10-7

「さて、これからの話をするか」


 次に仕切り出したのはヴィゼルだ。ミューリは既にヴィゼルの右腕に収まっている。


「これからって、ヴィゼル、出て行くの?」

「当たり前だろ。俺は元々旅人だ」

「本来であれば深雪の屋敷で一月は歓待したい所だが……」

「分かってるよ。『後片付け』でそれどころじゃねぇだろ」

「うむ。一年後、いや、半年後に再びヤマナシを訪れるならその際は…」

「それは無い。一度通った道は二度と戻らないと決めて旅をしている」

「左様か…」


 今まで考えてなかった。それどころじゃ無かったし。そうか、ヴィゼル達がここを去れば、もう会えないんだ……。


「一緒に来るか?」


 何を言われたのか、理解するのに時間がかかった。


「…………え?」

「夜にだけ虹が揺らめく北の空、火を噴く山、地球の底に落ちていく滝、その土地ならではの文化、祭り、飯。楽しみたくねぇか?」


 想像していなかったとは言えない。生まれて初めて空を飛んだあの時、確かに世界の広さの欠片を、あの景色の向こう側に見た。

 私は何を言えば良いか分からず、思わずシャロの方を見た。シャロはしばらく私の顔を見てから、ひざまづいて言った。


「お嬢様。美白様亡き今、蛇巫女を継ぐ者は貴女だけです。それが途絶えては村は一年を保たずして枯れてしまうでしょう。私一人では村人に恐怖が芽生えてしまう。それは最早信仰ではないのです」


 人一人殺す事も、その気になれば村を滅ぼす事も片手間にできるだろう存在が、膝をついてこちらに頭を下げている。そこにはきっと信仰心からの力が欲しいだとか、そんな小さな願いだけじゃない何かがあると思った。

 

「…………」


 結局何も言えないまま、またヴィゼルを見てしまう。ヴィゼルはそれ以上何も言わず、その瞳で伝えてきた。


「お前が決めろ。お前が"向かうべき道"だ」、と。


 全員沈黙。そこから口火を切ったのはヴィゼルだった。


「明日の昼前に出発する。それまでは例の野営場所に居る」

「承知した。お嬢様、先ずは深雪の家に戻りましょう。湯浴みと食事と休息が必要です」


 シャロに手を引かれて歩き出す背中に、ヴィゼルが声を上げた。


「蛇神さんよ、一応言っとくが脅すような真似は無粋だぜ。何ならまた"信仰の向き"を変える事だって出来るんだからな」

「分かっておる。其方の働きに敬意を表し、我からこれ以上説得はしないと約束しよう」

「…………」


 そうこうして、気がつけば村に戻ってきていた。

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