第2話 アイドルの話
今年、二十三歳になる一人の女の子がアイドルデビューした。
彼女は地下アイドルを経ているわけではなかったが、それまで誰も知らなかったはずなのに、いつの間にかデビューしていたという感じであろうか。
ちなみに地下アイドルというのは、かつてのアイドルというと、歌謡番組に出たり、たまにバラエティ番組に出て、コンサートツアーなどを行っていたのだったが、最近のメジャーアイドルは、王道の歌謡版食いに出たりというのは少なくなっている。
実際にテレビ界も様変わりして、以前のように、毎日どこかのチャンネルで、歌謡番組をやっているという時代ではなくなってきた。そのため、いろいろなアイドルが増えてきたと言ってもいい。
バラエティはもちろん、声優の世界であったり、ドラマや舞台、境域番組などにも出ていたりというもので、アイドルの形が多種多様化してきたのだ。
それは、
「アイドルとしての寿命は短い」
と言われていることにあるだろう。
二十代後半ともなれば、アイドルとしては、年を取りすぎている。もっと若い人たちにとって代わられるのは、アイドルの世界だけではない。
スポーツなどであれば、コーチや監督という、後進を育てるという職もあるだろうが、アイドルの場合はそうもいかない。
ある時期に、そのことに気づいたプロデューサーが、
「数年後には卒業してもらう」
ということを条件に、アイドルを続けながら、
「手に職」
を付けることで、他の道をも模索するようになってきた。
そんなアイドルの世界は、実際に厳しい。
「卒業するまで活動できずに、辞めていく子もたくさんいる」
というのも事実で、実際に卒業という時になって、人生の悲哀を感じるというのも事実だろう。
本当は、卒業ではなく、引退なのだ。
「せめて、卒業という言葉で彼女たちをねぎらおう」
という気持ちが、卒業という言葉の現れであってほしい。
ただ、この言葉を理由にして、
「使い捨てをごまかすための言葉だ」
ということになっていないことを祈りたい。
それを思うと、オーディションを勝ち抜いてやっとの思いでなったアイドルの世界は、入ってしまえば、地獄でしかないという人もいるだろう。
「恋愛禁止」
などという縛りもあったりして、まだまだ若い彼女たちに、その理由が分かるわけもないかも知れない。
本当の意味を知らないと、辛いだけに違いない。
昔から、アイドルは危険な商売でもあった。昭和の頃には、アイドルが隠れて付き合っていた男性がいて、その男性との別れ話がこじれたのか、男の方が逆恨みし、ホテルでいちゃついている写真を、週刊誌に送り付けたりしたということもあった。
そうなってしまうと、さすがにアウトで、イメージが商売のアイドルには致命的であった。
今の時代であれば、ストーカー防止法の検知から、その男を訴えることもできるだろうし、法律があるだけで、逆恨みをしないという抑止力も働くかも知れないが、当時はそうでもなかった。
付き合っていた男が悪かった。つまりは、見る目がなかったということなのか、それとも、相手がそこまでのことをするだけのことを、そのアイドルがしてしまったのかは分からないが、そのせいで迷惑をこうむったのは、そのアイドルだけではなく、売り込みに必死になっていたプロダクションであり、彼女のファンではないだろうか。
「裏切られた」
と言っても過言ではない状態で、そのアイドルは四面楚歌状態だったに違いない。
元々は何が原因から分からないが、誰一人としてそのことで得をした人間もいないし、ましてや幸福になった人間もいない。そういう意味で、悲惨な状態なのは、間違いのないことだろう。
また、最近では通り魔のようなファンに狙われるということもあった。変なファンや、異常な感情を持ったファンによる犯行なのだろうが、特にアイドルという仕事は、
「ファンにグッズやチェキ券、CDなどを買ってもらってなんぼ」
と言われるだけに、推しに対してのお金の使い方が半端ではないファンも少なくはない。
そんなファンが逆上すれば怖いというもので、そんなファンとどのような立ち振る舞いをするかというのが相手の心情を惑わすことになりかねない。
「相手が勝手に、自分のことを恋人だと思い込んでいた」
というほどのあざとさがアイドルにあれば、それは浅はかだと言われるだろう。
しかし、お金を使わせてなんぼという世界なのだから、その線引きも難しい。
「まるで、キャバクラのようじゃないか」
とも言えるだろう。
相手をおだてて、いくら高い酒を入れさせるかということである。
そういう意味ではキャバクラもアイドルもどこか似ている。
キャバクラでは、用心棒がついているかも知れないが、アイドルには用心棒というわけにもいかない。何しろ、アイドルというのは、地下アイドルも含めると、かなりの数だろうからである。
アイドルの恋愛禁止は、そんなアイドルたちを守るためだと言えるだろう。
もちろん、アイドルである以上、
「アイドルというのは、ファンがお金を使って、疑似恋愛というものを、ファンに妄想させる」
というのが、商売である。
だから、余計な妄想を抱く輩がいないとも限らないし、お金を使いすぎて、勝手な妄想に至ってしまい、さらに、お金が無くなったことに気づいても、まだ入れあげてるために、借金を重ねるファンもいるだろう。
そうなってしまうと、本末転倒なことなのだが、そうなると、逆恨みの可能性も出てくる。
そんな状態で、自分の推しに、彼氏がいるなどということが分かれば、どう思うだろう?
