第2話
勢い余って地面に転がる私を、彼女は驚いたように見つめていました。
映っている!私の姿が、真宵さんの目に!それだけでもう有頂天になりました。燃え上がる恋で、今にも裁かれてしまいそうです。
不審者のように見えるでしょうか。これでもうら若き乙女なのですが。
出来ればヒーローに、もっと言えば真宵さんにとってのヒロインになりたい。うるさい鼓動の隙間から、夢に見た彼女の声が、耳に入り込みます。
「あなた、なにしてるのよ」
「いいえ、なにも」
どうして?私の口は素っ気ない返事をしてしまいました。早く起き上がらなければ。小石を手から払います。
「私、天使なの。さっき、選ばれたばかり。あなたのことは、友だちから聞いていたの。珍しく長生きしている、魔女だって」
見栄を張りました。彼女のことを知ったのは、先月下駄箱で見掛けたときです。正真正銘の一目惚れなのです。
「はあ!?」
「なあに。自分からカミングアウトしちゃいけないって決まってはいないでしょう」
少し気どってみました。顎を軽く上向きにして、角度をつけて彼女を見つめます。
「天使はあまり自分から言わない方がいいわよ」
「私に、後ろめたいことなんてないの」
どうしましょう。彼女の前では甘えた声が出てしまいます。喉に力を入れてしまいます。
「それよりも、なぜあの人たちはいまさら真宵さんに火を点けようとしたの」
「それが、普通なのよ。私がこんなに長く居座っているから、学校での不運な事故がなくならないのだわ」
彼女には爪を噛む癖があります。足元に転がるそれらをローファーでつつき、何やら不満げです。あまり目を合わせてくれません。
「ねえ、感謝はしているのだけれど、あまり近づかないでほしいわ」
「どうして?」
「知らないのね。魔女と天使が直接触れ合うと、どちらかが燃えてしまうのよ。より熱い方から冷たい方へ」
「さっきは諦めていたのに、私が近づくのは嫌がるの」
「それは、だって」
私より少し背の高い彼女は、また自身の指先を見つめ始めてしまいました。何か面白いものでもあるのでしょうか。
「ねえ、真宵さん。そろそろ帰りましょう」
ここにいるのは飽きてしまいました。彼女は俯き、少し顔を赤くしています。
大丈夫でしょうか。
私が彼女を恐怖から救い、安心して泣きそうなのでしょうか。
いいえ、いいえ。これはあまりにも都合のいい妄想です。
「あなたの名前、なんというの?」
いきなりのことで、言葉が喉に詰まって出てこなくなってしまいました。名前を言わず、立ち去ってしまえたらどれだけ美しかったことでしょう。今、私の欲求はその美学に反しています。
彼女はしどろもどろになりながら、
「し、知らないのよ。あなたはきっと、私の噂でも聞いているから、それで名前を知っているのだわ。でも私、あまり、その、周りのこと聞かないようにしているから」
などと言っていましたが、ふと口が止まったかと思うと、大きく息を吐きました。そして少し離れたところに落ちていた自身のリュックを手に取り、歩き出してしまいました。急いで追いかけます。私は、真宵さんと一緒に帰るのです!
「待って!白傘というの。良ければ、呼んでくれないかしら」
「そう……。白傘というのね。お友だちになれるかしら、私たち。」
なんということでしょう。会話を、彼女に見合う言葉を、紡がなければ。
彼女の家は、私の家よりもっと遠いそうです。
猫を二匹飼っていましたが、一匹は魔女になってすぐに、逃げ出してしまったと言います。
私は、自分の好きな音楽や、先週公開された、映画作品などについて話しました。
「白傘さんは、天使になったのにあまり悲しそうではないのね」
「魔女だと、悲しいのかしら。特に困ったこともなさそうだし、このまま誰にも気付かれなければ、何を思うまでもないと思うの。」
「そう……。」
私は、元来何かを気にするような性分でもありませんでした。
それでも、真宵さんが魔女になり、最近は噂にもなってしまって、困っているのは分かります。先程のことだって、初めてではないかもしれません。何度も、傷ついてきたのでしょう。
だから、もしかしたら、私の考え方は、彼女を傷つけてしまったのでしょうか。私は、にぶいのです。彼女のリュックの、金具の音が響いています。
「ねえだって、私たちは今、ひとではないのよ」
「そうなの?何も変わったところはないけれど」
「私たちは、燃えてしまえば、何も残らないわ。天使は、火という信仰の咎を背負って失われる。魔女は、いよいよ悪夢に蝕まれて、救済を望んでしまう。
周りの人たちは私たちのことを恨み始めるでしょう。魔女は短命だけれど、天使だって長生きするわけでもないのよ。これは、呪いだわ」
真宵さんは、今にも泣き出しそうでした。しゃっくりのような話し方をしています。好きな女の子の、泣いているところは見たくありません。
「もう少し楽しい話をしましょう。たとえば、体育の」
「あはは!」
真宵さんは楽しそうにしてくれました。普段より少し遠回りをしましたが、ちっとも足は疲れませんでした。その時間はとても、とても幸せでした。
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