第4話
重い扉は、手を離せば自然と閉まります。
かみさまは、真宵にかかわるのはやめるように、と私に告げられました。私もそうするべきだとわかっています。
そもそも、私たちは天使と魔女なのです。
最近私は、自販機で当たりが出るようになりました。ふたごの卵を食べることが増えました。
ああでも、振り返れば、友人にかすり傷やたんこぶが増えたように思います。あの子たちは、私には何も言わないのです。そもそも、まさか気付いているのでしょうか。
かえって彼女は、あれから何も変わりません。相変わらず、遠回りをして、非常階段を使っています。きっとそこには誰もいないからです。工事現場のそばには近づきません。窓ガラスにも近づきません。
それでも、どうしてだか離れ難いのです。
そうです。いやなのです。ずっと目を合わせてみたかった。笑いかけて欲しかった。手を握ってみたい。まつ毛の触れる距離に行ってみたい。あの日から、なぜだか欲深い自分を知ってしまいました。
気がつけば、私は誰もいない教室で立っていました。もう掃除は終わった時間です。廊下のさざめく喧騒も、どこか遠くに聞こえるのみです。
私は冷静でした。
この学校には天使と魔女がいます。
選ばれてしまえば、燃やされるその時まで何も出来ないのです。ひとに戻ることはありません。
天使のまま、魔女のまま、卒業できた人はいません。諦めてしまうからです。
心が、痛むからです。男も女も関係ありません。
どちらにしろ、周囲の人々は不運に見舞われるのです。
何が違うのでしょう。私は夢を見ません。
かみさまは、なんてことのないものでした。この感情は、おそらく恐怖なのでしょうが、心の底からふつふつとなにもかも壊してしまおうかという気持ちにもなります。恋とは衝動。破滅を呼ぶもの。私だって、理科実験室のマッチに触りたくなどありません。
でもきっと、いつか手を伸ばしてしまうのでしょう。
かたん、と音がしました。
扉の前に、真宵が立っていました。
真宵は私のことを見つめています。いつもの、冷たい藍色の瞳です。少し眠たそうでした。まだあまり眠れないのでしょうか。
「ここにいたのね。こんな、端っこの教室に」
胸が苦しい。こんなにも輝いた衝動はどうすればいいのでしょう。私は、真宵に話しかけられるだけで、何もかもを忘れてしまえるようです。
「私、白傘のことが好きみたいだわ」
ああ、これは夢ですか。口から内臓を吐き出してしまいそう。
私は手汗をスカートで拭いました。
「夢で、あなたは私を助けてくれる。深く深く落ちていきそうな私を、引き止めてくれるのよ。そんな夢を、何度も見たわ。」
「それは」
真宵は私の目を見ました。悲しみと諦念の浮かぶ瞳でした。
私は何も言えなかったのです。
いいえ、責めるつもりはありません。私も先程、同じ気持ちでいたのです。
彼女は救いを求めているのではないでしょうか。
私のことが、本当に好きなのでしょうか。
ただ、解放を望んでいるような、そんな気がします。天使という私の中の何かを見ているのです。
心臓がバクバクとうるさく、頬は熱いのに、涙が出てきます。止まりません。
真宵は困ったようにおろおろとしていますが、涙を拭ってはくれないのです。
私だってどうすればいいか分かりません。
両思いなのですか。
そうではないような気がして、とても、つらいのです。
私はそのまま、真宵の手を掴みました。
繋いだ手が暖かいです。これが真宵の手。柔らかな手。少しだけ、震えている。そして、その後はあっというまでした。
燃えています。人が燃えているのです。魔女といえど、天使といえど、それは人の形をしているのです。
真宵は、少し驚いた顔をして、しかし虚ろな目で私を見ていました。
真宵は、唇を薄く開き、私に何かを言おうとしているようでした。その炎ごと、私は真宵を抱きしめ転びました。くすぐったいです。
冷たい教室の床が、心地よいです。
わかりますか?
ねえ真宵、
「愛しているわ」
返事をして。
灰にもならない 塔リ @nunokake
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