逆恨みがその相手の男に向く場合もあるし、裏切られたという感情からアイドルに向く場合もある。
「可愛さ余って、憎さ百倍」
というやつである。
そんなアイドルを守るのが、
「恋愛禁止」
というルールである。
中には、そのリールを破って、密かに男と付き合っていて、週刊誌からスクープされることも多い。
今ではSNSというものがあるので、ファンが思っていることを匿名でいくらでもコメントができるので、辛辣なものも多い。
しかしそれだけに本音が言えるというもので、すべてを否定することなどできないのではないだろうか。
特にグループで活動している人に、スクープがあれば、結構大きな問題だ。
「他のメンバーはちゃんと守っているのに、一人だけ守らないのはルール違反だ」
というわけである。
「でも、少し可哀そう」
という同情的な意見もあるが、それはあくまcでも少数派で、
「恋愛禁止を分かっていてアイドルになったのだから、彼女たちの商売の性質を考えると、ファンに対しての重大な裏切り行為だ」
というのである。
商売の性質というのは、前述における、
「アイドルというのは、ファンがお金を使って、疑似恋愛というものを、ファンに妄想させる」
というものである。
コメントしている人がもし、ファンであれば、同じ気持ちになっているに違いない。
辛辣なコメントも多いのは当然で、しかも、彼女の進退にまで言及もしている。
「バレたのなら、潔く卒業すればいい」
あるいは、
「もう、彼女はテレビに出さないでほしい。出ていても見たくない」
という意見まで出てくる始末で、アイドルという商売がファンを裏切ると、何を言われるか分からないというものだ。
その時点で、ファンは離れていき、
「ファンを裏切ったアイドル」
というレッテルを貼られてしまい、立ち直るにはかなりの時間を要することだろう。
その間に、まわりからどんどん置いて行かれていき、結果、卒業を余儀なくされることになるだろう。
「そもそも、恋愛禁止なんていうカビ臭いような決め事があるからいけないのよ」
と思ったところで、
「分かっていたアイドルになったんだろう?」
と言われると、言い返すことなどできなくなるに違いない。
アイドルの中には、ファンというものを、ただのお金としてしか見ていない人もいるだろう。
そんな彼女たちは、卒業を余儀なくされても、まだ華やかな場所にいたいと思うのか、アダルト系に走る人もいたりする。
キャバクラなどの夜の店に行く人もいるだろうが、ちやほやされたいという感情も手伝っているのかと思うのも、無理もないことだ。
アイドルを辞めて、あるいは卒業してから、普通に結婚したりする人もいるだろうが、円満に卒業した人は、それまでの経験を生かして、別の道に進んでいる人も少なくはない。
俳優であったり、舞台。さらには、実業家になる人もいたりする。
それは、アイドルをやりながら、卒業後の人生設計をしっかりしていた人だろう。
もし、恋愛などにうつつを抜かしていると、将来設計に対しても、目が狂ってしまって。先を見ることができなくなるに違いない。
まずは、
「自分には何ができるだろう?」
というところからである。
つまりは、自分をいかに見つめなおすことができるのか? ということが一番なのではないだろうか。
そんなアイドルの中に、一人、片岡晴香という子がデビューした。
彼女は、オーディションに受かったわけでもなく、プロデューサーがどこかから見つけてきたようで、彼女は、アイドルというよりも、女優を目指しているようだった。
しかし、ルックスが幼いというのもあり、アイドルと言われている。そんな自分がアイドルと称されるのを、晴香はあまりうれしくは思っていなかった。
二十三歳という年齢を感じさせない雰囲気であるが、しかし、よく見ると大人の雰囲気を醸し出している。
そんな彼女の様子を見ていたスタッフたちは、
「彼女こそ、新しいアイドルの形なのかも知れない」
と思った。
