9-2

 一同は元の崖から五百メートル程離れた場所に降り立った。ある程度見晴らしが良く、石の彫像の残骸のような物が五体、五芒星の位置に置かれている。昔の儀式場か何かだったのかもしれない。

 花とヴィゼルがミューリから離れると、ミューリは黒い四足獣の形を取る。


「あまり離れ過ぎてもマズい。どうせ逃げ切れるわけねぇしな」

「どうするの?」

「作戦は変わらない。蛇神を連れて来れば勝てる可能性はある」

「でも、どうやって……」

「必死に呼びかけるしかねぇだろ。駄目なら死ぬんだ。死ぬ気で呼べ」

「し、白大蛇様ー!!」


 森の奥に向かって声の限り叫ぶ花。勿論何の反応も無かった。


「うん……まあ良いや。ミューリ、周囲を警戒しろ。…ミューリ?」

「マス…タ、にげ…」


 ヴィゼルがミューリの方を向くとほぼ同時、小刻みに震えるミューリから突然一本の触手が伸び、ヴィゼルの心臓目掛けて向かってきた!


「!? ぐっ!」


 が、触手は急にその軌道を変え、ヴィゼルの右ふくらはぎを貫いた。


「ヴィゼル!!」

「来るな! 蛇神を呼ぶ事に集中しろ!」


 その場に倒れるヴィゼルに慌てて駆け寄る花を、ヴィゼルは咄嗟に左腕で制しながら叫ぶ。

 そのまま顔だけでミューリの方を見れば、その背中に、ミューリが子犬に見える程の、高さ二メートルはあろうかという白い狐がこちらを見下ろしていた。


「憐れな、そのまま心臓に食らっていれば楽に死ねたものを。しかし、攻撃を止めずに逸らすだけとは、大した事無い能力だな」

「…既にミューリに憑依してたって訳か。しかも、どっかの誰かと同じ事言いやがって、これはこれで使い道があるんだよ」


 妖狐であり、雌狐であり、白狐であり、仙狐でもある妖怪。

 ――その名は小公子ここね

 

「我の能力を知っていながらこうする事を予想できなかったか? 馬鹿め」

「いつからだ?」

「最早ヤマナシは我の縄張り。入った瞬間に気付いていたわ。この使い魔に取り憑いて貴様らの能力や目的を把握し、その上で一番良い頃合いを計っていたまでよ」

「……不意打ち食らったのは認めるがね、今が頃合いってのはどういう事だ?」

「時間稼ぎが見え見えだが良いだろう。教えてやる。だがその前に」


 二者が話している間も何かに縛られているかのように小刻みに震えるだけだったミューリを、小公子が後脚で蹴り飛ばした。


「ぎゃいん!」

「ミューリ!」


 派手に弾き飛ばされたミューリは、放物線を描いて空中を飛んでいる途中でいきなり、水を入れた風船が破裂するかの様に細切れに散って地面に落ち、そのまま動かなくなる。


「これでもう無駄な足掻きは出来ない、そうだったな?」

「……」

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