第3話


「白傘、何かいいことでもあった?」


 ばれてしまいました。私は先日のことを思い出すたび、口元を緩めてしまうのです。


「真宵という子と、話してみたの。」


 少しだけ、空気が冷えたように感じました。

 私がこれまで、真宵さんについての話題に、積極的に触れることがなかったからかもしれません。


「なんてこと!そんな勇気があったのね」

「たしかに、怖い見た目ではないのよね」


 私たちは、勝手なことを言います。

 このような話題は、みなが饒舌になるものです。


 今いる天使や魔女が一人でも欠けた時、次は誰が選ばれるか、わからないからです。どこか他人事だけれど、それでも少しの特別感と疎外感を含む存在なのです。


 魔女自体への悪口をはじめ、真宵さんの前に魔女だった人の話や、そして、天使の話。


「でも、天使は誰が補充されたのかしら。先生方の名簿を数えたら、1人少なかったの」


 まずいです。


「そういえば、男の子たちが言っていたよね。あの弱っちい子が天使になったものだから、調子に乗らないように懲らしめてやったのだって」


「ああ、怖いわ」

「怖い、怖いわね」

「真宵という子、あといくら持つかしら」

「人間だった時、いい子だったけれどね」

「そうね。でも、ああなってしまったもの」

「結局、今のあの子は魔女だものね」


私の周囲は囁きあい、笑いました。




 魔女は悪夢と契約します。悪い夢は体を支配します。眠れなくなり、周りにも伝染するように、いいえ、かえって、現実で悪いことが起きます。




 その日、教室で真宵は泣いていました。周りに、優しそうな女の子が何人もいました。

 彼女は孤独ではありませんでした。

 当たり前です。魔女でさえなければ、ふつうの、とても優しくて、可愛くて、ちょっと運動音痴で、大人しい良い子なのです。私はそれを知っていました。目の奥が、熱い。


 私は彼女に話しかけたかったのです。友人として、お昼ご飯を食べたかったのです。忘れてもいない教科書を借りたかったのです。




 真宵は悪夢に悩まされています。

 彼女の友人は、背中をさすって、涙をふいて、慰めていました。


 それは至って普通の光景でしょう。しかし私は、何故か私は、胸の奥がかっと熱くなるような、今すぐにでも叫び出してしまいそうなどろどろとした衝動を抑え込むのに必死でした。そしてそのまま、その場を去りました。


 彼女の涙は冷たいのでしょう。彼女の頬は、手のひらは、暖かいのでしょう。憎いのです。私にはその温度を知ることは出来ません。




 気がつけば聖堂へ向かう廊下に立っていました。かみさまに会いに行きましょう。心が、落ち着くはずです。

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