歌を歌わせてもうまいし、パフォーマンスもしっかりできている。グラビアアイドルとしてもいけると踏んだプロデューサーは、最初のうちは彼女になんでも経験させているようだった。
「デビューが結構な年齢なだけに、短い間に少しでも、いろいろ経験させたいと思ってね。でも、彼女には、たぐいまれなき才能が潜んでいて、彼女はまるでアイドルになるべくしてアイドルをやっていると言ってもいい逸材なんだよ」
と言っていた。
ドラマ出演も結構早い段階で決まっていて、最初は、バーターだったが、それでも、事務所と撮影現場との交渉がスムーズにいったのは、その事務所にそれなりの力があったということだろう。
アイドルやタレントが売れるのには、事務所の力が大いに左右するとも言われている。どんなに有望なタレントでも、事務所が弱ければ、下手をすれば、共倒れになってしまうこともある。
それを思うと、晴香は事務所に恵まれていたといってもいいだろう。
彼女には、枕営業など必要なかった。なぜか、プロデューサーやドラマ制作の主要人物の、枕営業の担当と言われているような人たちが、晴香を所望することはなかった。
だからと言って、彼女を使ってもらえないというわけではなかった。脇役ではあったが、ちゃんと主要な役にも抜擢してくれているのだ。
しかも、
「まだ新人で、ここまでの役は破格だ」
と言われるほどで、口の悪い連中は、
「枕営業だろう」
と言っていたが、実際にはそんなことはなかったのだ。
「彼女とは、床を共にするという感覚はないんだ」
と言っていたが、それは、彼らならではな発想であり、それだけ、
「いろいろな女を見てきて、大体分かっている」
ということなのだろう。
「彼女は、マグロな気がするんだ」
と言っている人がいた。
またある人は、
「抱いているところをどうしても想像することができない」
と言っていた。
それは、興奮しないということを言っているのと同じである。
「だけど、彼女には溢れる魅力があるんだ。たぶん、ラブシーンを撮らせると、映像では興奮させられるかも知れない。きっとそれだけ彼女の演技がすごいということを表しているんだろうね。だから、俺は彼女を使い続けるような気がするんだ。名わき役としてね」
と言っている監督もいた。
彼女が二十一歳になるまで、どんな生活をしていたのかということを知っている人は少なかった。
彼女が学生時代から、大人っぽいところがあり、
「まわりの男性を寄せ付けないという雰囲気があった」
と、高校時代の彼女を知っている人からは、皆口を揃えて、同じことを言うのだった。
「私の高校時代? 忘れたわ」
と、一度雑誌の取材で昔のことを聞かれた時にそう答えた。
その時の彼女は、公式のインタビューや撮影が終わって、雑談の時に答えた受け答えだった。
インタビューを行った記者も、さすがに本番のインタビューとの違いにビックリしていたようだが、雑談になると豹変する人も少なくないので、そこまではビックリしなかったが、他の女の子は、どこか蓮っ葉な雰囲気があるにも関わらず、彼女にはそういうイメージはない。
「いつでも、真剣に答えているようだ」
というのが、彼女の雰囲気だったのだ。
「そんなに前じゃないでしょう?」
とお世辞を込めて記者は聞いたが、
「期間の問題ではなく、昔の自分と今の自分とは違うんだという感覚なのよ」
という彼女に、
「そんなに学生時代っていやだったの?」
と聞くと、
「ええ、本当に暗い時代だったというのは間違いないですね。ただ、いつも一人だったので、却って安心できるところはあったわ。私って、結構まわりからいろいろ言われることを嫌がるタイプなんですよ。そんな自分がアイドルをやっているなんて不思議でしょう? アイドルというのは、ある意味誰にでもできることであり、選ばれた人間にしかできないものだともいえると思うのね?」
「じゃあ、二種類のアイドルがいるということ?」
「私はそう思うわ」
「君はどっち?」
と聞かれて、
「選ばれた人間だと思っているわ」
