9-1


「さて、まずはここから逃げないとな」

「どうするの?」

「崖から飛び降りる」

「え?」

「怖いか?」


 花は暫しヴィゼルの目を見つめた後、頭を振って答えた。

 

「そんなわけ無いでしょ。やるなら早くして」

「よし、ミューリ、たまにはお前も声高らかに能力名を叫べ。忘れられないようにな」

「了解しました。【矛であり、盾でもあるキラーパラドックス】!」


 ミューリは大の大人が十人は入りそうな大きな黒い傘になった。

 いや、傘にしては形が妙だ。横に長い三角になっていて、前が尖っている。そして残りの部分でヴィゼルと花をぐるぐる巻きにした。


「簡易ハンググライダーだ。しっかり掴まってろ」


 言うが早いか、崖に飛び出す。花が「落ちる!」と思ったのも束の間、下から吹く風を傘が受け止めて、ゆっくりと下降しながら滑るように空を飛んでいた。


「"風の向き"は【盲人の道案内デスディレクション】で調整する。これで下に降りれば暫くは追って来れないだろ」


 ヴィゼルの説明は花の耳には届いていなかった。


「綺麗……」


 空から眺めるヤマナシの景色に見惚れていた。冬の間眠っていた者達が目覚め出し、輝かんとする息吹、遥か遠くに見える海と、手が届きそうなすぐ先にある雲と鳥の一群。その全てが今初めて見たかのような感覚を覚えていた。


「旅をすればもっと綺麗で不思議な景色を嫌って程拝めるぞ。各地の美味いもんを食べ比べたり、お祭りだって見れる」

「たまに、半裸の女の子に会ったり?」

「まあ、厄介事もしょっちゅう在るが、それも終わってしまえば良い思い出になる」

「……無事に終わればの話だけどね」

「終わらせるんだよ、俺とお前で。最後はめでたしめでたし、ハッピーエンドだ!」

「それと、ミューリもね」

「…ああ、そうだな」

「……シャロは」

「狐姫の狙いはお前を食って更に力を付ける事だ。すぐ逃げてれば深追いはしない、生きている可能性はある」

「……うん」


 僅かな可能性、僅かな希望、僅かな力を胸に抱き、一同は無限に続くかのような空を舞い降りる。


「あそこの広場で決着をつける。覚悟決めろよ!」

「うん!」


 どう考えてもピンチには変わりないというのに、二人の表情はこれまでに無い程晴れ晴れとしていたのだった。

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