして熟女路線と、華麗に乗り換える人も少なくはないだろう。

 しかし、あくまでも、その人の求められる需要が、ロリコンだとすれば、同じ俳優が若妻を演じても、それまでのファンは離れるだろう。

 そこで、新たなファンの獲得ができなければ、生き残るのは難しい。

 しかし、元々彼女を知らないファンが路線変更した時点でつくかも知れない。もちろん、若妻としてみるところがあればの話であるが、元々女優で売り出した人には、そのハードルは高いのかも知れない。

 だが、晴香の場合は企画女優である。彼女の魅力というよりも作品と彼女が合っているかということでの起用なので、

「晴香あっての作品ではなく、作品があっての晴香というのが求められていることなのだ」

 ということであった。

 したがって、晴香の方も、自分に合った作品に巡り合えばそれでいいのだ。それはまわりが自分を必要としてくれれば、成立するものであり、女優でやってきた人が、自分の路線を変えるということよりも、ハードルは低いのかも知れない。

 その理由は他力本願だからだろう。

「自分が望んだわけでもない作品で、嫌と言わずに頑張ってきたことが、これからの自分を作り上げていくんだ」

 と晴香は思っていた。

 このまま、AV女優を続けていくつもりだったが、ある時、社長に呼ばれて、

「こちら、ある芸能プロダクションの方」

 と言って紹介された。

「どういうことですか?」

 と聞くと、

「君はこれからも、Avで行くつもりない?」

 と聞かれたので、

「私はそのつもりですが?」

「君をスカウトしたいと言ってきているんだけど、どうだろう? 女優の道を模索するのもいいかも知れないと思ってね」

 と社長は言った。

 実は二人は昵懇であり、AV社長のようは、晴香を持て余していたところ、芸能社長の方が、

「だったら、引き受けよう、元アダルト出身として売り出すかどうかは別にしてね」

 と言っていたようだ。

「ただし、君の売り出し方には、文句を言わないでほしい。というのが、君がAV出身だということを君の売り込みに使うかも知れないということだ。つまりは、我々は、元AV女優としての君をほしいと思っているんだ」

 と、芸能プロの人は言った。

 晴香も、そのことに関しては異論がなかったので、

「じゃあ、それでお願いします」

 ということだった。

 まるで、プロ野球の金銭トレードのようだ。AV会社の方にもいくらか入るのだろう。

 それにしても、企画女優である自分に対して、どうして興味を持ったのか、そもそもどこがいいのか分からなかった。

 アダルトでいくには企画からだと延命はしやすかった。企画の基準を変えればいいだけで、今までのギャルやロリコン路線から、若奥さんや、OL系に作品の方をシフトすればいいだけだ。

 そういう作品はいくらでも企画されるし、需要もある。見る男性も、

「誰でなければ見たくない」

 などというものはなく、却って女優に対しては。自分の抱いているイメージを求めるものだ。

 そういう意味では自分にファンはなかなかつかないかも知れないが、この世界で細く長く生き残っていくにはいいかも知れない。そう思っていたはずなのに、いきなりのスカウトに、ビックリさせられた晴香だったのだ。

 晴香は、社長に言われる通り移籍することになったが、最初からうまくいくはずもない、

「芸名は今のままで」

 ということになったが、そもそも、AVでも名前が売れているわけではない。そういう意味では自分の名前がテレビに出るかも知れないと思うと嬉しくなり、将来を楽しみに思うほどであった。

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