「その根拠は?」
「心構えかしら? 私の場合は、アイドルを演じている自分を磨こうと思っているの。他の人は、アイドルの自分を磨くか、アイドルではない自分を磨こうと思っていると感じるんです。私はあくまでも、演じている自分を見つめているんですよ」
というのだった。
記者は、分かったような分からないような表情をした。晴香は、本音を言ったつもりだった。だから、相手が迷うだろうというのも分かっているし、きっと、その時も、
「晴香は、自分を演じているんだ」
と、会話しながら、そういう目で見ていたに違いない。
ただ、彼女は仕事を選んでいた。というよりも、仕事を選んでいたのは事務所側であり、彼女が受ける仕事はある程度決まっていた。
一番多いのは、脇役としての、ドラマ出演で、その次がグラビアアイドルだった。イベントにも積極的に参加していて、そのおかげで知名度は大きく、ビルの上にある巨大な看板が彼女の顔で埋め尽くされていることもあるくらいだった。
彼女はグラビアの時と、脇役として演じる時とで、明らかに表情が違っている。
「同じ人間なのか?」
と思われるほどで、ドラマを見ていて、
「この娘があの看板の女の子?」
と聞いて、ビックリする人も少なくはなかった。
最近では、少し変わったところで、報道番組のコメンテーターとして呼ばれることも増えてきた。
昼の報道番組などでは、特に最近、お笑いタレントはMCを務めていて、コメンテーターにもお笑いタレントというのが増えてきている。
「報道番組の質も落ちたよな」
と言っている人も多いだろう。
ただ、昔はその時間というと、奥様をターゲットにしたドラマや、昼休み中にはバラエティ番組が多かったことを思うと、
「報道番組になっただけ、まだましではないか?」
と言われるくらいであった。
そもそも、今では夫婦共稼ぎという家庭が増えてきて、それが当たり前という時代になってきたこともあって、
「ターゲットを主婦層にするというのは、限界がある」
ということだったのだろう。
バラエティも、昼休みだけであればまだいいが、それ以降の一時過ぎからをどうするかということになると、報道番組が多いのも無理もないことだ。
最近であれば、昼過ぎから四時頃までの間、全国ネットの報道番組が多く、それ以降の夕方の時間になると、地元の報道番組が多くなる。
主婦層の番組があった時期であれば、その時間は、
「子供向けのアニメの再放送」
というのが主流だっただろう。
しかし、今はアニメや特撮というと、ほとんどが週末にしかやっておらず、それ以外というと、深夜の時間帯となる。子供は起きている時間ではないだろうから、子供ではなく、中高生相手のアニメが主流であろう。
そもそも、今の民放は昔とは違って、急激に変化している、それは、きっと、スカパーなどの有料放送が増えてきたからだろう。スカパー契約をしている人は、何を好き好んで民放を見るかというものである、有料放送と民放の一番の違いは何だと思う?
それは、歴然とした回答だった。
「民放はスポンサーが命だ。つまり番組の制作は視聴者のためではなく、お金を出してくれるスポンサーの意向に沿っているかどうかということが問題なのだ」
ということである。
有料放送にもスポンサーというものはあるが、それよりも、収入源は、視聴者が払う視聴料である。民放のように、視聴料がいらないところは、スポンサーからの収入しかないのが、民放局だ。当然、視聴者そっちのけと言ってもいいくらいの番組になるだろう。
特に有料放送ができてから、顕著に感じられたことだろう。それゆえ、視聴者の、
「民放離れが加速している」
というものだ。
しかも、今はユーチューバーなるものもあり、スカパーですら、危機感を感じていることであろう。
ネットでは、個人が発信者だから今までにない、新鮮さがあるのであろう。
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