灰にもならない

塔リ

第1話

 私は天使になりました。


 たいくつな授業で肘をつき、ウトウトしていたというのに、ふと確信を得たのです。

 ああそうなのね、と呟いてしまいそうでした。

 天啓というものでしょうか。


 考えられる理由といえば、まあ、以前に天使をやっていた子が、燃えてしまったからなのでしょう。先日、校舎裏の壁が煤けているのを見ました。人間であった頃から、彼がいじめられていたことと関係するかもしれません。つまり、運が悪かったのです。




 「なりたて」の私は、とりあえず聖堂へ向かいます。

 かみさまに会いに行くのです。天使に選ばれると、かみさまと契約が結ばれるのです。完全な無作為。商店街で引いたくじは当たったことがありません。

 学校の廊下は少し寒いです。

 ついでに、壁の奥まったところに置いてある聖火へ手を伸ばしました。思った通り、火は私の手を焼くことはありません。ただ、少しくすぐったい。かみさまが私のことを、見ているようです。

 天使といっても、羽が生えるわけではありません。頭の上に輪っかが現れるわけではありません。ラッパも弓矢も持っていませんが、とても良いことに恵まれるというのです。悪いことは私を避けるようになります。

 重い扉を開き、そこには「かみさま」がいました。




 私はまだ、このことを誰にも明かしていません。

 誰にどのように、打ち明けるべきか。そういえば、真宵という子が魔女だと噂されています。たしか、彼女が階段に足をかけると、必ずその場の誰かが足を滑らせるそうです。1番上から落ちた子もいるだとか。そのほかにもたくさんの人が、彼女の周りで嫌な目にあったそうです。可哀想に。想像するだけでも、なんだか胸がしくしくします。

 でも、私は真宵さんに憧れていました。

 燃えるような赤の巻き毛がとてもかっこいいからです。冷たい藍色の目で、私の心の底まで見透かしてしまいそうだからです。あの少し掠れた声で話しかけてもらえたらと思うと、顔が日溜まりのように熱くなります。

 彼女は私のことを知らないでしょう。私は彼女のことを、知っています。




 さあ家に帰りましょうと鞄を肩にかけ、校門に向かって歩きます。校内に残っているのは、私と、部活をしている人たちと、とあるお話が盛り上がっている方々です。

 そこに、真宵さんがいました。紛れもなく彼女です!駐車場の向こうの、倉庫脇にいるようです。そう、私は目が良いのです。どうやら三人、いえ四人の生徒に囲まれています。彼らが手に持つものは何でしょうか。あれは、廊下に並ぶランプのひとつ。つまるところ、聖火なのです。

 気がつけば私は駆け出していました。嫌な予感がしたのです。天使は往々にしてそういう感覚を知っています。しかしそれは、自分の身に降りかかるものだけだったような……。そんなことは気にしていられません。今の私には、真宵さんが。




 はい、天使は燃えるのです。可燃性。燃えるゴミです。いいえ、ゴミ袋に詰める必要はありません。体は残らないのです。

 そうです。魔女は燃えません。ただの火では、炎では、火傷ひとつ負うことはないでしょう。

 聖火にのみ救いは許されます。

 魔女は悪運を撒き散らします。ですから、学校内で悪いことが続くと、魔女とされた女の子や男の子は、燃やされてしまいます。

 原因理由はとにかく、燃やしてしまうのです。

 天使は悪運をはねのけます。はねのけられた悪いそれは、近くの無力な人間にまとわりつきます。だからでしょうか。たまに、魔女だと勘違いされた天使が、どうしてだか正義の聖火を手に取り忘れた彼らに、チャッカマンで燃やされることもあるようです。




 ガラスの割られたランプが、彼女に向けて投げつけられます。ああ、間に合いません。私は手を伸ばしました。真宵さんは下を向いて、唇を噛んでいました。

 彼女を庇うようにして伸ばした私の腕に、彼女を赦すべく放たれた小さな火がぶつかります。

 そして、雷が落ちました。

 真宵さんを囲んでいたものは、もう人間ではなくなりました。

 天使は燃えると言いましたが、聖なる炎では燃えません。かみさまが守ってくださるからです。天罰は、彼らにこそ落とされるのです。

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